3ー5 月曜の光
一花が心装守式を発動すると、その名前、花鳥風月の言葉に恥じない、美しい風景が描かれている、綺麗な着物を纏っていた。
「っ!!」
一花が心装を発動し、着物を纏った瞬間、一花の足元に描かれていた幻操陣が発動し、灰色の光柱が一花の姿を飲み込んでいた。
灰色の光。これは恐らく、月曜の性質を持った者だけが発動できる、月属性の術だ。
七種類の性質からなる、七曜の光。
火曜、水曜、木曜、金曜、土曜の五つは順番に、強化、弱化、鋭さ、速さ、硬さ、という特性があるのだが、残りの二つ、日曜と月曜、この二種類の性質は他の五つとはまるで違う特別なものだ。
日曜と月曜、この二つにはそれぞれ対照的な呼び名が付けられている。
それは、優等生の性質と劣等生の性質。そう呼ばれている。
日曜が優等生の性質と呼ばれているのだが、その特徴として、他の月曜を除いた五つの性質が持っている特性、その全てを併せ持つという、反則のような圧倒的性能を誇っている。
それに比べて、劣等生の性質と呼ばれる月曜の光は、日曜の光と同じく、火曜、水曜、木曜、金曜、土曜っと五つの性質を併せ持っている。
一見、月曜の光も日曜の光同様、反則のような性能を持っているように見えるが、それは大きな間違いだ。
例えば、火曜の光が持つ強化という特性。
日曜、月曜、火曜、それぞれ違う性能を持った、実力的に同じ程度の三人の幻操師がいるとして、それぞれの持つ強化の力を、大中小の三段階で表すのであれば、その特性を持つオリジナルの性質、火曜の光は最も高い、大となる。
そして日曜の光の上昇率は中。
最後に月曜の光の上昇率は小となる。
日曜の光はそれぞれの特性は、それだけしか持たない五つの性質よりも低いのだが、他の特性も併せ持つ事によって、実質オリジナルの性質よりも高い力を発揮することができるのだ。
しかし、月曜の光は言ってみれば、器用貧乏な性質だ。
一つ一つの特性は、オリジナルと比べれば明らかに劣ってしまう。
だからと言って、五つの特性があるから、一つ一つの特性の低さをカバーできるかというとそうでもない。
実戦になればオリジナルの高い上昇率によって押し切られてしまうことが多い。
今使われたのは月曜の性質だ。
属性はその発現される時の形、火属性なら火の形、水属性なら水の形などとなって表れるのだが、性質はその色に関係する。
性質の熟練度が低い時は、色が変わったりせずに、水なら水色と本来あるべき姿の色で発現されるのだが、熟練度が高い場合は、例えば水の性質で水属性の幻操術を発動すると、青色の火が発生する。
とはいえ、火曜の性質を持つ術師が、火属性以外を使う事が少なかったりするので、大抵、実力が高い者の火は、火曜の色、赤色となって発動される。
一旦、性質と色をまとめてみよう。
火曜の光なら、赤色。
水曜の光なら、青色。
木曜の光なら、緑色。
金曜の光なら、黄色。
土曜の光なら、紫色。
日曜の光なら、橙色。
そして
月曜の光なら、白色になる。
しかし、今の段階で七曜の光については、ほとんどが解明されているのだが、ただ一つ、月曜の光だけは不明な点が多い。
現に今、目の前に広がっているのは灰色の光。
灰色の光だなんていう属性なんて存在しない、そして性質の中にも、灰色になるものなんて存在していない。しかし目の前に灰色の光があるという事実、そのせいで一花は混乱していた。
しかし七種類の性質の内、最も可能性が高いのは、未知が多い性質、月曜の光だ。だから一花はこれが月曜の性質だと予想していた。
月曜の光は劣等生の性質と言われているが、目の前にいるのはその劣等生の性質を持つ強者だ。
あからさまな矛盾。
マスタークラスの実力を持つ一花、心装していなかったとはいえ、その一花と対等に渡り合っているように見える、姿の見えない相手、その相手の性質は、劣等生の性質。
灰色の光が消えると、そこには完全に無傷の状態で立っている、一花の姿があった。
「すでに仮定が間違っている訳なのですが」
一花が小声呟いた言葉。
仮定が違うっとは一体、どういう意味なのだろうか?
そもそも仮定とは?仮定、それは月曜の光が劣等生の性質だということ。
月曜の光には未知が多い、その未知の部分が姿を現すのは、その力を持つ者が強者であった時の場合だ。
一般的なレベルの幻操師が月曜の光だったとしても、それは単純な全ての特性を多少併せ持った、器用貧乏な性質だ。
しかし、強者と呼ばれる者が扱う月曜の光は何かが違う。
逆に言えば、月曜の光の未知の部分を露わにした者は、強者になれるという事だ。
性質だけで言えば、最も強いのは日曜の光だ。だがこの幻操師の世界でトップクラスの実力を持つ者達が全て、日曜の光をその身に宿している訳ではない。
その中には、火曜の光や水曜の光。そして月曜の光を宿している者だっているのだ。
現に一花の目の前にいる、謎の敵だけじゃない。その一花、自身も、その身に宿している光は月曜の光なのだ。
つまり、仮定が違うとは、月曜の光が即ち、劣等生の性質、そういう訳ではないという事だ。
「どうやら、私の心装による防御力を超える事は出来ないようですね」
灰色の光が消えた瞬間、灰色の光だけじゃない、火柱や水柱、土柱や雷柱なども同時に姿を消すと、今度は一花を中心に無数の幻操陣が描かれていた。
その幻操陣達からは、灰色の光はもちろん、火や水、土や雷などの様々な柱が一花に向かって、伸びていたが、一花はそれらをわざわざ防御するまでもないと言うかのように、無防備に直撃していたのだが、心装を発動した一花には、傷一つ与える事が出来ずにいた。
相手の攻撃力より、自身の防御力が優っているとはいえ、向こうの防御力を超える事はおろか、その姿さえも目視……感じることすら出来ずにいた。
「守式を発動した事により、探知能力も上がっているのですが……全く探知できませんね……仕方が無い」
一花は溜め息を一つつくと、下ろしていた刀を逆手に持ち、自身の目の前に翳すと、小さく呟いた。
「いきます。『心装攻式、百花繚乱』」
一花が攻撃型の心装、攻式を発動すると、一花の持つ刀の形態が変わっていた。
今まで使っていた刀は、綺麗な刀身を持ち素人の目から見ても、業物とわかってしまう、独特のオーラを出していたが、それ以外は女性が握りやすいように、柄が少し短く、細くなっているぐらいで、ごく普通の刀だ。
しかし、その形はあからさまに変わってしまっていた。その形を言葉にするのであればそう、その形は長巻。
薙刀と同一、もしくは同様のものとされていることもあるが、薙刀は長い柄の先に斬ることに主眼を置いた刀身を持つ長柄武器だ。
それに比べ、長巻は大太刀を振るい易くすることを目的に発展した刀であり、刀の心装としては、まさに刀を発展させた武器だ。
形状としては、刀の柄を延長したものであり、男性よりも基本的に小さい、女性の手で振るい易くするために、長さを抑えていた柄を、逆に延長することによって一撃の重みや斬撃力、そして槍のように両手で余裕をもって持つことができるため、刀とは違う、扱い易さを得ていた。
その柄には、その名に恥じぬよう、様々な花をかたどった模様があり、その刀身もまた、心装前と同様、素晴らしく美しい輝きを宿していた。
「さて、まずは正体を暴きますか」
一花は、小さく呟くと長巻を両手でしっかりと握ると、よく運動会や体育祭などで見かけるような大旗を振るかの如く、長巻を超が付いてしまうほどの超大振りで振るっていた。
一花が長巻を振るうたびに、斬り裂いた先から凄まじい強風が巻き起こり、気が付けば一花を中心にして竜巻が起こっているかのような風が巻き起こっていた。
「さて……どこでしょうか?」
気配が感じられない理由だが一花には思い当たる節があった。
心装を発動し、探知能力が上がっているにも拘らず気配を感じる事が出来ない。もしそれが純粋に気配を断つ能力が高いのだとすると、相手の実力は少なくとも一花より、数段階、上だということになってしまう。
マスターレベルの実力を持つ一花を圧倒出来るほどの実力を持っている者が、こんな回りくどい方法をとるとは考えづらい。
つまり、相手は純粋に気配を断つ能力が高いのではなく、何かの術を発動することによって、己の気配を完全に断っていると考えられる。
その術とは恐らく
「結界術でしょうね」
結界術。
その名の通り、結界を張る術のことだが、一概に結界と言ってもその種類は余りにも無数にある、その中には内部と外部の気配を分断する結界もある。
恐らく今相手はその結界を使っているのだろう。
しかし、一花に気が付かれないように、こんな大規模な術を発動することが本当に出来るのかは謎なのだが、可能性としてはこの、結界による気配の分断、これが最も有力だ。
結界術は指定した範囲を結界で囲うものだ。どこにいるのかはわからないが、一花の動きに合わせて、様々な強力な術を使っていることから、遠くを監視するための術である、遠見術などを使っているとは考え辛く、目視によって一花の動きを把握しているのだろう。
少なくともこの部屋の中に隠れていると検討をつけた一花はこの部屋全体に風の刃を作り出し、隠れている結界を引き裂こうとしているのだ。
ちなみに余談だが、一花が使える属性は月、ただ一つだ。
つまり、この風は純粋な体術……というより剣術なのだ。
「見つけました」
部屋の隅に、空間が少し歪んでいる場所を発見した一花は、長巻を振るうのを一旦止め、長巻を天高く振り上げると、その歪みに向かって全力で振り下ろした。
長巻の刃より、今まで一花が刀から出していた、飛ぶ斬撃よりも、遥かに巨大で力強い斬撃を撃つと、その斬撃は歪みもろもろ、近くのものを斬り飛ばしてしまっていた。
「……少しやり過ぎました」
部屋の一角が、斬撃によってボロボロになってしまっているのを見て、一花は少し気まずそうな表情をしていると、すぐにいつもの真剣な無表情に戻ると、いろいろ壊したことによって巻き起こってしまった煙の中を見つめていた。
「……ふう。どうやら二人とも生きていたみたいですね」
今だに煙のせいで何があるのか目視することはできずにいたのだが、結界は斬り裂いていたため、今の一花の探知能力があれば、煙の中に誰がいるのかは手に取るようにわかるのだ。
そして、やっとのこと煙が晴れていくとそこには、氷で出来た無数の盾に囲われ、灰色の槍を手に持った少年、音無結の姿と、氷で出来たベットの上に眠っている陽菜の姿があった。
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