4ー14 結の本心
「仮に結が幻の逸材だとして、お嬢様は何が仰いたいのですか?」
「その理由です。知っていると思いますが、過去に男子の幻の逸材は前例がありません。しかし、結は正真正銘の男子です。わかりますね?」
奏が言わんとしていることに、六花衆の皆は気が付いていた。
結が幻の逸材だとすれば、史上初の男の幻の逸材となるのだ。
その存在価値は、恐らく果てしなく高いだろう。
なんて、今まで幻操師の歴史では、男より女のほうが数段も幻操師として優れているのだ。
幻操師としてと原石である幻の逸材も全員が少女だ。そこに現れたたった一人の少年。
F•Gなどのセブン&ナイツではそうでもないが、小さいガーデンでは昔の物理世界のように男子が女子に虐げられているのだ。
結の存在は、そういった人たちを暴走させるかもしれない。
「でも、バユウを幻の逸材だとすれば、矛盾するよね?」
「その通りですね。結の幻操師としての才能は平均的。結は本来、幻操師ではなく、幻工師のほうが向いていますから」
今の結が持つ力は、純粋な幻操師としての強さでは無い、結が幻工師として魔改造を施した多くの法具の力とも言えるのだ。
幻の逸材とはそもそも、幻操師としての素質が高い者たちのことを言うのだ。しかし、結の幻操師としての才能は平均的。これは結が幻の逸材だとするには決定的な矛盾だ。
「ですから結は我々のような通常の幻の逸材とは違う幻の逸材だと思っています」
「どういうことなのにゃ?」
「結が幻の逸材としてこちらに来てしまった理由。それこそ零王の存在だと思っています」
「確かにそう考えるとしっくりくるのだよ」
「えっ?つまりどういうこと?」
「……なに言ってるかわからないにゃ」
「……」
奏が言おうとしていることを先に理解した雪羽。
言ってることがわからずに困惑している雪乃。
頭から煙を出している小雪。
なにも言わず、ただ奏の言葉に耳を傾ける美雪と、皆の反応は千差万別だった。
「結の力の根源。それこそ零王という存在だと思っています」
「私もそう思うのだよ」
幻操師には、それぞれ力の核が存在する。
幻操師の核。それはつまり、心装だ。
幻操師の力は心から発せられる力の一部だ。
幻操師が扱える心から発せられる力の中で、最もその純度が高い力が心力だ。そして、その心力を操るための技術である心装こそ、幻操師の力の核と言ってもいい。
実質、強い幻操師は皆、心装の影響を受けている。
例えば、幻操術一つをとっても、その属性は心装の属性と同じであることが多いし、戦い方も心装によって決まる。
そもそも、心装とはその所有者の力のイメージから作られると言ってもいい。
敵を倒す力のイメージが剣なら、心装、攻式で発現されるものは剣となり、発現の媒体として必要なものもまた剣となる。
敵から身を守るイメージが盾なら、心装、守式で発現されるものは盾となり、発現の媒体として必要なものもまた盾となる。
そして、結の力のイメージが、零王という存在だと奏は言っているのだ。
「零王ってのは姫から聞いただけだからよくわからないけど、聞いてる限りじゃ零王って凄く危ない奴だよね?」
「いつもの結はちょっとSにゃけど、とっても優しいにゃ」
「確かに、いつもの結と零王は対の存在のように感じられるのですが」
「そう、美雪の言う通りなのだよ」
「え?」
「はい。結は自分のことをいつもなんて言ってますか?」
美雪の言った、結と零王は対の存在という言葉を肯定した雪羽に、疑問の表情を浮かべている三人に、奏はそう問いかけていた。
「……劣等生だよね?」
雪乃はすぐそばに本人が寝ていることもあって、言いづらそうにするも、こんなことを他の子に言わせるのは忍びなかったため、躊躇いながら答えていた。
「そうです。劣等生の対は優等生です。幻操師としての優等生とは、つまり、絶対的強者のことです」
「!?……それで……」
「……辛いにゃ」
「結さん……」
奏の言葉に、雪乃、小雪、美雪の三人は、ベットで眠っている結に優しくて、でも悲しそうな視線を向けていた。
結は、自分のことをいつも劣等生だと言っている。
実際には結は劣等生というわけでは無い。しかし、いる場所が悪かった。
結自身は平均的。しかし周りは皆が天才と言ってもいいレベルだ。今のT•Gの一組には、結よりも年下の子だっている。
結の幻操師としての力は、そんな子たちよりも遥かに下なのだ。
幻工師としての技術をスカイクラウドから授けてもらってからは、T•G一組の中でも上位の実力を持っている。
しかし、それは結が魔改造した法具による恩恵のおかげだ。
結が魔改造した法具を相手にも渡せば、結に勝ち目は無くなってしまう。
結はそう、思い込んでいるのだ。
結の中では自身が最弱なのだ。
だから結のイメージする最強の存在とは、自分の真反対の存在。
それこそが、零王なのだ。
結は自分の認めた相手に尽くすことを喜びとするタイプの人間だ。
物理世界での影響なのか、認めるためのハードルはとてつもなく高いのだが、そのハードルを超えた存在にはまるで付き従う従者かのように仕えるのだ。
しかし、零王はその反対の存在だ。
仕える側ではなく、仕う側だ。
結の力は必ず他者を必要としている。
結が魔改造している法具だって、大元の改造前を作っているスカイクラウドがいなければ、なにも出来ないのだ。
他者を必要するの反対は他者を必要としない。つまり零だ。
他者を必要とせずに、己だけの力で全てを支配する王。それが零王。
それが奏の考えだった。
実際、奏の考えはほぼ的中しているのだ。ただ一つのことを除いて。
「結はとても素直でした」
結が心から自分のことを劣等生だと思っていると知ってしまった六花衆が沈んだ表情を浮かべる中、奏はそう話し始めた。
「結はT•Gに来てからたくさんのことを学びました。幻操師のこと、幻操術のこと、幻工師のこと、ガーデンのことや私たちのこと。たくさんのことを知りました。結は素直だった」
奏は結は素直だったと、敢えて二度言った。
「結は素直でした。ですが、どこか私たちに対して壁を作っている気がしました」
「それは……」
雪乃はその言葉を否定しようとするが、否定の言葉が口から出ることはなかった。
雪乃もその壁をなんとなく感じていたからだ。
自分とはよく口喧嘩をしていた。互いに本心を言い合っていた。雪乃はずっとそう思いたかった。
だけど、それは違ったのだ。
結の言葉は、嘘ではなかったけど、本当でもなかったのだ。
結のには、本物の本心と偽りの本心の二つがあったのだ。
雪乃が聞きたかったのは前者。本物の本心だ。
でも、結はそれを話してはくれなかった。それが、とても辛かった。だから、雪乃はいつも結に喧嘩腰になってしまっていたのだ。結の偽りの心が見たくなかったから。
「結は私たちのことを受け入れたくないわけではないと思います。でなければ、ここにはいません。賢一さんが去る時、結に言っていました。君はもう、ここを出てもやっていけるよ?っと。結が私たちを受け入れたくないのであれば、あの時、ここから立ち去ったはずですから」
結がT•Gに入学したのは、結が賢一の誘いを了承したとは言え、そこに選択は無かったのだ。
だから賢一は結の修行が終わった時に、そう言ったのだ。
嫌なら、ここを去っても良いんだよ?
賢一の言葉には、暗にそう言っていた。
しかし、結はその時T•Gに残ることを選んだのだ。それはつまり、結がここにいたいという本心だ。
結はT•Gに入学してから、ほぼずっと奏や六花衆の皆と共に過ごしているのだ。ここにいたいということは、奏や六花衆たちと共にいたいということだ。
「結はきっと、心に溜め込むタイプなんだと思います。だからきっと疑心暗鬼になってしまったんだと思います。私たちのことを心から受け入れたいと思っているのに、どこかで怖がってしまうのだと思います」
「ふふ」
奏の言葉に、場に合わない笑い声が返ってきていた。
笑い声の発信源は、美雪だった。
真剣な話をしているというのに、突然笑い出すという、奇行に、思わず皆の視線が注がれていた。
みんなの視線に美雪はニッコリとした微笑みを返すと、笑った理由を話し始めていた。
「おかしい、いえ、可愛らしいと思いませんか?」
「……にゃにが?」
美雪のふざけた態度に、小雪の声には重さを含んでいた。
「そうでしょう?だって結さんは私たちに嫌われることを恐れているのですから」
「……え?」
美雪の言葉に、奏と雪羽はなるほどと言いたげな表情を。雪乃と小雪は呆気に取られた表情を浮かべていた。
「くっくっくっ。確かにそういうことになるのだよ」
「クスッそうですね」
「え?え?どういうこと?」
「にゃんのことだかさっぱりなのにゃ」
さっきまでのシリアスな雰囲気から一変して、楽しそうに笑っている雪羽と奏を見て、雪乃と小雪の二人はさらに困惑を募らせていた。
「幸せを得た後、どうなったら不幸ですか?」
美雪が言わんとしていることを分かっていない二人に、奏は優しい口調で質問していた。
「んー幸せを失った時かな?」
「「あっ」」
口を開けて、ポカンとしている二人を見て、奏はくすくすと笑っていた。
「疑心暗鬼は、疑心、つまり何事も疑ってしまうということです。なにも信じられないと言ってもいいでしょう。ではなぜ疑心暗鬼は起こるのでしょうか?」
「医学的なことはわからないけど、マイナス思考だからだよね?」
「そうですね。そうとも言えます。では、なぜ疑ってしまうのですか?」
「本当だと信じられないからかにゃ?」
「なぜ、信じられないといけないのですか?」
「えーと」
質問をしては、その答えについてまた質問する。奏はそうやって、二人に答えを確かめさせていた。
「それが嘘だと分かった時が怖いから」
「はい。正解です。疑ってしまうのは、信じてしまった時にそれが嘘だった場合が恐ろしくなってしまうからです」
「相手を受け入れるということは、自分を相手に受け入れてもらうことと同義なのだよ」
「……つまり、自分が受け入れたとしても、相手に受け入れてもらえないことを恐れているってこと?」
雪乃の言葉に、奏は満面の笑みで「はい」っと答えていた。
「それは……ちょっと可愛いね」
「そうですね」
奏たちは、皆、ベットで眠る結にを優しく慈愛に満ちた表情で見つめていた。
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