4ー18 湯けむりの君
翌日。
「ふぁー。まだ眠いな」
奏に起こされることも無く、一人で起きた結は、隣にいたはずの奏がいない事に気が付いた。
(あれ、奏の奴どこ行った?)
この家は二人部屋だ。そこまで広くないし、家具も少ない。あたりを見渡せばそれだけで死角無しに確認することができるのだが。
(やっぱりいないな。外か?)
室内にいないなら外、そう思った結は、まだ起きたばかりで気怠い体を起こすと、背伸びを一度すると眠たそうに欠伸をしながら部屋を出た。
(おっ。いたいた)
部屋を出ると、ちょうど正面の少し離れた場所で、無数の氷の玉を操る奏の姿があった。
(おいおい。昨日アレをしたばかりなのに、もう修行してるのかよ)
奏が今してるのは、無数の氷の玉、その数、五十を超えているその玉を、体を動かさずに、念を込めた幻力だけで動きの全てを同時に制御して操るというものだ。
五十を超える玉の一つ一つがどうなっているかを随時把握しながら、その全てを操る集中力、例えるなら、両手両足の指、合計二十本でそれぞれ別の動きをさせているようたものだ。
しかし、それでもまだ二十だ。奏が操っている数はその倍以上の五十だ。その難易度は計り知れない。
幻操術にもいろいろあるが、確かに今奏がやっているように、体から術として放出した後、それを幻力で操る術も存在するのだが、それらの術は大抵、幻力だけではなく、体を動かして操ることが多い。
しかし、あえて奏が体を全く動かさないのは、ただのイメージだけで全てを動かせるようにするための訓練だ。
動きのイメージがやり易くなる、手掌の操作では、精度もスピードも遥かに上がるだろう。
とはいえ、今結が見ている限り、奏は全く上達していない。
(最初から目で追うのがやっとのスピードで完璧に操っていやがる)
これが真の天才。やれば出来る。やり方がわかれば出来てしまう。凡人の数年にも及ぶ努力を一瞬で凌駕する、理不尽な存在だ。
(俺はアレのせいでバテバテなんだがな)
アレとは、昨日、結と奏が夜にやっていたことだ。
二人がやってこととは、二人間での幻力の循環。
チームを組んでいる幻操師には、連携の奥義に近いものがある。それは二重の幻だ。
ユニゾンファントムとは、出力を同じにした二つの幻操術を、術として放出した後に、重ね合わせ、協力な融合術とするものだ。
放出した後に融合させるのでは、どうしても融合が粗くなってしまい、十分に融合させることが出来ない。つまり、二重の幻はまだ未完成の技術なのだ。
結と奏は、二重の幻を完成させようとしているのだ。
術になる前、つまり幻力の状態で二つを融合させ、その融合率を限りなく一○○%にする。そうすることによって二重の幻は完成するのだ。
今はまだ結が慣れていないため、二人で向かい合って座り、両手を繋ぎながら精神統一をすることによって、やっと幻力を融合させることができる。
しかし、最終的には、どちらかがどちらかの体に一部でも触れていれば、それが出来るようにしたいのだ。
だか、それには大きな問題点がある。まずは幻力を体内で融合させることが純粋に難しいのだ。下手をすればもう一人の幻力が体内で暴走し、体を内から焼き尽くす危険性があるのだ。
特に、奏の幻力は出力も圧力も純粋も最高に近い。幻力の性能だけで言えば、奏はすでに世界二位と遥かに差を付けての一位なのだ。
奏の幻力はそれだけ性能が良いのだ。
対して結の幻力は普通。一瞬でも暴走させてしまうと、結の体は一瞬で消滅してしまう。
幻力とは、自分の幻力であれば、それは体を強くし、回復を早める特効薬だが、他人の幻力は一つ間違えただけで猛毒になるのだ。
だから幻力の融合は万が一コントロールを間違えて暴走させてしまったとしても、一瞬でその暴走を制圧させることの出来る奏の体内で行っている。
融合は奏の体内だけでやっているとは言え、結が奏の幻力に慣れるために、融合はさせずに結の体内を奏の幻力が駆け巡っているのだが、その時に激しい快感も押し寄せるのだ。
幻操師は戦いが仕事というその職業柄、痛みに対する耐性が割と高いのだが、痛みと快感は別物だ。
感覚で言えば、全身の細胞一つ一つを優しく包まれているような強い安心感があるのだ。
(あれは全身で他者を受け入れているようなものだからな)
その快感は似ているのだ。
「今日も精が出るな。奏」
「結、起きていたのですか?」
「ああ。ついさっきな」
「そうでしてか。どうですか?お風呂でも入りますか?」
奏はそういうと、今まで宙に浮かんでいた氷の玉を全て消すと、今度は念では無く、手を地面に翳し、家とはまた、別に小さな部屋を建てていた。
結が恐る恐る扉を開けると、そこにあったのは。
「風呂まで作れるんだ」
氷で出来たお風呂だった。
「はい。浴槽やシャワーは氷で作れますし、耐久力を落とした氷に雷を加えれば、雷の熱で氷を溶かし、水も準備出来ますので。あとはその水を高温にした氷で温めればいいだけですので」
「高温の氷ね……」
(高温の氷、妙な響きだな)
氷は冷たい。これは常識だ。
だが、奏が作った高温の氷はそんな常識を完全に無視している、奏はいろんな意味で規格外だな。
「……まさかとは思うが、一緒に入ろうだなんて……言わないよな?」
結が念のためにそう問うと、奏は呆れたような表情になると、はぁーっとため息をした。
「どうぞ、結がお先に入りください」
「いや、奏は疲れてるんだろ?さっきまで幻力操作の修行してたわけだし、それなりに汗もかいただろ?先に流してこいよ」
「つべこべ言わず、さっさと入って下さいっ!」
急に怒り始めた奏は、一瞬で結に近付くと、一瞬でお風呂の扉を開け、そこに結を蹴り飛ばしていた。
「痛っ」
結が蹴られた所を撫でていると、奏は「ごゆっくり」っと言って、さっさと扉を閉めた。
(はぁー。しゃーない。さっさと汗を流して出るか。確か人間は寝てるだけでも、五○○mlの汗をかいているらしいからな)
どうやら内部は浴槽とシャワーだけでは無く、ドアで区切られた更衣室もあるらしい。
結は更衣室で服を全て脱ぐと、更衣室に置いてあって氷の籠に入れた。
(どうせ、またこれを着ることになるからな)
結は着ている和服を、綺麗に畳むと、扉を開けてシャワーを浴び始めた。
「ふぅー」
寝起きのシャワーは格別だと思わないだろうか?
朝顔を洗う代わりに、朝シャワー。
うむ、幸せだ。
結は思わず声を出すと、シャープやボディソープなどはないため、少し残念そうな表情をしていた。
結はシャワーを止めると、ため息を一度つき、湯槽に入水した。
(極楽極楽ー)
結は浴槽の中で思いっきりうーんっと伸びをしていた。
(さて、なぜだろう。……なんとなく、嫌な気がする)
結の頭の中には、さっきの違和感のある奏が過っていた。
(怒るというより、慌てたような……気のせいか?)
結は最初、奏が急に怒り始めたと思ったが、湯槽の中で今一度冷静に思い出すと、あれは怒るというより、慌てるようだった。
例えるならそう、策が失敗しそうになっている策士とでも言おうか。
(気のせいだよね?)
結がそんな現実逃避をしていると。
ガチャリ。
突然、浴室の扉が開いた。
湯槽から立ち上る煙のおかげで、何があるのかはハッキリとはわからなかったが、その答えはすぐに分かることになる。
「背中を流しに来ました」
浴室に入って来たのは、それも氷で作ったのか、手拭いを手に持った奏だった。
(かかかか奏!?いや、ぶっちゃけ扉が空いた瞬間に奏だって分かったけど、なにやっちゃってるのこの子!?奏ちゃんは女の子だよっ!?いや、湯けむりのせい……おかげで互いの体は殆ど見えていない状況だしセーフか?)
結の言う通り、湯槽からもくもくと立ち上っている湯けむりのおかげで、互いの体はなんとなくラインだけが分かるくらいの視界しかないが……完全にアウトだ。
湯けむりで奏の姿がハッキリと見えない内に、湯槽の中でクルリと回り、奏に背中を向けていた。
(あれ?そういや、奏はなんて言ってた?背中を流しに来ました?)
「それじゃあ。洗いますね?」
(うそぉー!)
奏に背中を向けたせいで、奏は完全に結の背中を流す気まんまんになっていた。
(背中を向けたのはミスだったか!?いや、落ち着け、湯けむりで視界が悪いとは言え、正面を向き続けていたら、その内……うん、ミスじゃないなっ!……てか、奏ってやっぱり天然か?)
内心盛大に大慌てしていた結は、ふとあることに気が付くと、急に冷静に戻っていた。
(俺は今湯槽の中にいるんだぞ?どうやって背中を流すつもりなんだよ)
結がそうやって油断していると
パチンッ
突然、浴室の中にそんな音が鳴り響いた。
(なっなっなんで突然湯槽が消えたんだよっ!)
音が鳴った瞬間。今まで結が入っていた浴槽が、その姿を綺麗さっぱり消してしまったのだ。
音の正体は、奏の鳴らした指パッチンだ。
奏は指を鳴らすことを合図にして、この浴槽の設計を変更したのだ。
浴槽の代わりに浴槽台のある部屋に。
「さて、それでは洗いますよ?」
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