4ー28 奏の怒り
(結……)
奏は結の幻力が弱くなっていることに気付き、その場の戦いを数秒で終わらせると、結の元へと一直線に向かった。
「結っ!」
奏がそこで見たのは、全身を真っ赤な血の色で染め上げ、力無くその場に崩れ落ちている結の姿だった。
「邪魔ですっ!」
奏は結の周囲に群がるイーターを、氷の彫刻へと変化させると、倒れている結を抱き抱えた。
「結っ結っ、しっかりして下さい」
自分と結の周囲に、氷の壁を展開することによって、一時的に安全を確保すると、奏は結のほっぺたをペシペシと叩きながら声を掛けていた。
「結……」
しかし、結はなんの反応も示さなかった。
(まさかっ)
奏はもしかしたらすでに結は事切れてしまっているのかと思い、焦りの表情を浮かべながら、結の胸に耳を当てた。
(……良かった。弱いですが心臓はちゃんと動いていますね。これならすぐに治療をすればどうにかなりそうですね)
奏は結の身を案じ、すぐにでも治療をしたいと思うが、状況が状況だ。それはすることは今の状況では到底無理だった。
(仕方がありません。すぐに片付けますか……いえ、その前に)
奏は結を俗に言うお姫様抱っこで持ち上げると、現地点からテニントの街の外壁に向かって氷の道を作っていた。
奏が作った道には、外からイーターが侵入出来ないように、丈夫な壁が作られていた。
奏はその道を通り、完全にテニントの街の外壁にいるリリーとルカの元に向かった。
「どどどど、どうしたのです!?」
「どうしたの……って結君っ!?」
イーターを殲滅しきる前に帰ってきた奏に、リリーとルカは疑問の声を上げると、すぐに奏が抱き抱えている血濡れの結に気付き、その表情を真っ青にしていた。
「ゆ、結さんはどうしたのです!?」
「ちょっと、いったい何があったの?」
「……ちょっと想定外のことが起きてしまいまして……すみませんが、結のことを見ていてくれませんか?」
「か、奏はどうするの?」
突然奏の声色が変わり、目をまん丸にしながら奏に視線を合わせたルカは、思わず絶句した。
ルカの見た奏の目には、人間らしい輝きが一切無くなっていた。
感情を持たない人形。
(なにがあればこんな目が出来るの?)
恐怖。
ルカは今の奏にそんな感情を抱いていた。
「あの雑草共に思い知らせてあげようと思います」
「…………」
奏の異変に気が付いたリリーとルカの二人は奏の雰囲気に呑まれ、なにも言えずにいた。
「一体誰を傷付けたのか。一体誰を怒らせたのか」
結が使う幻操術『六月法』。
『六月法』は奏でさえも習得することが出来なかった。
しかし、奏は『六月法』とは呼べない形で、あくまでも『六月法』に似た何かとして、ある術を習得していた。
「『天使化』」
「……すごい」
「……綺麗」
奏の背中からは、純白に光り輝く粒子を周囲にばら撒く、同じく純白の美しい一対の翼が生えていた。
「まるで……天使なのです」
リリーは奏のその姿に心を奪われていた。
純白の翼をはためかせ、どこか寄り付きにくい神秘的なオーラを醸し出している奏の姿は、まさに天使そのものだった。
「リリー、ルカ」
「は、はいなのですっ」
「はいっ」
奏に声を掛けられた二人は、奏の神秘的なオーラに気圧されて、リリーは元からとして、ルカまでも思わず敬語で答えてしまっていた。
ルカはさっきまで感じていた恐怖が消え、リリーと二人、ただ、ただ純粋に奏の姿に心を奪われていた。
(な、なんだろこの気持ち。すごく、ドキドキする……はっ、まさかこれが恋……)
ルカが内心そんなことを思っていたことを、同然奏は知らない。
「結のことをよろしくお願いします」
「はいなのですっ」
「わかったわっ」
敬礼をして、了解の意を精一杯表現する二人に、奏は「すぐに戻ります」っと言い残すと、純粋の翼をはためかせて、再びイーターの群れにへと突撃した。
(結がこの程度のイーターにただ負けるわけがない)
奏は結と何度も模擬戦をしているし、結があのトンファーを使った時の戦闘能力も、実際に菜々として相手をしたため、完璧に理解している。
そのデータからして、結がここに集まっているイーターたちに後れを取るなんてことは、普通ならあるわけがないのだ。
(私のせい……ですね)
奏は怒っていた。
結を傷付けたイーターに対してではない。
自分自身に怒っていた。
(私が零王の力を弱化させようと思わなければ、結がこんなことになるわけはなかった)
結を見て、奏は自分の考えがあっていると確信してしまっていた。
結の力は零王あってのもの。
零王の力の元は、結自身が自分のことを劣等生だと信じ切ること。
奏はそれを壊してしまった。
結の劣等生だという意思を壊してしまった。
零王の存在を揺るがしてしまった。
結を弱化させてしまった。
そして、結果、結に大怪我をさせてしまった。
(誓ったのに。あの日、結を守ると誓ったのに。それなのに、間接的とはいえ、私が結を傷付けてしまったっ!)
だから、奏は怒っていた。
それも、未だかつてなかったほどに、奏の心は純粋な怒りに染まっていた。
(よくも。よくも。よくもっ!)
空を飛んでイーターの上空まで辿り着いた奏は、両手を地面の方に向けながら左手の甲に右手を添えるようにして重ねると、その手に多量の幻力を集中させた。
「消え去りなさいっ!」
いつも激情を見せない奏が、珍しく声を荒立てて叫ぶと、今まで美しい純白だった翼が、どんどんその色を変えていき、白とは対の色と言ってもいい、白とはまた別の美しさを持った漆黒の翼へと姿を変えていた。
(全て、全て、消えてしまえっ!)
奏の合わさた手から、地面に向かって漆黒に光り輝く閃光が放たれると、盛大な土煙りを巻き起こし、奏の視界を完全にゼロにした。
「はぁはぁーー」
奏は息を荒げながらも、土煙りが晴れるのを空中で待っていた。
土煙がだんだん晴れていき、奏がイーターを殲滅し終わったか確認するために、地面に降りたとうと思われたが、奏が行った行動は、それとは真逆だった。
「ーーあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
発狂。
奏は地面に降り立たずに、壊れたかのように大声で叫ぶと、今だに土煙の晴れない地上に向かって、狂ったかのように漆黒の閃光を何度も、何度も何度も繰り返して撃ち続けていた。
(結っ結っ結っ結っ結っ!!)
奏は閃光を放つのを一旦やめると、両腕に幻力を集めていた。
奏は両腕に集めた幻力を、大量の雷を凝縮し閉じ込めた、氷の刃を、腕を延長するかのように袖から伸ばすと、双刃を自分の頭上で合わせた。
奏は両腕を天に翳し、双刃を光り輝く一振りの刀へと変化させると、刀の柄を両手でしっかりと握り締めると、刀身から激しい雷鳴を轟かせているその刀を、地面に向かって振り下ろした。
「雑草風情が結を傷付けるなっ!!」
奏が叫びながら刀を振り下ろすと、そこには、奏の太刀筋通りに底が見えないほどに深い谷を作られていた。
「はぁはぁ」
奏は息切れしながらも、純白の翼をはためかせて、リリーたちの場所まで、戻って行った。
「か、奏ちゃん?」
「なんですか?ルカ」
「大丈夫なのですか?」
「……どうしたのですか?リリーもルカも変ですよ?」
遠くだったとはいえ、奏が作っておいていた望遠鏡を通して、奏の戦い様を見ていたリリーとルカは、奏の変わりように驚いていた。
最初に翼を生やした時には、まるで天使のようだった奏が、イーターとの戦いを始めた途端、綺麗な純白だった翼も暗く重い漆黒へとその色を変えていたし、その姿はまるで、悪魔のようだった。
戻って来た時には、既に翼は元の純白に戻り、ここまで届いていたような強い殺気も無くなっていたため、大丈夫だとは思っていたが、ついつい本人に確認するまでは、不安になっていたのだ。
まだ会ってからそれほど時間は経っていないため、それが本当に正常なのかはわからないが、少なくとも、自分たちの知っている奏に戻っていることを確認出来て、思わずほっとしていた。
「それにしても、結は大丈夫ですか?」
「へ?あっうん。ここで出来るだけの処置はしたよ?でも、今あるのはいつも念のために持っている傷薬くらいだったから、応急処置程度だよ」
申し訳なさそうに言うルカに、奏は笑顔で「ありがとうございます」っとお礼を言うと、結の体を確認していた。
(とりあえず、酷い傷はなんとかしたといったところでしょうか。ですが、これだけの処置では運んでいる間に傷が開いてしまいそうですね。……少し手荒いですが、仕方がありませんね)
奏は仕方がないとばかりに、ため息をつくと、結の体に掌を向けた。
「あのぉ?何をするのですぅ?」
「このままでは運ぶことが難しそうなので、傷を冷凍します」
「えぇっ!?傷を焼いて塞ぐことは聞いたことがありますが。傷を冷凍して塞ぐなんて聞いたことないのですぅ!」
リリーは「大丈夫なのですか?」っと言わんばかりに奏に詰め寄っていた。
「安心してください。細胞を一切傷付けずに、そうですね……結の体を一時的に冷凍仮死状態にします。そうすれば運んでいる最中に傷が開くこともありませんしね」
「奏ちゃん?それ、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫なはずですよ。解凍は私の意思で一瞬で出来ますので、結の体に不用意なダメージを与えることもありません」
奏の説明が難しかったのか、リリーとルカはよく分かってなさげな顔で返事をすると、よしっと手をパシンと叩いた。
「結君を冷凍するとかは手伝えないけど、運ぶくらいは手伝うよっ!」
そう言いながら、なにやら気合いを入れているルカを見て、リリーも一緒にやる気になんていると、奏は気まずそうに、ごほんっと咳払いをした。
「えー、大変申し訳ないのですが」
「な、なにかな?」
「私の氷で覆ってしまえば、後は私の念で自由に操作出来たりします」
「つまり、運び手は要らないということなのです?」
寂しそうに言うリリーに、奏はやはり気まずそうに「はい」っと答えた。
リリーとルカは、奏の言葉を聞いて、がくりと肩を落とすと、すぐに顔を上げて元気にいった。
「じゃあいいやっ。とりあえず手伝える事があったらなんでも言ってねっ!」
ルカは笑顔でそう言うと、グッと親指を立てていた。
奏はそんなルカを見ると、微笑みながら「ありがとうございます」っとお礼を言った後、結の冷凍作業に入っていた。
(冷凍座標決定。細胞に傷付く心配がない速度で、冷凍開始)
奏がパシンと指を鳴らすと、結は一瞬で氷の彫刻へと姿を変えた。
「結君はどこに連れていくの?」
「そうですね。治療は私も出来るので、落ち着いた環境……とりあえず宿に戻りますか。リリー、悪いですが、先に戻って部屋を借りてきてくれませんか?」
奏たちは今日この街を出て行く予定だったため、既に宿は残りをキャンセルしていたのだ。
そのため、戻る宿がない奏は、リリーに部屋を変わりにとってもらおうと頼んでいた。
奏に頼まれたリリーは両手で敬礼という、ちょっと不恰好な敬礼を披露すると、「急ぐのですぅー!」っと叫びながら宿に向かって走って行った。
「さて、それでは行きますか」
奏は氷の結を宙に浮かべさせると、ぶつけたりしないように、注意を払いながら、宿に向かった。
(まぁ。ぶつけたところて傷が付くほど、柔な氷ではありませんが。……それにしても、やけに街の中が騒がしいですね)
街に戻ると、街人がやけに慌てていることに気が付いた奏は、首をちょこんと傾げていた。
街人がこんなにも慌てている理由を考えていると、ルカの「あぁっ!」っという叫び声で思考を中断することになった。
「どうかしたのですか?」
「そういえば、化け物を退治したこと街のみんなは知らないんだった!」
奏はなるほどと内心納得していた。
(そういえば、この街の人からすれば、これからイーターの大群に襲われようとしているわけですし、慌てるのも当然ですね)
奏のような、高い実力を持った幻操師であれば、イーターの群れ程度で慌てることなんてないが、幻操師ではない一般人からすれば、それはまさに大慌てするに決まっている。
「ルカさん。私たちのことは伏せてイーターがいなくなった事だけを街の皆さんに伝えてきてくれませんか?」
「え?奏ちゃんたちのことを伏せるってなんで?」
「私たちはあまり目立ちたくないので」
奏の答えに満足したのか、ルカは「わかった」っと言い残すと、今だに騒がしくしている街人たちに教え周りに行った。
(さて、早く行きますか)
奏はおそらく既にリリーが借りることが出来ているだろう宿に向かった。
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