9ー22 消えゆく者
狭く、先が見えないほどに長い廊下を走り抜ける二つの影。
「ねえ」
その影のうち、前を走っていた者が後ろの者に声を掛けた。
「なんだ!」
前の少女と違い、後ろの少年は盛大に息を切らしながら、叫ぶように返事をした。
「……はぁー」
「ため息すんなよ!」
二人の距離は徐々に広がっていた。その事を目視するまでもなくわかっていた少女は深いため息をつくと一時、立ち止まる。
そんな少女に追い付いた少年は彼女の隣ではぁはぁとしながらも言う。
「感じた?」
「何をだよ……」
「……そう」
少女は一旦言葉を切ると、躊躇うように続きを紡ぐ。
「なんだよそれ。気になるだろ」
「……もう一人の事は覚えてる?」
「二年前にわかれたあいつか? もちろんだ」
「多分。もうすぐ会えるよ」
「そうなのか? けど、あいつには悪い事したよな」
「何したの?」
「だってお前が俺の特訓に専念してたからパーティを離れたんだろ?」
少年の言葉に少女は首を横に振る事で答えていた。
否定の答えを。
「じゃあなんで……」
「ねえ解」
「……なんだ」
少女の声色から何かを感じ取った少年の顔は、真剣なそれに変わっていた。
「もうすぐお別れだね」
「……えっ?」
ずっと前を向いていた少女はそう言うと振り返った。その顔は、珍しいほどに、わかりやすく感情を露わにしていた。
少年はハッとした。
いつも強く見えたその少女の瞳から流れている一筋の光を見て。
「あなたに名前を付けたのはこの私。空白を解除するための存在。それがあなた。だけどこれからは……うんん、本来のあなたは、真実を結ぶ者だから」
「何を言って……」
「あの子が帰ってきた。それはつまり、探し物が見つかったって事」
「何を言ってるんだよ!」
取り憑かれているかのように話し続ける少女。
それはまるで最後の別れのようで、少年の心を強く刺した。
「もう、消えるけど。また、会おうね?」
「…………わかった。いや、わからないけど、なんとなくわかった」
これはきっと別れのセリフなんだ。
少年はそれを理解した。
何があったのかはわからない。だけど、きっと、この少女は消えるのだ。
少年は彼女の体が淡く光り始めたのを見てそれを確信した。
「……待ってる。また、会おうな」
最後に笑みを見せて、少女の体は光となってその場から消えた。
「何を言ってるの? 待つのは私」
☆ ★ ☆ ★
「結の旧友?」
「そうじゃ。いや、正確には……ーーっ!?」
笑みを浮かべて何かを言おうとしていたクルミの表情がガラリと変わる。
「……ふむ。そうか」
複雑な表情を乗せてそっと目を伏せるクルミ。
「ちょっとどうしたのよ!」
「……おや? 少々雰囲気が変わりましたね」
さっきから沈黙を貫いていた六花がふとつぶやく。
「タイミングとしては最高じゃな。そうなったお主とあのままで戦うのは正直酷じゃったからな」
「私のことを圧倒しておいて良くいいますね。今だって私の冷気を直接受けてもなんともないみたいですし」
「確かにの。防御能力で言えば十分じゃったの。けどの、攻撃力が明らかに足らんかったのじゃよ。これじゃの」
そう言って手に持った大鎌を六花に見せるクルミ。
その行動に六花は不愉快そうに眉を顰める。
「私の氷をたやすく斬っておいて良くいいますね」
「冗談のつもりかの? 通常状態と今のお主では一幻操師としてのレベルが天と地の差があるじゃろう。さっきまでの妾じゃ今のお主の氷を斬るなんて芸当は出来んよ」
「そうですか。なら、試してみましょう」
そう言ってから右腕を振り上げる六花。
その動きに呼応するように彼女の頭上に氷で出来た巨大な槍が何本も現れる。
「お主らはそこでじっとしておれ」
「何をっ」
「会長! ……今は従おう」
「楓!?」
冷静さを欠いている美花に代わり、楓は今の状態を冷静に分析していた。
ここから動こうとすればどうなるのか、少なくとも無事ではいられないであろうことは簡単に推測できた。
(……万が一の時は……)
密かに覚悟を決める楓。そんな彼女の横顔を見て美花もまた何かを悟るように、おとなしくなった。
そんな二人をチラリと目の端で捉えたクルミは満足そうに頷いた。
「……行け」
六花が手を振り下ろすと同時に作られた氷の槍たちが同時にクルミに向かって発射されていた。
「……行くぞ『九実』」
「……えっ?」
クルミが小さく呟いた言葉に疑問の声を漏らす二人。
そんなことは構うことかと、変化が訪れる。
「……ほう」
それを見て小さく声を漏らす六花。
刹那。氷の槍たちがクルミへと衝突した。
衝撃によって氷が砕け散り、発生した白い水蒸気がクルミの姿を覆い隠した。
「クルミ!?」
自分たちの目の前に立ち込める水蒸気の中に視線をやりながら驚愕を浮かべる美花。
その隣楓は感情を大きく揺らすことなく、それを見詰めていた。
「会長。落ち着け」
「その通りじゃな」
水蒸気の中から声が聞こえ、六花の唇が小さく動く。三人には聞こえない音量で紡がれた言葉は「やっぱり」だった。
「『断天』」
水蒸気の中からまるで回転ノコギリのようなものが飛び出し、それはクルミを覆い隠していた水蒸気を斬るようにして散らした。
そして中から現れたクルミの手には、先端部分の無い棒が握られていた。
宙を舞っていた回転ノコギリのようなものがクルミの元に飛んでいくと、それは彼女の持つ棒の先端にぶつかり、そして本来の形を晒した。
「『九実の自在大鎌』」
槍のように鋭い先端、斧のような分厚い刃、そしてその反対側に伸びる死神の大鎌。
形としてはピック部分が凶悪な大鎌に成り代わっているハルバートのような武器がそこにあった。
「さて小娘。まだやる気かの?」
既にクルミから敵意らしきものは消えていた。
ただ笑みを浮かべてそう問うクルミ。
「……元々先に攻撃してきたのはあなたですよ」
その声には理不尽による怒りは込められていなかった。
淡々と、事実を述べる六花。
そんな六花にクルミはニヤリと口端をあげた。
「妾が怒りを覚えたのはこの者どもがお主の味方になったと勘違いしたからじゃ。そうでないのであれば何もせん」
「ほう。それはおかしな話ですね。私は彼女を、大天使、奏を刺した張本人ですよ?」
「そうじゃな」
「そしてもう一つ。何よりもおかしな事があります。どうしてあなたがこの事を知っているのですか?」
クルミは言っていた。結の旧友だと。しかし、美花と楓はその旧友という言葉が示す時間について、この三年の間の話だと思っていた。
理由は単純。クルミがさきほど呟いていた武器の名前。
この大鎌の名前は『九実の自在大鎌』高い確率で九実とクルミは知り合いなのだ。
ならばクルミが出会っているのは結ではなく、解だ。
これは無論、解=結の式が成り立たなければいけない話だが、クルミは結の名を口にしている。
ならばこの式は六花の言った仮定ではなく、事実になる。
結論として、クルミは解が本来結という人間だということは知っているものの、出会ったのは解の時代。
そして今、クルミが話しているのはそれよりも前の時間だ。
つまり、知っているわけがない。
「……黙りですか。まあいいです。あなたの正体については気になりますが、今は置いておきましょう。今優先すべきはあなたではなく、ここの破壊ですので」
そう言い終わると同時に今まで発していた冷気を目に見えない透明なものから色を持った白い蒸気に変えていた。
「六花っ!!」
白い蒸気に包まれ、その姿を消していく六花に、美花は叫ぶ。
そして蒸気が完全に彼女を覆い隠した後、蒸気が消え、そこには誰もいなかった。
「もう会う事はないでしょうね。楽しかったですよ。会長」
☆ ★ ☆ ★
次回更新日は未定です。
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