表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/358

4ー12 再臨する影

 いつもの小馬鹿にするような表情ではなく、かなり焦った表情で雪乃は叫んでいた。


「大変?どうかしたのか?」


 相手が慌てているからこそ、結は冷静に話を聞こうとしていた。


「二組で男子生徒が喧嘩してるっ!」


 喧嘩?T•G(トレジャーガーデン)は他のガーデン同様、学校のような場所なのだ。学校で男子生徒同士が喧嘩しているからといって、そこまで慌てることではないはずなのだが。


「それが、個人の喧嘩じゃなくて、団体での喧嘩っ!それも術ありっ!」


「それは、由々しき事態ですね。結、着いてきて下さい。雪乃は案内をお願いします」


「「了解」」


 奏は雪乃に案内を任せると、結を引き連れて現場に向かった。


 雪乃に連れて来られたのは、二組が使用している訓練室の一つだった。


 どうやら雪羽が雪乃を説教と言う名の説得で、落ち着かせていたところ、平時では鳴り響かないはずの音が聞こえてきたらしく、気になって雪乃と二人で見に行ったらしい。


 二人が音の発信源にたどり着くと、そこには男子生徒たちが盛大に喧嘩、いや既に喧嘩の範疇を超えて争いを繰り広げていたのだ。


 その光景を見た雪羽が応援を呼ぶように雪乃を遣わしたらしい。


 扉を開くと、そこには争っている二つのグループの中心で両方に牽制をしている雪羽の姿があった。


 奏は部屋に入ると、即座に幻操術を発動させていた。


 奏は雪羽を巻き込まないように、左側と右側をそれぞれ別の氷で覆うと、そのまま、氷の牢獄を作り出していた。


「なかなか早かったではないか雪羽。優秀なのだよ」


「雪羽、大丈夫ですか?」


「問題ないのだよ」


 結は若干鋭い目になると、フッと笑っている雪羽の頭にチョップをした。


「い、痛いのだよっ」


 痛いと文句を言う雪羽を睨んで黙らせると、雪羽の手を掴んでいた。


 結が雪羽の裾をまくると、そこには打撲のあとがあった。


「これはなんだ?」


「わ、割り込む時に少しな。問題ないのだよ」


「雪羽も女の子なんだからな?怪我には気をつけろよ?」


 結は雪羽の肩を優しく叩くと、雪羽のことを心配そうに見つめている、雪乃に振り返った。


「悪いけど、雪羽を保健室に連れて行ってくれないか?」


「バユウの言うこと聞くのは癪だけど、仕方ないもんね」


 言葉とは裏腹に優しい顔をしている雪乃は、奏に一言、言ってから雪羽を保健室に連れて行っていた。


 結は二人を見送ると、氷の牢獄に閉じ込めた生徒たちと話をしている奏に近寄った。


「奏、そっちはどうだ?」


「結ですか。それが喧嘩の理由をなかなか教えてくれません」


「どうする?俺がやるか?」


「……荒っぽいのは駄目ですよ?彼らも私たちの仲間なのですから」


(仲間か。相変わらず優しく子だな。奏のことだ、雪羽が怪我をしたことも当然気が付いてるだろうし、雪羽を傷付けた犯人さえ、すでにわかっているんだろうな。それなのにその相手たちを仲間というか)


 奏は優しく。優し過ぎるのだ。


 結はそんな奏に危うさを感じていた。


 優しいが故に、取り返しのつかないことをしてしまうのではないかと。


 それが原因で、奏がいなくなってしまうのではないかと。


「誰がお前たちみたいな化け物と仲間なもんかっ!」


「えっ……」


 化け物。


 奏が仲間と言ったことによって、牢獄に捕らえられた男子生徒の一人がそう叫んでいた。


 男子生徒が化け物と言った瞬間、一瞬、一瞬だけだけと奏は、とても悲しそうな表情をしていた。


 奏は天才だ。


 凡人が何年も掛けてやることをたった一度しただけで、その目で見るだけて理解し、覚えてしまうのだ。


 物理世界の天才なら確かに凄いがその程度で済むのだが。幻理世界での天才とは、つまりたった一人で数百数千の生き物を一瞬で消してしまうことが出来るのだ。


 いままで魔法をまったく知らなかった君の前に、突然魔法を操る人が現れたらどうする?


 喜ぶ?


 驚く?


 その時、実際にそんな状況に面した時に浮かぶのはそんな感情ではない。


 それは、恐怖だ。


 人間という生き物は、自分の知らないこと。自分の理解出来ないものに恐怖を覚えてしまうのだ。


 T•G(ここ)にいるのは一組二組合わせて、全員が幻操師だ。


 しかし、二組の生徒たちは最初からこの幻理世界にいた存在だ。


 つまり、幻操師として特別高い素質を持っているわけではないのだ。


 同じ幻操師とは言え、相手はその気になれば一瞬で自分をどうにか出来てしまう存在。圧倒的強者だ。


 いくら奏が彼らに優しくしていたとしても、彼らの本能が怯えてしまっているのだ。


 奏は慣れていた。


 奏は昔から天才だったからだ。


 最初は喜ばれていた。みんなに凄い凄いと言われて喜んでいた。


 しかし、少しずつ周りからの評価は変わっていってしまったのだ。


 化け物。


 奏はそれからずっとそう呼ばれるようになっていた。


「……奏」


 結は俯いてプルプルと震えてしまっている奏を優しく抱き締めていた。


 そして。


「奏、少し目と耳を塞いでてくれないか?」


「え?」


 結の言葉に思わす顔を上げた奏は、泣いていた。


 いつもは泣かない強い娘である奏が泣いていた。


 奏にとって、化け物という言葉はそれだけのトラウマなのだ。


(……ちっ)


 結は心の中で舌打ちをしていた。


 奏を悲しませてしまったことを。


 結にとって奏は恩人だ。


 もちろん命の恩人は賢一だ。


 倒れていた自分を助け、そして今の強さを得るきっかけをくれ、修行までつけてくれた恩人だ。


 そして奏は結がT•G(トレジャーガーデン)に来てからずっと忙しく世話をしてくれたのだ。


 結は賢一からは人の厳しさを、奏からは人の優しさを、暖かさを教えてもらったのだ。


 結はずっと一組にいたため、二組の人とはほとんど面識がない。


 今の結にとっては、大切な人である奏が、ほとんど知らない奴に泣かされたようなものだ。


 つまり、結は怒っていた。


「貴様。余の女になにをしている?」














 奏は困惑していた。


 喧嘩の仲裁に入り、喧嘩の原因を聞いても教えてくれない生徒に、結が無理やり聞き出そうとしたため、仲間だからやめてと結にお願いした途端。


 自分が過去にずっと呼ばれてくた名称で呼ばれてしまった。


 化け物。


 それが、奏の呼び名だった。


 一般的に天才と呼ばれる人たちでさえも、到底届かない場所にいた奏は、凡人からすればまさに化け物だったのだ。


 奏は天才であると同時に、まだまだ若い一人の少女なのだ。


 周りから言われる化け物という言葉は、奏の心に確かな傷を作っていた。


 T•G(トレジャーガーデン)に来る前に、奏の力を知りながら、奏のことを化け物と呼ばずに、仲間と呼んでくれたのはたったの三人しかいなかった。


 もしかしたら、力のことを教えても、変わらずに仲間と呼んでくれる人は他にもいたかもしれない。


 だけど奏は怖かった。


 T•G(トレジャーガーデン)に来てからは六花衆や結を始め、一組のみんなが優しくしてくれたおかげて、その心の傷は塞がり掛けていた。


 だけど、また呼ばれてしまった。


 化け物だと。


 思わず奏は泣いてしまっていた。


 もう一年以上も普通の人間として接してもらい、安心してしまっていたのだ。


 もう、化け物と呼ばれないと。


 苦しかった。悲しかった。自分は化け物なのか。自分を認めてくれる人は本当に現れてくれるのだろうか。


(もしも現れてくれなかったとしても。私はーー)


「貴様。余の女になにをしている?」


 奏の耳に、言葉が届いた瞬間。


 奏の身体中になにかが走っていた。


 それは、歓喜だった。


「ゆ、う?」


 そして、困惑だった。


 奏が顔を上げると、そこにいたのは結だった。


 しかし、結は明らかに様子がおかしかった。


(まさか、これが)


 奏は結の姿を見て、即座にある可能性に至っていた。


 それは。


(零王)


 賢一が結と初めて会った時の状態。それが零王だ。


 奏は零王については、賢一から一通り話を聞いていた。


 喜怒哀楽を感じない。ただ純粋な怒り。殺意。敵意。


 今の結の目は、そういった負の感情に覆い尽くされていた。


(私のせいで……)


 奏は後悔していた。


 奏が結の世話係に任命されたのは、結の心に出来るだけストレスや純粋な怒りを溜めさせないためだった。


 しかし、結果はどうだろうか?


 結を守るどころか、自分のせいで再び零王にしてしまった。


「ひっ。な、なんだお前っ!なんで化け物を庇うんだよっ!」


 奏を化け物と呼んだ生徒が、怯えながらも結に向かってそう言った瞬間。氷の牢獄が粉々に粉砕されていた。


 生徒が言った瞬間、結はその生徒を今、守っていると言ってもいい氷の牢獄を一撃で粉砕すると、そのまま相手の首を片手で鷲掴みすると、力強く、壁に押し付けていた。


「結っ!」


 結は生徒の首を掴みながら、空いているもう片方の手で手刀を作ると、それを生徒の心臓に向かって突き出した。


 評価やお気に入り登録、アドバイスや感想など、よろしくお願いします。


 次の更新は明日の午前12時を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ