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1ー4 出現

 入会を断ってから数日後。

 結は入会していないにも関わらず、ほぼ、というか完全に毎日、会長から呼び出しをくらっていた。


「失礼しまーす」


 もとから敬語を使っていなかったこともあるが、なにより年齢は同じなのですでに完全なタメ口で話していた。それに会長を含め生十会メンバーの奴らってなんというか、尊敬には値しないからな。良い意味でだけど。


「待ってたわ、さあ、座って」

「断る、失礼しました」

「『氷結』」


  このところ毎度のことなのだか、会長が当然のように会議に結を参加させようとしたため、颯爽と立ち去ろうとしているのだが、これまた毎度のことに銀髪の少女、柊六花ひいらぎりっかに靴と床を凍らせて固定されてしまった。


「毎回言ってるがいくら生十会メンバーは庭内での法具の使用が許可されてると言ってもこれはいいのか六花?」


 結は六花の行動に呆れつつ愚痴を言うと、


「会長の意思です。上官の意思に従うのが副長の役目なのでこれは無罪です」


「結も諦めたらどうだ? 毎回毎回六花と漫才をしていないで入会すればいいじゃねえか」


 六花は桜と同じぐらいの身長で髪は銀髪のロング、結んだりはせずに背中に垂らしているセーラー服を着た基本的に無表情の冷静な同じくクールビューティーな陽菜と比べるとまだ表情の変化のある美しい少女だ。

  もう一人は土屋鏡つちやきょう。身長は高めで一七五程度で剛木ほどではないが筋肉に覆われた男。顔はそれなりに整っていて上の下から中っといったところだろう。ちなみに性格はガサツだ。

 服装は結と同じブレザーを着ている髪型は短髪、顔は悪くはないが暑苦しい性格をしているためモテない。俗に言う残念系のイケメンだな。だだし体育会系の。


「結もそろそろ諦めたらどうだ? うちの会長はしつこいぞ?」


 淡々とした話し方の学ランを着た短髪の男の名前は相川始(あいかわはじめ)

 鏡はガタイの良いある意味男らしいイケメンだが、始はメガネを掛けていることもあってか知的な雰囲気を纏っているインテリイケメンだ。

 春樹の見た目はパッと見アニメとかにいそうなモブキャラなのだが、顔自体は整っていてカッコイイというよりも可愛い顔だ。

 剛木は……まあ、筋肉好きには堪らないだろう。

 四人いる男子メンバーの内、若干一名怪しいが、それでも一般的にイケメンと呼ばれる分類だ。

 女子メンバーの方は男子メンバーよりレベルが高く。普通ならクラスに一人いればヤッホーな気分になれるレベルの美少女だ。

 もしかして生十会ってのは見た目で選ばれるのか?

 と言いたいところだが、この数日間で色々と話した結果、始はAランク、鏡はBランク、そして会長と六花の二人はなんとSランクという、見た目だけでなく、その実力も他の学年と比べて高ランク集団だ。


「誰が入るかよ。めんどくさい」


「まぁまぁ。みんな落ち着いてってば」


 桜が皆を落ち着かせようと、割り込みながら結の足を引っ張って床から剥がすのを手伝っていたが、


「元凶はお前だ桜」

「あぅっ」


 結の足を掴んで、うんしょうんしょと引っ張っていたため、しゃがんでいた桜の頭にチョップを食らわせた結であった。


「ほらほら漫才してないで座りなさいっ」


  会長がパンパンと手を鳴らすと皆、結に限っては渋々といった具合で既に定位置になりつつある席に腰を下ろした。


「今回の議題は……始よろしく」

「……はぁー。今日は一年生のための歓迎会がある。歓迎会は本館ではなく別館で行うわけだがトラブルが発生しないようにそれぞれ定位置から監視して貰いたい。そしてアクシデントがあった場合は臨機応変に対応してくれ。馬鹿な理由、たとえば、喧嘩などであれば無理矢理でいい。力で黙らせてくれ」


  会長に進行を任され、というか投げられ、始はため息をついた後に立ち上がるとホワイトボードに別館の地図を張り出し、結を含め、各自がそれぞれどこに配置されるかの説明をした。


「この地図にもあるように、最初は結も監視員に加えようと思っていたのだが、結はまだ(・・)役員ではないからな。法具の使用が許可されないんだ。だから結の配置は変更でこっちだ」


 結と書かれていた場所にバツ印を書き、別の場所に結の名前を書き直す始。


「おい始。変更地点おかしくないか?」

「何がだ?」

「アクシデントって普通人が多い所で起きやすいだろ? なのに第四講堂って……」

「確かに第四講堂は今回の会場だが、安心しろ結は二階だ」

「……それ、変わるのか?」

「変わるな。講堂の二階とはつまり観覧席のことだからな。入学式や卒業式ならそこにも人が入るが今回みたいなただの行事じゃ人も来ない。とはいえ、一応上から一階の様子を見てもらうことになるな。それに一階には陽菜がいる。場合によっては陽菜の助っ人としていてくれ」

「……ん。よろしく」

「はぁー。わかったよ」


 無表情のまま差し出された手を取りながら結は息を吐いた。

  ここで言うアクシデントとはつまり生徒同士の幻操術を使った喧嘩が大半を占めている。法具の携帯自体は許可されているためこういったことがあるのだが、結は役員ではないため法具を使うと同罪になってしまう、生十会としては許してもいいのだが教師が許さないだろう。


「というかなんで当日なんだ?」


  通常、行事の担当決めなどは遅くても前日にやるものだと思っていた結だか、その疑問に対して答えてくれる人はいなかった。


「……うるさい」


  いや、答える必要もなかったか。

 顔を赤らめた会長がそっぽを向いてつぶやいていた。


(完璧な人間だと言われているらしいが実際は何処か抜けてるまだまだあおい子供だな)


「みんな配置はわかったわね?それじゃ解散っ!」









  歓迎会はあらかじめ始から聞かされていたが、始業式でも使われた第四講堂で行われることになっている。転校以降会長が朝から毎日のように、というか毎日結の事を呼び出すせいでほとんどクラスの皆とは交流を深めることが出来ていない。

 桜を始め、生十会のメンバーとしかほとんど話せていない結はクラスでやることになったらしい幻操術を利用した踊りについて全く知らなかったため不参加となっていた。

 会長たち生十会の皆も見回り及び監視があるため参加しないが暇ではないためぼっちになってしまった結は始業式の際にも利用した二階で一人幻操術を使った様々な出し物をみていた。


「……暇そう」


 適当な席に座りながら歓迎会を見ているとふと後ろから声を掛けられた。


「おいおい。陽菜の担当は一階じゃなかったか?」

「……ここからでも一階の様子はわかる。無問題」

「……まあ。そうだな」


 結の隣に座り、さっきまでの結と同じように下の様子を見ている陽菜の横顔を少しの間見た後、結もまた監視を再開していた。


「……生十会はどう?」

「どうって?」


 唐突に聞いてきた陽菜に結は振り向くことなく問い返す。陽菜もまた、振り返ることなく言葉を返していた。


「……楽しい?」

「さあな。無感情だ」

「……嘘」

「…………」

「……ううん。嘘じゃない」

「陽菜?」


 思わず視線を横の陽菜に向ける結。すると、陽菜と視線が正面から合った。


「……私も昔そうだったから」

「昔?」

「……自分の心を隠し続けたせいで心というものを、情というものを失ってしまった」

「……陽菜……」


 自分の心を隠す。

 この言い方からしてそれはただ単純に人の世を生きるために当然のようにやる建前とは違うのだろう。

 心を隠す。それはつまり、己を消すのと同義だ。

 どうして陽菜が昔そんなことをしていたのかは知らない。知りたくない。知らないほうがいいのだろう。


「……だけど私は心を取り戻した。他でもないあの人のおかげ」

「あの人?」

「……そう。私の恩人」


 その時の陽菜は微かにだったけど、確かに笑っていたような気がした。


「けど、なんでそんな話を俺にしたんだ?」

「……結も同じだから」

「同じ?」

「自分を隠し過ぎて自分を見失っている。違う?」


 自分を見失う……か。


「……どうだろうな。今の俺には道標がないからな。今はただ、漂うよ」

「……結の心はどこ?」

「さあ。多分ここにあるんじゃないか?」


 ありふれた表現になるがそう言って自分の胸をトントンと二回拳で叩く結。視線を陽菜から前に戻していた。


「……嘘」

「嘘なんかじゃねえよ。今の俺にはちゃんと心が。情がある」

「……本当に?」


 目を合わせることが出来なかった。

 陽菜の目を見ているとなんだが、揺らぎそうになる。

 いや、違う。揺らぎが消えてしまいそうになる。


(俺は揺らいでないとダメなんだ)


「……結。一つ言わせて」


 陽菜の立ち上がった気配がした。結は振り向く事なく、返事もしない。


「……偽物の心はわかるものからすれば見ていてとても辛い」

「そう……だな」


 陽菜の立ち去る音を聞きながら結は考えていた。

 陽菜の言っていること。それはつまり今の結がどこか無理をしていることを言っているのだろう。


「……トラウマか」


 あれは約一年前の事だ。

 背負うべき十字架。償わなければならない罪。

 唯一の道標を失ったあの日。

 彼の弱さが起こしてしまった悲劇。

 結自身わかっている。あの日、彼の心は抜け殻のように散った。

 一年という時間が癒してくれると思っていた。

 心の傷は時間によって解決すると思っていた。

 だけどどうだ?

 人として生活できる程度には。人と関係を持つことが出来る程度には回復していた。していると思っていた。

 これ以上心配させるわけにはいかない。だから、一年掛けて繕ったと思っていた。

 けど、実際には陽菜に見抜かれてしまった。


「……うまくいかないもんだな」






 何もないまま監視を続けること十数分。


(ん?これは)


 結は何かこうおかしな感覚、そう違和感に気が付いていた。

 その発信源に向かおうと階段なんて使わずに手すりを飛び越えて一階に着地する結。


「……どうかした?」


 運が良いのか悪いのか、この状態では少々判断に困るが、着地した結の背後にはちょうど陽菜の姿があった。

 突然上から結が降りてきて驚いたのか、珍しいことに表情が変わっている。

 まあ、言うまでもなく一瞬の間だけだったけど。


「陽菜。悪いけどここ任せていいか?」

「……そう。答える気はない?」

「いや、そういう訳じゃないけど、確証がないんだ」

「……そう。なら任せる。元々結は生十会のメンバーじゃないから。遠慮なんていらない」

「……そうかい。サンキューな」


 陽菜にそう言い残し、結は講堂から走り去った。


 結が走り出してから数分後、ガーデン全体に警報が鳴り始めた。

 それは物理世界の裏に存在する幻理世界。世界の裏、歪みの中から生まれし、心を喰らう者『イーター』の出現を合図するものだった。








  幻操師が生まれて間もない頃、世界に歪みが生まれていた。その歪みは幻操師だけが見ることができ、その歪みに触れると術師は強制的に歪みの作り出した幻域に引きずり込まれてしまう。

 引きずり込まれた幻域の中にはイーターと呼ばれる化け物がおり、その化け物は命あるもの、特に人間の心を好物にしていて襲いかかってくる。

 イーターに心を食べられた犠牲者は文字通り心がなくなってしまい、感情を表さない人形のようになってしまう。

 イーターは歪みから生まれているためなのか物理的攻撃がまっまく通用しない。通じるのはただ一つ幻力を使って攻撃方法。つまり幻操術だけだった。

 イーターが多くの心を摂取するたびに歪みから出来た幻域はその規模が広がっていき最終的には世界中を覆うことになってしまう。そうなってしまえば一般人に、いや、例え訓練をしている軍人でさえ、武術家でさえ抵抗は無意味。敗北は必至、心を壊してしまうことになる。

  そうならないために唯一イーターに対して有効手段を持つ幻操師がこれを滅することでそうならないように防いでいるのだ。

 幻操師は元々、化学兵器に代わるものを作り出すために育てられていたが今では専ら幻操師=イーターを滅する者というのが現状だ。

 さきほど違和感を感じた時点に到着した結。


「……どこだ」


 違和感の発信源はこのあたりだ。

 まだ結はその違和感が何なのかに気づけていない。その正体をしるために結は周囲に警戒を張り巡らせていた。

 そしてふと、何もないはずの空間がまるで蜃気楼のように歪んだ(・・・)


「……なるほどな」


 その瞬間。

 ガーデン中に警報が鳴り響いた。


「はぁー。まさかガーデンの中心でイーターと出会うなんてな」


 本来であらばありえない状態に結は思わずため息をついた。

 その瞬間。正面の歪みから何かが飛び出す。


「ちっ!」


 咄嗟に腕をクロスさせて防御体制を取ろうとするものの、相手のスピードは彼の反応より早く、ガードする前に結は遥か後方に吹き飛ばされていた。


「ぐっ!」


 結は重力を無視するかのように地面と平行に十数メートル飛んだ後、ゴロゴロと地面を転がった。

 止まることなく、その勢いのまま起き上がった結は片手を地面につけた状態でそれを睨み付ける。

  イーターは既存の生き物の姿をしていることが多い。

 現に今、目の前にいるのは二メートルにも及ぶ巨大な蟹の形をしていた。


「……しばらく蟹、食いたくないな」


 距離を置いて様子を見ていた結に蟹型イーターは俗に言う蟹さん歩きで結へと向かった。

 巨体ということもあり、一歩一歩が大きく、尚且つ素早いため凄まじいスピードで結のすぐ正面に着いたイーター。

 蟹型と表記していることもあって当然の如くハサミ状になっている手で立ち上がっていた結を殴り飛ばす。


「ぐあっ」


  イーターの強さは幻操師の実力と同様個人差があり、強いものはSランクでも倒せないものがいるらしい。

 今回出現したのは中型イーターと分類されておりAランクと同等の力を持つ強力な個体だった。


「っ大丈夫ですかっ!! 助太刀しますっ!! 『風弾ふうだん』」


 そのイーターがそれだけ強力なこともわからずに一人の女子生徒が逃げずに近付きイーター目掛けて風の弾丸を撃ち込んだ。


「なっ……」


 今の術の完成度や威力からしてランクにしてEランクの上位くらいだろう。Fランクである結がこんな事を考えるのは失礼かもしれないが、揺るがぬ事実としてまだまだ未熟な女子生徒の幻操術が通用する訳がなく、風の弾丸はイーターの硬い甲羅によって弾かれてしまっていた。


「うそ……」


 弾かれると思っていなかったのか、女子生徒は驚きの余りにその場で固まってしまっていた。


「ひっ……」


 自分に攻撃してきた女子生徒に対して敵意が湧いたのか蟹型イーターはさっきと同様に蟹さん歩きで彼女の目からしたら瞬間移動のようなスピードで女子生徒に近付くと、ハサミを振り上げた。


「あ……ああ……」


 恐怖のあまりイーターの姿が現実よりも大きく感じられた。

 横から叩きつけられるのであれば体内に流れる幻力によって無意識の内に頑丈に強化されている幻操師ならば無傷とまではいかなくとも命は残る。

 だが、上から叩きつけられれば衝撃の逃げ道なんてどこにもない。

 振り上げられたハサミはまるで死神の鎌のように感じられた。


「いやぁぁぁぁぁぁあっ!!」

「『ジャンクション=カナ』」


 ハサミが女子生徒を押し潰す瞬間。

 小さな呟き声が聞こえたと思ったら女子生徒はその姿を消してしまっていた。

 ハサミが地面に深々と突き刺さる。

 地面が沈没し、深いヒビが長くに渡って走っていた。

 それだけで一体どれだけの威力が込められていたのかがわかる。

 手応えがなかったのだろう。急に消えてしまった女子生徒を探そうと辺りを見渡す蟹型イーターだったが、ふと殺気を感じ、導かれるようにして後ろに向いた。

 そこにはさきほどの女子生徒をお姫様だっこしている結の姿があった。


「あ、ありがとうございますっ!」

「……生十会を呼んできて」

「で、でも……」

「……大丈夫だから」

「は、はいっ!!」


  女子生徒をその場に降ろすと心配そうにしている彼女に生十会のメンバーを呼ぶように言った後、走り去る女子生徒の後ろ姿を尻目に結は正面のイーターを再び睨みつけた。

 その目には燃えるような、明確な殺意が輝いていた。

  二丁拳銃を取り出し、女子生徒を助けた時と同様に火速を使い蟹型イーターの背後に回った結は、さきほどの女子生徒との攻防を見て並の威力ではその頑丈な甲羅の防御力を貫通できないと判断するものの、各部位の耐久力を知るために剛木にやった時と同じく全身を狙うようにして無数の弾丸を撃ち出した。


「……やっぱりダメ?」


 普通、可動部分は装甲が薄くなる、つまり防御力が低いものなのだが、関節部分を含めて全ての弾は傷一つ付けることもなく弾かれてしまっていた。


「……純粋な射撃じゃ威力不足……。なら」


  結は火速で再び距離を取ると、再び数えられないほどに大量の弾丸を撒いた。

 しかし、全てが同じというわけではない。さきほどは直接イーターを撃ち倒すために向けられていたのだが、今度のは剛木との模擬戦の時のようにイーターの周囲に向けて撃たれていた。

  その弾は弾丸同士でぶつかり合い跳躍し、蟹型イーターの周辺で無数の火花を散らせていた。

  先程使用した衝撃弾ではなく跳躍弾だからこそ出来る芸当だが、ここは室内ではないため全ての弾を完全に保持することは出来ない。

 だが、剛木の時よりも多くの弾を撃ち、出来るだけ一発一発が多くの弾を弾けるよう計算され尽くしているため、全体の保持率は約七割。しかし、銃弾による牢獄の厚みは前以上だった。


(跳躍弾による弾牢で敵を捉え、そしてーー)


  弾牢を作り終えた結はまたもや弾を変えると二丁拳銃から一発ずつ計二発の弾を撃った。

  弾は撃たれた瞬間に無数の玉を放出し、散弾として蟹型イーターの周りで弾き合っている弾に向かって向かっていった。


(散烈弾で爆発させるっ!)


  弾牢の跳躍弾と今撃った散烈弾がぶつかり合った瞬間、連続した爆発が起こり、立ち込めた黒煙によって蟹型イーターを覆い隠してしまっていた。

  散烈弾はただの散弾ではない。

 散弾のように散った玉たちの中身は火薬だ。弾牢によって散り続けている火花を火種とし、小さな爆弾とも言える散烈弾たちが爆発を連鎖させたのだ。


「……厄介過ぎ……」


 やがて煙が晴れ。中から出てきた蟹型イーターは無傷と呼んでもいいほどに、ダメージを受けた様子がなかった。

 それを見て結は拗ねるようにつぶやく。


「音無君っ!!」


 さすがにまったくの無傷というのは予想外のことで、結が次はどうしようかと考えていると、先程助けた女子生徒と一緒に日向兄妹がやってきた。


「後は真冬達に任せてくださいですっ! 『氷牢ひょうろう』」


 真冬は安心させるかのように自信ありげに、年齢を考えれば成長している胸をぽふっと叩いた。

 すぐに視線を蟹型イーターに向けた真冬は真剣な目になるとブレスレット型法具を着けている右手を翳す。

 対象者を氷で覆い、さながら氷の牢屋によって対象者の動きを阻害する幻操術『氷牢』


「はっ! 『嵐弾らんだん』」


 『氷牢』はあくまで動きを阻害するための術であり、それ自体に攻撃性能はない。

 そのため真冬がイーターを閉じ込めるとすかさず春樹が真冬とお揃いのブレスレット型法具を起動させ、先程の女子生徒が使った『風弾』の上位系の術、『嵐弾』を発動した。


「まだまだっ! 『(れん)』」


  春樹が叫ぶと嵐弾をさらに複数作り出し同時に撃ち込んだ。

 通常、『弾』系の幻操術は引き金を一回引くことで一発だけ発射される。

 しかし、爆風の中からこいつが無傷で出てきたのを見ていた春樹は単発では意味がないだろうと思い、単発の『嵐弾』ではなく、発動することによって直前の幻操術を銃のフルオートの如く連射する補助幻操の一種である『連』を起動していた。

  二人の連携は兄妹ということもあってか、その完成度の高かった。

 『氷牢』と『嵐弾』の間に無駄な間はなく、蟹型イーターは為す術もなく全ての弾丸をそのままモロに喰らっていた。

  嵐弾によって氷牢が砕け、白い水蒸気がまたも蟹型イーターを覆い隠してしまうが、二人は今の連携に然程自信があるのか結の治療のために無防備に背を向けてしまった。


シュッ


 小さな音がした瞬間、背を向けていた春樹がなにかに吹き飛ばされていた。

 あまりの衝撃に呻き声をあげることすら許されずに、春樹はゴロゴロと地を転がる。

 その口から一筋の赤が流れていた。


「お兄ちゃんっ!!」


 兄が吹き飛ばされ、動揺してしまい完全に意識を立ち上がろうとしている兄に向けてしまっていた真冬の目前にはハサミを振りかぶった状態でいる、無傷(・・)の蟹型イーターがいた。


「ま、ふゆ……」


 春樹は妹の名前をつぶやくもののの虚しく、無慈悲に蟹型イーターの腕は振り下ろされた。


「真冬っ!!!!」


  土煙が巻き起こり真冬の姿を覆い隠してしまうが、あのタイミング。真冬は反応出来ていなかった。回避は絶望的だ。

 春樹は痛む身体に鞭を打って立ち上がり、再び嵐弾を蟹型イーターに向かって撃とうと手を向けるが、突如後ろから大きな衝撃音が鳴り響く。

 思わず振り返ってしまった春樹の目の前には巨大なハサミが、蟹型イーターのハサミと同じ形状のハサミが深々と地面に刺さっていた。


「え?」


 思わず呆然としてしまう春樹の耳に今度は余りにも耳障りな悲鳴が届く、またもや音のする方に振り返るとそこには振り下ろしたはずの腕が根元から完全に切断されてしまっていた蟹型イーターの姿があった。


『ジャンクション=ーー』


 土煙が晴れたそこに真冬の姿はなく、そこより少し離れた場所に純白の刀を二本(・・・・)構え、またもや真冬をお姫様だっこする結の姿があった。


『ーールナ』






  真冬を助け出した結は今までとはまた違う感覚の威圧感と殺気を巻き散らしながら、冷たい、余りにも冷たい目で蟹型イーターを見つめていた。


「ねぇ、僕の仲間になにしてるの?この雑草(くさ)が」


  キョロキョロとして未だに状況がつかめていないらしい真冬を地面に降ろした結は冷たく言い放つと二刀を構え、蟹型イーターの懐へと一瞬で入り込んだ。

 蟹型は咄嗟にまだ生きているもう一つのハサミで結を押し潰そうと振り下ろすが、その腕もまた虚しく宙を舞っていった。

 ジャンクションそれは己自身に幻覚を掛け、いつもと違う別の己を作り出し、作り出した己と己自身をジャンクション、接続することによって戦闘能力を格段に上昇させる結オリジナルの幻操術だ。

  結は右太刀を背負うように振り上げ、左太刀を居合切りのように右腰付近に構えると二刀を同時に振るい、蟹型イーターを十字に斬り裂いた。


「……すごい」


  嵐弾ではかすり傷すらつかなかったというのに、まるで豆腐を斬っているかのようにあっさりと十字に斬り裂かれている蟹型を見て、ある程度平常心を取り戻しつつあった日向兄妹の声が重なる。

 蟹型イーターが消滅を始めた頃、戦闘によって荒ぶっていた幻力を感じ取り、他の生十会メンバーが到着していた。


「こりゃ……」


 思わず声を出してしまった鏡の目の前にはボロボロになっている春樹とその場に腰を抜かしてしまっている真冬。それと同じく腰を抜かしている女子生徒。そして、消えつつあるAランクと同等の戦闘能力を持つとされている中型種、蟹型イーター。

 だが、何よりも目を疑ったのはそっちじゃない。

 はんぶんほど霧となって消えたイーターの前。それにトドメを刺したと思われる、純白の二刀を持ち、いつもと違い、本能的な恐怖を覚えるほどの殺気を放つ結の姿があった。

  こちらの気配に気が付いたのか、結の視線が生十会メンバーの方に向く。

 視線が合った。


「っ!!」


 目が合った瞬間。一人一人がプロ以上の実力を持っている生十会メンバーのほぼ全員が臨戦体制に入りそうになっていた。

 それほどまでの殺気が、全身を包んだのだ。


(……あれ?)


 ただ一人。

 前に結の殺気を叩きつけられていた会長だけがそれに気付いていた。

 前と殺気の感じが違かった。まるで、人が違うかのように。

 そして、冷たく鋭くなっている結の目を見た皆は一人を除いて、消滅すら覚悟してしまうほどだった。


「ん? みんな遅かったね」


  それが会長達、生十会メンバーだと気が付くとさっきとは一変、あれほど溢れ出ていた殺気が消え、優しげに微笑む結の姿があった。


「悪いけど僕限界」

「え?」


  直後、結は力無くそう呟くと、


「後よろしく」


  最後にそう残しその場に崩れ落ちた。が、


「お疲れ様です。音無さん」


  崩れ落ちるのをいち早く察知した六花は結を優しく抱き留め、そのまま自分の膝で枕を作りその場に寝かせていた。

 優しげに声を掛けながら結の頭を撫でる姿はまるで女神様のようだった。

  六花は結をしばらくそのまま寝かせてあげると途中で心配そうに駆け寄ってきた桜に枕役を任せ、軽い放心状態になっている女子生徒へと駆け寄っていった。

 他のメンバーもそれぞれ負傷している春樹と腰を抜かして動けなくなっている真冬へと駆け寄っていった。




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