4ー4 零王(2)
「どうして結君をF•Gの方に入学させなかったかわかるかい?」
「結が容疑者だからですか?」
「その通りだよ。結君がB•Gで人体実験にされていなかったとしても、なにかの理由で外部から攻撃した可能性だって十分あるからね」
「……結は罪になるのですか?」
奏が暗い表情になりながら賢一に聞くと、賢一は奏に優しく笑いかけていた。
「その心配はないよ。罪に問われるどころか結君はB•Gがやっていた非人道的な実験を明らかにしてくれたんだ。むしろ大手柄だよ」
賢一の言葉に奏はホッと胸を撫で下ろしていた。しかしまた険しい顔になると、賢一に聞いた。
「結はB•Gを殲滅したのですよね?それは問題ないのですか?」
「それについても大丈夫だよ。B•Gが違法行為をしていたという証拠は十分に揃っているからね。どちらにせよB•Gは皆が懸賞首になるはずだからね。だから罪には問われないよ」
賢一はそう言うと「懸賞金は貰えないけどね」っと笑いながら続けた。賢一の言葉に奏は再びホッと息をつき、胸を撫で下ろしていた。
「しかし理由は他にもあるんだよ」
「え?」
奏は結をT•Gに連れてきたのは今話していた結が容疑者という理由から来るものだと思っていたのだが、どうやら理由は他にもあるらしい。
思いもしていなかった言葉に奏が驚いているのを見て、賢一は楽しそうに笑っていた。
「だっておかしいだろう?」
「……何がですか?」
(結が容疑者だからF•GではなくT•Gに連れてきた。おかしいことはなにも……あっ)
「気付いた様だね」
奏は賢一の言った言葉の意味を考えていると、あっと、あることに気が付いていた。賢一はそんな奏の様子に案の定、楽しそうに笑っていた。
「結君は無実だ。それは私が保証しよう」
「それなのに結君をT•Gに隠す理由ですか」
「その通りだよ。無実なら堂々とF•Gに入学させればいい。しかしそれは出来なかったんだ」
賢一は突然、今までの楽しそうな表情から目を細めて真剣な表情になっていた。賢一の雰囲気が急に変わったことで奏は思わすごくりと喉を鳴らしていた。
「言ったよね?本部も支部を壊滅したって」
「それが?」
「B•Gはなにをしていたんだい?」
「それは……人体実験……っ!?」
「気付いたかい?実験台にされていた子たちはどこに行ったのかな?」
「ど、どこかに逃げたのではないのですか?」
「私もそう思って調べたのだかね。その結果、本部からも支部からも誰かが逃げ出した痕跡はなかったんだよ」
「っ!!」
賢一の言葉に奏は顔色を悪くしていた。もし賢一が言っているとおり、結が加害者ではなく被害者である実験台たちごとB•Gを消したのであれはそれは罪だ。
「他にもおかしいことがあってね。私は結君と戦いその実力を知ったよ。そして崩壊したB•Gの跡地も見てきたのだがね。結君は強い。おそらく私と戦っていた時も全力じゃなかっただろうね。あの時の強さが全力の半分だと仮定しても、たった一人であれだけの事をするのは不可能だ」
「た、確かにそうですね」
奏は賢一の言葉に、ツッコミどころがあまりにも豊富な言葉に、口だけはある程度冷静さを保っていたのだが、頭の中では混乱していた。
B•Gは昔ほどでは無いとは言え、それなりに力を取り戻しつつあったのだ。支部を数十カ所持っているほどなのだ。所有戦力は相当のはずだろう。賢一が結と会った時、結、いや零王は一人だったのだ。仮に零王がB•G一連の犯人だとした場合、それほどの規模であるB•Gをたった一夜、それも一人でどうこうできるわけがないのだ。
しかし奏を一番混乱させたのはそこじゃなかった。
(賢一さんは心装を使っていなかったとは言え、心装無しでも賢一さんの実力はS、いやRランクに相当するはずですよっ!!その賢一さん相手に手加減っ!?そんなこと私以外に出来る子供がいるわけが……)
混乱している奏はよそに、賢一はさらに言葉を続けた。
「それに実際に壊滅させられた後を見る限り、あれは一人でやったものではないだろうね。少なくとも、他にA、いやSランク相当の実力者が五十人は必要だね」
Sランクといえば、それは一人だけでも一般兵百人分を優に超える実力を持っていることになる。それが最低五十人、ありえない戦力だ。
「……結、いえ零王と戦った時に、零王は心装を使ったのですか?」
奏は恐る恐るといったふうに賢一にそう聞くと、賢一は困ったような顔になっていた。
「……心装は使っていなかったね」
「心装は?」
「心装は使っていないようだったのだが、心操術は使っているようだったんだよ」
「……え?」
奏は賢一が言っていることを信じることが出来なかった。心装無しで心操を操る。それはあまりにもありえないことなのだ。心装無しで心操を扱うということは例えるなら、道具無しで空を飛ぼうとしているようなものだ。
人間が発展させた技術でも解明することが出来ないものの一つである心。その心から発せられる力、心力はその扱いがあまりにも難しい。
だから幻操師は一旦その力を何か自分の心と相性のいいもの、例えば昔からずっと使っている愛用の剣や鎧、そういったものに込めることによって安定させるのだ。そして安定した心力をその心力が持つ力。幻操師の固有術として発現させる、それが心操術の本来の発動方法だ。
しかし零王はその心装をせずに心操術を扱っているというのだ。幻力と心力の扱い方の難しさを比較するのであれは、幻力は箸で一粒の豆を掴む程度とすると。心力は高層ビルの屋上から地面向かって落とした豆を、地面で落ちてくる豆を箸で掴むようなものだ。
その難易度は二階から目薬どころじゃない。高層ビルから目薬だ。
それを零王がしていた?ありえない。奏の頭をその言葉が埋め尽くしていた。
「零王の異常な戦闘能力。もしかしたらあれは零王が一人でやったことかもしれない」
(たった一人でRランク一人とSランク五十人分の戦闘能力。そんなことが出来るのは……)
「奏も無理だろう?」
「……はい」
そんなこと、出来る訳が無かった。いくら奏の実力が賢一よりも上だとしてもそんなことは無理なのだ。
「私は零王を危険と判断したんだ」
「っ!!……そう、ですね」
賢一が零王と戦っている間、零王から感じた感情は怒り。つまり負の感情だ。負の感情に支配され、B•Gを潰し回る少年。その少年の危険性はあまりにも高かった。
(つまり賢一さんは、零王を処理しようとしているのですか?)
しかしそれでは辻褄が合わない。零王を危険だと判断したのであればわざわざ連れて帰る必要などないのだ。零王の力が賢一よりも遥かに下であれば、零王はまだ若い、高い実力を持っている零王を連れて帰り更生させる事も出来るだろう。少なくともすぐにどうこうするする必要はない。
しかし零王の力は賢一と同等、あるいはそれ以上の可能性があるのだ。それでは連れて帰った後に暴れ出したら止めることができない。それは非常に困る。
「だからと言って結君をどうこうする必要はないよ」
「……ですが……」
今は記憶が無いとは言え、記憶が戻ればまた負の感情に支配されてしまうかもしれない。そう考える奏に賢一はもう一度「その必要はないよ」っと言った。
「結君は絶対に暴走なんてしないからね」
「……なぜそう言い切れるのですか?」
「見たんだよ」
「見た?何をですか?」
結は絶対に暴走しないと言い切る賢一に、奏は根拠を示してほしいと言うと、賢一は結との戦いが終わった後のことを話し出した。
「結君が気絶する瞬間。今までの結君から発せられていた負の感情が全て、綺麗さっぱり消えていったんだ」
「……消えた?」
「いや、消えたというのは語弊があるかな。正確には封じられたと言うのかな」
戦っている間、ずっと零王が漂わらせていた負の感情が綺麗さっぱり引っ込んでいたのだ。ただ消えただけであれば、それは気絶したことが原因だと思われるが、今回は状況が違かった。
零王が気絶し倒れると、倒れた零王を中心に突如、直径三メートル程度の幻操陣が現れたのだ。その幻操陣はあまりにも複雑で全てを解読することは出来なかったのだが、ただ一つ確実に言えること、それはその幻操陣が封印術の幻操術だったということだ。
そしてその陣が現れた途端、今まで圧力を感じてしまうほどに零王が放っていた負の感情が消滅していたのだ。
「私はそれを見た途端、ある仮説を立てた。それはーー」
「心の暴走ですか」
賢一の言葉に奏は被せて言った。
幻操師は上位ランクになると心装を纏い、心操術、つまり心の力を操るほどだ。幻操師と心には大きな繋がりがある。家族を、又は最愛の人間を失ってしまったりと、そういったあまりにも強いショックを受けると、その時に生まれる激情によって理性が飛んでしまう場合がある。それを心の暴走、暴走状態と言うのだ。
つまり零王とは結の暴走状態、賢一はそう判断したのだ。
「心の暴走はそう簡単に起こることはない。しかしだからと言って結君を完全に自由にさせるのは心配だ。だから……奏、頼めるかい?」
「はぁー。分かりました。結は私が世話をします。心配しないでください」
奏は溜め息をつきつつ、賢一の願いを承諾した。賢一は「それから」っと話しを続けた。
「心の暴走は自分の命に危機が迫った場合にも起こることがあるからね。結君に幻操師としての戦い方を教えてくれないかい?」
「武器も選んであげてよ」っと頼む賢一に、奏は一言「分かりました」っと承諾した。
(記憶が無いという事は戦闘経験は皆無と考えたほうが良さそうですね。……防御を主体に戦える武器といえば……あれですね)
結に教える武器を決めた奏は賢一に「もういいですか?」っと聞き、賢一の承諾を得ると「失礼しました」っと自室へと戻って行った。
(それにしても不思議な子だったね零王は)
奏が出て行った部屋で、賢一は零王のことを思い出していた。
(あれだけの力を持っているというのに、才能をまるで感じさせ無かった)
戦いの才能とは、戦いの中で戦いながらどんどん強くなる才能のことだ。零王と戦っていた賢一はそれを全く感じなかったのだ。
(才能による強さではなく、百戦錬磨の努力による強さのように感じた。……いや、それはありえないね。私よりも遥かに年下、確か九歳だったかな?その年齢で私以上の経験を得ているなんてね。あの戦い、私たちは二人とも全力を出していなかったからね。ただ彼の底を見ることができなかっただけか……)
賢一が零王の強さに対する印象は正に百戦錬磨。しかしまだまだ子供である零王がそれほどの経験を積んでいる訳がないと思い。零王から戦いの才能を感じなかったのはただ両者とも全力を出していなかったため、成長するための経験値が足りなかっただけだと判断していた。
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