3ー26 Go to the past
勝負開始とノースタルが宣言した瞬間、結は相変わらず素手のままで突撃した。
「んんー、おかしぃーですねぇー。ヒントは与えて差し上げているのにぃー、まだ発現させられませぇーんかぁー?」
結はある程度冷静さが戻ったのか、さっきまでの直線的な動きではなく、所々にフェイントを織り交ぜま拳を隙のない怒涛の連撃を繰り出すが、ノースタルはあまりにもあっさりと、まるで予めどこになにがくるのかが、分かっているかのように華麗に躱していた。
(この感じ、今までに感じたことのない感覚だ。四人の女神でも、結花でもない。第六の幻人格?……いや、そもそもこれは新しい幻人格なのか?)
ノースタルは今までのように防御に徹するのではなく、ノースタルもまた、結に対して攻撃するようになっていた。
結とノースタルの間に何十何百という拳とトンファーのやり取りが行われている間、結はずっと考えていた。己の身に起きている現象、『ジャンクション』を覚えてから感じた事のない感覚、そう初めての感覚……のはずだ。
しかしどうだろうか?今の結が感じているのは、それとは逆の感情。
(なんなんだ、この感じ。……懐かしい?)
「どぉーしたのかなぁー?さっきから後手に回ってまぁーすよぉー?」
戦いだけに全神経を集中させずに、考え事をしていたせいで動きが鈍り、攻め合いではなく一方的に攻められてしまっていた。しかし、長く考える事に集中していたため幾つか自身について把握する事が出来ていた。
(身体能力は双花のそれに近いな。それに素手でトンファーと打ち合える防御能力はサキの鎧か?それと両手による手刀での戦い方はルナだな。……もしかしたら)
ある仮説に至った結は、それを試すべく、一旦ノースタルとの距離を取ると、両足に心力を集中させた。
『心操、六月法=衝月』
術の発動と同時に、結の両足に凄まじい衝撃が発生し、その勢いを利用して結は一気にノースタルとの距離を詰めると、勢いを殺さぬように右手の掌を突き出していた。
ノースタルは一瞬びっくりしたかのようにその動きを止めると、すぐに動き始めトンファーによって防御していた。
「ほほぉー、中々良くなってきましたねぇー。ですが今のはミスですよぉー。なぜこの一撃の際に『衝月』を発動しなかったのかなぁー?」
「くっ……」
ノースタルの指摘に結は思わず悔し気な声を漏らしてしまっていた。
「あれれぇー?おっかしぃーなぁー?その様子だとぉー。結さん自身そう思ってたのかなぁー?」
「……うるさい……」
「プププゥー。まだまだ不安定ってことですかぁー?」
ノースタルの言っていることは正しく図星だった。結自身今の一撃は『衝月』を発動するつもりだった。しかし発動しなかったのだ。
(くそっ。四人の女神と結花、その全てが混ざり合った感覚だったから特化になった『六月法』が全て使えると思ったのだがな。まさか安定して使う事が出来ないとはな)
「プププゥー。なぁーんだぁー。今までと雰囲気が違うから、第六の『ジャンクション』だと思ったのですがぁー。新しい技が見れると思って期待したていたのですがねぇー」
「え?」
今、こいつは、なんて言った?
新しい技?
そうだ、俺の持つ戦闘手段は現段階では大きく分けて二つだ。
一つは『ジャンクション』による一点に集中させた力による戦闘方法。
もう一つは『ジャンクション』を発動することによってそれぞれの幻人格に対応したものが発動可能となる『心操、六月法』だ。
月の名を冠する六つの高等心操術。それが『六月法』だ。
現段階で結が発動したことのある『六月法』は、
カナの『弾月』
ルナの『斬月』
サキの『衝月』
ルウの『狙月』
結花の『朧月』の五つだ。
つまり『六月法』はまだ一つだけ残っているのだ。
(もしかしたらこの状態が最後の一つに対応した特化型幻人格なのかもしれないな)
新たにそう仮説を立てた結は、それを実行するべく行動に移っていた。
拳とトンファーによる、不恰好な鍔迫り合いを、結が身を引く事によって強制的に終わらせると、ふとあることに気が付いていた。
(最初よりも体が重い?……この感じ、幻力が不足している?)
結が『衝月』を発動してノースタルに一撃を決めようとした時からだろうか、結の身体能力が著しく落ちていたのだ。
(……なるほどな。幻力使用可能量は結よりも少し多い程度。それでか)
幻操師はその身に秘められた幻力の量によって身体能力の基本性能が変化する、つまり戦いの中で幻力を消費し過ぎると身体能力が低下するのだが、今の結に起きている現象はまさにそれだった。『ジャンクション』発動中は幻力が桁違いに上昇するのだが、今の結の幻力は通常状態よりも少し多い程度、そもそも『六月法』とは術の中でも高等術なのだ。
元々はFランク程度の幻力しか持っていない結ではそれを連発するのは不可能。せいぜい一発が限界だ。そして結はその一発を既に発動してしまっていた、二回目の術が発動しなかったのは純粋に幻力が足りなかったからだ、サキの特性である糸による外骨格によって幻力がほぼ尽きている今の結でも、身体能力は中々高いのだが、幻力がほぼ尽きてしまった以上、この戦いでもう一度『斬月』や『弾月』などの今まで使ってきたような『六月法』は使えないだろう。
(おそらくこの状態は『六月法』が全て使えるのだろうな。けどその代わり幻力はいつもより少し多い程度。……たくっアンバランスにもほどがあるよ。……でもなっ!!)
幻力が無ければ幻操師はなにも出来ない、今の状況はいわば絶体絶命と言ってもいいだろう。そんな状態だというのに結は諦めていないようだった。
「行くぞっ!!」
「おいで?おいで?わったくしがあっそんでぇーあげるよぉー」
ノースタルはすでに結の幻力がほぼ尽きてしまっていることに気が付いているのか、余裕ありげにそう言うと、一直線に向かってくる結と相対していた。
結とノースタルは再び拳とトンファーによる無数のやり取りをしていた。結が拳を振るえばノースタルはそれをトンファーで防いだり、時には逸らしたりしながら、もう片方で攻撃し、結はその反撃を体を逸らす事で躱したり、時にはトンファーを側面から殴りつけることによって逸らしていた。
しかし、その均衡はすぐに終わりを迎えていた。幻力の恩恵が明らかに減ってしまった結は、身体能力の差でノースタルの攻撃を捌き切る事が出来なくなっていた。
「くっ!!」
ノースタルの攻撃を捌くのがとうとう間に合わなくなった結は、決定的な隙を作ることになっていた。
「んんー、終わりですねぇー」
ノースタルがその隙を見逃すことはありえず、右手のトンファーにほとばしるほどの幻力を込めると、順手でトンファーを持ったまま、その右手を結に向けて真っ直ぐに突き出した。
(来たっ!!)
強者ってやつは、自分よりも実力が劣る敵と戦う時、全力を出さない事が多い。つまりアレだ、能ある鷹は爪を隠すってことだ。そして全力を出さないとどこかで心に隙が出来る、それは慢心となり油断となる。
そしてその油断は最後の一撃の時ほど大きくなる。油断するとその一撃は無意識で大振りになってしまう。
幾ら結の身体能力が低下してしまったと言っても、大振りの攻撃に対応出来なくなるほどではない。
結は残った幻力の半分を左腕に集中させると、左腕を盾にするかのように、大振りとなったノースタルの一撃を防いでいた。
「ほほぅー」
結は右手で左腕を支えるようにしていると、トドメにするつもりだった自分の一撃を防いだことに関してノースタルは感心しているのか感嘆の意を漏らしていた。
「ノースタル、教えてやるよ」
「なんだぁーい?」
結の左腕とノースタルの右手のトンファーによる鍔迫り合いが繰り広げられている中、結はノースタルにそう声をかけていた。
結に声を掛けられて返事をするノースタルに、結はニヤリと笑いかけるとこう続けた。
「最後ほど油断しちゃいけないんだぞ?」
結は左腕を支えていた右手を少しズラし、右手の人差し指をノースタルに向けると、人差し指に残った半分の幻力を集中させていた。
(今だ使っていない第六の『六月法』。これは六つの中で発動が最も早く、そしてなにより消費幻力が少ないっ!!)
『心操、六月法=指月』
六つ目の『六月法』『指月』を発動すると、ノースタルに向けていた指の先に直径三センチ程度の小さな幻操陣が出現すると、すぐさまそれが発動し、直径一センチにも満たない、あまりにも細い光線がノースタルに向かって伸びていた。
「っ!?」
もう終わりだと思っていたことによる油断と、あまりも速い一撃にノースタルは避けることも出来ずに、その一撃を顔面に直撃させてしまっていた。
直撃と同時に小さな爆発が起こり、大量の煙をばら撒きながらノースタルを後方に吹き飛ばしていた。
(よしっ。上手く行ったな)
『六月法=指月』は六つの中でも最もレベルの低い術だ。
とはいえその一撃は『六月法』の中でも最も威力の高い『狙月』の小規模版のようなものだ。極太のレーザーを撃つ『狙月』と違い『指月』は針のような細いレーザーを撃つ術だ。規模が小さいため消費幻力は他の『六月法』と比べればあまりにも小さいが、その威力は消費幻力に対してあまりにも高く、効率の良いものだ。それを直撃、それも油断し切っているところの顔面だ。まず無事ではないだろう。
「ほほぉーう。これほどとはぁー、良い誤算ですねぇー」
「なっ!!」
変わらない呑気な声と共に、煙の中から出て来たのは、対してダメージを受けているとは思えない姿でいる、ノースタルだった。
「……うそ、だろ?」
結は今の一撃に全身全霊の幻力を込めていたのだ、もう結に幻力はまったく残っていなかった。それだけじゃない、さっきまでの状態までも解けてしまっていた。
ノースタルはトンファーを仕舞い、右手で顔面を覆いながら、幻力が尽きてその場に座り込んでいる結の正面まで歩くと、ケラケラと笑混じりに話始めていた。
「うーん、中々だねぇー。特に最後の一撃にはビックリだねぇー」
どこか嬉しそうに言うノースタルの右手の隙間から、破片のようなものがポタポタと落ちていた。
(……あれは、……っ仮面の破片かっ!?)
どうして顔を覆っているのか疑問に思っていた結だったか、手の隙間から破片が落ちているのを見てすぐに納得していた。
結が最後にやったら一撃はちょうどノースタルの顔面にヒットしていた。その衝撃で仮面が粉々になってしまったのだろう。何故だかはわからないが、ノースタルは正体をやけに隠そうとしている。全身を覆うほどの大きなロングコートで体型を隠し、大きなフードと仮面によって肉声と顔を隠しているほどだ。
「んんー、見たいものも見れましたしぃー、わったくしはそれそれお暇しましょうかぁー」
「なんだと?」
ノースタルは突然そんな事を言うと、結に背中を向けて本当に去って行こうとしていた。
「ま、待て……」
正直、意識を保っていることさえ辛い結だったが、弱々しい声でノースタルを呼び止めると、ノースタルはピタッと歩みを止めて、右手で顔を隠しながら振り返った。
「なぁーんだぁーい?」
「……お、まえは……なん、なんだ?」
結がそう問い掛けると、ノースタルはクスッと笑うと、顔を隠していた右手を下ろしながら言った。
「そうだな。私はただのーー」
ノースタルが手を下ろしと、同時に空が明るくなっていき、逆光のせいでノースタルの素顔を見ることは叶わなかった。
そしてノースタルが最後の言葉を発するのを最後に、結の意識は暗闇の中に沈んで行った。
「ーー優等生だよ」
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