4ー22 奏の誘い
ドッペルゲンガーの正体は、幻理世界に飛んだもう一人の自分。
そんな衝撃の事実を知った結は、思わずポカーンとしてしまっていた。
「結、次の説明に入って大丈夫ですか?」
「へ?あ、あぁ。いいぞ」
奏に声を掛けられて、ハッと正気に戻った結は、とりあえず落ち着くために、コーヒーを一口飲むと、奏に続きを促した。
「幻の逸材が幻理世界に現れる際、物理世界と幻理世界の二つの世界の間にある、世界の壁というものに一時的ですが、穴が空いてしまいます。その穴のことを幻穴と呼んでいます」
「なるほどな。その幻穴だったか?それがこの近くで確認されたってことか」
「はい。幻の逸材は九割以上が幻操師として高い素質を持っており、尚且つまだまだ幼い少女なんです。幼い少女であれば、自分にとって都合のいいように再教育がしやすいですから。ですので、幻の逸材は各ガーデンからすれば、喉から手が出るほどに欲しい存在なんです」
「ん?少女だけなのか?」
「そうですよ。高い潜在能力を持っているために毒となってしまうのは、まだその強大な力に見合う器たる、肉体が出来上がっていないからです。肉体面では女性よりも男性のほうが上回っていることが多いですし、逆に毒になりえる、幻操師の力、つまり精神力は女性のほうが上回っていることが多いですので。潜在能力が毒となる期間があるのは基本的に女性だけですね」
奏の説明に結は「なるほど」っと頷くと、ふとある矛盾に気が付いていた。
「幻の逸材は少女ってのが普通なんだろ?」
「そうですが?」
「なら、どうして白夜は俺のことを幻の逸材だと思ったんだ?」
「……おそらく、その白夜という青年は常識に捉われない、柔軟な思考を持っているようですね」
奏の回答に、結は再び「なるほどな」っと頷くと、「ん?」っと二度目になる疑問の声を漏らしていた。
「なにか気になることでも?」
「幻の逸材ってのは見た目だけは普通の人間なんだろ?どうやってそいつが幻の逸材か確認するんだ?」
「簡単ですよ。幻の逸材が持っている力は高い潜在能力でしかありません。幻理世界に来てすぐにその力を解放できるなんてないと思ってもいいぐらいですから。そういえば、結にはまだ物理世界と幻理世界の位置がリンクしていることを教えていませんでしたね」
「リンク?」
「正確には、世界の壁を介して隣り合っている場所と言ったほうがいいでしょうか。このあたりは物理世界で言えば日本らしいですよ」
「……らしいって、随分と曖昧だな」
「仕方がないじゃないですか、私も幻の逸材なんですから、物理世界の記憶はほとんどありません。それで、話を戻しますがーー」
「おい、ちょっと待て」
気になる言葉を、あまりにも自然に流そうとする奏に、結は思わずストップをかけていた。
「なんですか?」
奏はなんで話の腰を折られたのかわからないようで、可愛らしく首を傾げていた。
「……奏は幻の逸材なのか?」
「あぁ。そんなことですか」
「そんなことじゃねえっ!」
「あぅっ」
真剣な態度で、何かを聞こうとしている結の姿を見て、何を聞かれるのか覚悟していた奏だったが、結から聞かれたのは奏が想定していたものとは違かったため、思わず「そんなこと」っと言ってしまっていた。
奏はふぅーっとどこか安心したかのようにそう答えた瞬間、店内に激しい怒鳴り声が響いていた。
声の発信源は結だった。
結は奏の言葉に怒ったようで、テーブルを両手で力強く叩くと同時に立ち上がると、大声で叫んでいた。
突然の激怒によって、奏は思わず小さな悲鳴を漏らしてしまっていた。
「な、なにをそんなに怒っているのですか」
奏は全身をプルプルと震わせ、怯えながらも、怒っている結に聞いた。
「お前、言ったよな?」
「な、なにをですか?」
「幻の逸材は各ガーデンからすれば喉から手が出るほどに欲しい存在だって」
「そ、そうですが、それが一体なんの関係が…………あっ」
結の激怒となんの関連があるのかわからないことを聞かれ、思わず声を荒らげてしまった奏は、途中で「あっ」っと驚きの声をあげると、急に頬を赤く染めていた。
「お前が幻の逸材なら、お前は狙われる可能性があるってことだよな?」
奏が怒った理由、それは奏が各ガーデンにとって、喉から手が出るほどに欲しい、つまり狙われる可能性がある幻の逸材であるのであれば、そのことを全く気にせずに無防備にしている奏の不用心さに怒ったのだ。
結が怒ったのは自分のため、そのことに途中で気が付いた奏は、結の優しさに、そして結にそこまで想われていることに嬉しくなり、思わず赤くなってしまっていたのだ。
自分のために怒ってくれている結に対して、奏が行った行動とは。
「ごめんなさい」
素直な謝罪だった。
奏が素直に謝ったことで、機嫌が直った結は、「それでよろしい」っと席についていた。
「その、結?」
「どうした?」
結に怒られたけど、自分のことを考えてのことだったため、落ち込み半分、嬉しさ半分で、どうしようかとモジモジしていた奏だったが、何か決意をしたかのような表情になると、結にそう切り出していた。
(なんで、涙目の上目遣いなんだよ……)
前にやった時は友理に言われて、わざとやった涙目プラス上目遣いだったが、今回はわざとではなく、偶然だったためなのか、その威力は前よりも強くなっていた。
無意識の美とは恐ろしいものなのだ。
「私のことを心配してくれるのは心から嬉しいです。ですが、だからと言って私のために自分を犠牲にしようとはしないで下さいね……」
「奏……」
奏が心配していたのはそれだった。
結は奏に強い恩を感じている。奏自身、結のその気持ちはわかっていた。そして、結が自分のことを大切にしてくれていることを今知った。
自意識過剰かもしれないが、結が自分を庇って怪我をしてしまう、いやそれどころか死んでしまう。そんなことを想像してしまい、怖くなったのだ。
(結のいない生活なんて……絶対に嫌です。結は絶対に守ります。私のこの命に変えても)
結に自分を犠牲にしようとするなと言っておきながら、そんな決意を一人固める奏だった。
「…………」
心配そうにしている表情から一変して、一瞬だけだったが、奏の何かの覚悟をしたかのような表情を見て、結は一人、不安を募らせていた。
結の疑問について、大方答えた奏は、もう聞かれて困ることは無いため、無駄に防音の結界術だなんて、今秘密の話をしていますと周りに公言しているようなものである結界を解除すると、残りの飲み物がなくなるまで、今後について相談していた。
(まあ、奏の幻操術は全てが超一流。並どころかそれなりの実力者でもわからないだろうけどな)
奏にそれだけの信頼を寄せている結だった。
「ん?ガーデンを作るのか?」
「作ると言っても公式に登録するわけではありませんよ?前から六花衆や一組上位の子たちとも話していたんです。今は賢一さんに住む場所も食事も賄ってもらっている状態ですので、そろそろ独り立ちしようかと」
「独り立ちって、俺たちまだ十歳だぞ?」
「幻操師は大抵十歳からガーデンに入りますよ?ですが、幻の逸材で構成されている私や六花衆、一組の子たちを普通のガーデンに入れては、ガーデン同士の戦力バランスが狂ってしまい、争いを呼ぶ可能性がありますので、ならば私たちのガーデンを作ろうかと」
「……幻の逸材で構成って、奏だけじゃないのか?」
「あっ。言っていませんでしたね。T•G一組の子たちは全員が幻の逸材ですよ?だから一組には結以外全員女子なんじゃないですか」
「……まさか、T•G一組って相当のエリート集団?」
「……今更ですか?」
「……俺って奏以外なら勝てるぞ?……もしかしなくても俺って結構強かったりする?」
「……それこそ今更ですね」
自分が劣等生ではなかったのかもしれないことにやっと気が付いた結は、自分の常識が崩れて行く音を聞いた。
(いや、きっとみんなが強いから俺も強くなれたんだよな。そう、アレだ。バカと一緒にいるとバカになるってやつだ。その反対で強者に囲まれて来たから俺も強者になった、それだけのことだ。俺が凄い訳じゃない。劣等生である俺をここまで鍛えてくれたみんなが凄いんだ)
結の心は、零王のこともあり、自分が最弱の劣等生だと思い込むことによってその心を安定させようとしているのだ。
自分の心を守るために、一人で勝手にそう結論を付けた結は、一度ため息をつくと、会計を済ませ、奏を連れて店を出て行った。
「話の続きですか」
店を出た後、奏たちは引き続き新しいガーデンについて話していた。
「なんだ?」
「結も私のガーデンに来てくれますか?」
「良いのか?」
結自身、奏の誘いは願ったり叶ったりだった。
奏の話を聞く限り、新しいガーデンのことは結がT•Gに入学する前から考えてようだったため、今更結が入り込む隙間なんて無いと思っていたのだ。
「えぇ。むしろ是非一緒に来て欲しいですね」
その時の奏の笑顔は、あまりにも美しく、正に女神様の微笑みだった。
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