9ー11 ミッションスタート
あまりにも唐突な楓の言葉に疑問の声が重なった。
「……ちょ、楓、どういうことよ」
驚きのあまり、硬直していた者たちの中で最初に再起動を果たした美花が問う。
「ギルドで聞いたんだ。九実たちが受けてたクエストの内容」
楓の言葉に九実は静かに頷き、解は小さく「あっ」と声を漏らした。
「あーなる。そういうことか」
「てことで教えてくれないか? ここ最近。この近くに潜伏している奴隷商人の居場所をさ」
奴隷商人。
その言葉に緊張が走った。
そうだ。この世界には、【幻理世界】には確かに存在している者。それが奴隷商人。そして奴隷商人があるのであれば、当然、奴隷という存在もいる。
この世界で行方不明と聞いた時、一番最初に思い浮かべるのはイーターに襲われたということ。
だが、もしもその行方不明が女。特に美しい少女であった場合。それと同等の確率で浮かび上がる可能性。
それこそが、奴隷商人に捕まったということ。
「ちょっと待ちなさいよ楓」
「……なんだよ」
「確かにこっちには向こうと違って奴隷商人も奴隷もいるわ。だけどーー」
「確かに会長の言う通りこっちでいう奴隷は向こうで想像されるようなものじゃない。名称は奴隷だが、実際には住み込みの使用人のようなもの」
「そうよ。ちゃんとした契約の元、保護されているわ。それに奴隷の理由の大半は契約金の支払い不可によるもの。あたしたち幻操師なら治療費とかで破産して数週間奴隷になる子もいるけど、そうじゃない一般人じゃそうそうなるものじゃないわ」
「会長。それ、本気で言ってるのか?」
「えっ……?」
美花の言葉に楓の目がギラリと光った。
「良く考えろ。もしも今あたしが九実から聞こえとしているのが合法的なものだったとしたら、そもそもなんで九実たち幻操師が動いてんだ?」
「それは……ーーっ!」
「気付いたか? 今は話してるのは契約の基づいた合法奴隷の話じゃない。無理やり捕らえられて、無理やり奴隷に堕とされた、非合法奴隷の話だ」
「くっ……」
楓の言葉に強く歯を噛みしめる美花。
当然だ。美花の家系。神崎は始神家の一つだ。
そして、その始神家とは本来この世界、ここ刀和国の三大大貴族なのだ。
美花にとってこの話は自分の国の管理不足という本来認めたくないような事実なのだ。
「お姉ちゃんが……奴隷?」
実の姉が奴隷に、それも本来での意味で奴隷のようにされているかもしれないという事実に咲夜は固まった。
そんな咲夜を優しく抱き締める解。
「……九実」
そんな咲夜に悲しそうな視線を向けていた解はちらりと目をやり、その少女の名をつぶやく。
「……わかった。教える」
小さく息を吐いた後、九実はその話を始めた。
「確かにあたしたちは最近このあたりで動いている奴隷商人。それも非合法奴隷商人を追っている」
ちらりと視線を解に向ける九実。
九実の視線を受け、答えるように頷いた解が話を受け継いだ。
「だが、今のところはまだ手掛かりがないって状況だ」
「そうなのか?」
「ああ。しかも証拠すらない」
「……証拠? ならもしかして」
「ああ。一応はな。けど、本当にそいつらだっていう確証はない」
「……そういうのを手掛かりって言うんじゃないか?」
「ん? それもそうだな」
あははっと軽く笑う解。そんな彼にジト目を向けていた楓は息を吐くと顔をあげる。
「とりあえずは証拠探しからだな」
「まあ、そうなるわね」
犯人らしき者を特定しているとは言っても証拠が無ければ突入することもできない。解の言葉に小さく返す美花。じれったいけど、仕方がないのだ。
「何を言ってるの?」
「だな」
「「えっ?」」
まだ時間が掛かるという事実に空気が暗くなるが、二人の声によってハッとする。
「楓? 九実?」
「なあ会長。良く考えろ」
「な、なによ」
いつもと比べ、真剣さと鋭さを増して向けられる楓の眼差しに動揺する美花。
「咲夜の気持ちを」
「……ーーっ!」
「証拠が無いから突入出来ない? まるで警察みたいな事言うんだな。まあ確かに、会長は、美花はこっちじゃ下手に動けないだろうな。けど、あたしは違う。確かに今回証拠がない中突入するのは万が一や世間体を考えればよろしくないだろう。だから美花、お前は参加するな」
「ーーっ!」
美花は神崎、始神家の者だ。この国を代表する家系の長女がこの国と法を乱すわけにはいかない。
だから、楓のそれは冷たさではなく、優しさだ。
だが、
「……なめないでよ楓」
「…………」
「あたしは美花よ? 家なんて関係ない。いいわ。あたしも参加する」
「本当にいいのか?」
「ええ。国民の笑顔を守れなくて何が始神家よ」
二人の会話に密かに目を見開いている解と九実。
聞きたいことはあるのだろう。思ったことはあるのだろう。しかし今はその時ではないとし、何もきかない二人。
そんな二人がわかり、美花は静かに笑みを浮かべた。
「それで? 動くのはいつがいいのかしら九実」
「……あたしが決めるの?」
「当然でしょ? 敵のことを調べてた九実たちのどっちかをリーダーにするべき。あたしは解よりも九実に頼みたいと思ってるわ」
とてつもなくわかりにくいが、驚いているような気もする表情を浮かべている九実に美花はまっすぐとしな眼差しを向ける。
隣で「おい、それどういう意味だよ!」という雑音が聞こえるがそんなの無視だ無視。
「……そう。そこまで言われたら仕方がない。わかった」
「サンキュー。助かる」
ニッとした笑みを浮かべる楓に九実は小さく、だけどはっきり耳に届くせせらぎのような綺麗な声で話し始めた。
「決行は夜の方がいい」
「闇に乗じるってこと?」
「そう。それにそっちの方が彼女の存在がバレる可能性が減る」
そう言って九実が指差したのは美花。
無表情だけど、その顔に優しさを感じた美花はそっと微笑んだ。
「そう。ありがとう」
「……後から面倒になるのがいやなだけ」
「ふふ。それでもよ」
☆ ★ ☆ ★
そして夜になった。
今回の襲撃に参加するのは楓、美花、九実、解の四人。桜は咲夜と一緒にお留守番だ。
そう決まった時にはいろいろと文句を言っていた桜だったが、美花が一言。
「咲夜ちゃんに寂しい思いさせるつもりかのかしら?」
と一文を言うと即座に敬礼を取っていた。
四人の服装はできるだけ身元がばれないようにするために、大きめの黒いロングコートを纏っていた。
ついで大きなフードで顔が見えないように深くかぶっていた。
既に九実たちが調べてた標的の住む屋敷の裏にある林に身を潜めながら、四人は突入のタイミングを計っていた。
既にここからは不用意な音を出さない方が良しという九実の考えにより、ある程度のオリジナル手話を共有していた四人は今回の作戦のリーダーである九実の突撃命令を待っていた。
きっかけがなんだったのかは一人前に出ている九実以外の者にはわらない。しかし、九実が後ろで控えている三人で合図を出した瞬間、本人を合わせて四人は一切の迷いもなく、屋敷の中に潜入した。
『音。無し。開けて』
林から出て窓の下に潜む四人。九実が手話で三つの単語を送ると静かに頷き、手話を向けられた美花が窓枠に手を当てる。
(……会長。本当に炎の扱い方がうまくなったな)
指先に炎を集中させ、レーザーのようにして音もなく窓枠を熱で溶かす美花を見て、楓は密かに感心していた。
威力は凄まじいがコントロールが難しい炎の力。
大抵ならばコントロールを捨て、圧倒的な物量、火力で攻めたてるものなのだが、まるで火属性でやるかのような細かいコントロールを見せる美花の技術は凄まじい。
美花が切っている間、支えがなくなって中身が落ちないように自身の指を当て、氷によって繋げていた楓は窓枠の外周が完全に外れると、氷を吸盤のようにして中身を近くにそっと置いた。
ここから先はスピード勝負だ。
あらかじめ教えられている情報によればこの屋敷の中には複数人の見回りがいるはず。
今やるべきことはいるかもしれない咲夜の姉の救出。または証拠の発見だ。
そのどちらかを達成してしまえば後はこちらの存在がばれても問題ない。
仮にそれで捕まえた娘たちを盾にきて逃げようとしても、四人のスピードならば抵抗させることもなく終わる。そう、確信しているからだ。
今重要なのはそのどちらをこちらの進入がバレる前に果たすことだ。
窓が外れ、中に入るための穴が出来ると同時に四人は中に入った。
ここの屋敷は中々に広い。
そのため、せっかくこっちは四人もいるのだ。固まって移動していてはもったいない。
実力的にはここにいる誰かに勝つことの出来るような奴が敵側にいるとは思えない。数の利があろうと、一人でも問題ないだろう。
しかし、これはゲームではない。現実なのだ。つまり失敗は許されない。
相手は非合法の奴隷商人。
捕まればどうなるかは火を見るよりも明らかだ。
解はわからないが、他の三人は十人中十人が認めるような美少女。
奴隷として出荷されるであろうこと容易に想像できる。
だからこそ念には念ということで、二人ずつに分かれていた。
丁度進入した場所は廊下だ。
手話で相談することもなく、アイコンタクトであらかじめ決めていたチームでそれぞれどっちに行くかを決める。
こうして咲夜の姉の救出劇は始まったのだった。
次回は8月3日です。




