3ー3 牙を剥く花
心装には種類がある。
己の法具や武器に心力を纏わせて作り出す、心装攻式。
己の衣服や防具に心力を纏わせて作り出す、心装守式。
心装攻式は、元々攻撃力を持った、法具や武器の性能を飛躍的に上昇させ、なおかつその術者の持つ固有幻操術の一部をエンチャントさせる効力がある。
よく漫画やアニメなどである、ユニークマジックや固有技、そういったものは、選ばれた者にしか使えない、特別なもの、そんなイメージがあるが、我々幻操師にとっての固有幻操術とは、生まれ持って誰もが持っている力だ。
そしてその力を己の力として、表に発現させる手段の一つが心装だ。
心装守式は、主に攻撃力に関わる攻式に対して、防御力に関わる技術だ。
衣服や防具の性能を飛躍的に上昇させ、なおかつ術者の基本性能を上げる、補助的な効力をエンチャントする。
心装守式を発動すると、術者の身体能力や脳の回転スピード、生身での防御力、耐久力や痛みに対する耐性までもが変化する。
攻式がエンチャントした法具や武器だけの見た目を変化させるのに対して、守式は衣服や防具の見た目を変えたりする、場合によっては、元々着ている衣服の上から、心力によって出来た衣服や防具などを着ることもある。
そして今、陽菜が発現したのは、心装攻式。
両手で握り締めているところを見ると、おそらく二本の苦無を媒体に発現させたのだろう。
「……はぁはぁ」
陽菜は、苦しそうに息を切らしていた。すでに心装は、解けてしまっており、陽菜は珍しくも両手を膝につけて、苦しそうにする陽菜の両手には、苦無が一本ずつ握られていた。
「どうやら、自分の心を見つけたようですね」
「陽菜っ大丈夫かっ!!」
「……う……ん……」
心装を発現させた陽菜を見て、安心したかのように、小さく、誰も気が付かないくらいほどに、小さく微笑んだ一花は、振り下ろしていた状態のままにしていた刀を、ボックスリングに戻していた。
両手を膝にやるどころか、全身の疲労がすでに、限界を超えていたのか、その場に崩れ落ちてしまっていた。
「……陽菜……」
地面に倒れてしまう前に、陽菜の体を支えた結は、どうやら疲労のせいか、気絶してしまっている陽菜を部屋の端に寝かせると、結は部屋の中心から、己に向かって強い視線を感じていた。思わずそちらに振り返ると、そこには、ボックスリングにしまったはずの刀を取り出し、真剣な目で結を見つめる、一花の姿があった。
「音無結、前に出て構えなさい」
「ですが、陽菜が……」
結は心配そうに、傍らで眠っている陽菜の事を見つめていた。
「安心しなさい、その子は私の攻撃をちゃんと、会得した心装で防いでいましたよ。ですので今の疲労はただ、初めての心装で疲れてしまっただけですよ」
最初は誰だってそうですよっと一花は続けると、結にもう一度、中心に来るように言っていた。
陽菜の様子を見て、本当にただの過労によるものだと判断した結は、陽菜が体を冷やさないように、自分が着ていたブレザーを脱ぎ、上半身はワイシャツだけの格好になると、寝かせた陽菜の上に、やさしくブレザーをかけてあげていた。
「優しいのですね」
「……そうでもないです」
一花の言葉に、頬をかきながら少し照れた風に誤魔化した結は、自分の両手首を確認するようにいじると、中心目指して進んでいた。ちょうど部屋の中心、一花とは約十メートル程度、離れた位置で立ち止まると、結は一花の観察を始めた。
(一見、ただ突っ立ってるだけに見える。でも、これっぽっちも隙が見つからない。正直、ジャンクション無しじゃ相手にすら、ならないほどの強者。まだコントロールが出来ない、四人の女神、四つ目の力、ルウさえ使えれば……)
「その通りです」
「っ!?」
まるで、心を見通しているかのように、話した一花に対して、一瞬恐怖を覚えた結は、頭を振り、その考えを捨て去ると、一花を睨んだ。
「あなたがまだコントロールできないその力、ここでコントロールしてもらいます。それでは行きます」
一花は言い終わると同時に、全身から結に向かってとても鋭く、冷たい、死そのものを向けられているように感じる殺気が飛んできていた。
「ぐっ!!」
その殺気に、体が一瞬、硬直してしまった瞬間、一花は地面を蹴り、その場から移動……いや消えた。
「っ!?後ろっ!!」
結は後ろから気配を感じ、反射的に正面に転がるようにして、移動すると、そこには刀を振り切った姿勢でいる一花の姿があった。
(あの一瞬で、後ろに回り込んだのか……やばいな、今避けられたのはほとんどが運だ。次は避けられない……ノーマルモードじゃ、まず無理だな)
結が割と冷静に、今の状況を分析している中、一花は再びその場から消えた。
(次はどこだ?)
消えた一花を探すため、見回すのでは無理だと判断した結は、気配で一花の居場所を掴もうとするが
「ジャンクション無しで、私とまともに戦えるとでも?」
「っ!?」
一花の声が後ろから聞こえた瞬間、結は振り向く事も、いや……指一つ動かすことも出来ずに、遥か後方へと蹴り飛ばされてしまっていた。
「くそっ」
結は吹き飛ばされながらも、両手の掌を合わせるとジャンクションを発動した。
「やっと発動しましたか……ですがそれでは……その程度では、私には勝てませんよ?」
結は二丁拳銃を取り出すと、火速を使い体制を整えつつ、一花に向かって飛ぶと、火速弾の推進力を利用した肘打ちを一花に放った。
「それは確か、ジャンクション=カナでしたか?……二丁拳銃を使った超高速移動と銃撃による連続攻撃、ヒット&アウェーを基本とした、一方的な猛攻。ですがそれは移動スピードが相手より上回っていることを前提にしているもの、残念ですがスピードは私が上ですよ?」
一花は結の肘打ちを完全に見切り、刀を握っていない、左手を引いて、衝撃を受け流しながら掴むと結にそうアドバイスをしていた。
「……それなら」
結はもう一方の銃で、自分の肘を掴んでいる一花の腕を撃つと、それを避けるために一花が腕を動かすと、その動きを利用してその拘束から抜け出すと、火速を使い、距離を取りながら、二丁拳銃をしまうと、再び両手の掌を合わせジャンクションを発動していた。
結は次のジャンクションを発動し終えると、地面に着地した瞬間、地面を全力で蹴り、一花に向かって飛ぶと二本の剣を発現させていた。
「二刀流ですか……面白い」
「はっ!!」
結は二本の剣を、同時に一花に向かって振るった。
一花は冷静に刀でそれを防御すると、結の剣の上を滑らせるかの様に振るうと、結は両足を振り上げ、一花の刀を挟むようして防ぐと、結は空いた双剣で一花に向かって突きを行った。
「なるほど……双剣を使った近距離戦術、確かジャンクションの中にありましたね。名前は……ルナ……でしたか?」
一花は左手を刀から離すと、サッと自分の刀を掴む、結の足に手を重ねると幻操術を発動した。
一花が術を発動すると、同時に結の足が一花の刀から、滑るかのように離れていた。
結の足が離れた途端、一花は見事な身のこなしで距離を取ると、結のことを冷静に分析していた。
「全く、さっきから分析ばっかり、嫌になっちゃうよっ!!」
結はすぐさま一花との距離を詰めると右剣を振るった。
一花がそれを避けると、振るった時に生まれる遠心力を生かし、そのまま蹴りに移るが一花はそれさえも躱していた。
「たっ!!」
結はまだだっと言わんばかりに、左剣も振るうと、蹴りを避けた際に体が後方に逸らしていたため、それを避ける事が出来ないと判断した一花は、刀でそれを防御すると、綺麗な剣捌きで結の剣を弾きつつ、結に攻撃をすると、今度は結のほうが身を逸らして避けていた。
一花は避けられたのがなんだっと言わんばかりに連続で、結に斬りかかると、このままではまずいと判断した結はわざと、連続で降るられる一花の刀に、自分の剣を正面からぶつけると、その衝撃を使い、一花の連続攻撃を止めていた。
一瞬だが止まってしまったことによって、生まれたその隙を逃す結ではなく、もう一方の剣を一花に向かって振り下ろしていた。
「ふう、今のは危なかったですね」
「うわー、よく言うよ。涼しい顔しちゃってさぁー」
結の一撃を、後ろに飛んで避けた一花は、汗一つかかないまま、そう言っていた。
その姿を見た結は呆れた顔で一花を見つめていた。
「ポーカーフェイスも戦術の一つですよ?」
戦いとは単純な実力の差だけじゃない、相手の動きを読む力も必要となっていく、ポーカーフェイスによってこちらの情報を相手に見せない、そうすることによって、相手がこちらの動きを読むのを防ぐのだ。
「へぇー、そうですねぇ」
結は一花に、嫌味っぽく言うと、一花は小さく微笑んでいた。
「ジャンクション=カナ、中々素晴らしい実力を持っているようですが、所詮は剣しか使えない状態。遠距離から攻められたらどうします?」
「っ!?」
結は急いで一花との距離を詰めようとするが、一花は距離を詰めさせないように移動すると、刀を左手一本で持ち直し、右手を結に向けた。
『氷操二番、氷弾=速射』
「にゅっ!?」
一花は距離を取りながら、氷で出来た直径十センチという、弾丸にしては明らかに大き過ぎる弾を、何発も連射していた。
結は氷の弾丸達を双剣で、時には避けたり、時には斬り裂いたりして対処しながら、距離を詰めようとするが、スピードは正直な話、一花のほうが上だ。結果、距離は詰まるどころかどんどんと引き離されてしまっていた。
「あぁー、もうっ。焦れったいなっ!!」
結は全力で地面を蹴り、一花に向かってではなく、真横に飛ぶ事によって、氷の弾幕から一時的に抜け出すと、その僅かな時間を使い、両手を合わせて、再びジャンクションを発動した。
「いくぞっ!!『衝月』」
結は、両足で衝月を発動すると、その強力な衝撃力と糸によって強化された、ルナを遥かに凌ぐ膂力を使い、ルナのスピードを遥かに超えた速力で、一花に向かった結は、突然、結のスピードが上がったことによって珍しく、そのポーカーフェイスを驚きに変えている一花に、全力で拳を振るった。
「ルナを超えた身のこなし、そしてその膂力、身体能力の上昇と体術強化による、ルナ以上に超近距離戦に向いた形態。ジャンクション=サキ……でしたか?」
「おい、さっきから思っていたが、なぜその事を知っていやがる?」
「……さぁ?何故でしょうか?」
一花は思わせぶりにそう言うと、今度は一花のほうから、結に向かって行っていた。
「ふっ!!」
「ちっ!!」
一花は今までよりも、遥かに上のスピードで結に向かって斬りかかるが、結は糸を使って前方に盾を作り出しその刃を防ぐと、そのまま盾で一花の刀を覆うようにして受け止めると、結は即座に一花に横から攻撃をした。
一花は左手を刀から離し、術を発動すると、一花の掌から結がやったように、氷の盾が生まれ、結の拳を防いだ。
「だからなんだよっ!!」
結は拳を振るった時の勢いが、なくなっていないのを利用して、その勢いをそのまま蹴りに移すと、一花は盾をもう一枚作り出し、蹴りも防いでいた。
「次、行きますよ?『氷操二番、氷盾針』」
「ちっ!!」
一花は、自分が発生させた、結の拳と足が接している、二枚の氷の盾の表面から、針のような突起を作り出し、結の手足に風穴を開けようとするが、結は少し掠ってしまったが、即座に手足をどけて、致命的なダメージだけは避けていた。
「なるほど、反応速度は中々のようですね……ですが」
一花はそこで一旦、言葉を切ると、部屋の隅で眠っている、陽菜を横目で見ていた。
「なぜ、陽菜を見る?」
思わず、問いかけてしまった結に対して、一花は視線を戻すと、その表情を微かに変えていた。
「なぜ、あの子を見るかですか……」
「なにが可笑しい」
一花が結に視線を戻した時、確かにその顔は微かにだが、笑っていた。不審に思う結に対して、一花はさらなる言葉を繋いでいた。
「音無結、確かにあなたは強い、ですがそれではまだまだ、H•Gから双花を助け出すなんて不可能です。もっと上の力が必要ですね。……やはり、コントロールしてもらうしか無いようですね」
「なっ!?」
一花は目を閉じながらそう言った後、目を開けた一花の目は、とても、とても冷たい目をしていた。
いつものポーカーフェイスの冷静な瞳じゃない、冷たい、殺気を秘めた瞳。
結はその瞳に、思わず仰け反ってしまっていた。
「あなたの能力は他者の、特に親しい人間の命に危機が及んだ時に、一段階も、二段階も成長するらしいですね」
「な、なにが言いたい?」
「……いっそ、その子をここで……」
最初の一花とはまるで違う雰囲気を纏った一花に恐怖を覚えつつも、どうにか言葉にした結に対して、一花は結にとって信じられない事を言った。
「……殺しましょうか?」
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