4ー17 二人っきりの家
奏の氷で作った、いや建てた家は、外見こそ少しおしゃれな四角い箱でしかなかったが、その内装は思っていたよりもしっかりしていた。
見た目はどっからどう見ても氷なのだが、物の配置やあるものから考えると、どうやら和室のようだ。
(見た目はマンション、中身は和室……奏の趣味か?)
内装は、卓袱台に布団と、必要最低限の物しかなかった。
(洋室にすると椅子も必要になるし、テーブルも大きなものになるからな、出来るだけ消費幻力を抑えたかったのか)
「さて、外はもう真っ暗ですので、これ以上進むのは危険とは言え、まだまだ眠るのには早いですが、どうしますか?」
この家、全て氷製とは言え、奏と雷が流れているらしく、天井には明かりまであるため、室内は明るいのだが、この幻理世界は物理世界ほど発展していない。機械ではなく魔法、つまり幻操術が発展しているからだ。
街の一つ一つは不自由無く暮らせる程度整った環境になっているが、街と街を繋ぐ道までは整備されていないため、明かりなんて全くないのだ。
時間で言えば。だいたい八時ぐらいだろうか。物理世界ではコンビニにマンション、ビルや街灯のおかげで十分明るいが、こちらではそれらが全くないため、視界は完全にゼロと言ってもいい。
しかし、時間はまだ八時。
T•G内では午後十二時ぐらいまでは起きているのが普通だったため、まだまだ眠る時間には早すぎる。
「でもすることなんてないだろ?」
「あるじゃないですか」
「ん?」
「ここは密室ですよ?」
「……だから?」
「若い男女が密室に二人っきりですよ?」
「……そうだな」
「アレしかないですよね?」
「アレしかないな」
二人は見つめ合うと、奏が幻力で操作して照明を小さなものに変えていた。
若い男女が密室で二人っきり。
することとはつまり……。
結と奏は互いの手を絡め握り合っていた。
「結、感じますか?」
「あぁ、これが奏の味か」
「どうですか?私は」
「凄くいいよ。最高だ」
「そうですか。私は最高ですか」
「これはもう、一度経験したら、他の奴じゃ満足できないな」
「……他の人ともしたのですか?」
「ああ。前に六花衆の皆とな」
「……五人と同時ですか?」
「同時というより、順番にだけどな」
「……そうですか」
そう言うと奏は頬っぺたを軽く膨らませていた。
どうやら、機嫌を損ねてしまったらしい。
「なんで怒ってるんだ?」
「怒っていません」
「いや、怒ってるだろ?」
「怒っていません」
奏が怒る理由がわからなかった結は、素直に聞いてみるが、何度聞いても返ってくるのは、怒っていないという否定の言葉だった。
「ただ……」
「ん?」
「ただ、少し残念だっただけです」
「なにがだ?」
「結の初めては私が良かったので……」
そう言う奏は頬を赤くしていた。
「……そっか」
結は気まずそうに、頬を掻いた。
「その、ごめんな?」
「……謝ってほしくなんてないです」
「じゃあなにを望むんだ?」
「……もう、他の人とはしないでください」
「……それは、無理な相談だな」
「私は一番ではないのですか?」
「いや、相性で言えば、奏が一番だよ」
「それならっ!」
奏は結の手を握る力を強くしていた。
その目は、微かにだが潤んでいた。
叫んだためか、奏は、はぁはぁっと息を荒くしていた。
「ごめんな……確かに奏は完璧だし最高だ。でも、あいつらにもあいつらの良さがあるんだ。俺には……選べないよ」
「そう、ですか……」
そう言うと、奏はその目を悲しそうに揺らしていた。
向かい合って座っていただけの結と奏は絡め合っていた手を離すと、奏は結から離れ、一人布団に横になった。
「結」
「……どうした?」
奏のことを怒らせたと思い、気まずそうに頬を掻いていた結は、突然奏から声を掛けられて、内心ドキドキしながらも、平静を装って返事をした。
「なにをしているのですか?」
「なにって……なにも」
「明日は日が昇ったらすぐに出発しますよ。ですので、今日はもう眠りましょう」
「わかった」
結はどうやら奏が怒っていると思ったのは、ただの勘違いだったと結論付けると、自分も奏の言う通り寝ようと自分の布団を探した。
(あれ?……俺の布団は?)
いくら見渡しても、布団はどうやら奏が使っている一組しかなかった。
(……やっぱり怒ってたのか……まぁ、怒らせたのは俺みたいだし、しゃーないか)
結が思っていた通り、実は怒っていて、それで奏は結の布団を用意してくれなかったと考えた結は、ため息をつくと、その場に横になると、仰向けのまま、静かに目を瞑った。
ユサユサ
(ん?)
ユサユサ
(気のせいか?揺さぶられているような)
ユサユサ
(絶対勘違いじゃないっ!)
結が慌てながらも目を開けると、目の前に広がったのは、美少女のドアップだった。
「うわっ!」
いきなりのことに思わず驚いた結は、跳ね起きていた。
「急に起き上がらないでください。もう少しで頭と頭をゴッチンコするところだったじゃないですか」
奏は少し怒ったように、頬をふくらませながら言った。
「いやいやいやいや、今のは仕方ないだろっ!目を開けたら、突然美少女のドアップだぞっ!?」
「……美少女だなんて……」
「ん?なんだって?」
声が小さくて聞こえなかったため、結が聞き直すと、奏はそっぽを向いてしまった。
(やばい。また怒らせたかなー)
また怒らせたと思い、どうしようか考えていると、頬を赤くした奏が声を掛けた。
「結は女心をもっと勉強するべきです」
「俺は男だから無理」
結が真顔で答えると、奏は手を頭にやって「そういう意味ではないのですが」っとつぶやいていた。
奏はため息をつくと「まぁ、それはよ……くないですけど、今はいいです」っと話を変えた。
「結はそんなところでなにをしているんですか?」
話を変えた奏が最初に言った言葉はそれだった。
(あなたが意地悪するからここで寝てるんです)
なんてことは当然言えるはずもない。
なかなか答えない結に、奏は首を傾げていた。
「……布団がないから」
答えない限り、奏は引かないと雰囲気から悟った結は、できるだけ嫌味っぽく聞こえないように言った。
結の勉強を聞いた奏は、もう一度頭をちょこんと傾げると、困惑の表情をしていた。
「布団がない?あるじゃないですか」
奏がそう言いながら指を指したのは、さっきまで奏が入っていた布団だった。
(……奏は天然だけど、こういうところでそんなミスをするわけがない……まさか)
「……それは奏の布団だろ?」
ある考えにたどり着いた結は、念のために奏が思い違いしているという前提で言ってみた。
「私の布団でもありますし、結の布団でもありますよ?」
(やっぱりかよっ!)
結がたどり着いた答え、それがこれだ。
一つの布団に二人で寝る。
(確かに俺たちまだ若いぞ?まだまだ子供だよ?だけど男女が一緒に寝ていいのは幼稚園児までか、カップルだけだろっ!)
結がそんなことを考えているのも知らずに、奏は布団に入ると、手で掛け布団を少し上げて「早く来てください、寒いじゃないですか」っと言った。
(ぐっ!その仕草とその声、その表情は反則だろっ!)
心の中で葛藤を繰り広げていると、奏がそこにトドメを指した。
「私と一緒は嫌ですか?」
奏は布団から上半身だけを起こしている。対して結は、その隣で座っている。つまり、今の状況は結からみたら涙目&上目遣いの美少女が懇願しているのだ。
「……わかった」
とうとう結が折れると、奏は小さくガッツポーズをしていたが、ため息をついていたため、奏のその行動には気付かなかった。
「一緒に寝てやるけど、その代わり向こうを向いていなさい」
「やっ」
結はただ折れるだけじゃなくて、妥協案を出すと、奏はノータイムでその案を却下した。
「それなら一緒に寝るのも無しだな」
「やっ!」
奏は完全に、駄々っ子モードだった。
睨み合うこと数分、先に折れたのは
「わかった。一緒に寝るぞ」
結だった。
結はため息をついていたが、反対に奏は「やたっ」っと嬉しそうにしていた。
奏が「早くしてください」っと楽しそうに急かす中、結はゆっくりと布団に入った。
「……こっちを向いて下さい」
「嫌です」
結は奏に背中を向けるようにして横になっていた。
(流石に正面は駄目だ……うん、絶対に駄目だ)
自分の方を向いてくれない結に、奏は「うぅー」っと呻くが、結はそれを無視してさっさと目を瞑り、眠る体制に入っていた。
「結がその気ならこちらにも考えがあります」
(考え?)
ふにゅ
奏の考えとやらに嫌な予感がした瞬間、結の背中に温かい何かか当たった。
(ふにゅ?柔らかくて温かい、まるで……ちょっ!?)
その感触の正体は、結に背中から抱き付いた奏だった。
「おいっ奏っ!」
奏に後ろから抱き着かれて、思わず後ろを向いて離れろと言おうとするが、後ろを向いたら意味がないと気付き、少し体を浮かせただけでとどめていた。
「隙ありです」
「なっ!?」
結が体を浮かせた一瞬を使い、奏は結の下に手を滑り込ませると、そのまま結の体に手を回していた。
「かかかか奏?なななな何を?」
「まあまあ、気にしないで下さい」
奏はそう言うと、結に抱き付いたまま、眠る体制に入っていた。
(はぁー。こりゃ諦めるしかないか)
とうとう諦めた結は、奏に抱き着かれてまま、二人でそのまま眠った。
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