4ー1 空っぽの少年
世界の時間を刻む時計は、一時的にその動きを止め、過去へと巻き戻る。
向かう先は仮面の者と音無結、この二人が再開したあの時から約四年前の過去。
「ここは……どこ?」
目を覚ました結の目の前に広がるのは、見に覚えのない一室だった。
結は一人で寝るには大きい、ダブルサイズのベットで寝ていたらしく、とりあえず今の状況を確認しようと結は上半身をベットから起こし、部屋の中を見回していた。
(綺麗な場所だな)
部屋の中を見回して最初に思ったことがそれだった。
明らかに誰かがずっと使用しているような生活感に溢れた部屋だった。部屋自体はなかなか広い、一般家庭の一室よりもだいふ広いだろう。部屋に置かれているものはほとんどが白を基調にしており、どれも綺麗に輝いている。ベットには天蓋がついているほどだ、きっとこの部屋の本来の持ち主はなかなか裕福な人なのだろう。
「やあ、起きたかい?」
結が部屋を見回していると、音も無くスッと扉が開き、手にティーカップを乗せたお皿を持っているスーツ姿の一人の男性が入ってきた。
その男性は起きている結に気がつくと、ホッとしたかのように微笑み、そう挨拶をした。
「あっ、はい」
結が目を覚ましてからさほど時間も経っておらず、まるで結がこの時間を起きてくるのも知っていたかのように、完璧なタイミングで現れた男性は、結の寝ているベットの隣に設置されているソファーに腰を掛けると、手に持っていた皿をスッと結に渡した。
「目覚めたばかりで頭が混乱しているだろう?その紅茶はなかなかいいものでね。どうだい?特に香りが良いと思わないかい?きっと飲めば少しは落ち着くと思うのだが……」
男性が言っていることは正にその通りだった。結は今の状況に全く追いついていけてなかったのだ。ふと目を覚ましたら全くしらない部屋で寝ており、なによりこうなった経緯が全くわからないのだ。
「あの、お……僕はなぜこんな場所にいるのでしょうか?」
目の前にいる男性はきっとまだ二十代後半ぐらいではないだろうか。とはいえ、今の結はまだ九歳の子供だ。相手が歳上であるため、結は礼儀として敬語で話し掛けていた。
「……」
「?」
「偶然倒れている君を見つけてね。それで思わず拾ってきてしまったのだよ」
気絶していた自分を拾ってくれた、それはつまり自分の事を助けたということだろう。それなら迷惑を掛けてしまったと思い、結は謝ろうとするが、謝罪の言葉を口にする前に男性は指を自分の口に当てて「謝罪ならいらないよ?」っと優しく微笑んだ。
「えっと……あなたは?」
「ああ、すまない。自己紹介が遅れてしまったね。私の名は賢一、夜月賢一だ」
賢一は黒髪をオールバックで整えており、見た目は若いのだが、大人の貫禄とでもいうのだろうか、そういった一種のカリスマ性のようなものを持っていた。
賢一の自己紹介はその後も続き、自分がとある集団、F•Gという名の集団のリーダーをしていることを話してもらった後、賢一は自分が幻操師であること、F•Gは幻操師を育てる場所であることなど、様々な事を結に話した。
「幻操師?」
賢一の説明の中に聞きなれない単語があった結は、それを賢一に聞き直すと賢一は快くに一つ一つの説明をしていた。
幻操師とは幻操術という、魔法に近いものを操る者のことだ。幻操術とは生き物が持っている『心』から発せられる力の中で幻力と呼ばれるものを使い、世界そのものに幻覚を見せる技術だということ。
「……そうなんだ」
「そういえば君の名前はなんて言うんだい?」
「僕は……結」
「……そうか。結君か」
結は自分の名前を聞かれた時、驚いていた。空っぽのはずなにの、何故か名前を聞かれた途端、『結』っという名前がすんなりと浮かんできたのだ。
その後、賢一は三十分近く結に様々な事を教えていた。
一通り、結が幻操師や幻操術、この世界にあって物理世界にない事について一通り理解すると、賢一は結に「もう少し休みなさい。まだ完全回復している訳ではないだろう?」っと言い残し、静かに部屋を出ていった。
「……幻操師、俺が?」
賢一からいろいろな事を教えて貰っている中、賢一は結にあることを言っていた。
(「ここにいるということは、結君も私同様、幻操師なんだよ?」)
結も幻操師。賢一の言葉に結はいろいろ考えてしまっていた。
(俺が幻操師?俺は幻操術なんて使ったことないぞ?……そもそも、俺は誰だ?)
結は、この部屋で目覚める前の記憶が全く無かった。
(俺は本当に結なのか?)
自分が何者かわからなくなり、そのまま寝てしまった結が目覚めると、隣のソファーにはすでに賢一の姿があった。
「疲れは取れたかな?」
「は、はい」
起きたらすでに自分の命の恩人が側にいてくれたという状況に、少しれテンパった結は、噛みながらも返事をすると、賢一は満足気に「それは良かった」っと言うと、ソファーから立ち上がりつつ、結に「立てるかい?」っと言いながら手を差し出していた。
「あ、ありがとうございます」
結はぎこちなくお礼の言葉を口にすると、おずおずっといった具合に賢一の手を取っていた。
「あぁ、そうだ。ずっと同じ服では気持ちが悪いだろう?着替えを用意したんだ。是非着替えてくれないかい?」
「ありがとうございます」
「私は扉の前にいるから、着替え終わったら出てきてくれるかな」
賢一はそう言い残すと、ソファーの上に綺麗に畳んである服を結に渡し、部屋を出ていった。
結が賢一から受け取った着替えは、黒の長ズボンと白のワイシャツ。それから赤いネクタイにズボンと同じ黒のブレザー。完全に何処かの制服だ。
結はちゃっちゃっと受け取った制服に着替えると、賢一が言ったように扉から部屋を出た。
「良かった。サイズは問題ないようだね」
「は、はい。その助けて貰ったじゃなくて。服までありがとうございます」
「ふっ。礼もいらないさ」
頭を下げて礼をする結に、賢一は軽く笑いながら、謝罪をしようとした時と同じように、優しくそう言うと「ついて来なさい」っといって、先に進んでいた。
「ま、待ってくださいっ」
結は慌てて賢一を追いかけると、結が寝ていた部屋から数分歩いた場所で立ち止まり、そこにある扉を開くと、まるで何処かの執事かのように微笑みつつ掌全体で部屋を指し結に「さぁ、どうぞ」っと入るように促した。
「これは……」
部屋の中に入ると、そこには食欲をそそるいい匂いが部屋全体に広がっていた。部屋の中央に設置されているテーブルには、これでもかというほどに、様々な料理が準備されていた。
「結君、ずっと気絶していたんだ。お腹が空いているだろう?」
「あっ……」
結に続いて扉を静かに閉めつつ部屋に入ってきた賢一は、扉から最も近くにある椅子を引いて、「どうぞ」っと楽しそうに笑っていた。
「あ、ありがとうございます」
豪華なもてなしに驚いた結は、挙動不審になりながらも、礼を言いながら賢一が引いてくれた椅子に座った。部屋に入る時から椅子に座るまで、まるで執事のように接してくれる賢一に驚きながらも、結は目の前に広がる料理に目を奪われていた。
「結君のために準備したんだ。好きなだけ食べなさい」
「はいっ」
結は年相応の元気な返事をすると、美味しそうな匂いの立ち込める料理の数々に手を伸ばしていた。
料理は一つ一つのお皿にはさほどの量はなく一皿食べ終わるごとにメイドの格好をした女性が食べと終わったお皿と新しい料理の乗ったお皿を次々と交換していっていた。
たくさんの料理を食べれるようにという配慮だろうか?
最初は一応遠慮気味に食べていた結だったのだが、ともに食事をしていた賢一がそれに気付き、遠慮なんてしなくて良いと改めて言うと、結は少しずつ遠慮がなくなっていき、最終的には、最初の遠慮っぷりはなんだったのかと思うほど、次々と料理をお腹におさめていた。
「ふう、お腹いっぱい」
「さて、そろそろ行こうか」
満腹になるまで食べた結が、最後に料理と一緒に用意されていたジュースを飲んでいると、賢一は結にそう声を掛けていた。
「料理凄く美味しかったです。ご馳走様でした」
結は食事中ずっと近くでサポートしてくれていたメイドの方々と、聞こえるかはわからないが料理を作ってくれた人にお礼を言うと、結に声を掛けた後、先に部屋を出た賢一を追っていた。
結はおいしい食事を食べたあと、賢一にある場所に案内されていた。
「結君、君はこの先行く当てがあるのかな?」
「……いえ」
「私はF•G以外にも、孤児院を経営していてね。どうだい?私のもとに来ないかい?」
「えっ」
目覚める前の記憶が一切無く、密かに今後どうすればいいか迷っていた結に、賢一は目的に向かいながらそう聞いていた。
結にとってそれはあまりにも魅力的な言葉だった。賢一は一つの扉の前で立ち止まり、優しそうに微笑みながら結の返事を待っていると、結は小さく頷き、返事を言った。
「よ、よろしくお願いします」
結の返事を聞いた賢一は、再び安心したかのように笑うと、目の前で立ち止まっていた扉を両手で開き、中に結を誘っていた。
「ようこそ。T•Gに」
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