3ー9 少女との出会い
そして一日が経った。
「皆さん昨日は各々身体を休める事ができましたか?」
「「「「はいっ!!」」」」
今日はH•Gの本部に突入する日だ。そのため昨日はまるまる一日身体を休めるために、修行は休みになっていたのだが、皆の顔は昨日のようなどこか疲れているような表情が消え、スッキリとした万全の体調でいるようだった。
「音無結が麒麟より渡された、法具ですが、解析が完全に終わりましたので、どうぞ」
「どうも」
双花が攫われた際、麒麟から渡された五つの法具。
なかに刻まれている式は転移の術だということはわかっているのだが、念のため危険がないか詳細を調べていたのだが、どうやら問題なかったようだ。
「音無結」
「なんですか?」
それぞれ転移の法具を結から受け取った五人は、リングを指にはめて、いざH•Gに突入しようとしていると、一花が結に声を掛けた。
一花の表情は、この約一週間にも及ぶ修行の間に見せていた、感情の動きがわかるものの、ほとんど表情の変わらないクールな表情とは違い、目を閉じてどこか不安そうな顔をしていた。
凛とした表情から不安そうな顔をし、胸の前で両手の指をもじもじと動かし始めた一花はゆっくりと目を開けると、言った。
「双花を……私の娘を……助け出してください」
「あっ……」
その時の一花の顔をきっと、結は忘れる事ができないだろう。
世界有数の絶大な力を持つ女性。しかしいくら強いと言っても、幻操師である前に一人の女性なのだ。
それも自分の娘が危険な目に遭っているかもしれないという不安、その辛さは母である一花にしかわからない。
「必ず助ける。約束する、俺が……いや俺たちが必ず、双花を助けるっ」
結は一花に背中を向けると、手を横に突き出し天に向け親指を突き立てていた。他の四人も結を真似するかのように一花に背中を向けると親指を上げていた。
「っ!!」
すすれた声を漏らす一花の声を背中に受けながら、結たち五人は法具を起動するとH•Gへと向かい、その姿を消した。
「ありがとう」
転移の法具を起動すると、眩い光が起こり一時的に視界を閉じ、次に視界に映ったのは、草の生い茂るの草原、そして遠くに見えるR•Gとは違う雰囲気を醸し出す城だった。
R•Gの城が童話などに出てくるようなメルヘンチックな城だとすると、H•Gの城はまるで実際に外国の歴史を元に作られた物語に出てくるような城だった。
「ここか……」
ここから城まで、まだ数十キロメートルはあるだろう、人間の歩く速さは平均して四キロメートル、全力で走る速さは四十キロメートルと言われている。
早く双花を助け出したいと言っても、ここにいる五人は冷静だ。
急いで双花の元に辿り着いたとしても、全力疾走後のバテた状態で麒麟率いるH•Gに勝てる訳がない。
だから多少時間が掛かったとしても無理のないペースで進むことに決めていた。
「このペースだと、大体一時間前後か?」
「そうだろうな」
五人のペースは、大体時速十メートル程度、全力疾走とまでは行かないが、それなりのペースで走っていることになる。
とはいえ、幻力によって強化されている幻操師にとってはこの程度で疲れることはまずない。
「さてと、疲れない程度にさっさと進むぞっ!!私に続けっ!!」
「わかったのっ!!」
「二人とも興奮し過ぎだな」
「そうですね」
「……」
自分のガーデンのマスターを早く助け出したい火燐と春姫の二人は、我を失うまではいかないのだが軽い興奮状態になっているようだった。
幻操師の力の源はその心だ。つまり心が荒ぶったり冷静を失うとその実力が変化したりするため、幻操師は常に冷静さを保つための術を得ている。
守護者ならその技術も高いはずなのだか、つまりそれだけ双花の存在は二人にとって大切なのだろう。
「六花頼めるか?」
「ええ、軽くですね?」
「そうだ」
「わかりました『氷結』」
「つめっ!?」
「あぅっ!?」
興奮して頭に血が上っている二人の熱を冷ますために、結は六花に少し凍らせてくれと頼むと、ちゃんと意味を分かってくれた六花は、二人の額に小さな氷を作ってくっつけていた。
服越しならまだしも、氷を直接頭に密着させられているのだ、嫌でも頭は冷えていくだろう。
氷、つまり零度の物質を突然頭に当てられて、冷たいと言葉にだしてしまったり、驚いたりしてしまったりするだけで、走るスピードを一切緩めないのは流石と言うべきだろう。
「なっなにをするのだっ突然っ!!」
「そうなのっ!!びっくりしたとっ!!」
「六花に怒鳴るなって、二人とも頭に血が上っているようだったから冷まさせただけだろ?むしろ俺たちに感謝してほいくらいだな」
「俺たち?私だけの間違いじゃないですか?」
「お前っ裏切るなよなっ!!」
「……」
六花の余裕外の裏切りに驚く結だったが、六花は一瞬無表情になると、すぐに悪戯っ子のような無邪気な表情になると、結を鼻で笑っていた。
「ほう、痴話喧嘩とは余裕だな。ペースを上げるか?」
「結に対する嫌がらせのつもりなら、やめといた方がいいの」
「……ここでお前が裏切るのか」
「正論を言ったまでなの」
ここ最近、自分たち守護者にまったく敬語を使おうともしない結に対して、少々むっとしてしまった火燐は、走りながら痴話喧嘩をする、結と六花、両名にに嫌がらせの気持ち半分で言うと、言われた本人たちではなく、同じく結に対してむっとしているはずの春姫に正論で止められてしまい、がっくりと肩を落としていた。
「ペースを上げても大丈夫な自信はあるの。でも六花はともかく結と陽菜はFランクとAランク、いくら二人とも心装を覚えて心力が多少使えるようになったとしても、まだまだ初心者なの。だからこれ以上のペースでの長距離は気が付かないレベルの疲労が溜まるかもしれないの」
「……よく喋る」
珍しくよく喋っている春姫に思わずボソリと呟いてしまう陽菜だったが、どうやら春姫にその呟きは聞こえていなかったらしく、心の中で安堵するのであった。
「結、たまには我々を敬ってもいいのだぞ?」
最近、どうやら守護者としての威厳が無くなりつつあるため、小さな希望を乗せて発信された火燐の言葉は
「なら俺が敬いたいと思うような事をしてみせろ」
粉々に打ち砕かれていた。
とはいえ、行動で自分たちが敬うべき存在だと言う事を示せば、ちゃんと敬ってくれるという意味だともとれる。
「なら、これから嫌というぐらい見せてやろう」
「まっ期待してるよ」
心の中で火燐とそしてその会話を聞いていた春姫の二人はよしっと小さくガッツポーズをしていた。
五人で走り始めて約五十分がたったくらいだろうか、とうとうH•G本部、その周りに広がる城下町と言ったところだろうか、そんな城下町の門に辿り着いていた。
「敵地とは言っても正直、見事の一言に尽きるな」
「余裕だな火燐」
「余裕などではないさ、荒ぶる心を押さえつけるのに必死なだけさ」
そう言う火燐の瞳には、強く鋭い力が宿っていた。
その目を見て結は唐突に理解した。この人は、火燐はここに来てはいけなかったのかもしれないと。
野性、火燐の目に映るのはまさしく野性だ。野性の動物が獲物を狩る時の目、今の火燐はさながら獲物を狩るハンターっと言ったところだろうか。
門を過ぎ、できるだけ怪しまれないように過ごそうとしている五人はある一角に注目していた。
「や、やめてくださいっ!!」
「あれは……」
そこからは大きな叫び声が響いていた。そこにいたのは三人の男女。二人の男性の内一人が女性、いやまだ結たちとあまり年齢の変わらない少女だろうか?その少女の腕を掴み、それを嫌がっている少女の姿はパッと見の状況で判断すると、完全にナンパをしているしつこい男に迷惑している少女といったところだろうか。
「おいっ貴様ら何をしているっ!!」
人一倍正義感が強かったらしい火燐は、その光景に我慢できなかったのか、思わず制裁に乗り出していた。
「あ?あんたには関係ねえだろ……ってほう、あんたも中々上玉じゃねえか。俺たちと遊んでくれねえか?」
「なんだと?」
火燐が怒りの混じった声で、声を掛けると二人の男の内、少女の手を掴んでいないほうの男が火燐に振り向き、その男は火燐の美貌を見てあろうことか火燐にナンパをはじめていた。
「はぁー、こんな事に時間を使っていいのでしょか?」
「でも仕方が無いの」
双花を助け出すという最大の目的があるにも拘らず、少女をナンパから救出しようとしている火燐に、思わずといったふうに呆れる六花だった。
とは言っても六花も女だ。目の前で可愛い少女が男にほぼ強引にナンパされている現状を見て嫌悪感があったのか、火燐の行動にいい顔はしないものの、否定的な事やましてや止めるだなんて事はなかった。
「六花が言う通り時間を無駄に使うのもアレださっさと助けるぞ」
「……お人好し」
「はぁー、待ってください」
「なんだよっ」
火燐を手伝おうとする結を引き止めた六花は、引き止められて若干怒っている結に「私がやります」っと言うと、手首の法具を起動した。
「貴様らっいい加減にしないと……っ!?」
今まさに、我慢が限界に達し、今までの、いや恐らく結に対しての鬱憤をも含めた怒りを爆発させようとしていた火燐は、突如として周りの気温が下がっていることに気が付き驚いていた。
「おややー?どうしたんだいお嬢ちゃん?怖くて動けなくなっちゃったのかなー?」
二人して下品に笑う男たちはどうやら気がついていないようだが、少女のほうは少し異変に気が付き始めたようだった。
「そっちの勇ましいお嬢ちゃんはどうしたんだい?……なっなんだこれはっ!?」
「さっ寒いっ!!」
「よしっ今だなっ」
気温の減少が男たち二人の間だけ異常なレベルになると、その異常にやっと気がついた男組は慌てふためいていた。
混乱した結果、男が少女の腕を離してしまった隙に火燐は少女を救出すると、そのまま結たちの元へと走り出していた。
「終わったようなの」
「ご苦労、六花」
「この程度、手間でもなんでもありませんよ。この程度」
「二度言わんでいい」
六花がやったのは単純だ。ただ二人組の男たちの場所を指定して、その指定した範囲の気温を威力の抑えた『氷結』によってどんどん下げていっただけに過ぎなかった。
単純とはいえ、正確な範囲の指定と相手が凍死してしまわないように手加減するのは、六花が言うようなこの程度の事では到底ないのだ。
「ふう、さっきのは六花だろう?助かったぞ」
「あのままでいたら、ほぼ確実にあの二人を斬って捨ててたの」
「このままここにいて、また絡まれるのは面倒ですので移動しませんか?」
「そうだな……とは言えどっちに行けばいいんだ?」
この中にH•Gに来た事がある人間は一人もいなかった。
守護者である火燐と春姫も、H•Gのメンバーと会ったのはセブン&ナイツのそれぞれのガーデンマスターが集まる、七星会の時に守護者として警護をした際だけなため、H•Gに実際に来るのは初めてなのだ。
「あっあのっ、それなら私が良いところ知ってますっ」
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