4ー2 如月奏
T•G。
それこそが結の恩人、夜月賢一が経営しているもう一つの組織の名前だ。
組織とはいえ、その実態は孤児院。賢一は趣味で散歩をすることが多いのだが、散歩の最中に身寄りのない子供を見つけると、今まさに結にしているように、手厚く向かい入れているのだ。
「さぁ。結君、中に入りなさい」
賢一に言われ、部屋の中に入ると、そこにはたくさんの子供達がいた。
広さは体育館並みで天井も高く、隅には階段が設置されており二階まであるようだ。そんな一室とは思えないほどの大きな部屋に、結とさほど歳が変わらないくらいの子供たちが、それぞれ何かの道具を持って、何かの練習をしているようだった。
「あれは何をしているのですか?」
「あの子たちは幻操術の訓練をしているんだよ」
子供たちが持っている道具は、幻操師が幻操術を使う際に、媒体及び補助として使う道具、法具だった。
子供たちが使っている法具は、一人一人色も形も違う個人専用のようだ。法具とは一つでさえ高価なものなのだが、それを一人一人にあげるとは、賢一がそれだけこの子たちのことを大切にしているということだ。
「結君にも後で幻操術の訓練をしてもらうが、その前に紹介したい子がいるんだ」
そういいながら何処かに向かって歩く賢一の後ろをついて行くと、階段を登って二階に向かっているようだ。
「ここは通常のガーデンとは違ってね。そうだね、他のガーデンを学校と例えるなら、ここは差し詰め予備校、つまり塾のようなものだよ」
「塾?」
「ここでは個人の実力で一組と二組にクラス分けされていてね。二階は上位クラス、つまり一組の訓練場になっているんだよ」
「僕に合わせたい人って一組の人なんですか?」
結は階段を登りながら、賢一にそう問うと、楽しそうに笑いながら「当たりだよ」っと言った。
階段を登り終えてから少し進むと、通りの隅に休んでいるのか、数人の少女が集まって座っていた。
「君たち、奏ちゃんはどこかな?」
賢一は座っていた子たちにそう聞くと、少女たちは「あっちにいました」っといいながら、二階スペースの中で、二階に向かうためにはたった一つしかない階段から、最も遠い場所を指差していた。
賢一は少女たちに手を振りながら「ありがとう」っと一言お礼を結と、後ろで待っていた結に「行こうか」っと声を掛けると、賢一が言っていた『奏』という少女の元に向かった。
(俺に紹介したいって、その奏って人なのかな?)
結が奏という子について考えていると、目的地についたのか賢一は立ち止まり、後ろからついてきていた結の背中を押して前に出すと、そこには他とは違う光景が広がっていた。
ここまで来るまでの光景は、訓練場という言葉が似合う空間で、部屋の隅に休憩用のベンチがある程度だったのだが、ここは一角まるまる休憩スペースになっていた。
どうやらここはちょっとしたカフェテリアになっているようで、座っている少女たちはサンドイッチやケーキなどの軽食をとっていた。
「奏少しいいかい?」
賢一が少女たちにそう声を掛けると、皆一斉に振り返り賢一に会釈をしていた。会釈している子たちとは違い、一人だけスッと席から立ち上がると「どうしましたか?」っと言いながら、賢一の元まで駆け寄っていた。
駆け寄った奏は、すぐにそばに立っている結に気が付いたのか、少し目を見開いて驚くと、すぐに普通の表情に戻り賢一に目で「彼は?」っと問い掛けていた。
「結君、紹介しよう。彼女の名前は如月奏。彼女は九歳にしてこのT•Gの中でトップの実力を持つ少女だ」
「えっ?」
T•Gで最強の存在。賢一にそう紹介されて結が最初に思ったのは、純粋な驚きだった。
奏の見た目は黒のロングヘアを結んだりはせずに、そのまま背中に伸ばし、その身に纏っている雰囲気は強者のそれではなく、どこにでもいるような普通の少女に見えた。
「賢一さん彼は誰ですか?」
「彼は結君、新しくこのT•Gに入った仲間だよ」
「……そうですか」
奏は賢一の答えを聞くと、一旦俯き微かに肩を揺らしていた。
(どうしたんだろう?)
奏の様子がおかしいと思い、心配になった結は、俯いている奏の表情を見ようとすると、彼女は嬉しそうに笑っていた。
(なんだこの子っ!!)
結は奏の笑った顔を見て、心の中で思わす叫んでしまっていた。
奏はまだ九歳という若さなのに、その身纏う雰囲気は普通の少女に見えて本当は少し、いや凄く違っていた。
普通の少女に見えるのは、あくまでこのT•Gの中で最強の存在とは思えないというだけで、その姿はあまりにも他とは違っていた。
最初に結が奏の姿を見たとき、結は言葉にできない感情が渦巻いているのを感じていた。最初はそれがなんだがわからずに、頭の中にクエスチョンマークが浮かぶだけで済んだのだが、奏の笑顔を見たことで完全に心を乱されてしまっていた。
(かわいい……)
奏の持つ異常性。それはそのあまりにも完成された美しさだ。
顔の輪郭、目元、鼻の形、口元、耳、もうそれだけではないそのすべてがもし神様がいるのだとしたら、本当に神様がわざわざオーダーメイドで作ってくれたかのような、完璧な美しさを持っていた。
如月奏。彼女のことを一言で表すのだとしたらそれは。
(……女神)
その美しさはすでに神の領域だった。
「先ほども言ったが、この子は今日からここに入学することになってね。君に面倒を見て欲しいんだ」
奏はすぐに顔を起こすと、そこにはさっきまでの笑みは無くなっていた。
「えー。なんでなんで?どうして姫が世話係に決まったの?」
横から口を出して来たのは、さっきまで奏と一緒に軽食をとっていた少女たちの一人だった。
髪をサイドテールにした少女は、バッと立ち上がると、そのままの勢いで飛び上がりちょうど奏の隣に、着地していた。
「姫はここのトップだよ?その姫がどうして新入り君の世話をしないといけないの?」
「雪乃、賢一さんが決めたことです」
「ええーっ。だってー」
賢一が言ったように、結の世話係をすると言った奏に、雪乃と呼ばれた少女は口をとんがらせながら文句を言うと、奏がどうにか説得していた。
「うぅー。分かったよー姫がそのまで言うのなら従うよー」
「分かってくれましたか」
雪乃は若干不貞腐れたように、さっきまでいた先に戻ると、やけ食いなのか軽食ってレベルじゃない量を注文していた。
「奏、後は頼んだよ」
「分かりました」
賢一はやはり忙しいのか、メモのようなものを渡し、後のことを奏に託すと、さっさと戻っていた。
「……確か結と言いましたか?」
「えっ、う、うん」
「結、少し場所を変えましようか」
奏はそういうと目線を雪乃たちがいるところに移していた。怒っているとまではいかないが、雪乃はまだ不貞腐れているようで、ここは居心地が悪かった。
「わ、分かった」
奏はどこに移動しようか考えていると、さっき賢一から渡されたメモを読んでいた。そこには今後結が寝泊まりする部屋の番号と、カードロックキーが挟まれていた。
(あれ?どうやらまだ続きがあるようですね)
どうやらメモには部屋の番号以外にも書いてあるらしく、そこには『後で私の部屋に来なさい』っと書かれていた。
(なんとなく面倒事の気がしますね)
「これからあなたが寝泊まりする部屋に案内します」
後でほぼ確実に賢一から面倒なことを言われると思い、若干テンションが落ちつつも、奏はメモに書いてある通り、結を部屋に案内することにした。
「ここがあなたの部屋です」
「えーと。相部屋とかじゃなくて?」
「違いますが?」
「……広過ぎない?」
結が案内された部屋は、本来六人ぐらいで寝泊まりするような部屋じゃないのかと思ってしまうほど、広い部屋だった。
「確かに、この部屋はもともと六人部屋ですので」
その通りだった。
「賢一さんの配慮で隣の部屋は私の部屋になっていますので、用があれば気軽に呼んでください」
「となりなのか?」
世話係は対象者の近くにいるべきという賢一の配慮で、結と奏は隣部屋になったようだ。
ちなみに最初は奏の魅力に魅了され、緊張していた結だったが。ここに案内されるまでずっと結の今の状態や賢一に教えてもらったことについて、例えば幻操師、特に幻操術について話ていたので、奏の美しさになんとか慣れ、普通に話すくらいは出来るようになっていた。
「そういえばずっと気絶していたのですよね?」
「そうだけど?」
「目覚めてから二日でしたか?まだ無理はしないほうがいいと思いますので、今日はこのまま休んでください」
「奏はどうするんだ?」
「私は賢一に呼ばれていますので一旦そちらに行った後はすぐに隣の私の部屋に戻りますよ」
「そ、そうか。その悪いな」
ここから賢一がいるところまでどれくらい時間が掛かるかわからないが、結を休ませるためにわざわざここまで案内してもらったせいで、往復させてしまうことに悪く思った結は、頬をかきながら謝っていた。
「くす、気にしないでください。それから部屋の中にあるものは全て好きに使っていいですよ。お風呂も室内にありますし、着替えも全サイズが一着はあると思いますので、寛いでくださいね」
「ありがとな」
「いえ。それでは私はこれで」
「じゃあな」
奏は軽く手を振ると、後ろを向き今きた道を戻っていった。結は奏の後ろ姿を眺めていた。奏が道を曲がって見えなくなると残念そうにため息をつき部屋の中に入っていた。
「とりあえず風呂入るか」
部屋に入った結は、奏と話している時に緊張して汗をかいてしまっていたため、部屋の奥にあるタンスからサイズが合いそうなものをワンセット取り出すと、ちゃっちゃと風呂に入っていた。
(思ったより疲れてるのか?)
風呂から上がった結は、全身にだるさを感じると共にひどい眠気に襲われていた。
(……寝よ)
結はそのまま二組の三段ベットのうち一番下のベットに入ると、疲れていたのかすぐに眠りについていた。
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