1ー8 人型
時間は遡り、結と別れた後、桜は一人イーターの気配を追っていた。
「見つけたっ!」
桜は木々の生い茂る中庭でイーターと思われる影を見つけた。
しかし、
「なに、それ……」
桜の見つけたイーターは大きさで言えば二メートル以下程度しかないものだったが問題なのはその姿だった。
「ググ? ほう幻操師か、それもなかなか強そうだな」
「言語を理解している!?」
そのイーターは二本の腕に二本の足、黒のコートを着た胴体、そしてどこから見ても人間にしか見えない顔。つまりそれは、
「人型イーター……」
イーターは生き物の形をかたどったものが多い。蛸や熊、そういった形をしたイーターは多く報告されている、しかし長い間報告される個体が明らかに少ない種類があった、それが人型。
イーターは大抵本能のようなものしかなく理性と呼ばれるものが退化している。
しかしこの人型は言葉を発した、それはつまり理性と知性があるということだ。
イーターはもともと幻操師よりも大きな力を持っている、しかしその力を制御し効率的に使う頭がないため気を付けていればどうにかすることができる。
しかしこいつには理性がある。イーターとしての大きな力とそれを扱う知能を持つ個体はSランク以上の戦闘能力を持つと言われている。仮にそんなイーターに出会ったら逃げろと教わっているしかし、
(逃げたら他の生徒に被害が出ちゃうかもしれない。あたしがここで会長達が来るまで足止め、いやここで討伐してみせるっ!!)
「行くっ!!」
桜は両袖から一本ずつ計二本のナイフ型法具を取り出すと身体強化を発動しつつ人型イーターに向かって突撃した。
「ググ、正面から突撃か。まだまだ若いな」
人型イーターは右腕を手刀の様に構えると腕が変化していき腕を延長したかのような剣の形になった。
桜がナイフを上段から下段に振り下ろすと人型は剣に変化させた右腕で受け止める。同時にもう一方の腕も剣に変化させ、桜の心臓を貫こうと突き出した。
桜はその突きを左手のナイフで左に逸らしながら、体を反時計回りに回すと相手の突きの威力を利用して回転速度を上げ一回転するとそのまま左手のナイフを並行に振るった。
「ググ、甘い甘い」
人型は上空に飛び上がると剣に変化させた両腕を頭の前でバツ印のように合わせると空中を蹴りスピードを上げ桜目掛けて空中から突撃した。
「あっぶなっ、あれは当たったら流石にやばいよっ!?」
桜は反射的に後ろに飛んでそれを避けると地面に突撃する形になってしまい盛大な土煙の舞わせることになった人型イーターの気配を追うとまだ土埃も晴れぬうちに正確に人型目掛けて両手のナイフを投げつけた。
ギンッ
鈍い金属音が聞こえると同時に土煙が晴れていきその中には無傷の人型イーターが立っていた。どうやら桜の投げたナイフは弾かれ人型の後方に飛ばされてしまっているようだった。
「ググ、武器を失ったな小娘」
ナイフを失った今を好機と判断したのか人型は体制を低くし前方に両手を角の様に構えると凄まじいスピードで桜に突撃を始めた。
「失う? なんのことかなっ!!」
桜はその場で両腕を引くような動作をすると人型の後ろに落ちていたナイフ型法具が桜に引き寄せられるようにしてすごい早さで刃先を人型の背中に向けて飛んでいった。
「まだまだっ!! 『火速』『火爆』」
ナイフの柄頭から火が噴き出し、その推進力を使ってナイフはさらにスピードを上げる。
そしてその切っ先が人型の背中に当たると同時に次の術が発動し、人型の背中を焦がさんと激しい爆発が起こった。
「やったっ!!」
桜は自信ありげにガッツポーズをしていると爆発によって出来た土煙から影が飛び出し、そのまま桜を吹き飛ばしてしまった。
「がっ……」
桜は近くに生えていた木に激突するとそのまま意識を持っていかれそうになるが、
(き、気絶してたまるもんか……あたしはAランク幻操師、雨宮桜だっ!!)
どうにかAランクという誇りで意識を守りつつ、立ち上がろうとするが足にダメージがきているのか立てずにへたり込んでしまっていた。
「くっ……まさか、あたしがこんな様とはね、情けない」
桜が自虐的な言葉を口にするとどうにか動く右腕を思いっきり引いた。
先程と同じようにナイフが一本人型イーター目掛けて飛んでいくが
キンッ
術によって強化がなにもされていないナイフは金属音を響かせてそのまま地面に落ちてしまっていた。
もちろんと言うべきか人型イーターに傷を付けることはできていなかった。
「ググ、この程度か……ならば仕方あるまい主のため、ここで倒れろ」
人型イーターは無慈悲にも腕を振り上げ、桜目掛けて振り下ろした。
(あーぁ。これであたしも終わりかぁ。もっとみんなといたかったな。もっと喋ったり、ふざけあったり、自分を高め合ったり、せっかくゆっちとも仲良く慣れたのになぁ。ごめんね会長。ごめんねみんな。ごめんね、ゆっち)
目前に迫る刃を見詰めながら、覚悟を決め最後ぐらいは笑顔でいようと笑顔を作る桜だったが、その目からは一筋の涙が零れていた。
そして人型イーターの腕は振り下ろされた。
「えっ?」
終わると思った瞬間、思わず目をつぶってしまった桜に自身が思っていた衝撃とは違う何処か優しげな衝撃、そして浮遊感を感じたところで違和感が確信へと変わり思わず目を開けた桜が見たものは、
「ゆっち?」
全身から怖いぐらい冷たく、鋭い殺気を放つ結の姿があった。
「ふう、やっと終わったな」
蛇型イーターを仕留めた結はジャンクションをとりあえず解除するとふっと一息休んでいた。
「ふぁー。桜は大丈夫かな?」
大きな欠伸をしつつ先程二手に別れた桜の安否が気になり気配を追う結だったが感じたのは、
「っ!? 桜の気配が小さくなってる!!」
気配が小さくなっていくつまり桜が消滅へと近付いているということだ。
『ジャンクション=カナ』
「……間に合って『火速』」
結は急いで両手を合わせジャンクションを発動すると全力で火速を発動し桜の元へと急いだ。
「……桜!?」
駆け付けた結が目にしたのは力なくへたり込んで今まさにトドメを刺されそうになっている桜の姿だった。
「……間に合って」
結は銃の出力を無理やり上げ、スピードを上昇させると桜に向って一直線に飛び込み、空中で銃を懐にしまうと桜の背中と膝の裏から抱えつまり俗に言うお姫様抱っこをしながら飛び抜け桜を救出した。
「ゆっち?」
いつもの元気は何処にいってしまったのか結の腕の上にはしおらしく驚いた表情になっている桜の姿があった。
「大丈夫か? 桜」
最後の急速な力の消耗でジャンクションが解けてしまった結は優しく桜を地面に降ろすとその頭を優しく撫でた。
「ちょっ撫でないでよ……」
桜は結に撫でられて恥ずかしそうにしながらも嫌がらずにされるがままになっていたが体に力が入らないのかその場に崩れ落ちてしまった。
「おっと」
崩れ切る前に結が支えてやり静かに近くに生えてある木に寄りかかせると
「すぐ片す、待ってて」
「えっ……だめ、あれは別格……」
「大丈夫だから安心して」
結のことを心配する桜に軽くウインクをすると結は「だめ……」と呟く桜を横目で見た後ただ両手を合わせることはせずに左手の甲を上に向けるように拳をつくりその甲に右手の平を重ねるように添えるとそのまま両手の親指を繋げるというあまりにも独特の構え……いやポーズをとった。
『フルジャンクション=ルナ』
「僕の仲間を傷付けた代償は君の心で清算してあげる」
結は純白の刀を二本ボックスリングから呼び出すと順手にそれぞれ持ち人型イーターの懐に一気に飛び込んだ。
「散れっ!!」
懐に入ると右太刀と左太刀をそれぞれ居合いのように構えるとアルファベットのXをなぞるように切り上げた。
「ググッ!?」
人型イーターは体を引いて避けようとするが胸の部分を微かに切られてしまっていた。
人型は切られた瞬間、微かに顔を歪ませながらも咄嗟に両手を開きガラ空きになっている結の顔に向かって膝蹴りを繰り出した。
結はそれをバク転して避けるとバク転によって稼ぐことの出来た時間を使い右手の刀から手を離し両手で刀を握り額を守るように構えるとあえて人型の膝蹴りを握り締めた刀でバク転しつつも受けるとその衝撃を利用してバク転の速力を上げ、足先で先ほど手離した刀を思いっきり蹴り上げた。
これは先ほど桜がやっていたカウンターと同じ原理の技だ。
「ググッ!?」
人型はこの一撃さえも体を逸らし致命的なダメージを避けると近距離戦は分が悪いと思ったのかバックステップし距離をとった。
「あれ? 思ったより強いんだね、良かったこっちにしておいて」
結はそう言う人型イーターの目の前だというのに刀から左手を離し自分の顔を覆うよう左手で構えるとそのまま両目を瞑った。
「ググ? 舐めているのか、人間っ!!」
人型は知能があるがゆえに結の行動に怒りを覚えたのか、結がやったように両腕を居合いの様に構えると全力で結との距離を詰めた。
「舐めてる? 誰が? 僕はただ、僕はただ君をーー」
結が人型のとった行動に小さく笑うと、人型はその笑みに不吉を感じ、己が浅はかなことをしていることに気が付いた。
どうにか人型が立ち止まり、距離を取ろうと後ろに飛ぶがーー
「刈る準備をしてるだけだよ」
結は右手で握っていた刀を地面に突き立てると左手でそのまま顔を覆い、目を開くと同時に空いた右手でさっと自分の髪をすいた。
「ググ? なんだ、それは……」
結がなぞったところから髪がいつもの少し長めの黒から長い綺麗な水色の髪へと染まっていき、その目もまた髪とお揃いで水のような輝きと色を宿していた。
「これが、ルナだよ。そして君を刈る者の名だよ」
結は地面に刺していた刀を抜くとその場で屈むように足を曲げ、距離を取って様子を見ていた人型の目前に突如として現れるとほぼ同時に人型の左腕を切り飛ばそうと刀を振るうが、
「ググ、俺の体は鋼鉄よりも硬いのだ。そう簡単には切れぬぞ小僧っ!!」
刀は弾かれてしまい、その巧みな技術があっても人型の体を切り裂くことは出来なかった。
結が己を切れないことがわかった人型イーターはさっきまでとは一転して強気になり両腕の剣を交互に結の心臓を貫くために突き出すが結はその全てを見切り、身体を左右に揺らすことでギリギリ躱し続けていた。
「たしかに君は硬い、言う通り鋼鉄よりも硬いんだろうね。でもね」
結は人型の剣を躱しながら余裕ありげに話しかけると、
「今の僕は鋼鉄よりも硬いものだとしても……」
結の言葉に怯えそうになりながらも必死に恐怖を抑え込み、結に剣を突き出す人型イーターを結が睨み付けた瞬間。
「刈れるよ。『六月法=斬月』」
結の持つ刀が銀色に輝く月の光を纏うと結は一心の迷いなくその刀を振るった。
「ググッ!?」
結の刀は鋼鉄よりも硬いという人型イーターの左腕を容易く切り裂くと、人型イーターは健在の右腕で左腕が無くなったことを確認するようにさするとその目を歪めた。
「ググ、グガァァァア」
人型は大きな遠吠えを上げると完全に頭に血が上っているのか何の策も無しにただ無謀に結へと突進を始めた。
「じゃあね、哀れな存在よ。これがあなたの報いよ」
結は自分に向かって全力で走る人型イーターに背を向けるとなんの警戒もせずに桜へと近寄った。
「ごめんね。怪我させちゃって」
結は日陰で休ませている桜の頬を軽く撫でると悲しそうな目で桜を見ていた。
「グガァァァアッ!!」
結の後ろにはすでに人型イーターがその剣となった腕を振り上げて今まさに結を貫こうと腕を振り下ろした。
グサッ
「ググ……」
腕を結に振り下ろそうとしていた人型イーターの胸には純白の刀が突き刺さっていた。その刀身には月のような輝きを放っていた。
「ググ、な……んだと?」
「『六月法=斬月』だよ。月の光をその刃に纏わせ切断力を飛躍的に上昇させる技。さっきもその腕を切り裂いて見せたでしょ?」
人型は結の事を信じられないような目で見ていた。その理由は己が斬られたからではないすでに腕を斬られている以上それに驚くことはない、なら何に驚いたのかそれは結の才能だ。何故なら今己の胸に突き刺さっている刀は今結が持っている刀とは別の刀だったからだ。
それはつまり結の姿が変化する前にバク転と同時に蹴り上げたもう一本が今になって人型に突き刺さっているということだ。
「あぁ、そっかその刀についてが信じられないのか。そうだよ。それはバク転の時に蹴り上げたものだよ」
ありえない。
知性を持つ人型は目の前にいる人物に生まれてから三度目になる恐怖を感じていた。
「僕達はね。平時は幻操師でもない一般人とほとんど変わらないんだ。なんせ僕のランクはF。君に言ってもわからないと思うけど才能の無い劣等生なんだよ。一般人で無ければ幻操師でもない中途半端な存在。それが僕達なんだ。」
「ググ……才能が……無いだと?」
人型は結の才能が無いという言葉に驚きを隠せなかった。
結の領域は完全に才能ある者の領域だと人型はその身をもって感じていたからだ。
「説明してあげる必要もないけどまぁいいや。消える君に教えてあげるよ」