3ー2 心装
「修行?……まさか一花様直々ですか?」
実力が足りないのなら修行する。
とてもシンプルでわかりやすい解決方法だ。しかしその、相手に問題がある、例えるなら、学校の部活などで行われる、大会のために、その競技で世界大会などで上位の成績を誇る人間を呼ぶようなもの。
喧嘩のために武術の達人から武術を習うようなものだ。
つまり、どういうことかというと
「……マスターランクと修行……死なないかな……」
修行のレベルが違い過ぎて死の予感までしてしまうということだ。
桜は内心、修行に行う五人の中に、自分の名前が無いことを喜んでいた。
とはいえ、桜だってこの数日間、お世話になった双花の事が心配なのだが、このメンバーを見て、自分の出る幕なんてないと思い、悔しいことだが双花のことは五人に任せ、自分は結、六花、陽菜の三人が帰るべき場所である、F•Gの守備に専念することにしていた。
「……帰りたい……」
一花との修行という言葉を聞いて、五人の中で最も動揺していたのは、双花を助けたいと一花に啖呵を切った男、結だった。
「……結、怖がり過ぎじゃないですか?」
結の異常ほどの怖がり具合に、思わず溜め息をついてしまう六花だったが、それは結にとっては仕方が無い事だった。
結はその昔、F•Gマスター夜月賢一に鍛えてもらった事があるのだが、賢一は一言で言えば、それはもう凄まじいスパルタだったのだ。
その厳しさは、まさにトラウマもので、現に結にとって夜月家との修行は恐怖の結晶なのだ。
「音無結は、夫と修行をしたことがあるのでしたね。その時の修行とはまた違うものです。正確に言えばあなた方五人には、『心装』の習得、及びその鍛錬をしていただきます」
心装。
それは幻操師にとって、一種の境地だ。
幻操術とは、我々幻操師の持っている幻力を元に発動する、思いを具現化する術なのだ。
なら、その幻力は一体どこから来るのか?
その答えは二つ。
一つは、その術師の心から生まれている。
心から生まれる力、信じる力、思いやる力、そういった感情から生まれる力の一部だ。
その力は大小様々な粒の集合体であり、石油から様々なものをとりだすかのように、網目状のゲートを通ることによってその大きさによって分けられていくのだが、幻力とはその中でも最も粒子の小さい力のことだ。
粒子の粒が大きければ大きいほど、その中に秘められている力は、量も純度も桁違いに良くなっていく、しかしそれと同時に扱うのが難しくなってしまう。
例えるなら、ナイフや刀などより二メートルにも及ぶ、大剣のほうが一撃の威力は遥かに高いだろう。
しかしどちらが使いやすいかと問われれば、それはほぼ確実にナイフや刀だと思うだろう。
つまり幻力というのは、多くの種類がある心力の中でも、最も弱く、量も純度も低いが、とても扱いやすい力なのだ。
そして幻力のもう一つの発生源は、この幻理領域そのものとも言える。
幻操術、幻域の発展技である幻理領域は、その空間を作り出している術師の多量の幻力によって作られている。つまりこの空間には多くの幻力が、まるで空気中に酸素があるかのように、この空気中に幻力が漂っているのだ。
結果、この幻理領域にいるだけで少しずつだが、幻力が回復して行くのだ。
さて、話を元に戻そうか。
粒子の大きさで力の名を変えている訳なのだが、幻力の次の粒子が小さいものの事を『心力』と呼ぶ。
しかし、二番目に扱いやすいこの力でさえも、そのコントロールは至難の技だ。
そしてこの心力を少しでも扱いやすくするために、ある技術が生まれた。それこそが心装だ。
己の心をその者の持つ法具や、その衣服などに纏わせることによって、心力を扱うための専用の法具、心操法具を作り出す技術、それが心装だ。
「この心装は、元々Sランク以上の者対象に作られたものです。なぜならこの心装は一つ間違えれば術師だけではなく、その周囲までを巻き込んだ暴走を起こしてしまいます。Sランクである方は、すでに心装を覚えていると思いますが、音無結と宝院陽菜のお二人はまだですね?」
実際に結は火燐と戦った時に、火燐の心装、火輪刃をその身に受け、その強さを知っている。
Sランクである六花や、守護者である春姫の心装はまだ見たことがないが、二人とも火燐と同じ様に凄まじい威力のものを持っているのだろう。
「お二人には、まず心装を習得していただきます。その間、すでに心装を扱える三人は、それぞれ心装の鍛錬をしていて下さい」
すでに覚えている人に他者教える事の出来る事なんてありませんので、っと残すと、火燐に訓練室を一つ借りるとだけ言い、結と陽菜の二人を連れて、訓練室へと向かっていた。
「さて、まずは宝院陽菜から教えましょう」
一花はまず、陽菜と二人で訓練室の中心まで歩くと、指輪型ボックスリングから一本の刀を取り出すと、陽菜に自分の法具を構えるように言った。
「教えるとは言っても、実際の話、手取り足取り教える事ができるようなものではありません。心装とは心から力が欲しい思った時に発現しやすいのです。つまり力が無ければ死んでしまう、そういう状況にこれからあなたを追い込みます。ですので、本当に死んでしまう前に心装を発現させて下さいね?」
一花はそこまで一気に喋ると、陽菜に向かって、本物の、本気の殺意を向けていた。
「っ!?」
一閃。
陽菜が一花から向けられるその、禍々しい殺気に、思わず怯んでしまった瞬間、一閃は手に持った刀をその場で一閃した。
「斬撃が……飛んだ?」
一花がやった離れ技に思わず驚いてしまう結に対して、結と違いその対象となっていた陽菜の中にある感情、それ死への恐怖だった。
飛んだ斬撃は陽菜には当たらず、陽菜には掠っただけで後ろの壁を切断していた。
「わかりましたか?次は当てます」
「っ!?」
(……本気で私を殺しにきている……)
陽菜は感じていた。
冗談なんかではない、もし陽菜が心装を発現させる事が出来なければ、ここで……殺されてしまうことを。
「行きます」
一花は静かに呟くと、走ることは無く、自然体のまま一歩、また一歩っと静かにしかし確実に陽菜との距離を詰めていた。
陽菜は苦無を二本取り出すと、それぞれの手で逆手に構えると、一花にいつ攻撃されても大丈夫なように周りに対する警戒心を引き上げていた。
警戒心を引き上げている陽菜を見て、一花は小さく溜め息をつくと、手に持った刀を上段に構えると刹那、陽菜に向かって振り下ろしていた。
二人の距離はまだ刀が届くような距離ではない。
しかし、陽菜は一花のその行動を確認すると同時に、横に体を投げ出していた。
「……くっ!!」
一花の斬撃は飛ぶ。
最初の一撃によってそれを知っていた陽菜はすぐに体を投げ出していたのだか、一花の一閃は余りにも早く、陽菜はそれを避け切ることができずに左手を切り裂かれてしまっていた。
「陽菜っ!!」
「動かないで、音無結。ここで動けばそれは陽菜に対する侮辱にもなりますよ」
陽菜が切り裂かれて、思わず飛びたしそうになる結を一花は静かに止めると、再び刀を上段に構えていた。
一花の構えの先には、体を投げ出したことによって地に伏す、陽菜の姿があった。
「陽菜っ避けろっ!!」
「……っ!?」
「さようなら」
一花は静かに目を瞑り、刀を振り下ろすと、また強烈な斬撃が陽菜に向かって飛んでいった。
「陽菜っ!!」
倒れていた陽菜は、結の声を聞き、行動しようとするが、結局間に合わずに一花の放った斬撃を直撃してしまっていた。
土埃が広がり陽菜の姿が隠れてしまうと、一花は無表情だったその顔を微かに微笑みに変えていた。
「なぜ笑っているんですかっ!!」
一花のその姿を見て、思わず激怒してしまう結からは多量の幻力が溢だし、その目には殺意の色が映っていた。
「音無結、彼女を信じてあげなさい」
「え?」
一花の予想外の言葉に、思わず陽菜の方を振り返る結だったが、そこからは確かに陽菜の力を感じる事ができた。
いや、それだけじゃない。
「……陽菜から発せられる力が増してる?」
結が呟くと同時に、陽菜を覆っていた土埃から突然、激しい雷撃が溢れ出していた。
雷撃によって土埃が払われ、その中から現れたのは、ボロボロになりながらも、まるで雷によって出来た刀身を持つ忍者刀を両手で握る、陽菜の姿があった。
『心装攻式、雷忍苦無刀』
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