4ー29 自分人形
「ここは……」
「やっと起きましたか、結」
「……奏」
結が気絶したあの日から、すでに丸二日が経っていた。
(ここは……あっ、リリーがいた宿か)
結は上半身を起こすと、自分がどこにいるのかを確認していた。
「奏、なにがあったんだ?なんで俺は寝ていたんだ?」
「覚えていないのですか?」
「……あっ」
結はあの日の事を思い出していた。
(確か、急に体に力が入らなくなって、それで……)
「……そうか。奏に助けられたのか」
結はあの時、自分がイーターの群れに飲み込まれたのを思い出していた。
それなのに結はこうして無事に生きている、つまりはそういうことだ。
「いえ、元はと言えば私の責任ですから」
「責任?奏はなにも悪くないだろ?ただ、俺がミスってやられただけた」
「そんなことはありませんっ!」
奏が突然大声を出したため、結は思わず驚いていた。
「ど、どうしたんだよ突然大声出して……」
「結は、結は悪くないんです」
結は奏に「どうして?」っと問い掛けようと思ったが、それは出来なかった。
なぜなら、奏が
泣いていたからだ。
「奏?」
「私のせいで、結の命を危険に晒してしまいました」
「だから、それは奏の責任じゃない。俺のミスだ。奏は悪くないだろ?」
「……戦いの途中」
何故そこまで責任を感じているのか、その理由はわからないが泣き顔で落ち込んでいる奏を結が慰めようとすると、奏は俯きながらぼそりとそう言った。
「戦いの途中、体に異変はありませんでしたか?」
「っ!?」
体に異変。それは確かにあった。
あの時の身体能力の低下は、あまりにも不自然だったのだ。
あの下がり方は疲労によるものではない。結は薄々そう感じていた。
結はなにか別の原因が、例えば病気などの理由があるのだと思い、奏に余計な心配を掛けないために黙っていたのだ。
それなのに、奏はそのことを言った。
(奏は原因を知っている?)
結の脳裏には、その考えが浮かんでいた。
「その様子、あったみたいですね」
「……あぁ、途中から急に体がイメージ通りに動かなくなった。でも、あれはきっとただの疲労によるものだ。俺は劣等生じゃないかもしれないけど、少なくとも天才じゃないからな。幻力の量だって奏たちと比べれば雀の涙ほどだ。スタミナが途中で足りなくなったとしても納得できるさ」
結は奏に本当のことは言わないことにした。
結はあの時、スタミナにはまだまだ余裕があった。
だからこそ結は、あの時の原因が疲労ではなく、それ以外の何かだと思ったのだ。
「おそらく、俺が自分に掛けてる幻術、つまり自幻術のエラーだろうな」
結は通常幻操術、火の玉を放出したりするなどの、他の何かに影響を及ぼす幻操術、つまり他幻術が使えない。
月属性の幻操術は、性質から発動できるため、この限りではないが、結には他幻術の才能が全くなかった。
その代わり、結には別の幻術があった。
他にではなく、己に掛ける幻術。
つまり、自幻術だ。
自幻術とは、つまり己自身に幻術を掛ける能力だ。
幻操師は感情、つまり心によってその実力が大きく変わってしまう。
そのため、幻操師はどんな時でも平常心を保てるために、己に暗示を掛ける。これが自幻術だ。
自幻術とは言い換えると、己の五感を制御する術と言ってもいい。
他幻術で他者の五感を制御することは出来ないが、己の体であればそれは可能なのだ。
結はこの自幻術が得意分野だった。
だから結は自分にとある幻術を掛けた。
それは『自分人形』だ。
実際の喧嘩では強くなくても、格闘ゲームなどではとてつもなく強い奴がいるだろう?
それは何故か、それはゲームだからだ。
ゲームであれば痛みはない。
常に冷静でいられる。
現実ではそうはいかない。殴られれば痛いし、痛みによって体の自由が効かなくなる。
何より、ゲームのキャラクターと現実の体では、そもそも動き方が違う。
現実では、パンチという一つの行動でさえも、どうするかをいちいち確認しなければならない。
喧嘩慣れしていれば、それは意識ではなく、無意識のものとして行うことが出来る。
つまり、慣れることで一つ一つの判断が早くなるのだ。
ゲームではどうだろうか?
ゲームではコントロールのボタンを押すだけて、勝手にキャラクターが動いてくれる。
それも、プログラムされている動き通りに理想の行動を行ってくれるだろう。
仮に現実の人間とゲームの中の人間がいるとする。
二人とも身体能力は全く同じで、互いに感じる痛みなどの痛覚を含め五感すべてが同じだとする。
全く同じ能力を持った二つの存在が戦った場合、どちらが勝つだろうか?
結果はゲームのキャラクターだ。
確かに現実とゲームのキャラクター、二人の実力は最初のうちは拮抗するだろう。
しかし、互いにスタミナはあるのだ、疲れてしまえば例えば無意識の行動だとしても、その内理想の動きが出来なくなってしまう。
そもそも、自分の意思で毎回完璧のフォームで動くことの出来る人間なんているのだろうか?
常に自分の一○○%の実力を発揮出来る人間なんて存在しないのだ。
体が覚えているといっても、だからと言って一○○回とも同じように出来るわけはないのだ。
しかし、ゲームのキャラクターは違う。
動きの一つ一つは完璧にプログラムされているためミスだなんてことはあり得ないのだ。
結はまさにそれだった。
人には無意識の行動というものがある。
例えば、触ったものが熱かった場合、意識せずとも手を離すだろう。
つまり、反射だ。
結は自幻術を使ってこの反射の行動を増やしたのだ。
五感が感じ取る状況に合わせて、どういった行動を取るのかを全て事細かく割り出し、全てを反射として自分に植え付けたのだ。
斬り掛かられるのを五感で認識した瞬間に、それを最善の形で避ける、これを全て反射で行うのだ。
こういったことを全て自幻術によってプログラムしたのだ。
しかも、ただの全自動ではない。
自動であるところは自動にして、人間らしい判断が必要なところは自分で判断する。
戦闘特化の半自動状態。
それが結の戦闘モードなのだ。
意識して動いている他の幻操師と違い、結の場合は予め体の動きをプログラミングしているため、圧倒的に初動が早いのだ。
人間の不安定だが、成長し柔軟な思考と、成長しないが、安定して完璧でいられる機械の思考。
この二つが混ざり合った存在が結なのだ。
(自分の体でありながら、第三者としてまるでゲームのプレイヤーかのように自分の体を操作する。だから『自分人形』)
奏は結の考えてを黙って真剣に聞いていた。
結はこれで奏が納得してくれると思い、内心、良かったっと思っていた。
「……それは違います」
しかし、奏の口から発せられたのは、否定の言葉だった。
「なんで言い切れる?」
「結の『自分人形』は言わば反射の付け足しです。一度反射の行動として無意識領域が認識すれば、それは永遠保存されます。反射が無くなることはありません」
「……そうかもしれないが、人間の全てが解明されている訳じゃないだろ?俺が想定していなかったことかもしれない。そもそも俺の自幻術が解けただけかもしれないだろ?」
結の反論に奏は「そうですね」っと答えると、小声で「なら確かめますか」っも呟いた。
「……なんのつもりだ?」
奏は、結が反応出来ないスピードで右腕から刃を伸ばすと、それを結の脳天に向かって突き出していた。
結は驚いた表情になりながらも、奏の刃を左手の親指とそれ以外の四本の指を使った、片手版の真剣白刃取りによってそれを受け止めていた。
「確かめるためです」
「確かめるためだと?」
「結の『自分人形』が解けているのかいないのか」
「……」
悔しそうな顔をしている結に、奏は「結論は出ましたね」っと冷たく告げた。
「今の一撃を結自身の実力で受け止めることは不可能。つまり『自分人形』は正常に働いています」
奏は今の一撃をあえて結が反応出来ないスピードで繰り出していたのだ。
しかし、それに反して結は奏の一撃をしっかりと正確に受け止めていた。
これは『自分人形』による自動防御に他ならない。
「そもそも、『自分人形』の不調であれば、結は今生きていません」
急激に身体能力が低下し、イーターの大群に呑まれたにも関わらず、結が生き延びていたのは、『自分人形』による自動防御のおかげだ。
『自分人形』が致命傷を避けるように体を動かしていたため、結はあの状態で生き延び、結果奏が間に合ったのだ。
「な、ならやっぱり何かの想定外で……」
慌てながらそう言う結に、奏は鋭く「ありえません」っと否定した。
「確かに今回の状況は一対五○○○という、今までにない状況でしたが。正直に言って、いつもの結なら後れを取るなんてことはありえません。一対多の訓練は嫌という程にしましたので。だから今回の戦いで今までになかったような状況になるわけはなかったのです。考えられることは一つです」
奏はそこで一旦言葉を切ると、心の中で覚悟を決めると結に話し始めた。
「私たちは結にある隠し事をしていました」
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