4ー19 結の憂鬱
有言実行。
奏はそう言うと、本当に結の背中を洗い始めていた。
(逃げたい……)
結はまだ十歳とは言え、小学四年生と考えれば異性に対して、なにかしら思うことがある年頃だ。
奏は結にとって恩人だ。そんな奏を悲しませたくない一心で、結はこの状況を耐えていた。
(……いや、ここはもう開き直ればいいんじゃないか?……そうだよ。そうすれば、今の状況はメリットしかないじゃないか)
「さて、背中は終わりましたよ」
結が一人自分の欲と葛藤していると、奏はそう言った。
どうやら、結が葛藤している間に、この拷問ともご褒美とも言える状況は終わったようだった。
(ん?背中は?)
奏の言葉から、結は妙な危機を感じていた。
「それでは、次は前ですね」
(やっぱりかっ!)
奏が完全にアウトな宣言をした瞬間、予め嫌な予感がしていたため、出来るだけ奏を見ないように、出口の位置を確認していた結は、奏が言う通り、奏に正面を洗ってもらうために、振り返ったふりをして出口に向かって一直線に進もうと考えていた。
「結?早くしてください」
出口にたどり着くには、ちょうど結と扉の間にいる奏を乗り越えなくてはならないのだが、人間お風呂に入る時は身につけている物を全て外すものだ。
つまり、今の結はいつも両手首に着けている法具すらないのだ。
法具無しで奏を、それも互いが互いの体を見ないように気を付けなくてはならないのだ。
正直ムリゲーだ。
「結?まだですか?」
(今だっ!)
なかなか振り返らないに結が気になり、奏が浴槽台から立ち上がり、結の顔を左から覗き込もうとした瞬間、結は奏の動きに合わせて回れ右をした。
「逃がしません」
奏は逃げようとする結の手を掴むと、強制的に結を振り向かせようとした。
筋肉量だけで言えば、男である結に有利なのだが、如何せんここは幻理世界なのだ。肉体の膂力よりも必要になるのは精神を司る力、幻力だ。
世界最強の奏に幻力量で勝てるわけもなかったが、結は最後の足掻きで体ごと振り向くことは防いでいたが、腰から上、つまり上半身だけ奏のほうを振り返ってしまっていた。
(良しっセーフだっ。俺の右肘と湯けむりのおかげで、見えるのは奏の顔だけだっ)
右肘を不自然に上げている格好だったため、奏の顔以外は見ないですんでいた。
「結……それは……」
目が合った瞬間、奏が何かに驚いたような表情になり、結の手を掴む力が緩くなった隙に、結は上半身ごと奏から視線をズラし手を振りほどこうとすると
ふにゅ
「ひゃっぁん」
右手の掌に何か柔らかいものが触れたと思ったら、急に奏が色っぽい声を漏らしていた。
(ん?なんだこれ?)
掌に触れた何かが気になり、思わず手を撫で揉むように動かしていると、奏は何かに耐えるように色っぽい声を漏らしていた。
(奏どうしたんだ?おっと、こんなことしてる場合じゃない。今は即座にエスケープだっ!)
掌に感じた柔らかい何かがわからず、確かめようと奏に背中を向けたまま、それを弄っていた結だったが、今の状況を思い出すと、それがなんだが確かめることを放棄して、さっさと浴室から出て行った。
「うぅー。ゆぅー」
ずっと喘いでいた奏は、結が浴室から出た瞬間、その場にペタリと座り込んでしまっていた。
「……これは……いつか責任をとってもらうしかないですね」
女の子座りで座り込んでいる奏は、頬を真っ赤にしながらそんなことをつぶやいていた。
浴室から上手く逃げた結は、更衣室でふぅーっとため息をつくと、服を着ようと、服を置いた籠の中を見るが
「服がねぇー」
綺麗に畳んで置いたはずの結の服が綺麗さっぱりなくなってしまっていた。
「奏め、いったい俺の服どうしたんだ?」
自分の服がなくなっており、なにか代わりになるものがないかと、更衣室内を探していると、そこには結の服ではない、もう一組の服があった。
(……そりゃそうだよな。風呂場には今、奏がいるわけだし、あるよな)
そこにあったのは、綺麗に畳まれた状態で置かれている奏の脱いだ服だった。
(あれ?)
結は、ふと気になってその服を手にとってみるが
(……和服しかない)
女子の着替えを漁るという、人間として最低のことをしながらも、結はそこに奏が着ていた和服しか置いていないことに、気が付いた。
(……別に探してた訳じゃないよ。うん、そうじゃない。ぐ、偶然なんだからねっ。偶然、奏の下着がないことに気が付いただけなんだからねっ)
動揺のあまり、心の中で虚しく一人ツンデレをしていた結は、そこに下着がないことに気が付いたのだ。
(……え?ま、まさか……奏ってダブルでノー……いや、そんなわけ……でも……)
着物は中に下着を履かない。
そんなことを知っていた結は、ある可能性に辿り着いていた。
それは
(まさか、奏がノーパンノーブラだったなんて……)
脱いだ後にそれらがないとは、つまりそういうことだ。
「はぁー」
驚愕の真実に、思わずため息をついてしまうと、結の視界に、あまりにも不自然に存在している箱状の物体が映った。
「なんだこれ?氷の箱?」
この氷の風呂場や家もそうだが、奏が作る氷はどうやらその透明度までも変幻自在らしい。
いつも訓練の時は、目視を難しくするために、透明度の高い氷を作っているが、プライバシーが必要となる、風呂場や家は透明度が完全にゼロの氷で作っていた。
この箱も、中になにがあるのか、外からではまったくわからないようになっていた。
(でだ。その不自然な箱が二つ)
大きさはだいたい一メートルと五○ぐらいだろう。その箱が横に並んで二つ聳え立っているのだ。
(ん?よく見ると表面になにか書かれてる?)
箱の表面には、よく見なければわからないぐらい小さく、掘り込みによって字が書かれていた。
(ゆう、かなで?なんでそれぞれに俺たちの名前が?)
箱の表面には、平仮名で結と奏の名前が書かれていた。
なぜ、自分たちの名前が書かれているのか、疑問に思った結だったが、ふとピーんときた結は、まるで冷蔵庫のような形をしている二つの箱の内、結と書かれている方のドアを開いた。
「やっぱり、思った通りか」
そこにあったのは、綺麗に洗浄された結の和服だった。
(つまり、洗ってくれていたというわけか)
せっかく体を綺麗にしたのに、服が汚れたままでは気持ち悪いという奏のご厚意によって洗浄してくれていたのだ。
(氷で形を作って、同時使用で水を作り、雷の熱で乾燥か?)
結が自分と和服を手にとってみると、ちゃんと乾いているようだった。
「サンキューな奏」
結は、何故かまだ風呂場から出て来ない奏に、礼を言うと、綺麗に乾いた和服を着直し、おかしいところがないか、氷で出来た鏡で確認すると、更衣室から出た。
「遅かったですね」
「は?」
更衣室から出ると、そこにいたのは、綺麗な和服を着た奏だった。
「な、なんで奏が先に出てるんだ?」
「なにを言っているのですか?ただ結が長湯していただけじゃないですか」
(な、なにを言って……)
結は慌てて更衣室に向かうと。
(奏の服がなくなってる)
結は奏の服が全て、箱ごとなくなっていることを確認すると、思い切って浴室の扉を開けた。
「だ、誰もいない……」
そこにいたはずの奏の姿は、綺麗さっぱりなくなっていた。
(どういうことだ?出入り口は一つしかないはずだ。浴室から外に出るには更衣室を通るしかない。それに俺があの箱を視界から外したのは、更衣室の扉を開いて外に出た時だ。それなのに外には既に着替え終わった奏がいた!?な、なにがどうなっていやがる)
これぞ、密室殺人だ。
誰も死んでいないがね。
(まさか、幽霊?幻覚?……俺の妄想?)
風呂場であった全ての出来事が自分の妄想だったかもしれないと思い、結は果てし無く恥ずかしい思いをしていた。
(そうだよな。あんなこと奏がするわけないよな……)
結が一人で落ち込んでいると、ほんな結の様子に気が付いたのか、奏は優しく結の肩に手を乗せると、優しく結の背中を撫でであげていた。
(はぁー。俺の想像力って凄いな……奏に撫でられる感触、妄想と完全に同じだよ)
背中から伝わる感触に、結はなぜか悲しくなり、はぁーっとため息をついていた。
「……どうにか、誤魔化せましたね」
「ん?なんか言ったか?」
「いいえ。なにも言っていませんよ」
奏の言葉に結は「そっか」っと返すと、そのまま奏に背中を撫ででもらっていた。
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