9ー17 幻術師
式に囲まれた廊下を進むこと数分。ペースを落としたからなのか、二人の息は元に戻っていた。
六花と出会ったあのホールからずっと続いていた長い長い廊下も終わり、二人は次なる部屋に辿りついていた。
「どうやら一階の一番奥まで来たようね」
「ああ。けど、上にいく階段とか無かったよな?」
「そうね。……九実たちの方はどうなってるのかしら?」
「九実たちの場所、探知してみるか?」
「ええ。お願い」
「ん」
楓は探知タイプとしての才能も高いのだが、まだ九実と知り合ってからの期間が短いため探知をしている間は目をつぶり、隙だらけだ。
探知タイプと言えるような広範囲は無理だが、戦士としての感覚なのだろうか、美花だって狭い範囲でなら気配を捉えることが出来る。
気付ければ行動に移すのに十分間に合うレベルの範囲なので大丈夫だとは思うが、念のために目視でも周囲に意識を拡散させていた。
「……あれ?」
若干の不吉を含んだ疑問の声。
美花の顔が音の発信源である楓に向かった。
「……どうしたの?」
不吉を感じ取り、美花の顔には不安の色が見えた。
そんな美花に楓はゆっくり目を開けると落ち着いた声で言う。
「二人の気配が消えた」
☆ ★ ☆ ★
「ちょっと! どういうことよ!」
「わからない……」
冷静さを失い。感情のままに叫んでいる美花に楓は動揺を潜ませて言う。
たとえ気配を抑えていたとしても、たとえ探知の慣れていない九実たちの気配だとしても、完全に隠すことなど、完全に感じないだなんてことはありえない。
不可能だ。
それはつまり、
「……二人は……消滅したってことになる……」
「ーーっ!」
六花の言葉を完全に信じたわけじゃない。
しかし、彼にあいつの面影を見たのは事実だ。
やっと会えたのかもしれない。
たとえ記憶が無くなってしまっているとしても、戻るかもしれない。
そう思っていた矢先だった。
あいつだったかもしれない彼が、解が消滅した。
一緒にいた九実と共に。
九実と実力は凄まじい。それは見ればわかる。感じ取れた。
その九実もやられる?
九実ほどの実力者を消せることが出来る存在。そんなもの、二人には一人しか思いつかなかった。
「会長。探すぞ」
「ええ。探すわよ。六花を」
九実みたいな実力の底が見えない者を倒せる者なんて、同じく底の見えない六花ぐらいだ。
足の向きを一八○度変え、走り出そうとした瞬間。
正面から轟音が響き渡った。
「爆発か!?」
「な、なによ!」
美花が目を丸くしている中、真正面にあったこの部屋に続くたった一つの出入り口。つまり、この部屋から出るための唯一の道が瓦礫によってふさがれてしまっていた。
二人はまず困惑した。しかしすぐに意識を切れ変え、周囲への警戒を高めていた。
「会長……」
「ええ。わかってるわ」
この遺跡はなかなか古そうだ。劣化によって脆い入り口部分が崩れることもありえるだろう。しかし、この崩壊は決して自然なものではない。
二人は確かに聞いていた。轟音を。そして、爆発音を。
「おやおや。なかなかに頭の良い子たちのようだ」
「なにそれ、ムカつくんだが?」
発信源の見えない声を聞き、美花は周囲を見渡すが、楓はとある一点に迷いなく焦点を合わせていた。
そんな楓に気付き、美花もそちらを向く。
「……ほう。僕の幻術を見破りますか」
まるで空間が割れていくかのようにして二人の見つめていた先の光景が割れていく。
そこに立っていたのは一人の男。
顔立ちからして男だとはっきりとわかる。しかし、遠くから、シルエットだけを見れば女と同じだ。
なんせ、その頭から伸びる長い、長い髪。
女性であろうと早々ないであろう長さの髪を持った男。
その手の握られているのは逆端部が鋭くなっている杖のようなもの。正端部は球状になっており、キラキラときらめき続けている宝石が埋め込まれていた。
「……宝石……法具ね」
「ええ。その通りです。これが僕の法具、名は特にありません。そうですね。あえて呼称を付けるのであれば、『幻想紡ぎ』ですかね?」
やけに丁寧な口調をした男。しかし、その顔に絶えず浮かぶのは紳士的なそれではなく、嘲笑のそれ。
美花たちを見下している。そんな目だった。
「僕の幻術を見破ったことは褒めてあげましょう。ですが、所詮はレベル一。これでどうです?」
男はそう言うと鋭くなっている側でトンっと地面を打つ。
その瞬間。地面が崩れた。
「ーーなっ!」
崩壊する地面。いや、それだけではない。壁も天井も、すべてが同時に、この遺跡そのものが崩壊をはじめていた。
動揺している美花の隣。楓は冷静な目で男を見ていた。
楓は男から視線を外すと、突然。
美花を殴り飛ばす。
「ちょっと楓! 何するのよ!」
あまりにも突然なそれに反応できず、美花は殴られた頬を手で抑えてつつ、涙目で訴える。
そんな美花に楓は冷たい視線を向ける。
(まさか操られてる!?)
他人の意識を操作するような幻操術は確かに存在している。
さっき楓と男は目が合っていた。この男のこの余裕っぷり。まさかこいつは得ているのか? 眼式を。
だとすれば目が合うだけで対象者を自身の操り人形にするような術もありえてしまう。
(楓が敵となると厄介ね)
美花は自覚している。楓は己よりも強いと。
その楓が敵になってしまったのだ。動揺と、そしてそれ以上に美花は焦っていた。
「安心しろ会長。あたしはあたしだ」
小さく笑った後、冷たい眼差しを美花にではなく、男に向ける楓。
その様子に美花はホッと息を吐いた後、責めるように頬を膨らませた。
「なんか言う前に周りを見ろ」
「え?」
楓に言われ、美花は視線を周囲に回した。そしてハッとする。
楓のことで頭がいっぱいになって気付かなかったが、光景が元に戻っている。
「こいつ。本来の意味での幻操師だ」
「……幻覚師……」
幻理のある領域や世界であれば実際にエネルギーが発生し、魔法となんら変わりのない幻操術とは違い、ここでも幻覚のままであり続けるもの。
幻操ではなく、純粋な幻覚。
厄介だ。
楓は小さくそう呟いた。
幻理という名の法則がある幻操術と違い、幻覚、幻術は術者の想像をそのまま構築するものだ。
言い換えれば、なんでも出来る。
ただ一つ欠点があるとすれば、実体がないという点なのだが、幻術に掛かってしまえばさっき楓がやったようにリアルの感覚を叩きつけたりしない限り、五感のコントロール権を奪われてしまうのだ。
攻撃の手段は無限と言ってもいい。
幻理のあるこの世界で幻術。
最悪最強と言ってもいい力だ。
「フフフ。どうやら理解したようですね。あなた方幻操師など、ロマンを追うために力を弱めた愚かな者たちだ。実体など、生物相手に戦う場合に必要ない」
実際はそうでなくとも、脳がそうなったと認識してしまえばそれで終わりだ。
自身が死んでしまったと認識すれば本当に命はついえる。それが認識によって生きている生物というものだ。
だが、幻術にだって弱点はある。
二人は顔を見合わせると、同時に走り出した。
「ほう。近接戦闘ですか。確かに良い手ですね。ですが」
美花の剣と男の杖が鍔迫り合いを始める。その一瞬の間に楓はサイドから氷によって作り出した刀を振り下ろす。
危なげもなく、男はそれを余裕の笑みまで浮かばて避けると、美花の剣を振り払い、再び地面をトンっと叩く。
「地獄の炎に燃えなさい」
刹那。
二人の足元から真紅に染まった熱が噴水の如く湧き上がる。
紅に染まり、二人の姿は完全に消えた。
その光景に男はニヤリと笑みを浮かべる。
炎に全身を包まれているのだ。たとえそこに実体がなくともこのリアリティー。脳は確実に本物の炎に燃えたとして認識するだろう。
幻理のあるこの世界ではそういう認識は実際に体に影響を与える。
つまり、認識だけで本当に火傷するのだ。怪我をするのだ、
ありとあらゆる面で幻操術を超えている。だから男は自身の上位を、有利を信じて疑っていなかった。
「フフフ。終わりです。随分と呆気ないものでしたね」
ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら勝利の美酒に浸る男。
「なわけないじゃん」
「ーーっ!?」
突如炎の中から伸びてきた氷の腕に男は驚いたように飛び引いた。
「頭が、つまり脳がそう認識するから実際にそうなる。それが幻術の原理だ」
「だったらその認識そのものが成立しないようにすればいい。ただ、それだけの事なのよ」
二人の声が聞こえると同時に二つの火柱はその姿を一瞬で消していた。
男の出した火柱の中にあるのは、全てが透明の氷の覆われた黒髪の少女と、消えた炎をはるかに上回る熱を周囲に発する少女がいた。
「まともに食らったらやばかったかもな。けど、氷を纏って熱をなくせば意味はない」
「それ以上の炎を先に纏っていれば意味はないわ」
「幻術の弱点を教えてやろうか?」
ピキピキと氷の鎧を剥がし落としながら、楓は動揺をあらわにしている男に言う。
「幻術によってダメージを与えるには高いリアリティーが必要だ。しかし、リアリティーが高過ぎるが故に術者の想像力を超えた力を発揮することが出来ない」
「その身体で受けたこともないような力を正確に、完璧に、極限まで高めて使うことは出来ないわ」
「雑魚になら効くだろうな。けど、あたしたち相手にはあんたじゃ力、いや想像力不足だ」
楓と美花は同時に走り出すと驚愕の顔で固まっている、名もなき男を叩き斬った。
次回は8月21日です。
また、今後は奇数日あらため、三倍数の日の更新とさせていただきます。
多く休載してしまったというのに、誠に申し訳ありません。




