4ー24 勧誘成功
コンコン
目的の子の部屋まで辿り着いた結たちは、少女と会うべく扉をノックした。
少しの間の後「はぁーい」っという返事と共に、ガチャリと音を立てて扉が開いた。
「はじめました」
「あのぉ。どちら様なのですか?」
そこに居たのは、セミロングの茶髪の一部をサイドで結んでいる、薄い水色のワンピースを着た、可愛らしい少女だった。
「あっ。お、お久しぶりです」
「え?」
少女が二人の顔を交互に見ていると、結の方を見た途端、驚愕の表情を浮かべたと思ったら、突然結に向かってペコペコと頭を下げ始めた。
「知り合いですか?」
「いや、知らない子なんだが」
「ふぇ?」
頭をペコペコと下げていた少女は、奏の質問に結が知らない子と答えた瞬間、驚いたようにその綺麗な目を丸くしていた。
少しの間、目を丸くしたまま固まっていると、唐突に何かに納得したかのような表情になると「だから……」っと小さく呟いていた。
「悪い。何処かで会ったことあったか?」
結にはT•Gに入学する前の記憶がない。もしかしたら、それよりも前に会ったのかもしれないと思い、自分の過去の手掛かりになると思いそう聞くと、少女が返したのは
「ごめんなさいなのです。あまりにも知人に似ていましたので、間違えてしまいました。あなたとは初対面なのです。お名前を伺っても良いですか?」
「そうか……俺は結」
「私は奏です」
「結様と奏様ですね」
「いや、様は別に要らないぞ?」
「あっ、そうですか?ですがこっちの方が落ち着きますので、どうかお許しくださいなのです」
あまりにも必死にお願いされるため、結と奏は渋々了承することになっていた。
「君の名前は?」
結が少女に名前を聞くと、次の瞬間、雪のように真っ白な肌を真っ青にすると、大慌てで頭を下げ始めた。
「ごごごごごめんなさいなのですっ!名乗って頂いたのに、私が名乗るのが遅れてしまいましたなのですっ!私は……リリチャルド・アルテウス・ファルミニールなのですっ」
「えーと……リリ……なんだって?」
「リリチャルド・アルテウス・ファルミニールですね」
「なんで分かるのっ!?」
やけに長ったらしい名前を一度聞いただけで完璧に覚えたらしい奏に、結が驚いていると、リリチャルド・アルテウス・ファルミニールは「あはは……」っと乾いた笑い声を漏らしていた。
「私のことはどうぞリリーとでも呼び捨てでお呼びくださいなのです」
「……助かる」
「……いえいえ。長ったらしい名前でごめんなさいなのです」
「いや、リリーは悪くないよ」
結が俯いてひどく落ち込んでしまっているリリーの頭を撫でてやると、手が触れた瞬間はびくんっと震えたが、その後はなすがままに撫でられていた。
「……結」
「あっ、悪い、ついな」
「あっ……いえ、大丈夫なのです」
「結、そうやって気軽に女性に触れるものではありませんよ?」
「ごめんなさい」
素直に頭を下げて謝る結に、奏は「よろしい」っと言う、リリーに本題を話し始めた。
「リリチャルド・アルテウス・ファルミニール改めリリー」
「覚えられなかった俺に対する嫌味か?」
「は、はいなんですか?」
リリーは落ち込んでいる結を気にしながらも、返事をすると、自分の言った名前のせいで落ち込んでしまっている結が見てられなくなったのか、結の背中を優しく撫でていた。
「ありがとな」
「い、いえ」
結とリリーの間になにやら怪しいムードが出来上がりつつあると、そのムードにいち早く気が付いた奏に態とらしくゴホンッと咳払いをした。
「リリー、本題に入っても良いですか?」
「はっはいなのですっ!」
奏の表情は女神様ではないのかと思ってしまうほどに美しく、同性から見ても惚れてしまうのではないかと思うくらい魅力的な笑顔だったのだが、何故からわからないがその笑顔から冷たい何かを感じたリリーは、背筋をピーんと伸ばすと、奏に向かって敬礼をしながら答えていた。
「はぁー。さて、それでは本題に入りますね。回りくどい言い方は嫌ですので単刀直入に言います。私たちはあなたを勧誘しにきました」
「おいっ。確認しなくていいのか?」
一度ため息をついて、恐怖の笑顔を引っ込めた奏は、いつもの表情に戻ると単刀直入にそう言った。
リリーが幻の逸材なのか確かめてもいない状況で、単刀直入にそんなことを言う奏に、結が文句を言うと
「実際に会えばわかりますよ。リリーの潜在能力はそうですね……六花衆と同等、もしくはそれ以上かもしれません」
「六花衆と同等っ!?あいつらは一組三位たちだぞ!?」
「賢一さんから大物とは聞いていましたが、私もまさかこれほどとは思っていませんでしたよ」
「あ、あの何の話なのですか?それに勧誘って一体……」
結と奏の会話についてこられなかったリリーに謝罪をすると、リリーにもわかるように説明を始めた。
「あなたはここにどうやって来ましたか?」
「そ、それは……」
「わからないのではないですか?正確には、気が付いたら全く知らない場所にいて、彷徨っていたら偶然この街についた……違いますか?」
「ど、どうして……」
「確定ですね。今のあなたには彷徨う前の記憶が無い、違いますか?」
「……ありません。気が付いたらこの街近くの森に居ました。最初は夢の中にいるみたいな感覚なのでしたが、どんどん意識がハッキリとしてきて、不安になってそれで……」
リリーはそこまで話すと、突然泣き始めてしまっていた。
リリーが泣き始めてしまい、どうしようかと思っていると、奏が結に「優しく抱き締めてあげてください」っと耳打ちをした。
一瞬(なぜ?)っと思った結だったが、今は奏の判断に従ったほうが賢明だと思い、リリーを優しく抱き締めることにした。
結がリリーを抱き締めると、リリーはさらに泣き声を大きくすると、そのまま結の体に強く、強く、抱き付いていた。
「……今は……仕方が無いですね」
奏は小さくため息をつくと、結に抱き締められているリリーの頭を優しく撫でていた。
泣き続けること数分。
泣き止んだリリーは、結と奏に謝罪をすると同時にお礼を言うと「どうぞ、中に入ってくださいなのです」っと部屋の中に案内いた。
どうやら部屋は一人部屋らしく、三人いると狭いため、結はベットの上に座り、奏とリリーは用意されていた椅子に座った。
自室ではなく、あくまで一時的に借りている部屋らしいため、内装はほとんどされておらず、女の子の部屋とは程遠い。
女の子っぽいところがあるとすれば、整理整頓がされていて、綺麗に整っているところだろうか。
いや、それはただの性格か。
「そ、それで勧誘とはなんの話なのですか?」
「簡単に言ってしまえば、この世界での学校、私たちが暮らしている学校に入学しませんか?入学すれば、衣食住全てが保証されますよ?」
「ほ、本当なのですか?……いえ、ですが、お断りします」
「何故ですか?」
「話自体は凄くありがたいですが、何故私が勧誘されているのかがわかりません」
つまり、警戒してると言うことらしい。
「さて、どうしたものか」
「その……」
結がどうしようかと頭を悩ませていると、リリーが両手の人差し指をちょんちょんさせながら結に声を掛けていた。
「ん?なんだい?」
「その、結もその学校にいるのですか?」
「いるけど?」
結がそう答えた瞬間、リリーはパッと花が咲いたかのように笑顔になっていた。
「そ、それならーー」
「でも、後一年もしない内に転校生するけどな」
「……えっ」
リリーが何かを言い掛けていたが、結が言葉を被せると、リリーは驚きの声を漏らしながらフリーズしてしまっていた。
「ど、どうしてですか?」
「こいつ、奏の作る学校に入学するんだよ」
「本当に入ってくれるのですか?」
「当たり前だろ?俺とお前の仲じゃねえか」
「なら……」
結と奏が話している間、急に俯いてしまっていたリリーは、ボソリとつぶやくと、次の瞬間、顔をバッと上げて叫んだ。
「私もその学校に入学させてくださいっ!」
「「え?」」
顔を真っ赤にしながら、やり切った感に満ちているかのような表情をしているリリーに対して、結と奏から漏れたのは疑問の声だった。
そりゃそうだ。結がそこにいるかを確認したり。いるとわかった途端嬉しがったり。いるけど近い内にいなくなるとわかったら落ち込むし。入学前から転校手続きしようとするし。そんな風に一人で百面相をしているのだ。
リリーが今、何を考えているかなんてことはわかるわけがないのだ。
(……まさか、この子……)
……約一名を除いて。
「はぁー。なんでこうなった?」
リリーが叫んでから、何故か結は奏に部屋から追い出されてしまっていた。
(「すみませんが、結は少しの間、席を外してもらえませんか?……言い換えます、部屋に戻って下さい」)
っと、こんな風に追い出されたのだ。
そして、しばらく経ってから奏はリリーを連れて部屋に戻ってきた。
リリーを連れて。
あの後、どうやら奏はどんな話術を使ったのかはわからないが、リリーにT•Gに入学することを承諾させたらしい。
リリーに承諾させたのは良い。
結局追い出されたせいで結自身はリリーとほとんど会話出来なかったため、会話の時間を増やすためにも部屋に連れてきたのもまだ良い。
しかし。
(なんで三人で一緒に寝ることになってるんだよっ!)
結はベットで仰向けに寝ているのだが、左側には奏、右側にはリリーとまさに両手に花だった。
ただ川の字になって寝ているだけじゃない。結は新しく部屋を頼んだ時に二人部屋を指定したのだが、ダブルかツインは指定していなかったのだ。
結はもちろんツインのつもりで頼んだのだが、何故かあの店主はツインではなく、ダブルにしていたのだ。
(お嬢ちゃん、頑張るんだよ)
だなんていう、店主の気遣いがあったなんてことは、二人とも知る由もなかった。
つまり、今の状況としては、真ん中が結の状態で、ダブルベッドに三人で寝ているのだ。
もちろんダブルで三人同時に寝るのは難しい。だから両サイドにいる二人は真ん中にいる人の腕を枕にしていた。
両手に花ではなく、両腕に花だ。
(リリーはまだいい。腕枕をしていると言っても、触れ合っているのはリリーの頭と俺の腕、それだけだ。……でも、奏はやばいっ!何故奏は腕だけじゃなくて、俺の体に抱き付いているんだっ!?)
スースー
両サイドからは規則正しい息遣いが聞こえる。どうやら二人とも既に夢の世界に旅立っているらしい。
なんとなく二人の寝顔が見たくなった結は、二人を起こしてしまわないように、出来るだけ動かないようにして、首だけをとりあえず先に奏の横顔を見ようと思い、左側に向けると
(!なんでこっち向いてんだっ!)
奏は腕だけじゃなくて、結に抱き付いているのだ。そうなれば当然顔は結の方を向いている。そんなわかりきったことがわからなくなるくらい、結は今の状況に動揺していた。
(流石にこの距離で真正面はやばい。……いつも可愛いけど、寝顔はなんか、守ってやりたくなるな)
いつもは誰よりも強くて頼りになる完全無欠の少女。
そんな奏だが、寝ている時はただの少女なのだ。
(こんなに無防備にして……ったく。十歳だし普通か?……うん、絶対普通じゃない。警戒心なさ過ぎ、無垢過ぎ。……はぁー。五年後が心配だよ)
結はこれ以上、こんな近くで奏の寝顔を見ていたら、がんばって押さえつけている何かが溢れ出しそうになってしまうため、顔を今度は反対側に向けた。
(リリーは普通に寝てるだろ。……横顔なら大丈夫だよな?)
そう思っていると
(なんでリリーまでこっち向いてんだよっ!)
奏のように抱き付いているわけではないが、リリーもリリーで結の方に顔を向けて横向きの姿勢で眠っていた。
(だからかっだからやけに息遣いがハッキリ聞こえたのかっ)
結は奏とリリー、二人の美少女の寝顔をこんなにも近くで見てしまったため、軽く、いや思いっきり動揺してしまっていた。
(くそっ。俺のバカっ。二人の横顔が見たいだなんて思った俺のバカっ)
結は顔を天井側に戻した。
結は天井のシミの数でも数えて、さっき見た二人の寝顔を忘れようとしていると
もぞもぞ
(ん?)
どうにか落ち着き始めたころ、結の右側からもぞもぞとした振動が伝わってきた。
(リリー?起きたのか?……いや、相変わらず寝息は聞こえているし、寝返りか?)
寝返りならば、リリーが反対側を向いてくれるも思い、良しっと思っていると
ギュッ
(なんでリリーまで抱き付いてくるんだよっ!)
向こうを向くどころか、奏と同じように結の体に抱き付いていた。
(煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散)
結は夜の間、ずっとそんな風に過ごしていた。
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