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追憶のエピローグ


 土煙が晴れていき、九瑠実と七実。ボロボロの姿で現れた二人の間には、ピリピリとした張り詰めた空気が流れていた。


「クククっ」「あははっ」


 二人は同時に笑い始めると、今まで流れていた張り詰めた空気が綺麗さっぱり消え去っていた。


「ククク、まさかこの妾と対等

いやそれ以上に戦える同年代がいるとはの」


「あはっ。それはこっちのセリフだって」


 九瑠実は第三ラウンドが始まる前にやっていたように、大鎌を地面に突き刺すと、その形態を変化させて即席の椅子を二つ作り出していた。


 作り出した椅子に座るように九瑠実は目で伝えると、七実「ありがとー」っとお礼の言葉を返しつつ、座っていた。九瑠実も七実が座った椅子の向かいに作ったもう一つの椅子に腰を掛けると、また話始めていた。


「それで?」


「ん?何が?」


「実際に妾と戦った感想じゃ。九実とどっちが上じゃ?」


「んー。そだねえー……」


 七実は片手を顎に当て、考えるようにしながら言葉を一旦切ると、目をスッと閉じて「うん」っと小さくつぶやくと、パッと目を開けて答えた。


「九瑠実だね」


 七実の答えを聞いて、九瑠実は嬉しそうに微笑んでいた。


「確かに九実も凄く強いけど、なんていうのかな。そのあまりにも強い力で無理やり相手をねじ伏せてる感じなんだよね。……それに比べて九瑠実は力だけで言えば正直な話、九実と比べると月とスッポンだよ」


 七実の言葉に九瑠実は少し悔しそうに手を握り締め、ギリギリと静かに音を立てながら、歯を強く噛み締めていた。


「九実の力は圧倒的潜在能力と才能。それに対して九瑠実の強さは長い時間の中で積み重ねられた経験。つまり、こういう事だよね?」


 元々ここにいる九瑠実と、七実が最初に会った九実の二人は、今より未来に生きている一人の幻操師、音無結で言うところの『四人の女神』や『結花』と同じだ。


 今の姿は所謂、仮の姿であり、本来の姿は別のものなのだ。


 九実と九瑠実は元々の人間を二つに分けて、潜在能力や才能と経験と時間をそれぞれに与えたのだ。基本状態では九実となることで、九瑠実の意識は九実の中で本来の時間の流れと別にある、異世界に飛ばされている。


 現実では一秒という短い時間だとしても、九瑠実のいる異世界での時間はそれの何十何百、いやそれどころじゃない、その倍率はなんと三百六十五倍。つまり現実での一日が九瑠実にとっては一年になるのだ。


 たとえ潜在能力や才能は九実よりも劣ってしまっているとしても、三百六十五倍の時間があれば、それは才能をも超えるアドバンテージになるだろう。


 元々の幻操師が作り出したこの幻操術『幻人格クルミ&クミ』は元から圧倒的な実力を誇るが、その変わりに成長というものが存在していない固定型の九実と、それより劣るが時間と共にその実力を爆発的に増大させて行く、成長型の九瑠実という、理想的な術なのだ。


「そうじゃ、じゃがなーー」


「分かってるって。実際、今の段階で強いのは九瑠実より九実でしょ?あたしは今後の事も考えて九瑠実の方が強いって言ったのっ」


「……頭の回転が速いのぉー」


 九瑠実が呆れ半分で七実の事を褒めると、七実は嬉しそうに「でしょ?」っと言った。


 しばらくえへへっと照れている七実だったが、突然手をポンッと叩き「あっそうだ」っと言った。


「今は九瑠実が外……でいいのかな?……まぁ外に出てる訳だけど、この場合、九瑠実の体感時間はどうなるの?」


 七実がふと思い付いた事を九瑠実に聞くと、九瑠実は「ん?そうじゃな」っと小さくつぶやくと、七実に説明を始めた。


「この場合は現実の体感時間と同じじゃよ」


「んー。つまり今まで戦ってた時間の分はもう一度九実が出てきた時に加算されるの?」


 今の九瑠実が過ごしているのが現実の時間と同じという事は、九実の中にいる時に過ごす時間と比べると、九瑠実で居た時間の三百六十四倍の時間を損している事になってしまう。だからその損した分の時間は九実と変わった時に、取り返す事が出来るのかと思い、九瑠実に聴いてみると


「無理じゃな」


 すっぱりと真っ二つにされてしまった。


「え?それじゃぁー」


「妾が出ている時間の三百六十四倍は損することになるの」


 問題ないかのように言う九瑠実だが、九瑠実が外に出てから、少なくとも数十分は経っているだろう。つまり最低でも三千六百四十分、分かりやすくすると、丸々二日と半日、プラス四十分の時間を無駄にしてしまっている事になるのだ。時は金なりとことわざにもあるように、二日あれば多くの事ができるだろう。


「えっ!!そ、それじゃ早く九実と変わった方がいいんじゃない?それで九実の中から……あっ」


 さらに時間を無駄にさせないために、早く九実と変わって九実の中から話せばいいと思った七実だったが、九実の中にある異世界では時間の流れがあまりにも違い過ぎて、意思の疎通など出来ない事に気が付いていた。


「そう慌てるな。其方らが一生が約百だとすれば、妾の一生はその三百六十五倍なのじゃぞ?時間に対する価値観がすでに違うのじゃよ」


「でも……」


「妾が生まれて現実時間で既に一年が経過しておるのじゃ。既に妾は九実の中で三百六十五年生きておるのじゃぞ?」


「あれ?……てことは身体能力は若いままで三百六十五年生きている相手にあたしは引き分けたって事だよね?」


 割と真剣に話している九瑠実の話を聞いて唐突にそんな事を言い始めた七実に、九瑠実は疑問を思いながらも「そうじゃが?」っと答えると、七実は急にドヤ顔になっていた。


「そんな九瑠実と引き分けたあたしって凄くない?」


「……だから天才という奴は嫌いなのじゃ」


 完全にたたの負け惜しみだった。


「ふんじゃっ。次戦う時は完璧に負かしてやるからのっ!!」


「ふふふ、やれるものならやってみなさいっ!!」


 九実の中にある異世界では、睡眠や食事などを一切必要としない。それどころか疲れなども存在しないため、九実の中の異世界に住んでいる九瑠実はほぼ三百六十五日間ずっと鍛錬をしたり、戦術を考えたり、術を作ったりと、最高の環境の中で過ごしていたにも拘らず、いくら相手が天才とは言え、肉体年齢で言えば同い年の七実と引き分けた事が、地味に悔しかったのか、負け惜しみのような事を言っていると、七実はその場の空気にノッたのか、まだまだ成長し切っていない勇者を倒した魔王が、次こそはっと意気込んでいる勇者たちに告げそうな事を言っていた。


「さて、そろそろ妾は戻るかの」


「あっそっか。これ以上時間を無駄にしたら、次戦う時にはあたしにコテンパンに負けちゃうもんね」


 七実は手を口元に当てながら、ニヤニヤとそう言うと、九瑠実は「その程度で妾を挑発出来ると思うなよ小娘っ!!」っと叫ぶと、本当に九実と入れ替わっていた。


 既に三百六十五年分の時間を過ごしているとは言え、九瑠実の本来の意味での精神年齢は完全にまだまだ子供だった。


「……ただいま?」


「えっ……お、おかえり?」


 最初に会った時と同じような、感情を表に出さない冷静で穏やかな表情になった九実(・・)は九瑠実が中に戻ったため、九瑠実の力で発現させていた大鎌が消えていっているので、同じように消えていく九瑠実の作った即席の椅子から立ち上がると、感覚的には寝起きのそれなのか、眠たそうに欠伸をしていた。


「えーと九実はどこまでわかってるのかな?」


 九実としての意識が、九瑠実との会話、つまり二人の戦いが終わっていることを知っているのかを確認するために聞くと


「全部知ってる。私も九瑠実も元は一つだから」


「つまり記憶は共通?」


「そう」


 九実は九瑠実の時とのことを完全に覚えているらしく、最初に会った時にぶつけられた殺気も今は全く感じていなかった。


「七実の目的はなに?」


「へ?」


 突然想像していなかった質問をされて、七実は思わず変の声を出していると、九実はそれを見て聞こえなかったのかと思い、首をコクリと傾けながらもう一度言った。


「七実の目的はなに?」


「んー。そうだねぇー。人を探してるんだ」


「人?」


 七実は突然、悲しげな表情になると静かに語り始めた。


「あたしね、お姉ちゃんがいるらしい(・・・)んだ」


「らしい?」


「そう。らしい。会った事は無いんだ」


「……姉を探しているの?」


「そういうこと」


「……手伝う」


「ほぇ?」


 これまた再び、完全に想定外のことを言われた七実は、なんだか可愛らしい声を漏らしていると、九実はまた聞こえてなかったと思いもう一度「手伝う」っとつぶやいていた。


「えっちょ、ちょっと待ってよ。九実たちも何か目的があるんじゃないの?」


「ある」


「それならあたしに構ってる場合じゃないでしょっ?」


「違う」


 元々動揺していたことも手伝ってか、九実が何を言っているのかわからなくなった七実は、「えぇー」とか「あれぇー?」とか両手を自分の頭につけて、悩んでいた。


「私たちの目的は、私たちと同等の人を探すこと。そして今、私の目の前にあなたがいる」


「……つまり、私と一緒にいることが、九実たちの目的ってこと?」


「そういうこと」


「……そっか。じゃあこれからよろしくね。九実」


 七実は九実に手を差し出すと、九実はその手を一瞥すると、すぐに掴み両者とも微笑みながら握手をしていた。


 こうして、九実と七実の二人は行動を共にすることになった。

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