3ー18 忍び寄る影
天井がやけに高い部屋に、二人組の男女と一人の少女、合計三人の男女が向かい合っていた。
「それで?私の相手は誰だ?」
三人の内、空中に立っている少女は、挑発的な笑みを浮かべて二人組、結と火燐にそう問いかけた。
「貴様、一体何者だっ!!」
「ほう、威勢が良いな。私の名は朱雀。H•G守護者の一人、南の朱雀だ」
朱雀と名乗った少女は、腰に指している二本の剣を抜くと、まるで階段を降りているかのように、一歩一歩っと結たちのいる高さ、つまり地面に辿り着くと、早くここに残るほうを決めるように言った。
(やっぱりここでも一人ずつか。R•GのマスターはR•Gの者が助けたいだろうな。麒麟の相手は火燐に任せるべきか……よし……)
「火燐、ここは俺がーー」
「私が相手をしよう」
火燐の事を思い、朱雀の相手は自分がしようと、名乗りをあげようとする結を、火燐は手で制すと、自分が相手をすると、朱雀に名乗りをあげた。
「火燐、良いのか?」
「ふんっ。良いも何もイーターを一掃した時から幻力が著しく落ちている貴様に任せてられる訳がないだろう」
「……気付いてたのか?」
火燐は結に顔だけ向けて、フッ笑うと「私は守護者だぞ?舐めるな」っと言った。
火燐は視線を正面にいる、朱雀に戻すと、「結行けっ!!貴様がマスターを助けるのだっ!!」っと叫びながら、結の背中をパンッと押した。
「……わかった。任せろ」
「ふっ、安心しろ。貴様が失敗しても私がすぐに向かうからな」
「その前に終わってるよ」
結と火燐は最後にニッと笑い合うと、結は朱雀の横を通り過ぎ、麒麟がいるはずの、奥の道へと進んだ。
(火燐、勝てよ)
視線だけで結が部屋を出るのを見送った火燐は、すぐに視線を朱雀に戻すと剣を抜き、剣道でよく見られる中段の構えをとった。
「ふんっ。茶番だな」
真剣に構えをとっている火燐に対して、朱雀は双剣を抜いただけで、両手をダランと垂らし、構えらしい構えをとらないまま、火燐に挑発的な笑みと共にそういった。
「なんだと?」
「貴様はこの戦いをどう思っているのだ?」
「どういう意味だ?」
「……所詮貴様らは、己で考えようとしない人形だということだ。この程度の矛盾に気が付くことも出来ないのだからな」
朱雀は自分が言っていることを全く理解できていない火燐に、軽蔑するような目を向けると、はぁっと溜め息をついた。
軽蔑の次は呆れ、呆れた目を火燐に向けた朱雀は「貴様に話すことなどもうない」っと言葉を切ると、双剣を腰につけ、左右同時に抜刀術をするかのような構えをとり、無表情で火燐に突撃した。
(馬鹿正直な突撃だな。こんなものカウンターの餌食だっ)
フェイントの片鱗も見えない右太刀の抜刀術。その直線的な動きに、火燐はカウンターを合わせるように剣を振るうと、朱雀は左太刀を一閃した。自分にカウンターを仕掛けようとしている火燐の剣を左太刀によって弾くと、その隙を使い、朱雀はそのまま右太刀を振るった。
「くっ!?」
カウンターの狙い易い直線的な斬り込みと一瞬タイミングを遅らせたもう一つの太刀で相手のカウンターを弾く。そしてガラ空きになった相手に一撃目を当てる技。
相手のカウンターを前提にした二段抜刀術。これが朱雀の得意技『剣操、二転返し』だ。
火燐は朱雀の二段抜刀にギリギリで反応し、後ろにバク転して距離をとっていた。
「ほう、よく躱したな。大抵の奴はこれで終わるのだがな」
「何を言っている。当たっているさ」
地面に両足で着地した火燐は左袖が斬り落とされていた。
怪我はしていないようだが、いつも着ている鎧ごど完全に断ち切られてしまっており、左腕はまるごと白くて綺麗な肌が露出していた。
「何を言っているはこちらのセリフだ。私は貴様の左腕を斬り落とすつもりだったのだ。鎧と服程度では躱されたのと同じだ」
まあ確かに斬り落としたのは腕を守る鎧と服だけだ。それでは躱されたのと同義だろう。
「次は私から行かせてもらおうっ!!」
火燐は足元を爆発させ、その爆発力を使用した『火速』で朱雀の後ろに回り込むと、『火刃』により、その剣に天まで焦がすほどの業火を纏わた。
「もらったっ!!」
火燐の動きについて来れず、火燐の姿を見失っている朱雀を背後から斬りかかると、朱雀は前を向いたまま、ニヤリと笑った。
「その程度動き、私が見切れぬと思ったか?『地獄業火』」
朱雀は正面を向いたまま、背後にいる火燐に意識を集中させると、左太刀を地面に突き刺し、剣を離した左手を振るった。
すると、朱雀の動きに合わせるかのように、朱雀が意識を集中させていた場所。つまり火燐の前から天井に届くほどの火柱が立ち上った。
「くっ!?」
火燐は朱雀への奇襲を中断して、後ろに飛んで火柱の中に突っ込むのを回避すると、『火刃』を発動したまま現れた火柱を斬り裂いた。
「ほう。あれを斬るか」
この幻理領域でも物理世界と同様の理がある。つまり本来ならば剣で火を斬ることなど出来ないのだが、火燐が発動していた幻操術『火刃』によってそれを可能としたのだ。
火によって火を斬り裂く。目には目を、毒には毒をの如く、火には火をということだ。
「何故それほどの力があるというのに、その力を正しく使おうとしないっ!!」
「正しくだと?」
『地獄業火』は三番の幻操術だ。三番の幻操術を使っているにも拘らず、朱雀は全く疲れを感じさせていない。つまり朱雀は三番を連射するだけの余裕があるということだ。
それだけの力を持っているのにその力を戦争を起こすという、正しくない使い方をしている朱雀に火燐は怒っていた。
「そうだっ!!貴様らは我々の平和を乱したっ!!そこに正しさは、正義はないだろうっ!!」
「黙れっ!!」
火燐の言葉に朱雀は目を見開き、心から怒鳴っていた。その表情にはありありと怒りが表れていた。
「一体正義とはなんだっ!!貴様らのような恵まれた存在に我々の想いが理解できるものかっ!!」
「正義を乱そうとする者の想いなど理解したくもないわっ!!」
「なにも知らぬ!!なにも考えぬ!!多過ぎるのだっ!!この世界には自分でなにも考えようとしない愚民どもがっ!!麒麟様はこの世を変えてくれると言った。生まれやお金じゃない、才能ある者の能力を最大限に発揮できる環境を作ってくれると。楽園を作ってくれるとっ!!だから、だから私はっ麒麟様について行くと心に誓ったのだっ!!麒麟様の様に対する忠誠心。麒麟様こそが私の正義だっ!!」
それは心の叫び。
今まで朱雀がなにを考えて来たのか。なにを見てきたのか。何があったのか。そんなものは知らない。仮に知っていたとしても何かを言う資格が自分にあるだろうか?
一人の人間が一人の人間の生き方について、口出しをして良いのだろうか?
それはその者の人生。
他者が口出しをするべき事ではないのだ。
しかし……。
「貴様の正義が間違っている。他人を不幸にしてまで望む正義など存在しないのだっ!!」
「不毛だ。これ以上貴様と言葉を交わしてもそこには何も生まれない。終わらせよう、我々の戦いを」
「終わるのは貴様だけだ。私は麒麟様の元に行く」
構えは中段の構え。朱雀は左手は中段、右手は上段の構えをそれぞれとっていた。
「行くぞっ『心装攻式、火輪刃』」
火燐は朱雀に向かって走りながら心装を発動すると、そのまま『心操、火纏刃』を発動し、『火刃』を遥かに超えた業火を剣に纏わせると、地面を爆発させた『火速』で天高く飛び上がると、両手で握りしめた剣を上段より下段に力の限り振り下ろした。
「ぐっ!!」
重力によって加速し、全体重を乗せた火燐渾身の一撃を、朱雀は双剣を頭の上でクロスさせて防ぐと、そのまま鍔迫り合いに発展していた。
「くっ!!中々やるではないか……だがな……我らの想いには程遠いっ!!『心装攻式、赤南鳳刃』」
朱雀の心装が発動すると、双剣は一本の剣と変化していた。鍔の部分がまるで伝説の鳥、フェニックスが翼を広げているかのようなデザインの真っ赤な剣だ。
火燐と朱雀の持つ、同じ真紅の刃を持つ剣同士が火花を散らしながら鍔迫り合いをしていると、火燐は唐突に左手を剣から離して、朱雀に向けた。
「私が剣以外の幻操術が使えないといつから惑わされていた?」
「なんだとっ!?」
『心操、紅蓮大砲』
火燐は朱雀に向けた左手に心力を集めると、即座に集めた心力を業火へと変え、ほぼゼロ距離のまま朱雀にそれを放った。
「くっ……」
ゼロ距離で心操術を受け、過大なダメージを受けてしまった朱雀は、体制を整えるべく、一旦距離をとろうと火燐から離れるように後ろに転ぶかのように跳ぶと、そこにはすでに火燐が先回りをして待っていた。
「貴様の敗因は単純だ」
火燐は地に這いつくばる朱雀を真っ直ぐ見つめながら、剣を上段に構えた。
「我らの力を見誤った事だ」
火燐はそのまま剣を振り下ろした。
「さて、結を追うとするか」
火燐は朱雀にトドメは刺さずに気絶させた後、体を縛り法具を縛られたままでは取れない場所に置くと、先に行っている結を追いかけるべく走り出した。
火燐が部屋を去った後、そこの現れる人影が一つあった。
「おやおや、朱雀もやられてしまいましたか。この戦いの跡、相手は火燐ですか……それなら仕方ありませんか……」
人影は気絶している朱雀を見つけると、溜め息をつきながらそうつぶやくと、火燐の通った道を見つめていた。
「さて、感動の再会といきましょうか」
人影はクスクスと小さく笑いながら、結たちの後を追って行った。
評価やお気に入り登録、アドバイスや感動など、よろしくお願いします。




