3ー19 名前
春姫、陽菜、六花、火燐っと、ここまで共にきた仲間たちと別れ、結はたった一人でまた長い廊下を走っていた。
(走っているうちに幻力はほとんど回復してきたな。あとはキーさえあればフルジャンクションも出来るな。……こりゃ火燐に礼したほうがいいかもな)
朱雀との戦いを火燐が任されてくれたおかげで、結はホールで発生した、大量のイーターと戦った時に消費した幻力を自然回復することが出来ていた。
廊下を走る事数分、結の幻力が完全に回復したころ、とうとう廊下の終わり、次の扉の前に辿り着いていた。
(ここが最後か……感じる、この奥から痺れるような幻力を。麒麟の幻力を……)
扉の先から痺れるような麒麟の幻力を感じ取り、臨戦状態に突入した結は、己の覚悟を定めると両手で扉を開いた。
(……これは)
扉の先に広がる光景に、結は唖然としてしまっていた。
扉の先に広がっていたのは大きく広い、イーターが出現したあのホールまでとはいかないが、直径二百メートルはあるのではないだろうか、それほどまでに広いコロシアムだった。
コロシアムの中心には高さが一メートル程度高くなっている、一辺百五十メートル程度の正方形のステージがあった。
結が出たのは中心にあるステージとそのステージを囲う観覧席の間、大会などがここで行われた場所出場者が入ってくるような場所に結はいたのだ。
(一体これは……)
「くすくすくすくす、よく来たね。来たね」
コロシアムを見渡し、一体ここが何なのか疑問に思い、とりあえず結が来たほうにつけられてある階段からステージを上がっていると、そこに馬鹿にするかのような笑い声が響いていた。
この声は……。
「久しぶりだな、麒麟」
結がステージに登り終えるとちょうど結の反対側に結たちがここに来た目的、双花を攫った張本人。H•Gマスター、麒麟があの時同様、フリルがふんだんに使われた黄色のドレス……いやあの時はふんわりとしていたが、今回は戦うからだろうか。フリルはたくさん使われているものの、動きの邪魔にならないように少なめになっており、フリルドレスと言うよりも、ワンピースに近いドレスを着ていた。
「くすくす、言葉遣い悪いなー。悪いなー。お仕置きしちゃう?しちゃう?」
「双花を返せ」
楽しそうに結をおちょくる麒麟に結は冷静に自分の要求を伝えていた。
「わおー。びっくり、びっくり。あまりにもストレートだね?だね?」
「双花は無事なのか?」
「とーぜん。双花様には何一つ不自由なことはさせてないよ。双花様は囮としてまだ働いて貰わなきゃだからね」
(囮だと?誰かを誘い出そうとしているのか?)
「んー、それにしてももっと早く来てくれないかなー。彼が来るまで退屈だなー」
麒麟の言う『彼』っという言葉に引っかかった結は考える。現在このH•Gに突入したのは春姫、陽菜、六花、火燐、そして自分自身、結だ。
この中で彼と呼ぶのはたった一人、結なのだが麒麟は結の目の前で早く来ないかなと言っている。つまりそれはまだ『彼』とやらは来ていないということだ。なら一体だれだ?麒麟の言う『彼』の存在が気になっていると、思考の渦にとらわれていた結に、麒麟は声を掛けた。
「確か、君が音無結君だよね?」
名乗った覚えもないのに麒麟が自分の名前を呼んだことで結は麒麟に対する警戒心を上げていた。
(そういえばこいつ、あの日も俺の事を知っていたな……俺はあの時は、いや今もだがごく普通のFランクの劣等生だった。その俺を調べるなんてことはあまりにも不可解だ)
「くすくす、そんなに警戒しないでよ?僕ちんはただ君に興味があるだけだよ。君の話はたくさん聞いたからね」
(俺の話を聞いた?誰のことを言っているんだ?俺の事を知っているのは、生十会とR•Gの守護者二人、それとあの施設の人間くらいだ。でもあの日、施設の皆は死んでしまったじゃないか……一体誰だ……)
「それは光栄だな。一ガーデンのマスターに興味を持たれるなんてな」
結は心の動揺が麒麟に悟られないように、出来るだけ平常心を装っていると、自分に仮面をつける技術とも言える『ジャンクション』で慣れているためか、どうにか気が付かれないで済んでいた。
「あっ、そういえば聞きたい事があったんだー。奏って知ってる?」
「っ!!」
麒麟の一言。『奏』っという名前を聞いて、今まで結がつけていた平常心という仮面が粉々に砕け散っていくのがわかった。
明らかな動揺を見せた結に麒麟は「なるほどねー」っとどうやら一人でなにかを納得したようで「やっぱりいいやー」っと言った。
結の心は乱れに乱れていた。
(たった一人の名前。それだけでここまで心を乱されてしまうなんてな……情けない)
結はどうにか平常心を取り戻すと、そんな結を楽しそうに見た詰めながら麒麟は言葉を続けた。
「くすくす、それにしても警戒薄れないなー。これは口説くのは無理かな?かな?」
「双花を攫ったくせに俺を口説くだと?ふざけるのも大概にしろよっ」
始終ケラケラとふざけた様子でいる麒麟にとうとう怒りを露わにした結は、手早く両手を合わせると『ジャンクション』を発動した。
手始めに『カナ』となった結は、二丁拳銃を呼び出すと、クイックショット。即座に麒麟の両手両足に向かって射撃した。
それも結が撃ったのは通常弾などではない、初速から他の弾よりも群を抜いて早く、さらには標的に向かって飛んでいる間、加速し続ける高速弾だ。
「っ!?」
結の撃った四発の高速弾が麒麟に当たる瞬間、四発の弾丸はあまりにも不自然に起動を曲げて、彼方へ飛んでいってしまっていた。
「くすくす。やーいやーい、ヘタッピー」
(あの様子、麒麟は確実に何かをしたはずだ。しかし麒麟自身が動いたようには見えなかった……つまり幻操術か)
結はここまで思考が回ると今度はその幻操術についての仮説を立て始めた。
あの時、麒麟は雷関係の術を使っていた。つまり麒麟の主属性は雷だと推測できる、雷……つまり電気を利用して弾丸を逸らす方法それは……。
「……電磁石」
「へぇー。気付いたんだ。そうだよ?だよ?僕ちんの能力は雷。さっきのは電気を利用した電磁石を使ったんだ。高速弾だっけ?弾丸っていうのは大抵がメタルジャケット。見てたけど、結君の使ってる弾はただのメタルジャケットじゃなくて、フルメタルジャケット。中心部分は鉛かな?その鉛を保護するために弾丸全体に金属コーティングをする技術。それがフルメタルジャケット。メタルとは金属、つまり電磁石で引き寄せることができるんだよね。ってことで僕ちん相手に拳銃は無意味だよ?だよ?」
麒麟は得意気にそう説明すると、結論として拳銃なんて無駄だから仕舞えば?っと言った。
しかしなんだろうか。麒麟と会ったのはあの時と今の合計二回だけ。たったそれだけで相手を理解出来るなんて到底思わないがそれでもこの違和感はなんだろう。まるで結と同じような違和感。
「くすくす。さってとっ。そろそろちゃんと始めようか?この戦争の略式戦争の決着をさっ!!」
麒麟は楽しそうにそう叫ぶと、懐から黄色の宝石が散りばめられた杖を取り出した。
「行くよ?行くよ?『雷操、雷地翔龍』」
麒麟は挨拶代わりと言わんばかりに、早々に杖を振るうと、結の足元から眩い雷撃によって出来た龍が天に昇るかのように現れていた。
「……」
結は冷静に二丁拳銃の『火速』でその場を離れると、再び麒麟目掛けて四度発砲した。
「くすくす、あれれ?学習能力皆無なの?なの?」
麒麟は最初と同じように電磁石を利用して弾丸を逸らすと、まるで学習しない結を馬鹿にするかのようにくすくすと笑っていた。
「……うるさい」
二度ある事は三度ある。結は再び麒麟に向かって四度発砲すると、麒麟は一瞬目を見開き、今度はそれを避けた。
「あれ?おっかしいなーなんで逸らせなかったのかな?」
麒麟は「んー?」っと頭を傾げていると、分かったのかポンッと手を叩いた。疑問が解けたらしい麒麟はニコニコと笑っていた。
「くすくす、その拳銃凄いね。まさか使用弾丸を一瞬で変えられるなんてね。誰か作ったのかな?かな?」
「……教えない」
「くすくす、つれないなー。教えてくれたっていいじゃん」
麒麟は何が楽しいのか、始終ずっと楽しげにくすくすと笑っていた。まるで欲しい物を買って貰った子供のように。
他にも気になることはある。最初麒麟と再開した時に感じた違和感。それがこう、少しずつ大きくなって行くのを感じていた。メッキが剥がれていくかのように。
(麒麟の動きはだいたいわかった。そろそろやるか)
「麒麟っ」
「ん?」
結は拳銃を仕舞い、突然『ジャンクション』を解除すると、素の状態のまま、麒麟に声を掛けた。
「あれ?ジャンクション解いちゃっていいの?」
(っ!?こいつ、俺のジャンクションを知っている?)
名前だけじゃなくて結の継承術『ジャンクション』まで、名称だけじゃない、この様子じゃどういった術なのかもわかっているようだ。少なくとも素の状態と仮の状態どちらなのかを見抜けるほどには『ジャンクション』のことを知っているということだ。
(とは言え、これは知らないだろ?)
結は腰を低くして、いつもの『ジャンクション』と同じように、両手の掌を合わせると、今回は両手の指を絡めるようにしていた。
「俺の全力見せてやるよ『ジャンクション=四人の女神』」
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