4ー13 幻の逸材
(結っ!駄目ですっ!)
奏の願いも虚しく。結の手刀が、男子生徒の心臓を貫く瞬間。奏は思わず目を瞑ってしまっていた。
「どうやらギリギリだったようですね」
奏が恐る恐る目を開けると、そこには結の背中に手を触れて、結の全身を凍らせている美雪の姿があった。
「頼んでもよろしいですか?」
美雪の隣には銀髪の少女がいた。銀髪の少女はこくりと頷くと、結が暴走したことのよって大騒ぎしている二組の生徒たちを凍らせていた。
銀髪の少女は生徒たちを殺したわけではない。
ただ冷凍仮死状態にしただけだ。
「ありがとうございます。今回のことはあまり知られたくないのですよね?」
美雪は未だに座り込んでいる奏を見て、正確には奏の頬を伝っている涙を見て、そう判断すると、銀髪の少女にある指令を出していた。
銀髪の少女は、またこくりと頷くと今度は結を除いた凍らせている一人一人の前に向かうと、頭に手を翳していた。
「美雪、あれはなにをしているのですか?」
「あの子に頼んで、今回のことについての記憶を凍らせています」
「つまり、記憶を封じているということですか?」
「……はい。そうなりますね」
記憶を封じる。
それが正しいことなのかはわからない。結が攻撃しようとした男子生徒は怪我などはしていないらしい。つまりまだ未遂。
それに、あの時の結は正気を失っていたのだ。仮に正気を失っていなかったとすれば、美雪の不意打ちなんて軽く躱しているはずだ。つまり、今、結が凍らせていることがそれを証明しているのだ。
奏は、今回のことは記憶の奥底に封じたほうが、二組のみんなにも、自分たちにも、そしてなにより結に良いと判断し、そのまま記憶の凍結を続行させることにした。
「私はあの子とこのまま記憶の凍結を続行しますので、お嬢様は結を保険室に連れて行って下さりませんか?」
「頼みます」
奏はお礼の意を込めて、美雪に頭を下げると、逆に頭を下げられた美雪の方が、アワアワと慌てていた。
奏は氷の彫刻となっている結の側に駆け寄ると、その手で結に触れていた。
(なるほど。これがあの子の術ですが。基本的には氷属性の『氷結』ですが、発動時の出力や圧力が少し違いますね。『氷結』の改良版でしょうか?)
奏は銀髪の少女が作り出した氷に触れることによって、その幻操術の式を調べると、その術の完成度の高さに感嘆の意を漏らしていた。
(結自身はどうやら気絶しているようですね。とりあえず解凍しますか)
奏は氷に触れただけで、その氷の構築情報を読み取ると、即座に解除するための幻操術を作り出していた。
法具や他の道具を一切必要とせずに、幻操術の発動と構築と解析が出来るのはこの世で奏ぐらいだ。
奏の才能とはそれほどなのだ。
到底、たった一人の人間には収まり切らない天性の才を持っているのだ。
解凍した結に問題がない事を確認した奏は、結を背中に背負っていた。
「では、また後ほど」
「……お大事に」
「ここが終わったら二人とも保険室に来てください」
「……分かりました」
奏は部屋を出る寸前に、そう声を掛けると、美雪は躊躇いがちにそう言った。
美雪の心の内が読めた、読めてしまった奏は、その表情に一瞬曇らせると、美雪を安心させるために、すぐに笑顔を作っていた。
結を背負い、保険室に辿り着くと、そこにはさっきの争いで腕に怪我をしてしまった六花衆の一人、雪羽と、その付き添いをしていた雪乃の二人がいた。
「あっ姫どうしたの……って結!?」
雪羽の腕の治療をしていた雪乃は、保険室の扉が開いたことで、そちらに視線を向けると、そこには気絶している結を背負った、姫こと奏の姿があった。
奏の突然の訪問に驚き、さらには結が気絶しているという追い打ちだ。
まさかあの後二組の連中が暴れて、結を気絶させたのかと思い、強く歯を食いしばっていると、奏の声によって我に返っていた。
「結はどうしたのだい?」
雪乃の手を借りて、結をベットに寝かせると、腕の治療がすでに終わっている雪羽が、そう問いかけた。
「……そのことについて話があります。ですが、この話は六花衆が全員集まってからにします」
奏のいつも以上に真剣な表情と声に、思わず気圧された二人はただ「うん」っとしか言えなかった。
美雪たちを待っている間に、雪乃は小雪を呼びに行っていた。そして、とうとうこの部屋に、美雪、小雪、雪乃、雪羽、そして銀髪の少女が集まっていた。
「話ってにゃんのことにゃ?」
「ここまで真剣な顔になった姫を見るのは久し振りなのだよ」
「それでは、話します」
五人の視線が奏に注がれる中、奏は話し始めた。
「結は、その身の中に別の大きな力を宿しています」
「別の力?」
「正確に言えば、今まで結が蓄積してきた負の感情から生まれた力です」
奏は変貌した結、つまり零王のことを結が今まで蓄積してきた負の感情から生まれたものだと考えていた。
「まずは、確かに分かっていることを話します。まず、結がT•Gに入学してきた経緯についてです」
「経緯?確か、幻理世界で倒れているところを保護したのではなかったでしょうか?肉親などが一切わからなかったため、T•Gで保護していると聞き及びましたが」
「ただの迷子なら、わざわざ幻操師としての訓練を施す必要などありません」
「……そうですね」
奏の言葉に、美雪は目をハッとしていた。
迷子の子供にわざわざ武術を教える必要なんてないのだ、これからのために軽く教えるくらいならまだわかるが、奏と賢一がしたのはそんな生易しいものではなかった。
奏と賢一が結に与えたのは正に地獄の訓練とも言えるだろう。
そんな厳しい訓練を受けされる必要なんて普通ならないのだ。
そんな当たり前な事に気が付けなかった自分を、美雪は内心恥じていた。
「結がT•Gに入学して日に、私が賢一さんから教えてもらったことを話します」
そして、奏は賢一に教えられたことを五人に話していた。
零王のこと。
B•Gのこと。
結のこれからのこと。
奏が今まで六花衆に零王やB•Gのことを教えなかったのは、ただ心配だったからだ。
六花衆は皆良い子だ。
結と良く喧嘩している雪乃だって、本当は結のことをとても大切に思っているし、他の子だって結に抱いているのは好意的感情だ。
しかし、それでも心配だったのだ。
結は犯罪者かもしれない。
結が犯罪者だという可能性は実際かなり低い。奏が考えたのは、結が外から手引きして、中で実験台にされていた子供たちを助け出したという考えだ。
しかし、それには大きな矛盾があった。
賢一が零王、つまり結と会った時、結は一人だったのだ。
さっきの考えだと、実験台になっていた子供たちはどうしたのだろうか?
向こうですぐに解散したのではないかと、当然思ったが、いくら探してもそんな子供たちは見つからなかったのだ。
真実がわからない以上、これ以上考えて仕方がないだろう。
しかし、六花衆の皆がこの事を知って、今後、結とどういった接し方をするのかを考えると怖くなったのだ。
「でも、結は結でしょ?」
考えるのが怖くなり、思わず俯いてしまっていた奏の耳に届いたのは雪乃の明るい声だった。
「お嬢様は心配し過ぎですよ?」
雪乃の言葉に思わず顔を上げていた奏を美雪は優しく抱き締めていた。
「にゃにゃ(私)たちが結を避けると思ったのかにゃ?」
「私には似合わぬセリフだが。私たちの友情はその程度ではないのだよ」
「みんな……」
奏の心配は杞憂だったのだ。
六花衆はみんな、優しい目で奏をそして、ベットで眠っている結を見つめていた。
思わず泣いてしまっていた奏が泣き止むのを待つこと数分。奏は目元を拭くと、今度は賢一から聞かされたことではなく、自分の考えを話し始めていた。
「これはあくまで仮説なのですが。結は恐らく、私たちと同じ、物理世界から分離した意識だと思います」
「そ、それは無理がありませんか?確かに私たちは皆、物理世界から分離した意識の一部ですが、今まで確認されているのは皆、若い少女ですよ?」
幻操師の適性があまりにも高いと、その高い力で自分の身を滅ぼさないように、意識の一部を幻理世界に飛ばされることがあるのだが、今までそうだと判断されたのは全員が若い少女だったのだ。
いつしか、奏たちみたいな子たちのことを幻の逸材と呼んでいた。
そうなのにも関わらず、奏は結は自分たちと同様に、意識の一部が飛ばされてきた存在だと言っているのだ。
「ですが、結の症状はまさに幻の逸材のそれです」
「……記憶の混乱ですか」
「その通りです。私たち同様、結には物理世界での記憶がありません」
幻の逸材には物理世界での記憶が無い。
通常のガーデンに通っている生徒は、あくまでその意識は物理世界と幻理世界は同じなのだ。
物理世界で眠れば意識が幻理世界に来て。
幻理世界で眠れば意識が物理世界に戻る。
つまり、それはたった一つの意識なのだ。
しかし、奏たち幻の逸材にはそれがない。
理由は簡単だ。
幻の逸材は分離した意識の一部だからだ。
完全に分離しているため、物理世界との自分とは意識が繋がっていないのだ。結果、物理世界のことを知らないのだ。
結も奏たち同様、物理世界の記憶を持っていないのだ。だから奏は結も自分たちと同じ、幻の逸材だと思っているのだ。
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