追憶のプロローグ
新章始まりますっ。
「取り引き?」
七実と九実の二人が、お金を稼ごうとギルドに加盟したその日に出会った、ヘルムの無い西洋の鎧に身を包んだ青年、キンレイ。
七実と九実の本当の実力を知ったキンレイは、まるで脅すかのように言っていた。
七実がキンレイの言葉を確認すると、キンレイは真剣な顔で肯定した。
「さっきそっちの子、九実だったっけか?九実が言ってただろ?金欠だって」
「……え?ちょっと待って。わかってたの?」
「ん?あー、そりゃな。あれはふざけただけだ」
前にキンレイが二人になんでギルドに来たかを聞いた時に、九実が短く「金欠」っと答えたのだが、その時キンレイは、自分のことをキンレイではなく金欠と呼ばれたと思い、軽くキレていたのだが。
「えっ、演技だったの?」
演技だったらしい。
「まぁー、それは後でだ。んで、二人とも金が欲しいんだろ?」
「そうだけど……」
「ギルドに加盟しても、最初の内はいい仕事にありつけないことは知ってるな?」
ギルドに加盟しても、すぐに上級の仕事を引き受けることは出来ない。
そりゃそうだ。会社に入っていきなり幹部になるやつがいないように、経験を積んで、実績を示さなければならない。
「だがな、ギルドでの立場関係無しで上級の仕事を受ける方法がある」
「……賄賂?」
「ちげぇーよっ!名前指定だよっ!つまり依頼者が受ける人間を名指しで指名するんだよ」
キンレイの説明に七実は「あー、なるほどねー」っと首を縦に振るが、次に七実が言った言葉は
「い・や・だっ」
拒否だった。
「なんでだよっ!お前らの実力なら十二分にこなせる内容だぞ?そもそも依頼内容も聞いてないじゃねえか」
「それ以前の問題だって。あたしたちは有名になりたくないの。指名だなんて本来トップクラスとか、上位勢。少なくとも新入りに指名が入る訳がない。もしそんなことになったら嫌でも注目を浴びるでしょ?それがやなの」
七実の説明にキンレイは「あっ」っと間抜けな表情になっていた。
その表情を見て、七実が「忘れてたの?」っと聞くと、キンレイは気まずそうに目を逸らしていた。
「あっ!そうだっ!」
キンレイが話を終わらせため、七実と九実がそれぞれ頼んでいた飲み物を飲んでいると、突然キンレイがバンッとテーブルを叩きながら、バッと勢いよく立ち上がるとそう叫んでいた。
「うるさいなぁー。いきなり大声出さないでよっ」
「刈るよ?」
七実と九実が手で耳を塞ぎながらそう睨みつけると、キンレイは「あっ悪りぃ」っと、おとなしく座った。
「それで?なんか良いアイデアでも浮かんだんでしょ?一応聞いてあげるから、ほらっさっさと吐く」
七実がテーブルに肘を付いて、まるで刑事が犯罪者にやるかのような仕草でいると、本職のキンレイは「なんで取り調べっぽいんだよ」っとげんなりしていた。
「はぁー。その態度がムカつくがまあいい。いや、簡単な話じゃねえか。ギルドを通した依頼だから目立つんだろ?」
「それが?……あっ、まさか」
「そうだっ。そのまさかだっ。ギルドを介さずに、直接お前らに依頼するっ!」
ギルドを介さずの依頼。
確かにそれは可能出し、ギルドの手数料が入らないため、依頼した側も、受ける側も得をすることが多いが、そもそもギルドという正規な過程を踏んでいないため、依頼自体に問題がある可能性があるのだ。
だからそういう意味ではハイリスクハイリターンだ。
(んー。キンレイは信用出来そう出し、それに正直チマチマ稼ぐのは性に合わないからなー)
七実は九実はどう思っているかと思い、九実に視線を向けると、七実の視線に気が付いた九実は、こくりと首を縦に振っていた。
「んー。じゃあ話聞こうかな」
「おっ、やっと聞いてくれる気になったか。依頼内容は単純だ。お前らに、ある要人の護衛をしてほしい」
「……え?」
要人の護衛。
内容はあまりにもハードだった。
考えてみてほしい。
例えば君が腕っ節に自信があるとしよう。
そうしたら、腕っ節が強い、それだけの理由でいきなり大統領や、総理大臣、天皇陛下などの護衛を頼まれたようなものだ。
確かに護衛には強さが必要だろう。
だけど、必要なのはそれだけだろうか?
強いからといって、護衛が出来るか否かは、まるで別次元の話なのだ。
なにより、今まで一般庶民だったのに、そんなお偉いさんの護衛なんて、精神的にも無理だ。
だからこそ、七実と九実がキンレイに返した答えは
「わかった。受けるよ」
承諾だった。
ん?なにか不満でもあっただろうか?
さっきの話と噛み合わないだって?
そんなことはないだろう。
言ったはずだ、一般庶民には無理だと。
そう、一般庶民には無理なのだ。
七実と九実が一般庶民?
そんなことある訳がない。
今の二人は数年に一人、いやそれ以上に少ない、数十、数百年に一人の天才だ。
そんな天才が一般?それは無い。
「う、受けるのかっ!?」
七実と九実が即答したことで、話を持ちかけたキンレイ自身が一番驚いていた。
ちなみに二人が受けようと思った理由は
七実の場合。
「要人の護衛でしょ?お姫様かな?王女様かな?面白そうじゃんっ!」
九実の場合。
「戦ってみたい」
やはり二人とも一般ではない。
特に九実の理由は酷い。
幻理世界では物理世界で有名な人間が一国のトップになっていることが多い。
そして、そういう国のトップは、ほとんどの場合、強者だ。
いろんな国を旅していた九実はもちろんそのことを知っている。だから一種の戦闘狂である九実は戦いたがっているのだ。
「で?護衛するのは誰?」
驚いているキンレイを無視して、七実は話を進めていた。
「まー、やってくれるならありがたい。お前らガーデンって知ってるか?」
「知ってるよ。個人が経営してるギルドみたいなものだよね。横の繋がりが広い公立の学校がギルド。そこに点として存在する私立の学校がガーデンだよね」
「若干違うが、まーほぼそうだ。ならセブン&ナイツは知ってるか?」
「……確か、前の大戦を終結させた七つのガーデンによる連合。だけど今は前に一つが反乱したから、一つ減って六つのガーデン。つまり、シックス&ナイツ」
「そこまで知ってるのか。それで、元セブン&ナイツ、現シックス&ナイツの一つ、N•Gマスター、神夜結夜の娘、神夜結菜の護衛だ」
(神夜家、記号持ちの家系か。楽しいじゃすまないかもね)
七実は九実のことを横目で見ていた。
記号持ちとは、代々名前の一部を継承している家系のことだ。
幻操師の名前には力が宿っている。
特定の字を名前に持つ者は『名持ち』と呼ばれるが、その字はこの幻理世界の理として定まっている。
しかし、記号持ちの字はそれとは違う。
その家系で勝手に字を決めるのだ。
その家系でその字に力を、意味を込めると言ってもいい。
その字を決めてから代を重ねることに、その字に込められた力は大きくなっていく。つまり、その家系の幻操師としての力は代々大きくなっていくのだ。
幻操師の才能は遺伝しない。
幻操師の才能は遺伝子からくるものではなく、偶発的なものだ。
しかし、ルールを世界に刻むことによって、その力は世界に認められて次の代に力を継承させることができるようになるのだ。
しかし、この世に記号持ちは少ない。
代を重ねること、名前の一部を継承するだけで、幻操師としての力を上げていく事が出来るのに、何故しないか。
子孫の代なんてどうでもいいから?
それは違う。
なら、何故しないのか、そうしたいのにそうしない。考えられる理由は一つ。
したくても出来ないからだ。
記号持ちとはつまり、世界に己の家系が大切だと認めさせることなのだ。
記号持ちになるには幾つかの条件がある。そして、その中の一つに、記号持ちの始点、つまり、最初の代となる幻操師の力がある一定のラインを超えてなければならないのだ。
そのハードルは決して低くない。そのため記号持ちは少なく、尚且つその価値が高いのだ。
有名な記号持ちと言えば、今話題になっている『神夜』。
子孫全てではなく、女系だけに継承している『神崎』。
才能だけを継承し、能力と性質は継承させない独特な『神月』。
剣を使う才能と、それに関係する技術や能力、術を継承する剣術の名家『天宮』。
風を操り、無数の投擲武器を操る術を継承している『天野』。
大量の砂を操り、相手を押し潰すことを得意としている『宮地』。
雷をその身に纏い、高速移動を得意としている『迅雷』。
本来ただの水しか作れないはずなのに、温度を調節することのできる『湯地』。
嵐のような幻操術を巻き起こす、才能を主に継承する新規の記号持ち『夜月』。
小さな水滴が大量に降ってくる雨のように、超高速の連続幻操術を得意とする『雨里』。
一の力を放出した後に、それを何十何百倍に増殖させる術を継承する『天雲』。
一人でありながら、幻影により複数となり相手を騙す、隠蔽を得意とする『霧島』。
記号持ちの中でも飛び抜けた実力を持っている、この十二の記号持ちのことを総じて十二の光と呼ぶ。
十二の光は最初から十二家だった訳ではない。
元々はたったの三家だけだったのだ。
この三家、『神夜』『神月』『神崎』のことを三家全てに『神』の文字が付いているため、始まりの神と書いて始神家と呼ぶ。
この幻理世界では、この記号持ち、特に始神家は一国の王よりも強い発言権を持っているのだが、表に出ることは滅多に無く。あったとしてもそれは自分のいる場所のためだったり、友人のためだったりと、国のために動こうとはしない。
記号持ちは強い発言権を持つと同時に、国からは外れた場所にいると言ってもよく、記号持ちには全ての国の法律が該当しない、一種の不可侵領域となっている。
「へぇー。神夜家かー。それはそれは、本当に面白そうだね」
「その様子だと、知ってるみたいだな」
「あったり前だね」
「神夜家だとわかっても、依頼を受ける気は変わらねぇか?」
不安そうにしているキンレイに七実は親指をグッと立てると、安心させるかのように満面の笑みで言った。
「もちのろんなのだよっ」




