3ー25 ノースタル
ノースタルがそう言った瞬間、場の空気が変わった。正確にいうと、結から発せられるオーラが一変していた。
重く、濃く、暗い、負の心。全てを純粋な闇で染め上げてしまうかのよう負の感情が全身から溢れ出ていた。
「あぁーっ!!そうだった、そうだったぁー。ゴメーンねぇー、アノ子すでに死んじゃったんだけぇー?どっかの出来損ないを庇って、天に召されちゃったんだってぇー?アハハー、ウケるぅー、笑い話だねぇー。プププゥー」
ノースタルの言葉に、結は一瞬唖然とした表情のまま、固まってしまうと、次の瞬間憤怒の表情をその顔に浮かべ、大声で叫んでいた。
「うわーーーーーっ!!」
「結、待ってくださいっ!!」
結はそのまま、合掌をすると先ほどの麒麟との戦いで、再び使えるようになった『フルジャンクション=結花』を発動すると、双花の言葉に耳を傾けることもなく、刀を構えて、単身、ノースタルに風のように突撃した。
「そぉーですっ。それでいいのでぇーす。あーいてをしてあーげましょぉーう」
ノースタルはそう言いながら、懐からトンファーを、それもただのトンファーではない、トンファー型の法具を一対、取り出すと、左右それぞれ順手で構えると、結の一撃をトンファーでがっちりと防いでいた。
「ほほぉーう。中々いい殺気じゃなーいかい。でもでもー?ア・ノ・子に比べたらまーだまーだ、ゴミみたいなものだねっ!!」
ノースタルは結の刀を構えていたトンファーとは逆のトンファーを、手の中で回転させながら結に振るった。
結は身を引くことで、振られたトンファーを避けると、身を引いた勢いを利用して、サマーソルトキックの要領で足を振り上げた。
ノースタルは華麗なステップで結のキックを避けつつ、結の横に移動すると、サマーソルトキックのために、空中に浮かんだ状態でいた結に、ノースタルはトンファーを高速回転させながら叩きつけて、結を双花たちのいる場所まで吹き飛ばしていた。
「ぐっ……!?」
「結っ!!……っ!?結、取り戻したのですかっ!!」
吹き飛ばされている結を双花は受け止めると、結が失っていた『結花』を取り戻したことに気が付くと、火燐たちが探しおいてくれていた、双剣をボックスリングから取り出し、双花もまたノースタルに向かって突撃した。
「はぁーー!!」
双花は双剣にそれぞれ、火と氷を纏わせると、二刀同時にノースタルに向かって振り下ろした。
「おっそぉーいでぇーすね」
ノースタルはトンファーを高速回転させながら、双花の振り下ろす双剣の側面に叩きつけて、二本まとめて攻撃をそらすと、空いたほとのトンファーを振るった。
「くっ!!」
双花がバックステップでそれ避けると、後方に飛んだ双花に追撃をするために、ノースタルはトンファーを順手に構えて、突進していた。
(速いっ!!これでは避けられませんっ!!)
ノースタルのスピードはまさに風の如く、結たちはその目で見たわけではないが、そのスピードはH•Gの守護者のなかで己のスピードに絶対の自信を持っていた、白虎のそれを大きく上回るものだった。
そのスピードに次の一撃は避けられないと判断した双花は、少しでもダメージを軽減させるために、全身に幻力を纏わせていた。
「まぁーずはぁー、ひっとりぃー」
ノースタルは幻力を纏い防御体制でいる双花を、そんな防御なんて関係ないとばかりに、一人目を仕留めたとケラケラ笑いながら言うと、有言実行。双花の防御を貫いて確実に仕留めるために、トンファーに変化があった。
(……あれは、刃っ!)
トンファーを順手に持った時に肘まで伸びた部分がスライドし、中から日本刀のよう刃が現れていた。
(流石にあれはマズイですねっ)
トンファーの中から現れた刃には、見て分かるほどに多量の幻力が込められており、刃からは沸騰させたばかりの熱湯の如く、多量の幻力が溢れ出ていた。
それほどの幻力が込められて刃物が元々持っている特性、切断力が強化されていては、流石の双花でも幻力を覆うことによる防御だけでは、防御力が足りずに過大なるダメージを受けてしまうだろう。
せめてでも急所だけは守ろうと、双剣でも防御の体制をとっていると
「こっちだっ『六月法=朧月』」
朧月を発動させ、一対の純白の翼を生やした結は、両手で刀を握り締めて、ノースタルに突進していた。
翼をはためかせて、空中からノースタルに突進する結は、翼の羽ばたきによる推進力と、空中から下降しているため重力をも利用した高速の太刀筋でノースタルに斬り掛かっていた。
「ちぇー。助けられましたねぇー。双花さーん?」
結の一閃を躱すために、双花への追撃を中止せざるをえなかったノースタルは、華麗なステップで突進の進路を横にズレながら、頭上から攻めてくる結を避けると、片足を軸にして突進による直線運動を、円運動に変換すると、進路を横にズレたことで、自分の隣に着地した結に向かって、トンファーを振るった。
「くっ!!」
ノースタルは恐ろしいほどの身体能力を持っているらしく、突進によるスピードのほぼ全てを無駄なく円運動に変換させ、その勢いに遠心力が加わったノースタルの一撃を当たってしまった結は、勢いのまま吹き飛ばされると、そのままゴロゴロと地面を転がっていた。
「結っ!!」
「火燐様っ!!」「手伝うのっ!!」
吹き飛ばされた結のことを心配しつつも、結を攻撃したことによって生まれた隙を見逃さなかった双花は、再び双剣に激しく燃え盛る業火と、芯まで凍えてしまうほどの冷気を纏った氷をそれぞれの剣に纏わせると、地面を強く蹴り、ノースタルに向かって一直線に向かった。
自分たちが仕えるべき存在であるマスターが戦っているのを見て、火燐と春姫もまた、それぞれの心装を発動させて援護をしようとしていた。
「んんー?四人で来るのかなぁー?いいよぉー、それが正解だねぇー」
ノースタルに吹き飛ばされていた結もまたすぐさま立ち上がり、双花とは反対側からノースタルを囲んでいた。火燐と春姫もまた、ノースタルを囲うように移動しており、結、双花、火燐、春姫の四人が作る正方形の中心にノースタルが立っていた。
「結、火燐、春姫。この者の強さは今まで会っただれよりも遥かに上です。私たちの誰よりも個人的な実力は格上、ランクでいえばこれはRランクの上位クラス。お母様やお父様と同じレベルです。個人ではなく連携で行きますよ」
「分かった」「御意」「了解なの」
ノースタルの実力が自分たちとは格がまるで違うと悟った双花は、結たちに指令を出すと、自分もまた、臨戦態勢になっていた。
最初に動いたのは春姫だ。春姫が指揮棒を振るい、ノースタルの足元で水蒸気爆発を起こすと、『心装、火輪刃』を構えた火燐が、剣を振るい業火を纏った飛ぶ斬撃によって追撃をしていた。
「双花様っ結っ!!」
「今なのっ!!」
火燐と春姫はそれぞれ叫ぶと、今まで刀と双剣に溢れんばかりの幻力を込めていた結と双花の二人は、同時に駆け出すと、水蒸気爆発と熱による爆発によって生まれた煙の中に、微かに見える影目掛けて、合計三本の剣を振り下ろした。
「うぅーん、連携はなーかなかてぇーすねぇー。個人の実力もなぁーかなか。とぉーりあえずぅーは、及第点でぇすぅねぇー」
煙の中からノースタルのケラケラとした笑い声と共にそう言ったのが、耳に届くとその瞬間、影の周囲で何かがキラリと光るのが見えた。
そして、その後すぐにそれは起きた。
結と双花の振るう刃が、煙の中にいるノースタルに当たる瞬間、突然全身に強い衝撃が走り次の瞬間、遥か後方に吹き飛ばされてしまっていた。
「なっ!!」「くっ!!」
吹き飛ばされたのは結だけではなく、近くにいた双花はもちろんのこと、遠くに離れていた火燐や春姫までもまた、不可視の衝撃によって吹き飛ばされてしまっていた。
(くそっなんだんだこいつは……一体今、何をされた?)
不可視の衝撃を受ける瞬間、ノースタルは一切動いていなかった。ノースタルがやったのではないとすれば、周りに誰かいるのか?
「ブブゥー。ざぁーんねぇーん。ここにはわったくししか来てませんよぉー」
(ちっ)
まるで結の心を読んでいるかのような完璧なタイミングに、結は思わず心の中で舌打ちをしていた。
「火燐っ春姫っ大丈夫ですかっ!!」
「っ!?」
今の不可解な現象に気を取られていると、どうやら火燐と春姫の二人は今の不可視の攻撃で気絶してしまったらしい。双花は二人の安否を気にしながらも、結と離れた場所にいるのは良くないと考え、結に駆け寄っていた。
「結、この人がアノ子を……」
「……そうです。この人が、ノースタルがアノ子を殺した、張本人です」
「……そうですか」
結にノースタルについてのことを確信した双花は、結から教えられた真実を聞き、剣を握る両手の力が強くなっていた。
「それと、もう一ついいですか?」
「なに?」
「その翼……記憶が戻ったのですか?」
結の背中から生えている翼を目で差しながら双花は聞いた。
「えぇ。ノースタルに会った瞬間、封印が解けるかのように思い出しました。とはいえ、全てではありません、まだ少し靄が掛かっています。それと『結花』もどうやら『四人の女神』の影響なのかは分かりませんが、どうやら『朧月』以外は使用不可のようですね」
「……それは、困りましたね」
「えぇ、ですがメリットもありますよ?」
結が取り戻した力『結花』に不具合があると分かり、気落ちしてしまう双花に、結はニコリと笑い掛けながらそう言った。
「今まで『六月法』に均等に分散されていた力が一つにまとまるかのように『朧月』の性能がどうやら上がったみたいですね」
「……確か『四人の女神』は『六月法』の一つ一つに特化した形態、『結花』もその中に適合されて『朧月』の特化形態になったということでしょうか?」
結の『ジャンクション』に起こっていることに、疑問を抱く二人だったが、今考えても仕方がないということで問題は先送りにすることにしていた。
「それにしても、結、冷静さが戻りましたか?」
「……まぁ、冷静ではありませんが。『結花』の力でしょうか?最初の激しく燃え盛るかのような憤怒から、静か燃える憤怒に変わっていますね」
結の返事を聞き、「冷静なほうが助かります」っと返した双花は、なぜか何もしてこなかったノースタルを探るような目でみていた。
「おやおやぁー?相談は終わりましたかぁー?」
「あら、待っていてくれたのですか?紳士ですね」
「待っていた訳ではあーりませんよぉー?」
実際に結と双花が話している間、何もしてこなかったノースタルに何を言ってるんだ?っと言いたげな目を向けていると、ノースタルはケラケラと笑いたがら話し始めた。
「言ったじゃあーりませんかぁー。及第点とねぇー」
「……戦う意思は無いということですか?」
相変わらずのケラケラとしたふざけているかのような笑いを響かせるながら、これまた相変わらずの作り物のような、そうピエロのよう声で「そぉーでぇーすぅーよぉー」っと言った。
その瞬間、空気がさらに、重くなっていた。空気が重くなった瞬間、ノースタルは「ほう、すでにこれほどとは」っとつぶやいていた。
「ふざけるなっ!!」
この空間一帯の空間を重くしたのは結から発せられる暗く重たい、殺意という余りにも明確な負の感情によるものだった。
そんな負の感情をあたりに影響が表れるほどに撒き散らかしている結は、大声で叫ぶと、そのまま続けた。
「戦う意思がないだとっ!!ふざけるのも大概にしろっ!!お前に無くてもこっちにもあるんだよっ!!俺の……俺の大切な人を殺したお前にはなっ!!」
結は感情任せに叫ぶと、ノースタルに向かって一直線、風のように突進していた。
(あれはっ!?)
相手はもうこれ以上戦う意思がないとは言え、殺意を持って攻撃すれば反撃ぐらいするはずだ。双花はなんの策も無しに、無謀にも一人で突進した結を止めようとするも、今の結を見て唖然としていた。
なぜなら、今の結は素手だったのだ。
(刀が消えている?それに口調もいつもの結に戻っている?……っ!?まさか『ジャンクション』が解けてしまっているっ!!)
素手でノースタルに突っ込む結に、双花は『ジャンクション』が解けてしまったのではないかと危惧するが、それはすぐに杞憂に終わった。
「うわぁぁぁぁぁっ!!」
結は素手のまま、技術もへったくれもない、ただ感情任せにその拳をノースタルに向かって振るっていた。それに対してノースタルは何を考えているのか、両手で持っているトンファーで反撃の一つもせずに、ただただ結の拳を避けることだけに集中していた。
(……おかしいですね。反撃をしようともしないノースタルもおかしいですが、何よりもノースタルが結に向けている感情はなんですか?少なくとも殺意や敵意ではありません。これはあーーーー、……いえ、そんな訳がありませんね)
ノースタルが反撃をしない事に疑問を抱いた双花は、ノースタルが反撃しないのをいいことに、このまま様子を見ることにしていると、それとは違う疑問に至っていた。
(今の結はおそらく『ジャンクション』が解けてしまっているはずなのですが……それにしては動きが良すぎる。理性ではなく、憎いという感情任せ、本能のようなものだけで戦っているせいでいいようにあしらわれていますが、身体能力だけで言えば『結花』にも劣らないかもしれませんね)
双花がそんな事を考えていると、今まで避けることしかしていなかったノースタルがとうとう動き始めていた。
ノースタルは結のあまりにも直線的なパンチにカウンターで肘打ちをして、一時的に結を行動不能に追いやると、そのまま結に追撃……ではなく、なんと双花に向かって襲い掛かっていた。
「くっ!!」
急接近した直後の一振りをギリギリで躱した双花は、剣を振るって反撃をしようとするが、ノースタルはトンファーを振るった勢いを殺さずに、そのまま体を倒しながら回転すると、足を振り上げて回し蹴りの要領で双花の剣を蹴り飛ばしていた。
(くっ、ならばもう一本でっ!!)
双花は剣が一本、弾き飛ばされてしまうと、すぐにその剣を放棄して、残った一本を両手で握り直すと、ノースタルに上段から切りかかった。
「すぅーみませぇーん。あーまりじぃーかんがあーりませぇーん」
ノースタルがケラケラとした笑混じりに言った瞬間、周囲がキラリと光ったと思うと、次の瞬間ーー
「え?」
キンッと金属音を鳴らしながら、双花が両手で握っていた剣が遥か彼方に弾き飛ばされていた。
(な、なにが……ノースタルに動きはありませんでした)
またもや一切動かないままで行う、不可視の攻撃に一瞬意識が持っていかれてしまった双花を、ノースタルは足払いをしてその場にこかせると、双花の上からのしかかり、双花の首にトンファーをそっと当てていた。
「あぁぁぁぁぁっ!!」
ノースタルがトンファーを双花の首に当てた瞬間、双花にまるでスタンガンを当てられたかのような激しい電流が流れ、双花は力無く、ぐったりとしてしまっていた。
「双花っ!!」
「だぁーいじょぉーぶでぇーすよぉー?この子は殺すつもりはあーりませんからねぇー」
結はぐったりとしてしまった双花を見て、思わず叫んでしまうが、そんな結を安心させるかのように、ノースタルはそう言った。
どうやら双花は全身が麻痺してしまい、一時的に動けなくなっているようだが、見る限り命に別条はないようだ。
「双花を離せっ!!」
「言われなくてもぉー離れまぁーすよぉー」
ノースタルはケラケラ笑いながら、双花をその場に寝かせると言った通りに双花から離れて行った。
「さぁーてさてぇー?これでぇー邪魔者はぁー、いなくなりましたぁー」
ノースタルは、コロシアムの中央に歩いて行く、また今度はノースタルの周囲だけじゃない、倒れて動けないでいる双花や火燐、春姫や麒麟の周囲もキラリと光った。
(ま、まずいっ!!)
この光の直後には不可視の攻撃が来ると分かっている結は、その光が四人当時に起きていることに焦っていると、なんと突然四人の体が宙に浮き始めていた。
「さぁーて、体も邪魔だねぇー」
ノースタルがそうつぶやくのを合図にするかのように、突如空中浮遊を始めた四人の体は、まるでなにかで運ばれているかのように、動き始めると、このコロシアムの中で、盛り上がりステージとなっている中心部分からどんどん離れて行き、崩れている四つの出入り口にそれぞれ一人ずつ、万が一瓦礫が降ってきてもいいように配慮でもしているのか、少し離した場所に、静かに寝かせていた。
「これでぇー、会場もぉー整いましたねぇー」
ノースタルは一旦トンファーを仕舞い、両手で結においでおいでと合図をすると、トンファーを再び構えつつ、ケラケラと笑混じりに言った。
「第二ラウンドォー、スタァート」
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