3ー8 突入前夜
「やほー、元気かな?かな?」
R•G、双花の私室にも劣らない、豪華な部屋に双花と麒麟の二人がいた。
双花と麒麟は向かい合ったソファーにそれぞれ腰を掛け、リラックスしていたのだが、双花はどうもリラックスできる状況ではなかった。
まず一つに、双花は麒麟によって結と戦って弱っていたところを攫われたのだ。自分を攫っただけでなく、自分の治めるガーデンに攻撃を仕掛けてきた本人が目の前にいるのにリラックスなどできるわけが無いのだ。
そしてもう一つ理由がある。
それは双花が目覚めた時点でその両手と両足には幻力を封じる特殊な式の刻まれた拘束具が取り付けてあったのだ。
幻力が使えない以上、その力はそこらへんにいる幻操師以下、マスタークラスの麒麟を相手にするなんてことは出来るわけが無いのだ。
「一体私になんのようですか麒麟様」
双花は幻力を封じる拘束具だけでなく、その体はそれぞれ離れた位置で座っているソファーに固定されているため、ただ麒麟を睨むことしかできなかった。
「安心して?して?僕ちんは君になにかするつもりはないからね」
麒麟はニコニコと笑いながらそう言うと、手錠にしてはやけに分厚いものを取り出すと、手錠の二つの円を繋いでいる鎖にちょんっと指で触れると、鎖が綺麗に切断されていた。
「流石はマスタークラスですね。凄まじい威力です」
その光景を見た双花は思わず、感嘆の意を漏らしてしまうと、麒麟は「ありがとっ」っと少し照れた風に言うと二つの円となった手錠を、それぞれ双花の手首に付けていた。
「起きた今なら問題ないよね?ね?」
「んっ!?これは……まさかっ!!」
「そうだよ?だよ?これは特殊な式が刻まれていてね。これを付けていると体に力が入らなくなっちゃうんだ」
麒麟の言うとおり、全身に力が入らなくなってしまった双花は「この私が……」っと悔しそうに呟くと、力強く歯を食いしばっていた。
力抜けると言っても、確かに戦闘を行うのは無理なレベルだが、日常生活には支障をきたさない程度に調節されているようだった。
「さてと、これでそれはいらないね!ね!」
パチンッ
「えっ?」
麒麟が指を鳴らすと、双花の手足をソファーに固定していた拘束具が突然として外れてしまっていた。
「一体どういうつもりですか?」
双花の頭には疑問の二文字しかなかった。
双花自身、自分で言うのもなんだが双花はガーデンマスターをやれる程の幻操師として高い力を持っている。
その双花を拘束具無しにするなんてあまりにも不自然だった。
確かに今は二つの特殊な拘束具によって、双花の幻力も身体能力も極端に制限されてしまっている。
実際問題、今の双花の戦闘能力は皆無と言ってもいいだろう。
しかし、だからと言って人質のような存在である双花を一切拘束具しないとは一体どういうつもりなのだろうか。
それだけじゃない、双花にとって腑に落ちない事は他にもあった、それはこの部屋そのものだ。
繰り返しになるが双花はいわば人質なのだ。その双花をまるで客人をもてなすかのような部屋だ。
あ一体これはどういう意味なのか双花にはこの疑問があまりにも強くあった。
「気に入ってくれた?くれた?この部屋は双花様のために用意したんだよ?だよ?」
「一体なにを……」
この部屋は双花の私室にも劣らない、いやもっと正確に表す言葉があった。
この部屋は双花の私室に良く似た部屋なのだ。
麒麟の言い方といい、もしかしたらこの部屋は実際に双花の部屋をモデルに作られているのかもしれない。
双花の頭にその考えが過っていた。
「最初にも言ったけど、僕ちん達は双花様になにかするつもりはないよ?ないよ?食事もちゃんと用意するし、ただ用意するだけじゃなくて全て一流の料理を提供するよ?するよ?」
混乱している双花に麒麟はさらに言葉を繋いだ。
「その代わり双花様をここから出してあげない。なんせ君は大事な大事なーー」
麒麟は一旦言葉を切ると、いつもニコニコとさせている表情を一変させて、ニヤリと笑った。
「囮なんだからね」
双花の頭には嫌な予感が過っていた。
そしてそれは麒麟の次の言葉で確信へと変わっていた。
「A•G……少数でありながら最強候補にまでなった最強集団。その頂点である、彼を誘き出すためのね」
「麒麟っ!!一体それをどこで知ったのですかっ!!」
双花はいつもの優しい顔をまるで般若のような怒り顔に激変させると、いつもならあり得ないほど我を失った大声で叫んでいた。
その表情には怒りだけじゃない、それよりも強い焦りと不安、この二つの感情が強く現れていた。
「僕ちんは教えてもらっただけだよ?だよ?アノ人にね」
「……アノ……人?」
「まぁいいや、それじゃあーごゆっくりー」
麒麟は手を振りながらそう残すと、さっさと部屋を出て行ってしまっていた。
「みんな……ごめんなさい……。ごめんなさい……なーー」
麒麟が部屋を出て行き、一人となってしまった双花の悲しみに満ちた呟きは、誰の耳に届くこともなく、儚く消えていった。
一花がR•Gに来て、そして結達の修行が始まってすでに六日の時間が経っていた。
明日は五人の選抜メンバーが、双花の捕まっているH•G本部へ向かう事になる。
修行によってそれぞれボロボロになっている状態のまま敵地に向かうなど、完全にありえない。
だから今日一日は皆、修行の、疲れを癒すための時間となっていた。
「明日か……」
「そうですね」
F•Gから来ているメンバーである、結、六花、陽菜の三人は結の部屋に集まっていた。
三人は丸いテーブルを囲っており、テーブルの上には人数分の飲み物と軽い軽食が並んでいた。
「そういえば結?一花様とはどの様な修行をしたのですか?」
「ん?あぁー、そうだな。正直な話もうあの人と修行はしたくないな」
「……そんなに?」
結は一花との修行の日々を思い出すと、その場でブルブルと怯えるかのように震えていた。
一花と一対一で修行したのは、最終日である今日はやらなくなったため、たったの四日というあまりにも短い期間だったのだが、その内容はあまりにもハード、たったそれだけの期間だったにも拘らず、結にとってそれはトラウマレベルの恐怖になっていた。
結の異常とも言える怯えっぷりに六花は苦笑いしつつも結の話、むしろ修行の時の愚痴を聞いてあげていた。
コンコン
「どうぞー」
愚痴を長々と六花に漏らしていると、部屋の中にノック音が響き、六花に愚痴を漏らしたおかげでいくらか精神的に回復した結は、軽い声で返事をしつつ、ドアへ向かった。
「邪魔するぞ」
「失礼しますの」
ドアを開けるとそこにいたのは、R•Gの守護者こと、佐藤火燐と河嶋春姫だった。
二人は結に軽く挨拶をすると、スタスタと部屋の中に入っていき、結達が囲んていたテーブルに近くにあった椅子を持ってくると、そのままそこに座り、くつろぎ始めていた。
「お久しぶりです。火燐様、春姫様」
座った二人に六花は軽く頭を下げながら挨拶すると、陽菜もまた軽く頭だけ下げて挨拶していた。
二人の挨拶に火燐達と一言返すだけでとどめると、今だにドアの前に突っ立ち座ろうともしない結に目で早く座るように催促していた。
「勝手じゃないか?」
「ここはR•Gの部屋なの。だから勝手に入っても問題ないの」
「そういう事だ」
結は座りながら、軽く言葉を発しただけで中に入っていった火燐達に文句を言うと、正論のような違うような、中途半端な言葉で誤魔化されてしまっていた。
「明日、だな……」
火燐は腕を組んで静かに座っていると、重々しくその口を開いた。
「……そうだな」
「……そうですね」
「……うん」
「……そうですの」
火燐の言葉に賛同するかの様に、一人一人呟くと、その目はさっきまでのようなリラックスしているものから、戦う前のような真剣さを帯びた目になっていた。
「明日、俺たちは双花を助け出す」
「当然だ。マスターは私たちで助け出してみせよう」
「当然なの」
結の意識表明に、火燐と春姫のR•G組は自分こそ双花を助け出してみせると気合いを入れていた。
「それにしても一体、麒麟の目的は何なのでしょうか」
「ん?それは我々R•Gを含めた、セブン&ナイツに対する一揆、つまり反乱だろう?」
「そうかもしれませんが、そうではないかもしれませんよ?」
六花の言葉に火燐は「どういう意味だ?」っと少し棘のある言い方をすると、軽く六花を睨んでいた。
六花を睨んでいる火燐に春姫は「目つき悪いの」っと注意していた。
「済まない。睨んでいるつもりはなかったのだがな」
「火燐は目つき悪いの」
春姫の言葉に火燐は「二度言わなくていいっ!!」っと少し拗ねたふうに返すと、その光景を見た六花は「気にしていません」っと冷静に言っていた。
「それで、さっきの話はどういう意味なのだ?」
火燐は今度は目つきが悪くならないように、少し意識をしながら六花に同じ質問をしていた。
「麒麟は幻操師としての実力だけでなく、頭も良い方と聞きます。その麒麟が正直な話セブン&ナイツに反旗を翻すような事をするのでしょうか?」
「確かなそうかもしれないな。しかし実際に双花を攫っているのだ、そうとしか言いようが無いと思うが?」
「……そうですね」
六花は渋々といった具合にとりあえず納得していた。
「……六花」
「どうしましたか?」
陽菜は珍しく口を開くと、六花に声を掛けていた。
「……少し疲れているように見える」
「そうですか?」
「……休んだ方がいい」
「ちょっ陽菜?」
陽菜はそう言いながら立ち上がると、嫌がる六花の手を掴み強引に部屋に戻って行っていた。
「どうしたのだ?あの二人は?」
「……悪い俺にもよくわからん」
唖然とした表情をしている火燐に、同じく唖然とした表情をしていた結は苦笑いしながら謝ると、火燐は「……結は悪くないだろう。気にするな」っと優しく返してくれていた。
「意識表明も終わったし、そろそろ戻るの」
「そうだな、結お前も修行の疲れを癒やすのだぞ」
「おいっちょっと待て」
そう言って立ち上がり、部屋を立ち去ろうとする二人を、呼び止めた結は真剣な目で二人に問い掛けていた。
「修行はうまくいったのか?」
結の問いを聞いた二人は同時に互いを見合うと、なにも言わないまま結に背中を向けてドアへ向かっていった。
「おいっどうなんだよっ!!」
答えない二人に思わず声を荒げて怒鳴ってしまうと、二人はピタッと歩くのを止めて振り向かないまま答えた。
「当然だっ私を誰だと思っているっ!!」
「当然なの、だってマスターの守護者だからなのだから」
二人は振り向かないまま、結に背中を向けた状態でそう答えるとまた進み出し、最後に軽く手を振って部屋を出て行った。
六花と陽菜はどこか自信に満ちているようだった。
守護者二人にいたっては直接聞いたんだ。
ほぼ確実に四人とも修行はうまくいったのだろう。
しかし
「俺は……」
評価やお気に入り登録よろしくお願いします。




