1ー6 捜索
昨日イーターが現れた場所に着いた結は何か痕跡が残っていないか探すべく辺りの探索を始めた。
とはいえ、探すといっても何を探すのかはよくわかっていない。
具体的にこういう何かがあるだろうなという考えはなかった。
よく言うだろ? 現場百遍ってさ。
まあ、あえて理由をつけるなら、男の勘……なんてね。
「特に変わったことはないか」
恐らくここはすでに生十会が調べたと思うのだが、念のために自分自身の目で確認しに行ったのだか結局は無駄骨に終わった。
不自然な何かを見つけることはできなかった。
もともと何かがあると思ってなかったし、落ち込んでいるわけではないのだがため息が漏れた。
「あら、奇遇ね」
探索も終わり、病み上がりということもあり、若干の疲れを覚えその場に座って休んでいた結は後ろから声を掛けられた。
振り向くまでもなくそれが誰だかわかった結は意外そうな表情を作る。
「会長? こんなとこにどうしたんだ? って、聞くまでもないか」
「えぇ、ここをもう一度調査しに来たのよ、音無君と同じでね」
小さく笑みをこぼした後に少々結に責めを含めた視線を送る会長。
「それにしても、音無君。身体は大丈夫なの?」
「……ああ。問題ない。……ほぼ」
「聞こえてるわよ? まったく、無理するのも大概にしなさいよ?」
「へーへー。りょーかい」
どうやら会長も結と同様、ここになにか仕掛けられていないかを再度確認しに来ていたようだ。
会長自らとは中々に良い心掛けだな。それに、どうやら心配性か。
「その顔を見ると何も見つからなかったようね」
「まぁな」
その後、会長と二人で再度確認をしたのだか結局何も見つけることはできなかった。
痕跡無し。
手掛かりもまた無し。
つまり収穫無しだ。
「結局なにも見つからなかったわね」
「そうだな」
「会長。あっ、ついでに病人、ここにいたのですね」
結に軽く喧嘩を売りつつやってきたのは生十会副会長、会長美花の忠実なる副官、柊六花だった。
「誰がついでた誰が」
「……ふっ……会長、そろそろ歓迎会が終了しますお戻りください」
「おいっ今俺見て笑ったなっ!!」
「そう、もうそんな時間なの、なら戻るわよ。音無君もムキになってないで戻るわよ」
「ちょっ、引っ張んなよ」
出会い頭に六花に喧嘩を売られ抗議をしようと声をあげるが、二人に完全にスルーされる形になってしまい、しまいには会長に腕を掴まれ強制的に連行される形になった結と会長の後ろを静かに歩く六花達三人は歓迎会の会場に向かうのであった。
三人が着いた時にはすでに歓迎会は終わっていたらしく、ガヤガヤと騒ぎながら生徒達は教室へと向かって行っていた。
「すでに終わってしまったようですね」
「そのようね。問題はなかったみたいだし良かったわね」
「そんな雑でいいのか会長?」
「いいの、いいのっ。ほらっみんなと合流するわよ」
会長は誤魔化すように結達を急かすとさっさと一人でみんながいると思われる生十会室へて戻って行った。
「……はぁー……六花、ぼーっとしてないで会長追いかけるぞ」
その場に立ったまま遠い目をしてぼーっとしている六花の頭を軽く小突くと六花は恨めしそうに濡れている目で睨みながら結に小突かれた頭を両手で押さえていた。
「……そういえば」
「ん? なんだ」
結が会長を追いかけようと歩き出した途端、六花が頭を押さえていた両手を下ろしながら思い出したかのように呟いた。
「すでにあなた自身、会長を追いかけることについてまったく疑問を思っていませんね」
「……あっ」
「もう、入会すればいいのではないですか?」
「……うるさい、ほらっさっさと行くぞ」
「……クスクス……そうですね」
結はすでに自分が違和感なく生十会の仕事をしようと会長を追いかけようとしていることに恥ずかしくなると同時に悔しく思っていると、六花はそんな結を面白いものを見るように眺めていた。
「戻ったわよっ!!」
「はぁー」
「ただいま戻りました」
会長は生十会室に着くなり勢い良く扉を開くと元気に挨拶をしつつ自分の席に座った。
六花とのやり取りで地味に疲れていた結は元気なさそうに、すでに定位置の席に座るなり机の上に突っ伏してスライムのようにドローンととろけていた。
反対に六花は自分の席に姿勢良く静かに座っていた。
(なんで六花が会長じゃないんだ?)
なんというか、いつも雑でどこか子供っぽい会長よりも言葉使いも丁寧で常に冷静な六花こそ会長になるべきだったのではないかと疑問に思うのであった。
知的な会長にちょっと子供っぽい副会長。……うん。なんかしっくりくるぞ?
けどまあ。子供っぽい会長もそれはそれでしっくりくる……のか?
「今日はなにもなくて良かったですぅ」
「そうだねぇ」
昨日とは違い、まさしく平和と言ってもいい今日に感謝している日向兄妹。
「あたしとしてはイーターとやりたかったんだけどなー」
机に体を預けながらなにやら物騒な事を言っている桜。
「グハハ、平和で良いではないか」
その頑強な肉体や初対面時に喧嘩を売ってきた割りに平和好きらしい剛木。
いや、お前ら逆だろ。普通。
「……退屈……」
ただ単純に眠たそうな目をしている陽菜。
って、陽菜ちゃん? 目、閉じてませんか? ね、寝るなー。
「確かに暇だよな」
同じく退屈そうに頬杖をついている鏡。
「……」
無駄な私語も無く、淡々と書類を書き進めていく始。
「……」
無言で、器用なことに幻操術で氷の置物を作っている六花。
細部までこだわっていて綺麗なんだが、その形はなんだ?
「ふんっふふん、ふんっふふん」
楽しそうに鼻歌を歌いながら法具っぽい剣を磨いている会長。
っとまるで責任ある学年のトップ集団とは思えない面々を行動を眺めている結だった。
「……って、なんでこんなに和んでるんだよっ!!」
「なによ、うるさいわね」
結の訴えに対して先程の楽しげな雰囲気と一変して機嫌悪そうに答えたのはもちろんのこと会長だった。
「いやいや、うるさくないだろ!! なんでこんなに和んじゃってんだ!?」
「はぁー、和んでるんじゃないわよ、あたし達幻操師の実力は心の強さとまで言われてるのよ? 術師は基本的に心に負荷をかけ過ぎることが多いのだから、こうして思いっきりリラックスすることで心に安らぎを与えるのよ」
「それに今はゆっちの倒したイーターについての報告書を始が書いてるからあたし達は暇なんだよね」
結はイーターと戦った後に十分な休息をとっていたが他の者にそんなものは無かったらしい。だから今、始が報告書を書いてる間に休んでいるらしいのだが、他のメンバーは今休むとして始の休みっていつ?
と、内心そんなことも思っていたのだが、それは口に出さずにいた。
なんか地雷っぽいし。
こんな風に結の疑問に答えるくれる会長と桜だったが、
「桜、ゆっちってなんだ?」
「音無結でしょ? だから結からとってゆっちOK?」
別段妙なあだ名ってわけじゃないし、というかめちゃくちゃシンプルだし、わざわざ反対することもないだろうと思い、黙っている結。
ということで、今後結は桜からゆっちと呼ばれることになった。
「それじゃ本日の生十会終了。散っ!」
会長の言葉を最後に本日の生十会は解散となった。
結局、始以外のメンバーは生十会室に戻った後休んでいただけだったのだが、それでいいのか?
とはいえ、みんなそれで普通にしているのだからこれかここでの普通なのだろうと思い、どうせ文句を言っても正論には聞こえない正論で押し切られるだろうから何も言わないけどな。
結はイーター討伐以降、仲が深まった日向兄妹、同じクラスの桜の三人と帰りを共にするようになっていた。
雑談をしながら歩いていると、どうやら揉めているらしい二人の男子生徒を見かけた。
ただ喧嘩するだけならそれもまた青春ということで放置するのだか、どうやら二人共頭に血が上っているようで法具を起動し幻操を使った喧嘩を始めようとしていた。
さすがにそれは見逃すことが出来ないため、結達は止めに入ろうと駆け寄った。
「こらっ! 幻操を使った喧嘩は校則で禁止してるわよ。二人とも辞めなさいっ!」
「うるせえっ!」
桜の注意にキレたのか携帯型法具を構えた一人がターゲットを桜に変えて術を発動しようとした。
狙いは少し雑だがこの距離なら十分当たるだろう。
たった今起動されようとしてる術がどんなものか式を見るだけでは判別できないのだが、練られている幻力から予測するに殺傷能力はそこまで高くないだろう。
それにぐらいの理性は残っているのかと安心しそうになる結だったが、例えエアガンでも人に向けてはいけないのと同じで、威力は低くとも殺傷能力のあるものを人に撃つのはご法度だ。
「遅いっ!」
結が男子生徒の攻撃を止めようとするが、それを手で遮り駆け出した桜は袖からナイフ型の法具を滑らせるようにして取り出すと剛木も使っていた『身体強化』を一瞬で発動し男子生徒との距離を一気に詰め、ナイフを一振りし相手の持つ携帯型法具を弾き飛ばした。
そして呆然としている男子生徒の喉にナイフをそっと突き付けた。
「ひっ」
「ガーデン内における幻操の不正使用によって二人とも捕縛するわ」
「お、俺は発動してないぞっ!?」
「法具を構えているから同罪よ」
「そんなー……」
桜はテキパキと二人の両手に鋼糸を巻き付けで固定すると、一瞬でやられてしまい意気消沈している男子生徒の肩をポンポンと励ますように叩いた。
「そんな落ち込まないでよ。まだまだわかいんだしさ、晩熟型だけなのかもしれないし、これから伸びるよ」
「……はい……」
「……」
自分を負かした本人に励まされて逆に落ち込んでしまった男子生徒をさっきまで喧嘩していたもう一人が励ましていた。
きっと意識してるわけじゃないだろうが、桜って結構鬼だな。
「それじゃあたしはこの二人を教務科に渡してくるから三人は先帰ってて」
「わかった」「わかりました」「わかりましたです」
三人それぞれ返事をすると桜は二人を連れて行った。
生十会の皆と行動を共にするようになってからさらに二日が経った。
この二日間は特にこれといった問題もなく平和だった。
そういえばこの前桜が捕まえた二人の男子生徒だが、教務課でこってりと怒られたらしい。
だけど、すでに桜のせいで意気消沈してた二人を見て教務課も苦笑気味だったらしい。
まあ、桜って下手したら教務課の幻操師より実力あるからな。
「失礼しまーす」
すでに一般生徒じゃ三年通してもここまで来ないだろうも思うほどに、毎日来ている生十会室に結はまた呼ばれていた。
「今日来てもらったのは他でもないわ。歓迎会が終わってからのこの二日間。なんだか生徒の様子がおかしいわ」
「そうだね、なんかイライラしてる感じ?」
実際二日前桜は喧嘩してる二人を教務科に連れてるし、どうやらこの二日間で他にも同じ様な事例が幾つかあったらしい。
「とは言っても原因もはっきりしねえし、取り敢えずは保留でいいんじゃねえか?」
鏡の言うとおり原因がわからないままグダグダ言っても仕方がないとはいえ、このままではガーデンの治安が悪くなってしまう。そのため、
「生十会としては直接的なことはせずに取り敢えず今はガーデン内の見回りの強化ね」
「とはいえ僕達は九人ですよ?流石に中等部二年の領域だけでいいとは言え全部は広すぎじゃないですか?」
「グハハ、結を忘れてはいかんだろ。つまり十人だ」
「いや、音無は会員ではないぞ。それと俺は書類整理があるから見回りにはいけない。つまり八人だ」
会長の案は純粋な警戒の強化だ。
原因がわからないためどうしても受け身になってしまう。そのため例え受け身になったとしても迅速に動くために見回りの強化ということになったのだろう。
しかし、春樹が言うとおり中等部二年が主に使う場所だけで他は他の学年でも警戒するだろうからいいがそれでも生十会はここの規模に比べると人数が少ないため全てをカバーするのは難しい。
そして剛木はなんというか完全に結を会員だと思っているらしい。
始は生十会の会長がアレなため書類関係の雑務は全て請け負っているらしく動けないらしい。
「あはは、八人じゃ流石に無理かもね」
「俺はただ働きは嫌だぞ」
会長が結に目で手伝ってと訴えてきたので結は自分の意思を表明した。
「そう、なら依頼するわ」
「ん?」
「ただ働きが嫌ならあたしからの依頼としてお願いするわ。報酬は後で要相談ということで、どう?」
結にとって会長の提案は悪くないものだった。
会長に恩を売るのは結にとって有益だし、なにより生十会には世話になっている。ただ働きは御免だが報酬があるなら手伝ってやるのもやぶさかではない。
なにより、
「お願い……」
可愛い女に頼まれて断る奴は男じゃないってね。だなんて冗談はおいといて、それでも女子にこんな顔されたら嫌だとは言えないな。
「わかった。手伝うよ」
生十会長直々の依頼によって正式に生十会の手伝いをすることになった結は、取り敢えず今回は桜とペアを組むことになり桜と二人、ガーデンの見回りをしていた。
「いっそのこと入っちゃえばいいのに」
「やだね。会長は俺の事多用するつもりだからその度に報酬もらってやる。今回は後から渡すと言われたがなにくれるんだろ?」
「法具とかじゃない? 会長いっぱい持ってそうだし」
依頼の報酬は会長との相談の結果、結の働きに応じて後から貰えることになった。
(なに貰えるかは秘密って言われてるし、まぁそれなりのものが貰えればいいけど)
「法具ならまぁそれはそれでいいけどな」
結が歩きながら体を伸ばし欠伸をしているとガーデン内に音が鳴り響いた。
それはイーターの出現を表す警戒警報だった。