4ー20 訪問者
落ち込みから一転、奏のおかげで平常運転に戻った結は、奏が氷の家を解体する姿を見ていた。
「氷の玉みたいに、一瞬じゃ消せないのか?」
「出来なくもないですが、氷の玉とは違って雷属性も併用しているので一瞬で消そうとしたら、内部に溜まっている雷が放電しますよ?私は大丈夫ですが、結が丸焦げになりたいと言うのでしたら、消しますよ?」
「ゆっくりお願いします」
土下座する勢いで謝ると、奏は「わかればいいのです」っと解体作業に戻っていた。
奏は楽々と解体を進めているように見えるが、実際には違う。
一つの家を動かすのに、どれだけの電気が必要か知っているだろうか?
風呂場だけでもシャワーや湯槽を沸かすのにも、ここでも全て電気でやっているのだ。
もちろん、結の服を洗浄していた例の箱も電気で動いている。
複数の道具を動かすために、この家に蓄積された電気の量は計り知れない。
その計り知れない量の電気を、奏は慎重に少しずつ逆式を使って術から幻力に戻してから吸収しているのだ。
(エコってやつだな)
奏は黙々と作業を進めていると、たったの五分足らずで家も風呂場も全て解体を終わらせていた。
「さて、進みますよ」
「今の結構しんどい作業だろ?休まなくて大丈夫か?」
「普通なら大変な作業ですが、私の場合は外に放出せずに、体内に戻しましたので、疲れるどころか元気になりましたよ」
幻力から式を通すことによって幻操術にするのは幻操師であれば誰でも出来ることだが、その逆は別だ。
そもそも、この幻操術を幻力に戻す逆式を使える幻操師は少ない。
仮に使えたとしても、幻力に戻したものを再び自分の体の中に蓄積するなんて芸当、賢一でさえ出来るか怪しい。
そんなことを息をするかの如く出来てしまう奏という少女は、やはり規格外だ。
「元々、幻力量は人一倍多いし、奏の術は基本的に氷、形が残る属性だ。形が残っていれば後から幻力に戻すことも可能……永久機関じゃねえか」
「そんなことありませんよ?一度術として放出してしまえば、時間の経過と共にその術の中に秘められている幻力は減っていきますし、逆式を使えると言っても、自己流ですので変換効率は一○○%ではありませんから」
「少しくらいロスがあったとしても、奏の場合は回復量がそれを大きく上回るんだろ?」
「……そうですね」
幻操師は一度幻力を使ってしまっても、空気中の幻力を吸収することによって幻力を回復させることができる。
この吸収量はその人物の幻力量と比例しているため、到底人間一人には収まり切らないほど圧倒的な幻力量を誇る奏にとって、少しのロスなら無いのと同じなのだ。
「いいな。奏は幻力量が多くて」
「……拗ねないで下さい」
「はぁー。まっ今更だしな。じゃ行くか」
「そうですね。行きましょう」
結は自分と奏との幻力量の差に落ち込むが、すぐにいろいろ諦めることによって復活すると、奏を連れて依頼地に向かった。
T•Gを出発してから、三日が経った。
結と奏はとうとう幻穴が目撃された場所から最も近い町、テニントの町に到着していた。
「なんだか静かな町だな」
「そうですね。テニントの町はどちらかと言えば田舎ですので、人も少ないみたいですね」
物理世界なら田舎と言えば自然の満ちた場所だ、便利な生活を求めて都会に向かう人もいれば、自然に囲まれたいと思い、田舎に移り住む人もいるため、それなりに賑わっているのだが、幻理世界ではそうもいかない。
幻理世界では物理世界と違い、人を襲う化け物がいるのだ。
人の心の歪みから生まれた異質の存在。
都会であればそれらに対抗するための戦力が充実している、都会であれば最低でも三つぐらいはガーデンが存在するからだ。
ガーデン以外にも、ギルドという、ガーデンとよく似た施設も存在している。
しかし、田舎はそうもいかない。
田舎にはガーデンやギルドが無いことが多い、そのためもしもの時に身を守ってくれるものが無いため、ガーデンやギルドがある都会に移り住んでしまうことが多いのだ。
だから幻理世界の田舎はとっても人が少ない。
「やめてくださいっ」
「いいじゃんかよー」
「あれは……」
結たちが町の中を探索していると、偶然やけにひょろっとしている男にナンパされている女の子がいた。
「結どうしますか?」
「助けるしかないだろ」
結の即答に、奏が「わかりました」っと戦闘態勢に入ろうとしていると
「やめなよ」
結たちが止めようとしていると、その前に声を掛けた少年がいた。
少年の年齢は結たちよりも幾つか上だろう。だいたい高校生くらいだろうか。
白いコートを着て、白髪が特徴の少年だった。
「なんだガキィーっ!邪魔すんじゃねよおっ」
「ハハッ。君惨めだね。僕みたいな子供に言われただけなのに、そんなに怒っちゃってさ。まったく、小さいったらありゃしないよ」
「舐めやがってっこのクソガキがっ!」
怒った男が少年に殴りかかろうとするが、少年はヘラヘラと笑いながら「ハハッ。遅いよ」っとつぶやくと、馬鹿正直に正面から突っ込んで来る男の足を蹴り、転ばせるていた。
「クソガキがっ!」
「ハハッ。だから遅いって」
男が転ばされる度に起き上がり、少年に突進して結果、また転ばされるという、あまりにも滑稽な光景がそこにあった。
「あいつ、何者だ?」
「あの動き、素人ではなさそうですね。ギルドの人間が一人で動くことなんて少ないですし、おそらく何処かのガーデンの人間でしょうね」
「……この近くにガーデンなんてあるのか?」
「ないですね」
田舎にガーデンはない。T•Gでそう教わっていたため、奏に確認すると、返ってきたのは肯定だった。
「わざわざ遠方の奴がここまで出張ってくる理由なんだと思う?」
「さあ?この近くは観光できる場所もありませんし、幻操師として修行に適しているわけでもありませんので。一つの可能性があるとすれば……」
「……幻の逸材か」
「そうですね。その可能性が高いと思います」
「どうする?」
「どうもしません。ですが、万が一にでも、向こうから接触があった場合には、情報提供はしないでください」
「誤魔化すってことか?」
「そうなりますね。万が一そんな状況になったらアドリブですね」
とんでもないことを言いのこる奏に、結は、はぁーっとため息をつくと、奏の二人で今日泊まる宿を探しに行った。
「ハハッ。面白そうな子たちだね」
そんな結たちの後ろ姿を眺める少年だった。
「はぁー。やっと落ち着けるよ」
宿を見つけた結たちだったが、受付で奏が「二人部屋でお願いします」だなんて言った時には、結の精神的ストレスがマッハに溜まっていた。
(今日までの二晩、奏は毎回毎回、二人部屋を作ってきやがった。それも添い寝を強制とかある意味拷問だ)
奏が二人部屋を頼もうとした瞬間、結が即座に一人部屋を二つに変更したのだ。
奏みたいな絶世の美少女と二日間だけでも一緒に寝ていたのだ、結のストレスは限界に近かった。
(……六花衆の誰か連れてくればよかった……)
一人部屋にすることによって、やっとのんびりと出来た結だった。
トントン。
(ん?)
結がベットにダイブして、さあこれから一眠りしようと思っていた矢先、扉がノックされていた。
「はーい、今開けまーす」
(たくっ。誰だよ)
心の中で毒を吐きながら扉を開けると、そこにいたのは。
「初めましてだね」
ナンパ男を退治していた白髪の少年だった。
「はぁー」
結と離れ、一人部屋にいた奏は、珍しくため息をついていた。
奏にため息をつかせる原因を作ったのは、一緒にここまで来た一人の少年だった。
(まったく。結も失礼です。せっかく女の子が勇気を出しているというのに……)
奏の言う勇気とは、つまり添い寝を頼んだり、日頃の恩を返すために、背中を流そうとしたり、つまりそういうことだ。
(友理が言っていた通りにしたのに、なんの成果もありませんでした)
友理というのは、T•G一組の子だ。
年齢は奏たちと同じだが、三度の飯より恋愛話が好きという、少し変わった子だ。
友理は奏の結に対する気持ちを即座に見抜くと、奏のためにといろいろとアドバイスをしていたのだ。
(添い寝に。背中流し。言われたことはやりましたが、結に感謝されている気がしません。私は結に恩を返せたのでしょうか?)
奏は結に恩を感じていた。
本来なら、T•Gに入学してからずっと世話をしてもらっていた結が奏に恩を感じるところなのだが。
結が奏に恩を感じるだけではなく、奏もまた結に大きな恩を感じていた。
(この恩は必ず返してみせます。私に七花を編み出すきっかけをくれたあなたに。私に希望を与えてくれたあなたに)
奏は決意を新たにすると、手を強く握りしめ、明日はどうやって恩を返すか、作戦を考えていた。
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