1ー9 才能無き者、それから……
結はいつもの姿に戻るとジャンクションを解除し自分について話し始めた。
「俺は元々幻操師としての才能がなかったんだ。あってもせいぜい平均程度それが俺の才能だった。
だけどな人間には自分でも気がつかないような才能を持っていることが多い。そしてその才能を見つけることのできた人間こそ世の中で勝ち組と呼ばれる人達だ。
つまり、勝ち組になれるかなれないか。成功出来るか出来ないか。それは実力の真なる才能に気付けるか気付けないかなんだ。
だが、俺は自分の才能がわからなかった。たとえあったとしてもあの時の俺にはそんな才能なんかより戦う才能が欲しかった。だからーー」
結はそこで話を一旦切ると気絶している桜の頭をもう一度撫でた。
横目で人型が動けないことを確認するとクルッと回って桜の隣に座り込んだ。
「全ての才能を捨てたんだ」
「っ!?」
イーターの顔が驚愕に染まる。
才能を捨てる。人型には理解できなかった。人型の知能は正直な話、人間と全く変わりがない。ただ種族が人間ではなくイーターというだけだ。
だから才能というものがなんだかよくわかっていた。
人型というのはつまりイーターとしての才能が、化け物としての才能が、そして何より強さという面での才能がある。
戦いの才能を持ち、その才能を生かして戦いの中に身を置いているからわかる。才能があるからうまく行くのだ。才能を無くしてしまったらそれは地獄だろう。なにをやってもうまくいかない。
しかし、人型は一つ疑問に思う。
才能を捨てるということは、才能というものが具体的に何であるかをわかったうえでやっているということだ。
その答えは結の目を見て気が付いた。結の言う才能とは天才という意味ではなくその能力のことだと。
それを行うにあっての最低限の実力、結はそれを全て捨てたと言ったのだと理解した。
「……いや、捨てたってのはちょっと違うな。
正確には変更、いや、改竄だな。
才能っていってもいろいろある。例えば、絵を描く才能だったり、物語を描く才能だったり、サッカーや野球、それぞれスポーツの才能たったり、その数は計り知れない。
だけど俺は幻操師だ。お前も俺たち幻操師と同じ、戦いに中に身を置いている存在だ。そんなお前ならわかると思うが、戦いの中で戦闘に関係ない才能が必要か?
俺はいらないと思った。
俺は自身の持つ才能を全て数値化した。この平均値はきっと誰もが同じ程度、どの分野にどれだけ振られているのか、その山こそが才能だと俺は思っている。
全ての人類の平均値が一○だとすれば、才能あるものはその分野において一○○ぐらいのポイントが振られているんだろうな。
だが、一部分を特化させるとどこかがその分谷になる。だからこの世に完璧な人間はいない。俺はそう思ってる。
才能あるものでもその分野では一○○。これはあくまで仮定でしかないが、きっと数値化すればそんな感じだ。
平均値は一○。だがもし、もしもそんな平均値でしかない才能を十種類集めたらその合計値はどうなる? 合計値は一○○。これで才能ある者と並べる。
ここまで言えばわかるよな? 改竄がどういう意味か」
そう言ってニヤリと笑う結に人型は恐怖にも似た何かを感じた。
だが、同時に人型の顔もまた、僅かにだが笑っていた。
結の言っていること。人型はそれを完全に理解したのだ。
物事の分野は多くある。とりあえず職業の数だけその才能があるといってもいい。さすれば、ふと思いつくだけでもその数は十や二十じゃない。
才能を数値化した場合、才能あるもののポイントは凡人の十倍だと仮定したが、おそらく実際はここまでない。しかし、仮に十だとしても、どうでもいい才能を十集めればその総合ポイントは同じになるのだ。
結は言った。変更、改竄だと。他にもこう言った。才能を捨てたと。
「貴様……まさか……」
「多分その通りだ。戦闘に関係ない全分野のポイントをゼロに、余ったポイントその全てを戦闘に関係する分野に振った。
ついさっきあんたが戦っていた青髪の名前はルナ。剣に、特に二刀流に関する戦闘スキルに特化させた戦闘モードの人格。
んで、今の俺、ユウは才能値を操ることに特化した人格だ」
複数ある戦闘モードの人格では全て戦いでは相当のレベルなのだが、それ以外のことはダメダメだ。
だから平時は日常生活に支障が無いように才能を変える才能一点だけを特化させている。
カナなら拳銃。ルナなら二刀流に特化させているものの、武器関係の才能はそれ一本だがそれ以外にも戦いに必要な才能がいろいろとある。
だか、たったの一つを特化させるだけなら他のも平均値程度に残しておけるし、そもそも平時はいらない戦闘関係のポイントを日常系に振っているからむしろ平均値以上だ。
必要に応じて自身の能力を振り分け、そして割り振った状態に名を付けることによって個別制御する。
多重人格に近いがあくまで多重人格ではない嘘の、偽物の多重人格。
つまり己の才能さえも騙してしまうほどの強力な思い込みの力。それが結の作り出したジャンクション、幻多重人格だ。
「ググ。なんという規格外だ」
「規格外? 俺はただズルをしただけ。ズルをするために数値の改竄をした底辺だ。だがな、俺はそんなことに罪の意識なんてないぞ? 俺たち幻操師の戦いは単純に腕っ節がいいだけじゃだめだ。努力とアイデア。それが幻操師にとって何より大切なことだ。
想像力。それが俺たちの力になる」
「貴様……」
結は立ち上がると再び両手を合わせ、光を纏いながら右腕を前に突き出した。
その手には純白に輝く拳銃が握られていた。
「……バイバイ」
引き金に指を掛けた瞬間。彼が纏っていた光が銃口の内部に収束され、引き金を引くと同時にそれは『弾月』となって放たれた。
「……済まない。りーー」
「ーーっ! 今なんて!」
迫り来る月光を見詰め、静かに目を瞑り、つぶやかれたその言葉に激しい反応を見せる結。
放たれた月光はもう止まらない。人型の姿は光弾によって消滅していた。
「…………」
結は複雑そうな表情をしながら『ジャンクション=カナ』を解除した。
「うっ」
能力の解除と同時に体の隅々まで駆け巡る激痛に結の表情が歪む。
あまりの痛みに結はその場に座り込むと桜の隣で木に背中を任せていた。
「……よかった。……守れた……」
隣で静かに、安らかな表情で眠っている桜の頭を一撫でした後、結の意識は黒に染まった。
人型が消滅してから数分後。慌てた様子で複数の姿がそこに向かい走っていた。
さっきまで戦いが行われていたであろう場所にたどりついたものの、その気配が無くなっていたため戦いが既に終わったことを悟った会長は焦った表情で周囲を見回した。
「桜っ音無君っ!」
近くに生えていた一本の木。その根本で傷付き眠っている二人を見て真っ青になる会長だったが、二人の、特に桜のその安らかな表情を見てほっと胸を撫で下ろしていた。
「……まったく。心配かけるんじゃないわよ」
ふぅーっと溜め息をついた後、優しい顔になり二人の頭を撫でる会長だった。
人型イーターを含め六体のイーターが現れた次の日。
結はまた保健室のベッドの上で眠っていた。
ルナの力をいつも以上に発揮した結はジャンクションの回数と発動時間が少なかったにも関わらず反動によって動けなくなってしまっていた。
「あぁー、暇だー」
保健室で出来る事なんてたかが知れてるため結は退屈な時間を過ごしていた。
「ゆっちー、体調はどーだい?」
暇してる結に声を掛けたのは昨日結構なダメージを受けていたため会長から強制的に隣のベッドに寝かせられている桜だった。
「体調は平気なんだが、なんつうかあれだ体が思うように動かないだけだからな、なにより暇だ」
「あはっ、確かに暇だよねぇ」
結と桜は勝手に動けないようにという会長の優しさ(?)によって隣同士のベッドにそれぞれベルトガッチリと体を固定されているためすることがない……というよりなにもできなかった。
とは言え固定されてなかったとしても二人とも体の不調でなにも出来なかったと思うが。
「あら、二人とも起きてたの」
暇してる二人のところに来たのはF•G中等部二年代表とも言える美少女、美花会長だった。
「あっ、会長ーこのベルト外せよー」
「会長っベルト外してぇー」
「二人とも暴れると取らないわよ?」
「「…………」」
会長のお叱りを受けてだんまりになる二人だったが会長の次の言葉で桜が弱々しく答えた。
「人型が出たってほんと?」
「……はい」
会長の言葉に昨日、出現した人型にボロボロにやられてしまった桜はその時の自分の無力さに悔しく思っているのか弱々しく悔しそうに答えた。
「……桜、人型と対峙してどうだった?」
「……怖かった」
桜の口から出たのは桜とは思えないほど弱々しく儚い言葉だった。
「ここで終わっちゃうのかなとか、あたし無力だなとか、あたしが消えたらみんな……みんな悲しんでくれるのかなとか、そんなこと……考えたら怖くなったよ」
桜はそこまで言葉を紡ぐと静かに涙を零した。
いつもは生十会の一人としてその責任を背負いつつ、強く皆を先導する側の者としての覚悟を持っていた桜だったが、それでもやはり、桜はまだまだ十代の少女だ。
自分の無力さを思い知らされ、己の心が壊れるかもしれない恐怖、心の死をあれだけ目の前で見せられてしまった桜の心には小さくない傷が付いてしまっていた。
「桜」
静かに泣き出した桜に声を始めに掛けたのは会長ではなく結だった。
「そんな落ち込むなよ。まだまだ若いんだしさ、晩熟型だけなのかもしれねえだろ? まだまだこれから伸びるさ」
「……ふぇ?」
結はこの前桜に負け落ち込んでいた男子生徒に桜自身が言った励ましの言葉を言った。
「桜だってそう言ってたじゃねえか。まだまだ限界じゃねえだろ?」
「そうよ。桜だってこの一年間でだいぶ強くなったじゃない。まだまだ成長期よ」
結はもう一度励ましの言葉をかけ、会長も会長で桜に励ましの言葉をかけていた。
会長は静かに横になっている桜の頭を優しく撫で始めた。桜は恥ずかしそうに頬を赤くしながらも嫌がる素振りを見せることはなく会長に頭を撫でてもらっていた。
「世の中には才能が無くて努力してもBランクになることも出来ないやつがいるんだぞ? それでも絶望なんかしないで、例え絶望したとしても最後まで足掻いて足掻いて、さらに努力する奴だっているんだぞ?
それに比べて桜は十三歳でAランクになるほどの才能があるんだからよそれでも自分は弱いと言ってたらそいつらに失礼だぞ?」
「え? それって?」
「じゃ、俺は寝るから。おやすみ」
結は苦笑いしながら言うと桜に背中を向け寝る体制に入った。
「ありがと、ゆっち」
結が寝た後も会長と桜は二人で話をしていた。
さっきまで弱気になっていた桜の表情は二人の励ましのおかげでいつもの元気な笑顔に戻っていた。そのためすでに会長も彼女の頭を撫でるのはやめて、おとなしくベッド横の椅子に座わっていた。
「……ねぇ、会長。どう思う?」
「なんのこと?」
桜は暗い表情をしながら会長に話しかけた。会長は突然桜の雰囲気が暗くなったため、驚きながらも桜がなにを言いたいのか言うように促した。
「ゆっちのさっきの言葉」
「才能がどうたらって話? 大丈夫よ音無君が言う通り桜は才能あるわ。だから暗くなる必要なんてーー」
「あたしの事じゃなくてっ!!」
桜は会長の言葉に少し強い言葉を重ねると自分の感じた違和感を会長に話した。
「あの時のゆっち、まるで自分のことを言っているような感じがしたの」
「そりゃあの歳で人型を倒せるほどなんだから才能あるんでしょ? だったら違和感はないと思うわよ?」
会長は桜の言葉にどこに違和感があるのかわからずにいた。そんな会長をもどかしく思いながらも桜は説明すべく言葉を繋いだ。
「あたしも最初はそう思ったんだけどね、思い出すとあの時のゆっち、どこか悔しそうな顔してたから」
「悔しそうな顔?」
「あのタイミングであんな顔するってことはもしかしてゆっちは才能がないんじゃないかな?」
「そんなわけ……」
そんなわけないと言おうとした会長だったがここまで桜の意見を聞いて会長もまた結の力に違和感を感じ始めていた。
「本来、幻操術は心が生み出す力の幻力を対価にすることによって発動するもの、リスクは幻力のみ。それに比べてゆっちは全力なのかはわからないけど一定以上の力を発揮すると今みたいに動けなくなってしまう」
桜はそっと視線を結に向けた。会長もつられて結を見つめ始めた。
「それになによりゆっちのランクはF。つまりそれだけ幻力使用可能量と使用可能幻操領域が少ないことを表している」
「……そういえば、音無君ってFランクだったわね」
剛木との模擬戦、中型イーター、人型イーターとの戦闘で見せた高い戦闘能力に気を取られて忘れていたが結のランクはF。
つまりそこだけを見ても結は劣等生なのだ。
「そんなゆっちがAランクのあたし以上の実力を持ってるんだよ? 違和感……ない?」
桜はまるで結がなにかを隠しているとでも言いたげな顔をしていた。
その顔を見て出した会長の答えは
「だからなに?」
「へ?」
気にしないという答えに思わず驚き振り向いてしまう桜だった。
「あたしも多分音無君はなにかを隠していると確信にも似たものを感じてるわ。だからなに? 音無君は音無君じゃない。日向兄妹やあなたを助けた恩人であることには変わりないわ。それに」
会長は言葉を切って桜の目を己の覚悟を表すかのようにジッと見つめると言葉を紡いだ。
「音無君ならいつか話してくれるわよ」
「あはは、そうだよねゆっちなら話してくれるよね」
会長の答えに苦笑いしつつも賛同してしまう自分を可笑しいと思い、笑ってしまう桜だったが、
「それに裏のなにかを背負ってる男ってまるで物語の主人公みたいでかっこいいじゃない」
会長の次の言葉で完全に笑ってしまうのであった。
「……ありがと会長、桜」
結の言葉は二人に聞こえることはなく消えていった。
イーター同時出現から三日の時間が経った。
「失礼しまーす」
この三日間による休息のため後遺症もなく、完全に回復した結はイーター討伐による報酬を受け取るために生十会に来ていた。
「やっときたわね。早く座りなさい」
結は報酬を貰うはずじゃないのか、と疑問符を浮かべつつもとりあえず会長の命令通り渋々いつもの席に座った。
他の席には復帰した桜を含め残り九人が皆すでに集まっていた。
「それで報酬のことなのだけど」
会長はそこで言葉を切ると他のメンバーに目配せをし皆が頷くのを確認すると結にとってまったく想像していなかったことを言った。
「報酬として生十風紀会への入会手続きを全てこちらで肩代わりさせてもらったわっ!!」
「へー…………はぁ!?」
会長はドドーンと効果音が付きそうな感じで取り出したのはなんといつ撮ったのかわからない写真を張った結の生十風紀会の会員証明書だった。
「ちなみに教務科にはすでに連絡済みだからキャンセルは不可よ」
「うそ……だろ?」
結が驚きの余り呆然としている中他のメンバーは一斉に立ち上がると拍手を始め会長の号令の元ある言葉を発した。
「ようこそっ生十風紀会へっ!!」
「はは……」
こうして結は正式に生十風紀会のメンバーとなった。