4ー3 零王(1)
結と別れた奏は賢一の元に向かっていた。
(このタイミングでの呼び出し、十中八九結についてですね。結の前で話さないのはなぜでしょうか?……結に聞かれたくない?)
トントン
「奏かい?入りなさい」
賢一の部屋の前に着いた奏が二回ノックをするとすぐに賢一の声が返ってきた。
「失礼します」
奏は扉を開けると入る前に挨拶、そしてその後礼をすると、学校の校長室のような部屋に座っている賢一の机を挟んだ側に座った。
「さて、すまないがさっそく本題とさせてもらうよ?」
「問題ありません」
「結君についてどう思う?」
賢一はいつもの笑顔から一変して、真剣な表情で奏にそう聞いた。
「どう思うとは?」
「あまり深く考えなくて良い。見て思ったことをそのまま教えてくれないか?」
「……そうですね」
奏は一旦言葉を切ると、少し俯きながらそっと手を顎に当てていた。
「なにかを抱えていると思いました」
「それは何故だい?」
「彼の目を見て、深いなにかを感じましたので」
奏の回答に満足したのか、賢一は楽しそうに笑いながら「そうかい」っと言った。
「彼、結はどういった経緯でT•Gに入学することになったのですか?」
「ん?いつものように散歩をしていたら偶然気絶している彼を拾ってね」
机の上で腕を組みながらそう話す賢一は、一旦話をそこで切ると奏に向かって突然笑いかけた。
「……そう、彼には嘘をついている」
「嘘?」
「そう、今のは嘘なんだ」
賢一が結に嘘を言ったと聞いて、奏は嫌な予感がしていた。結の部屋に二人で向かう間、結からここで目覚める前の記憶がない事を聞いていた。
過去の記憶がない結。そしてその結本人には伝えられない賢一との出会い。結の目を見た時に奏が感じた感覚。入学初日なのに二組の人間ではなく一組、それも一組でトップの実力を持っている奏に世話係を任命したこと。まるで楽しいなにかを見つけた様な子供のような今の賢一の様子。そしてなにより、数日前に賢一は重傷までとはいかないが軽傷とは言えないそれなりのダメージを受けて帰ってきたこと。
「何故嘘を?」
奏は何故嘘をついたのかなんとなくわかっていた。それでも念のため聞くと。
「分かるだろ?」
(これは私が答えに辿り着いていると確信している顔ですね)
奏は賢一の顔を見て、自分の考えがあっているのだと確信した。
「ですが信じられません。賢一さんが私以外の子供にあれだけやられてしまうなんて」
「それが事実なんだ」
賢一は賢一の言う事実について信じようとしない奏に、その日の出来事を一つ一つ話し出した。
「数日前のことだ。私はとある依頼を受けていてね。奏も知っているだろう?B•Gについては」
「はい」
B•Gとは数あるガーデンの中でも歴史のあるガーデンだ。しかし最初は高い戦力を誇っていたのだが、そのやり方に問題があった。
B•Gでは仲間を仲間として扱わない。完全なる弱肉強食の世界。依頼を受けた時に、もし仲間がピンチになっても絶対に助けようとしない。それどころか足を引っ張ると判断された者はむしろ囮として使われ、B•Gの名の通り彼らが受けた依頼では確実に仲間の血が仲間の手によって流れてしまう。
B•Gはいつしかメンバーもどんどん減って行き、気がつけば最弱ガーデンとまで言われるようにもなっていた。
しかし数年前からまたその勢力を不気味なくらいに広げていき、母体となるB•Gを始め。多くの支部まで建てられるようになっていた。
そしてとある事件が起きた。
今から約半年前。突然B•Gの本部が崩壊した。
なにが原因なのかはよく分かっていない。しかしB•Gの跡地を探索したところある事実が浮かび上がっていた。
それは人体実験。
幻操師の奥義とも言える技術『心装』。B•Gはそれを強制的に目覚めされる実験をしていたのだ。
他にも人体実験に使われた少年少女の名前がずらりと書かれた資料なども見つかっていた。
「っ!!まさか結の名前があのリストにあったのですか!?」
「私もそう思ったのだかリストの中に結という名前はなかったんだ」
「……そうですか」
奏は思わず、結がB•Gで人体実験のモルモットにされていて、実験の結果心装を開花。そして心装の力を使って内部からB•Gを破壊したのではないかと思ったのだが。どうやら人体実験に使われてしまった人間の一覧には結の名前がなかったようだ。
B•Gの事件はそれだけでは終わらなかった。本部が破壊された後、B•Gの支部が一つ一つ破壊されていっていたのだ。
どうやら支部でも本部どうよう、非人道的な実験が数多く行われていたらしかったのだが、腐ってもそれなりの力を取り戻しつつあったB•Gをこれほどまでに容易に潰し回る力を持っているなにかを警戒した偉い人々は、夜月賢一にこの事についての調査を依頼したのだ。
「支部の破壊にはそれなりに法則性があってね。次に破壊されると思われるB•Gの支部に向かっていたのだが、そこで出会ったんだ」
「……結にですか?」
「そうだ」
B•Gの破壊は本部を最初にして最も距離が近い場所を順々に破壊しているという法則性があったのだ。賢一はその法則性から次に狙われると思われる支部を探り出し、そこに向かっている途中、結に会ったのだ。
突然現れた結は、黒の和服を身に纏い、その手には漆黒に輝く身の丈ほどもある大鎌を携えていた。
「貴様は誰だ?」
「私はF•Gマスター、夜月賢一だ。君はなんと言うんだい?」
「余に名など存在せぬ」
賢一はそう言った結の目を見て背筋が凍るような感覚を覚えていた。
結の目には、喜怒哀楽が存在していなかったのだ。人は目で相手のことをいくらか分かるものなのだが、賢一が結の目から感じたのはあまりにも強い怒りの感情。なにに対してそれだけの怒りを感じているのかはわからないが、その目に映るのは怒りだった。
「余は零王。零王である余に名など必要ないのだ」
結、いや零王はそう言うと、突然賢一に襲い掛かっていた。
零王は大鎌を巧みに使い、独特な戦い方をしていた。ただ大鎌で斬ったり突いたり、刃とは反対側と石突きで攻撃してきたりするだけではなく、大鎌を賢一の横に突き刺し、そのまま大鎌を支点として浮き上がり賢一に蹴りをお見舞いしたりなど、その戦い方は多様。独特な戦闘スタイルのせいもあって賢一であってもその動きを完璧に読むことが出来ないでいた。
(困ったね。相手はまだ子供、出来るだけ無傷で連れて帰りたいのだが、手加減する余裕があまりないな)
まだまだ子供である結をあまり傷付けたくない賢一だったが、あまりにも零王は強く、ずっと防戦一方だった賢一は、とうとう本気で結を倒しに掛かっていた。
(さすがに心装は出来ないが。無傷は無理だとしても生け捕りにしたいからね)
賢一が『心装』を封印した状態のまま、本気を出すと、賢一の雰囲気が変わったことに気がついたのか、零王は突然戦闘スタイルを変え始めていた。正確には零王の戦術が増えたのだ。
増えたのは六つだ。
一つ目は指をこちらに向けて指から光を線状に集中して放つか。漆黒のレーザー『指月』。
二つ目は掌に光の球を作り出し、それを弾丸のように飛ばして、ヒットと同時に爆発させる。漆黒の弾丸『弾月』。
三つ目は大鎌に光を纏わせて対象者を斬り裂く。漆黒の一閃『斬月』。
四つ目は轟音と共に触れた地点に激しい衝撃を起こす。漆黒の衝撃『衝月』。
五つ目は光を纏った大鎌の石突きを地面に叩きつける、又は同じく光を纏った槍状の刃を対象者に突き出すことによって発生する巨大な破壊の光線。漆黒の光線『狙月』。
六つ目は零王の行動パターンが増えた時に最初に発動した術であり、もともと身に纏っていた黒の和服の上からさらに羽織りのようなものを具現化し、術の威力や身体能力のその全てのレベルを一段階上げる。漆黒の衣『朧月』。
そして零王はこの六つの技を『六月法』と呼んでいた。
零王が『六月法』を使い始めた途端、戦況は零王側に大きく傾き、賢一は再び防戦一方になっていた。
近寄れば『斬月』や『衝月』、『指月』の連撃がふってくる。
だからといって距離を取ると、今度はそれよりも厄介なことに『弾月』で動きを制限され、動けなくなったところに『狙月』が撃たれるという、怒涛のコンボが待っているという、状態に陥っていた。
賢一が零王の攻撃を捌き切れなくなり、徐々に傷が増えていくと、零王は距離を取り、自然体のまま賢一に言った。
「次で終いだ。『りーー』っ!?」
零王はつまらなそうに、終いだと何かの技で終わりにしようとすると、突然大鎌を地面に落とし、両手で頭を抱え、苦しんでいた。
「そして零王はそのまま倒れて気絶すると、不思議なことに大鎌は光となって消えてしまったよ」
「……結、いえ零王は最後に何をしようとしたのでしょうか?」
「さあ?なんだろうね。私はその後気絶した零王をどうするか悩んだのだが、とりあえずT•Gに運ぶことにしたんだ」
ここ、T•Gは正式にはまだガーデンではないのだ。このT•Gは公にはされておらず、正体不明のなにかを匿うのに都合が良かったのだ。
評価やお気に入り登録、アドバイスや感想などよろしくお願いします。
次の更新予定時刻は明日、20日木曜日の午前12時です。




