4ー15 一組生十会の日常
「結には心装のことをまだ教えないでください。結のことですから、きっと教えたら一人でマスターしようとするはずです。結の心装が零王なら、最悪、結の心が零王に飲み込まれてしまうかもしれませんので」
奏の提案に、六花衆の皆は、真剣な表情で「はい」っと首を縦に降っていた。
「一つ頼んでもいいですか?」
奏は銀髪の少々にそう声を掛けていた。
「結の命に危険が及んだ場合、今日凍らせた結の記憶が戻るようにしてくれませんか?」
奏は「出来ますか?」っと問い掛けると、銀髪の少女は首を縦に降っていた。
奏は銀髪の少女が了承するのを確認すると「良かった」っとホッと一息ついていた。
「結がいつ目覚めるのかは、まだわからないので、皆は部屋に戻っていてもいいですよ?」
「姫はどうするの?」
「私は結が目覚めるまで、側にいてあげたいと思います。目覚めた時に、ひとりぼっちは寂しいですから」
奏はベットの横に設置されている椅子に、座り直すと眠っている結の頬を優しく撫でていた。
「あれ?ここは……」
結が目覚めると、そこはT•Gの奏の自室だった。
奏は結の世話係だったため、よく一緒にいたのだが、結は時々奏の部屋に行っていたため、ここが奏の部屋だとわかったのだ。
「……やっと起きましたか」
「あっ。奏、おはよう?」
「クスッ。おはようございます」
目覚めた結は、ベットから上半身を起こすと、ベットのとなりに座っていた奏に、欠伸をしながら挨拶をしていた。
結が暴走をした日から、すでに一週間が経っていた。
この一週間、奏はずっと結の側にいたのだ。
結が眠ってから一日目。
保健室は一組と二組で分かれているのだが、ずっとベットを一つ占領するのが、気に引けた奏は、結を自分の部屋に運んでいた。
最初は結の部屋に運ぼうと思ったのだが、眠っている間に自分の部屋に勝手に入られるのは、結が嫌がると思い、あえて自分の部屋にしたのだ。
奏は結の世話で、この一週間、生十会に顔を出していなかった。
その代わりとでも言うべきか、六花衆の皆がちょくちょく奏の部屋に顔を出していた。
奏はこの一週間、生十会に行っていないだけではなく、この部屋から外出さえしていなかった。
この部屋には軽くつまめるものぐらいならあるが、ちゃんとした食事など置いている訳がないため。最初の二日間、奏はほとんどまともに食事をとっていなかった。
三日目になると、奏が部屋から全く出ていないことに気が付いた六花衆の皆が、食事をわざわざ運ぶようになっていた。
今まで気絶していたのだから、仕方がないと言えば仕方がないのだが、奏と六花衆の苦労も知らないで、寝ぼけた表情で挨拶をする結に、奏は思わず笑ってしまっていた。
「あれ?奏、どうしたんだ?」
「?なにがですか?」
「いや、なんだか嬉しそうにしてるからさ」
「……そりゃ嬉しくもなりますよ。結は一週間も眠り続けていたのですから」
「……は?」
奏の言葉に、結は呆気に取られていた。
結としては、一週間も眠っていたなど、信じられるものではなかったのた。
(一週間も眠っていた?なんで眠ってたんだ?……思い出せない……なんだこれ……)
「結」
奏の言葉を聞き、考え込んでいる結だったが、みるみるうちに表情が険しくなっていくのを見て、奏は優しく言葉を掛けていた。
「一週間も眠っていたのですから、記憶が混乱していたとしても仕方がありません。それに、生十会の会議中に突然倒れてしまったのですよ?アイデアが思い付いたからといって徹夜で法具の改造をするのも限度を弁えてくださいね?結が倒れてみんな心配したのですよ?」
奏が銀髪の少女に封じてもらった記憶は二組の争いからだ。
だから六花衆の皆と、結は生十会の会議中に突然倒れたことにすると口裏を合わせることにしたのだ。
争っていた二組の子たちも、争っていた時の記憶を封じていたため、今は仲良く過ごしてくれている。
結局、あの争いの原因がなんだったのかはわからずじまいだったが、とりあえずは解決したのだ。
(とはいえ、記憶の封印による解決。これは到底解決とは言えないですね。ですが、結のことを考えると、仕方がない……ですよね?)
奏は自分自身に言い訳をすると、自分が突然倒れたという話を聞いて、驚いている結を、ベットに寝かせていた。
結が目覚めてから二日後、つまり結が暴走してから九日が過ぎていた。
「みんなおはよー」
「おはようバユウ。相変わらず腑抜けた顔してるねー」
「んだとこらっ!雪乃は相変わらず馬鹿みたいな顔してるなっ!」
「なによっ!馬鹿に馬鹿って言われたくないわよっ!」
結か生十会室に入って早々、雪乃といつものように軽い口喧嘩をしながらが、自分の定位置に座っていた。
「馬鹿という言葉は否定しなくてよろしいのですか?」
「はっ!?」
「にゃはは。結の言う通り、雪乃は馬鹿なのかにゃ?」
「小雪、やめておくのだよ。馬鹿と話していると馬鹿が移るのだよ」
馬鹿ということを否定しない雪乃に美雪がツッコミ、口論している二人に、小雪が油を注いでいると、雪羽は悪意丸出しの言い方で、くすくすと小さく笑いながら小雪を止めていた。
「そうなのかにゃ!?」
小雪は雪羽の言葉を真に受けたらしく、げげっとでも言いたげな表情で、焦りながら両手で自分の口を押さえていた。
「ちょっとっ!誰が馬鹿よ!誰が!」
「俺は別に馬鹿じゃないぞ!?」
雪乃と結は、息ぴったりに同時に立ち上がると、まるで鏡を見ているかのように左右対称の動きで雪羽に文句を言っていた。
「そろそろ会議を始めたいのですがいいですか?」
そのまま、盛大な口論を繰り広げようとしていると、そこに静かで、どこか冷たく、鋭い美声が鳴り響いていた。
結たちの子供レベルの口論を聞いていた奏は、口元をピクピクさせており、その表情は静かにだが、確かな怒りを表していた。
「「すみませんでしたっ!」」
結と雪乃は同時に背筋をピンと伸ばし、奏に向かって敬礼をすると、深々と頭を下げていた。
「はぁー。毎度毎度、小学生レベルの口論をしないでください」
「でもにゃにゃ(私)たちまだ十歳だにゃ。年齢的には小学四年生だにゃ?」
「なにか言いましたか?」
「なんでもないにゃ!」
奏の揚げ足を取ろうとした小雪に、奏は満面の笑みを向けてると、その笑みに逆に恐怖を覚えた小雪は、結と雪乃がやっていたように、深々と頭を下げていた。
「さて、やっと本題に入れますね」
奏は今だに頭を深々と下げている三人を座らせると、ため息をつきながらやっと本題に入っていた。
「今日は会議というよりかは、任務を与えます」
「任務かにゃ?」
「賢一さんから依頼がありまして、どうやら幻穴の痕跡を見つけたようです」
幻穴とは簡単に説明すると、物理世界から飛んできた意識が幻理世界に落ちるさえに、できる穴のことだ。
つまり、幻穴とは幻理世界に新たな幻の逸材が現れたことを示すのだ。
「つまり、幻の逸材の保護ってこと?」
「そういうことになります」
「今回は誰が行くのにゃ?」
「私はまだ幻操術の研究が残っているのだよ。つまり、私は行きたくないぞ?」
「参加メンバーについてですが、どうやら今回の幻の逸材はなかなかの逸材らしく、気性が荒かった場合はいろいろと危険なので賢一さんから指名されています」
「指名ですか……少しドキドキしてしまいますね」
「美雪って時々、ズレてるよね」
「それで結局誰なんだ?その指名されたのは」
「あなたですよ?結」
「えっ……俺っ!?」
奏の発表に、結は思わず声を荒立てて、勢いよく立ち上がっていた。
「はい。正確には、私と結の二人ですが」
「……まじ?」
「おおまじです」
結は力なく椅子に座ると、そのまま机にダラリと倒れこんでいた。
「……行きたくない」
「?どうしてそんなに行きたくないのですか?」
結が行くことをここまで拒絶するとは思っていなかった奏は、思わず結に行きたくない訳を聞いていた。
「結のことだ。どうぜ法具の改造が終わっていないからとでも言うのだよ」
「ギクッ」
「え、まさか本当にそうなの?」
適当に言ったことがどうやら本当に当たるなど思っていなかったため、雪羽は目を大きく見開いて驚いていた。
結の割とふざけた理由に、雪乃の呆れを含んで言葉を漏らしていた。
「ですが、雪羽は人のことを言えないのではないでしょうか?結さん同様、雪羽も研究が終わっていないから行きたくないと言っていたと思いますが?」
「私は選ばれなかっだ。仕方がないのだよ。賢一殿に選ばれなかったことで傷付いた心を癒すべく、私は研究に勤しむのだよ」
結よりも前に、研究があるから自分は行きたくないと言っていた雪羽に、そうツッコム美雪だったが、雪羽にとって想定内だったのか、のらりくらりと受け流していた。
「ですので、私と結はそうですね……一週間程いなくなりますので、一時的に仮のリーダーとして美雪を指名します。後は頼みますよ?」
「了解しました。任務のほう、どうぞがんばってください」
美雪は結が今だに机に倒れこんでいるのを見ると、結の耳元に口を近付けて「結もがんばってくださいね?」っと囁いていた。
「……美雪ずるいぞ?」
「さあ?なんのことだか私にはわかりませんね」
美雪は楽しそうに笑っていた。
「美雪って悪女の才能あるよね」
「あんなこと耳元で言われたら、やる気でちゃうにゃ」
結と美雪のやりとりを見ていた雪乃と小雪は、こそこそとそう話していた。
「私と結は準備のために、今日はもう部屋に戻りますが、みなさんで美雪に協力してあげてくださいね?」
奏がそう言うと、みんな「はーい」っと返事をしていた。
みんなの返事を聞いて満足したのか、奏は笑顔で頷くと、「ほら。結行きますよ」っと結を連れて部屋に戻って行った。
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