3ー12 大切な人
春姫が発動した術、誘爆を利用した一人で行う二重の幻によって発生した、多量の水蒸気のせいで視界が悪くなる中、これほどの強力な幻操術を確実に当てていると確信しているのにも拘らず、春姫は少しの油断もせずに、ただ白虎がいると思われる、水蒸気の中に視線を注いでいた。
『心装』
「っ!!」
小さな、本当に小さなつぶやきが水蒸気の中から聞こえた瞬間、水蒸気の中から春姫に向かって一直線に螺旋状の突風が……いや、ただの突風じゃない。
その突風が過ぎた場所はまるで鋭利な刃物で斬られたかのように、綺麗に切れ口で抉られていた。
つまり今起こったのは、螺旋状のカマイタチだ。
春姫は油断せずに全神経を水蒸気の中に注いでいたおかげで、なんとか致命傷は避ける事が出来ていたが、カマイタチの速度はあまりにも速く、発射時を目視することもできなかったため、完全に避けることはできずに、左手にたくさんの切り傷を作ってしまっていた。
「ニシシシシ、あれを受けてそれだけとはね。さすが選ばれた五人のうち一人ってところだね」
「それはこっちのセリフなの」
螺旋状のカマイタチが来る瞬間、白虎の幻力が爆発的に上がっているようだったが、今はもとの幻力に戻っているようだった。
今の攻撃によって、水蒸気は綺麗に吹き飛ばされており、そして水蒸気が吹き飛んだ先に見えるのは、着ていた着物の両肩から腕の先にむけて、全ての布が弾け飛び、綺麗な両腕を肩から全て露わにしてしまっている白虎の姿があった。
「ここに結がいなくて良かったの」
「ニシシシシ、さすがにうちもこの姿を男子には見られたくなかったからね」
「官能的なの」
「あんまり言葉にしないでほしいなっ!!」
他にも白虎の着ていた白の美しい着物は所々汚れてしまっており、ほぼ全ての箇所が水浸しになってしまっており、所々白い地肌が薄く透けていた。
白虎は意外と初心な少女らしく、自分の今の姿を確認すると、頬を赤く染め上げてしまっていた。
「それで戦えるの?」
「うるさいっ!!た、戦えるに決まってる」
「……説得力、皆無なの」
白虎は恥ずかしそうに全部をプルプルと震わせながらも、どうにか構えと春姫に対する警戒だけは怠っていなかった。
「戦える、戦える、戦えるっ!!うちはマスターのためなら戦えるっ!!」
白虎は目を瞑り、まるで自分に暗示を掛けるように何度も何度もつぶやくと、その全部から多量の幻力を噴き出させていた。
「ニシシシシ、本気で行くよっ!!『心装攻式、西刃牙狼』」
白虎は閉じてした目を開き、心装を発動すると、同時に恥ずかしさのあまりに震えていた体はピタッと止まり、その目を乙女のような目から鋭い、戦士の目と戻っていた。
白虎の心装によって変化したのは、白虎が両手に着けているクローだった。
五本に分けれていた刃は、融合し一本の白く巨大な、獣の牙を思わせるような姿にその形を変化させていた。
「この感覚さっきと同じなの。わたしの孤高の二重の幻を防いだのも、この傷を受ける事になった、あの巨大なカマイタチの渦も、その心装の力なの」
「ニシシシシ、そうだよ。この爪こそうちの本気、この白い牙からは逃げられないよ」
ニシシシシ、白虎はニヤリと、楽しげに笑うとその両爪に小さな竜巻のようなものを纏わせると、再び四足歩行で、今度はさっきまでとは違い、一直線ではなく、所々直角に方向転換をしたジグザグに向かっていた。
春姫は白虎を近付けないように、指揮棒を振るい、白虎の進行方向を遮るかのように水柱を無数に作り出していた。
しかし、心装の効果なのか白虎の動きはさっきまでよりもさらに速く、鋭いものとなっており、春姫の作り出す水柱は容易く回避されてしまっていた。
「それならこれでどうなの」
「ニシッ!?」
春姫は白虎を狙ったピンポイントの攻撃は効果がないとわかったため、白虎をピンポイントに狙うのではなく、通常よりも多くの幻力を使うことになってしまうが、一つ一つの規模を大きくして、広範囲攻撃を主軸の戦い方に変えていた。
今までなら、白虎の周辺に直径二メートル程度の円周上に水柱を作って、白虎の動きを閉じ込めていたのだが、今の白虎のスピードでは、陣の構築が間に合わずに囲う事ができないため、直径十メートルにまで及ぶ範囲の円周上に水柱を作っていた。
円周の計算方法は、直径と円周率の積だ。円周率は約三、一四一五。
仮に今は円周率を三とすると、最初に作っていた水柱による包囲の直径は二メートル。
二と三の積は六だ。つまり六の規模の水柱を作ればいいのに対して、今作ろうとしている範囲の直径は十メートル。
十と三の積は三十だ。六と三十、つまり五倍の範囲に水柱を作ることになり、それは水柱を五倍の量作る事と直結している。
本来ならば水柱で相手を包囲するのは上級技術だ。守護者であり圧倒的な才能を持つ春姫だからこそできる大技だ。
直径二メートルの包囲でさえそれほど難易度が高いというのに、今度はその五倍のことをしようとしているのだ。
単純な計算でも五倍の幻力を消費するし、そもそもそれだけの規模の幻操術を発動するのは精神的疲労があまりにも強いのだ。
その難易度は五倍どころではないだろう。
しかし、春姫はこれだけのことをしなければ白虎には勝てないと判断したのだ。
実際には直径十メートルもいらないかもしれない。しかしもし仮にこれよりも小さな規模の陣を作ったとしよう。
それで捕まえることが出来たのであれば何も言うことはないのだが、問題なのは失敗してしまった時だ。
二メートル規模でも高難易度なのにそれ以上の規模で捕獲を失敗したとしたら、その場合その時に消費した幻力は大きな枷になってしまうだろう。
だから春姫は多少……いや大幅に無理をしてしまったとしても、確実に白虎を捕まえることが出来るだろう規模、直径十メートルの陣を作り出すことにしたのだ。
それに今回作る包囲網は地雷式ではなく通常の水柱だ。
水蒸気爆発を起こす地雷と水柱では、発生させる水量の問題で地雷式の方が幻力効率が良いのだが、今の白虎のスピードではおそらく地雷が反応して爆破する前に、爆破の射程範囲を越えてしまうだろう。
つまり、包囲網に使う術の幻力消費量もまた多くなっているのだ。
これもまた難易度を上げることに関わってしまうのだ。
(術の難易度なんて関係ないの。例えどれだけ難しいとしてもわたしはやってみせるの。それがR•G守護者、河嶋春姫ーー)
「ーーなのっ!!」
春姫は珍しくも大声で叫びながら、高めに高めた幻力を込めた指揮棒を思いっきり振り上げた。
「ニニっ!」
春姫が指揮棒を振り上げた瞬間、高速で走っていた白虎の周りに巨大な水柱により壁が出来上がっていた。
『水操四番、水柱壁牢』
四番幻操術。
幻操術の規模を示す番は本来、一番、つまり小さな火を起こしたり、少しの水を作り出す程度の幻操術であり、これ使えて初心者幻操師と言われる。
二番は一番よりもしっかりとした、形、例えば弾丸であったり、カマイタチのように刃が付いたようなもの。これが使えて一応は一端の幻操師と言われる。
三番の段階で一つ使えるだけでも一流の幻操師とまで言われるようになり。
その威力や効果は大きなものとなる。
そして四番。
四番とは、それが使えただけでその所属するガーデンのトップクラスである言ってもいいだろう。
四番とは本来、複数人の幻操師で発動するようなものなのだ。
その上にはさらに、五番幻操術と六番幻操術が存在するが、この番を現代の火器に例えるのであれば
一番=ライター
二番=拳銃
三番=大型大砲
四番=大型ミサイル
五番=核兵器
六番=太陽
のような感覚となる。
つまり、今の春姫は一人で大型ミサイルを打ち上げようとしていると言っても過言ではないのだ。
「くっ!!」
「ニ、ニシシシシッ。びっくりしたよ。まさか実戦で四番幻操術、それも援護も無しのたった一人で発動するなんてね。でもどうやらそれを完成させるのに精一杯みたいだね」
春姫は確かに四番幻操術をちゃんと発動させていた。
しかしそれだけでは意味が無いのだ。
四番幻操術と言っても、これは攻撃用の幻操術ではないのだ。込められ幻力の規模だけで言えば確かに大型ミサイルのようなものだが、元々の幻操術は二番の術だ。これは二番の術に無理やり幻力を多く注いで四番にしているだけに過ぎないのだ。
つまり、この術は四番規模の大きな牢獄でしかないのだ。そして当たり前の事だが、決して牢獄は対象者をどうこうするようなものではないのだ。
前に春姫のやった、孤独の二重の幻も一つ目の術で相手の行動を封じ、二つ目の術でトドメを刺していたのだ。
結局その術でトドメを刺すことは出来なかったが今重要なのは|二発目が必要ということだ《・・・・・・・・・・・・》。
つまり、今の術で相手を捕縛したとしても、次の攻撃幻操術を発動する事が出来なければ意味が無いのだ。
そしてこの術を発動する事が出来なかった場合、すでに春姫に反撃の術は残されていない、つまり敗北を意味してしまうのだ。
「ニシシシシ、どうしたんだい?これで終わりかな?」
すでに春姫がその重要な二発目を撃つ余裕が無い事に気が付いた白虎は余裕の笑みを浮かべていた。
(四番幻操術がこんなに辛いなんて想像以上なの……これじゃーー)
春姫の頭には自分のマスター、双花との出会いの記憶が過ぎっていた。
双花と出会う前の春姫は自分の類稀な美しい容姿と幻操師としての高い才能を鼻に掛けて、とてもわがままな娘だった。
ずっと周りを見下していた。自分は他の人間とは違う、神に選ばれた存在なのだと迷わずに信じ続けていた。
そんな時、双花と出会った。
(あなたは何を目指しているのですか?)
(そんなのあなたに関係ないの)
双花と初めて出会った時、双花は自分の素性も姿も隠して、ぶかぶかのフード付きコートに白い仮面と言う、明らかに怪しい姿だった。
春姫は当初、そんな怪しい格好の双花をそのまま怪しい奴だと思っていたのだが、しかしある日こんな事が起きた。
春姫は性格に難があったものの、その容姿は正に美しいの言葉に尽きる。その美しい容姿に惹かれた男達に何度も、毎日のように告白をされていたのだが春姫は毎回相手を罵るような言葉と共に相手を振り続けていたのだ。
春姫に激しい振られ方をした男の数は数え切れないほどに膨れ上がった時、春姫に振られた男たちは振られた腹いせに自分たちを振った本人である春姫に奇襲を掛けたのだ。
いくら春姫が高い実力を持った幻操師だったとしても多勢に無勢、奇襲なんて夢にも思っていなかった春姫は最初に大きなダメージを受けてしまい、結局男たちに捕まってしまったのだ。
春姫は両手両足を縛られ愛用の法具までも取り上げられてしまい、とある部屋に閉じ込められていた。そして男たちに捕らえられた春姫は恐怖した。今まで自分が見下してきた存在に自分はなにをされてしまうのだろうかと。
そして春姫の心が絶望に染まろうとした時、それは起こったのだ。
それは突然だった、今まさに自分を襲おうとした男たちが突如として大きく吹き飛ばされていたのだ。
そして驚きに満ちた表情をした春姫はふと、それがある者たちによってもたらされた事だということに気が付いたのだ。
「大丈夫ですか?」
それは前に会った、怪しい格好をした奴と他に二人、出会った事のある一人と同様、体格がわからなくなるほどにぶかぶかのフード付きコートと白い仮面を付けた人間がいた。
そして春姫は偶然声を掛けた来たコートの者に拘束を解いてもらいながら、吹き飛ばされた男たちの一人が、コートの三人の後ろで立ち上がり、今まさに三人に殴りかかろうとしているのを見つけていた。
自分を助けてくれた三人を助けるために幻操師を発動しようとする春姫だったが、自分の法具を男たちに没収されてしまっていた春姫はそれを諦めながらもせめてこの事を三人に伝えようとしていた。
「あ、あぶーー」
「大丈夫だ」
「えっ?」
しかし後ろにいた二人のうちの一人が春姫を安心させるかのように優しい声で制すると、その者は左手首に着けていた銀色の腕輪型法具を起動すると、後ろから迫っている男に振り返る事もなく、サッと指を向けるとその指から綺麗な光が迸り、その光に当たった男は力無く倒れこんでいた。
「双花、この子をどうするつもり?」
後ろにいたもう一人が最初に声を掛けてきたコートの者にそう問うと、双花と呼ばれたコートの者は、呆然としている春姫の頭を軽く撫でると、その姿を隠している、フードと白い仮面を外しながらそちらに顔を向けていた。
「私の作るガーデンに誘いたいと思っています」
双花がそう答えると三人目のクールなコートの者は「そう、わかった」っと小さく答えていた。
クールなコートの者の返事を聞いた双花は春姫のほうに振り返ると、座り込んでいる春姫に視線を合わせるかのように、その場にしゃがみこむと春姫の目を真っ直ぐに見つめらながら言った。
「私のガーデンに来ませんか?」
春姫は双花の素顔を見て、その素顔に見惚れてしまっていた。この時、春姫は自分こそ神に選ばれた特別な存在っという考えが変わるのを感じていた。
(わたしじゃないの。この人こそ神に選ばれた特別な存在)
そう感じてしまった春姫は双花の問い掛けに対して是非っお願いするのっと答えていた。
そして双花は春姫にとって何よりも大切な光になっていた。
(ーーだめなの。弱音なんて言っていられないのっ!!双花様は絶対にわたしが助けるのっ!!)
双花との出会いを思い出し、覚悟を新たにした春姫は指揮棒型法具を天高く翳すと大きな声で叫んだ。
『心装攻式、明鏡止水』
「ニシッ、なにそれ!?」
春姫が心装を発動すると、指揮棒がその姿を変え、今までの根元に宝石の付いた指揮棒から、水のように透き通った、全くの濁りの見えない美しく薄っすらと水色掛かった透明の指揮棒へと変貌していた。
「これで終わりなのっ!!」
春姫は自分の想いをぶつけるかのように大声で力強く叫びながら、その変化した指揮棒を振り下ろした。
『心操、水天柱爆』
そして、大きな爆発が白虎を巻き込み、全てが水蒸気によって覆われていた。
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