4ー21 幻の逸材
突然の訪問者の正体は、ナンパしている男を軽々といなしていた青年だった。
「なんのようですか?」
相手は少なくとも五つは年上だろう。そう思った結は、相手を不必要に怒らせないようにするため、念のため敬語を使っていた。
(年下にタメ口されただけで怒り狂う奴もいるくらいだからな)
「ちょっと面白いと思ってね」
「……なにがですか?」
「君たちだよ」
(たち?奏も標的なのか?)
白髪の青年は、そういうと元々細めの目をさらに細くしていた。
(捉えどころのないヘラヘラとした笑顔に、時々見せると威圧感。苦手なタイプだな)
結は、青年が結たちと言った瞬間から、奏に危害が加わる可能性を考えて、青年の仕草を一つ一つ観察していた。
「ハハッ。そんなに警戒しなくてもいいよ。別にとって食べようとしてるわけじゃないからね」
結が警戒していることに気がついたのか、青年は相変わらずヘラヘラと笑いながらそう言った。
(嘘は……言っているようには見えないが……)
「そうですか。それでなんのようですか?」
結はとりあえず青年の敵意は無いという宣言を信じることにすると、警戒レベルを下げたが、あくまで下げるだけで、多少の警戒は続けていた。
「あぁ。そういえば、自己紹介がまだだったね。僕はW•Gの白夜だよ。よろしくね」
「……よろしく」
そう言って手を差し出す白夜の手を握った。
W•G。
賢一率いるF•G同様、セブン&ナイツの一つだ。
シードと候補生、W•Gに所属する者は、全員が白いコートに身を包んでいる。
おそらく、今白夜が着ているコートが制服のような扱いになっているのだろう。
(セブン&ナイツの人間がこんな田舎になんのようだ)
結は白夜に対する警戒を密かに引き上げていた。
「ハハッ。僕がどうしてこんな田舎にいるのかが知りたい。そんな顔してるよ?」
(こいつ……)
まるで、考えていることを見透かしているかのように、そう言う白夜は、ハハッと笑っていた。
「僕がここに来た理由は、まぁ後でいいかな。その前に一つ確認しておきたいんだよね」
「なにをですか?」
「君、強いよね?」
「っ!?」
白夜がそう言った瞬間、まるで山の頂上にいるかのような息苦しさ。海底に沈んでいるような圧迫感がこの空間に広がっていた。
(なんて殺気だっ!)
白夜はその表情を、ヘラヘラとしているものから一転、真剣な顔付きになると、結に向かって殺気を放っていた。
「一目見た瞬間にわかったよ。君は相当の実力だ。君の年齢でそれほどの実力。君、幻の逸材かい?」
「……ファントム?」
白夜から発せられる殺気のせいで、掠れた声でそう呻いていた。
結は幻の逸材を知らない。
幻の逸材の保護が今回の依頼内容なのだが、結には幻の逸材が一体なんなのかは知らされていないのだ。
結自身、最初は依頼に行く気もなかったため、依頼内容をほとんど確認していないのだ。
結が今回の依頼について把握しているのは幻の逸材というなにかを保護し、T•Gに連れて帰ること。それしか覚えていない。
突然強烈な殺気を叩きつけられて、幻の逸材だなんていう、意味のわからないことを言われた結は、その表情を不愉快そうに歪めていた。
「あれ?その顔、どうやらなにを言われているのか、本当にわからないようだね」
白夜は結の表情から、本当に知らないことを悟ると、今まで結にぶつけていた殺気を収めた。
「はぁはぁ」
凄まじい殺気をぶつけられていた結は、白夜がそれをやめると同時にその場に崩れ落ちると、全身から大量の汗を吹き出し、肩で息をしていた。
「うーん、それは想定外だね。君が幻の逸材だと思ったからここまで来たんだけどな。君が違うってことはもう一人の子も違うかな」
白夜は手を組んでそんなことをつぶやくと、床に崩れ落ちている結に手を貸していた。
「ごめんね。君が幻の逸材だと思ったからさ」
突然現れて、強烈な殺気をぶつけてきたり、わけのわからないことを言ってきたり、果てにはやけに優しくしてきたりと、白夜の行動に結は混乱していた。
(幻の逸材ってなんだ?そういえば、今回の任務は幻の逸材の保護だったな……それに、俺が実力者だって?)
「あれ?」
白夜に立たせてもらった結は、白夜が言っている幻の逸材という言葉と、同じく白夜の言った「君は相当の実力者」という言葉に大きく心を揺らせていた。
白夜はそんな結の様子に鋭く気がつくと、突然落胆したかのような表情になると、はぁーっとため息をついていた。
「おかしいな、あの時に見た君は、もっと強い力をその身の内に秘めているように見えたんだけどな。今の君からはそれを感じられないよ」
「そりゃそうだ。俺はただの劣等生。強者なんかじゃないんだからな」
体が回復してきた結は、鋭く白夜を睨みつけていた。
「僕はその幻の逸材ってのを探しているんだよ。どうやらこの近くにいるらしくてね。もし見つけたら教えてね」
白夜はそう言い残すと、夜の闇にその姿を消した。
「結っ!」
白夜が姿を消したのとほぼ同時、結の異変に気がついた奏が焦った表情を浮かべて到着していた。
「結っ、なにがあったのですか?」
一人で立てる程度には回復していた結だったが、やはりまだ辛いのか、奏が到着した瞬間、倒れ込んでいた。
奏は倒れそうになっている結を受け止めると、結になにがあったのかを聞いていた。
「奏、大丈夫だ。そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
今にでも泣きそうな表情をしている奏の頬に、優しく手を当てると、結は「悪い、疲れたもう眠るよ」っと言うと、奏の腕の中でそのまま眠りについていた。
(一体なにが……いえ、詳細は明日にでも聞けばいいのですから、いまは結を寝かせましょう)
奏は結を抱きかかえ部屋のベットに寝かせ、心配そうな目で結を見つめながら、結の頭を一撫でしすると、結のことを頻繁に気にしながらも自分の部屋に戻って行った。
翌日。
朝起きた結は奏と共に幻の逸材の捜索をしていた。
「なるほど、白夜も私たち同様狙いは幻の逸材ですか」
「なぁ」
結から昨晩の経緯を聞き、なにか考え込んでいる奏に、結は声を掛けた。
「幻の逸材ってなんだ?」
「……今まで聞かなかったのに、突然どうしたのですか?」
「白夜が言ったんだ。お前を幻の逸材だと思ったってな。だから知りたいんだ。なぜ白夜が幻の逸材が探しているのか。なぜ賢一さんが俺たちにこんな任務を与えたのか、その理由を」
「……わかりました。ならば教えてます。そうですね。まずは結が気になっている幻の逸材の意味からですね」
奏が「その前に人目が気になります。場所を変えましょう」っと言ったため、結たちは近くの喫茶店に入ることにした。
「いらっしゃいませー」
店内に入ると、なかなか貫禄のある男性に案内された。
案内される際に「静かな席がいいです」っと奏が言ったため、入り口から最も離れた席に案内されていた。
「ご注文をどうぞ」
結はコーヒーを、奏は紅茶を頼むと、店員の男性は「かしこまりました」っと下がった。
「それじゃ教えてくれ」
「飲み物がくるまで少し待ってください」
「なんでだよ」
「話の途中で店員さんに邪魔されるのは嫌ですので」
「……わかったよ」
待つこと数分、飲み物が運ばれると、奏は指をパシンッと鳴らすと同時に幻操術を起動した。
奏が起動したのは、指定した範囲の中と外の間に不可視の防音壁を作り出す、結界術の一種だ。
「さて、それでは話しましょう。幻の逸材とは、一言で言ってしまえば転移者です」
「転移者?」
「物理世界に生きている、高過ぎる幻操師としての潜在能力を持っている人間が、自分の身を内から焼き尽くさないように、無意識的に、己の意識の一部に有り余った潜在能力を集中させて幻理世界に飛ばすことがあります。最初はハッキリとした意識も無く、ぼーっとしているだけですが、数日経つと意識がはっきりしていき物理世界の人間とは離れた意識の存在になります。そしてその存在のことを纏めて幻の逸材と呼びます」
「つまり物理世界から転移した存在、だから転移者ってことか?」
「そうとも言えますし、違うとも言えます」
「ん?」
「転移とは完全に移ることですが、幻の逸材はあくまで本体から離れた意識の一部です。確かに幻理世界にも存在していますが、同時に物理世界にも存在しています」
「……あれ?俺は物理世界にいた時の記憶がないからわからないけど、普通のガーデンに所属している奴らは、物理世界で寝ている時に幻理世界で起きて、幻理世界で寝ている時に物理世界で起きるんだろ?もし、物理世界側の幻の逸材が幻操師として目覚めたら、幻理世界に二人同時に存在することになるよな?」
「はい、そうですね。たまにですが、幻理世界側の幻の逸材が物理世界に行くこともありますよ。二人は元は一つの存在だとしても、すでに別の心を持った存在ですので、ただのそっくりさんと思っていいですよ」
「本人たちはそんなこと知らないわけだし、特に物理世界で会ったら騒ぎになるだろ?」
「はい。物理世界でそう言ったことはありますよ?ドッペルゲンガーって知りませんか?」
「確か、もう一人の自分だろ?……あれ?まさか」
「はい。幻の逸材に関する一連の現象こそ、ドッペルゲンガーの正体ですよ」
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