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9ー10 疑い……?


「ただいま」


 軽く片手をあげて戻ってきた解に、九実は労わりの言葉を、


「打撃が甘い」


 否。辛辣な言葉を掛けていた。


「……すみません」


 元々労ってもらえるとは思っていなかったのだろう。解の表情に落ち込みらしきものは見えない。


「どうしてトンファーを与えたのかわかってる?」

「わかってるよ」


 いきなり説教を始めた九実に、解の表情が曇る。


「解は貧弱。純粋な攻撃力は低い。だからそれを補うために技術さえあれば他の武器とは違う可能性を持っているそれを持たせている。今のはただの突きじゃなくて、回転させて遠心力を加えるべきだった。そうすればちゃんと貫けたでしょ?」

「いやいやいやいや。貫いちゃだめだから。むしろわかってたからやらなかったんだからな!?」

「……だめ? どうして?」

「常識的に考えろ!」

「常識って何? 食べられるの?」

「お前はいつから空腹キャラになったんだ!」

「……三期から?」

「遅いな!」

「……何やってるの。あの二人……」


 妙なコントを始めた二人を見てふんだんに呆れを込めた息を漏らす美花。


「ねー。お二人さん?」

「……何?」


 苦笑しながら桜が声をかけると、素早く九実が振り向いて首を傾げた。


「ちょっとうちの娘が怖がってるからそれくらいにしてほしいなーって」

「おい桜。娘って誰のことだ? もしかして咲夜の事を言ってるのか?」

「何を言ってんの楓?」

「……そうだよな。さすがの桜もそこまで末期じゃーー」

「そんなの娘に決まってるじゃん!」

「…………」

「痛いっ痛いよ楓!」


 ジャジャーンとでも効果音が鳴りそうな感じで言う桜に楓は無言で、無表情に、ゲシゲシと桜の脛を何度も蹴り続けていた。


「はぁー。こいつの言うことはとりあえず放っといて。袖振り合うも多生の縁って奴だ。あたしは楓。よろしくな」

「……そう。改めて、私は九実。よくわからないけど、とりあえずよろしく?」


 差し出された楓の手を握り返しながらも九実はセリフ通りわかっていないらしく、首を傾げていた。

 その瞬間。九実の両目は大きく見開かれた。


「手。握ったよな?」


 にっこりとした笑みを浮かべながらも、目の奥が笑っていない楓。

 九実は理解した。嵌められたのだと。


「……はぁ。私と解は今旅の途中。だから時間はある。いいよ、手伝ってあげる。だから手、離して」

「逃げないか?」

「逃げない。だからお願い」


 互いの手を握りあいながら水面下で火花を散らしている二人。


「……ねえ。あれって互いに……」

「ええ。互いに思っ切り強く握ってるわね」

「ねえ。女の戦いにしてはやけに体育館系過ぎない?」

「いいんじゃない? こっちの力関係ってほら、逆転してるじゃない?」

「……こんなところまで逆転する必要ないと思うよ? それに、咲夜ちゃんかわいそう……」


 楓におんぶされている咲夜は動くことも出来ず、だからといっていつまで続くのわからないこの攻防を止めることも出来ず、ただそこにブルブル震えていた。


「二人ともやめろ」

「「痛っ」」


 そんな二人の頭に手刀を落として終止符を打った解は頭を抑えてしゃがみこんでいる二人に呆れた視線を送りながら楓の背中から解放された咲夜の頭を撫でていた。


「まったく。お前ら二人分のプレッシャーをあんな近くから受けたら怖いってレベルじゃないだろ。まったく大丈夫だったか?」

「う、うん……えへへ、ありがとうお兄ちゃん」

「お兄ちゃん?」

「うんっ。ありがとうお兄ちゃんっ!」


 そう言って満面の笑みを浮かべる咲夜。そんな彼女の頭を撫でながら、思わず解の口元が緩んでいた。


「くっ。あたしが止めれば良かった! そうすれば、そうすれば、お姉ちゃんって呼んでもらえたかもしれないのにっ!!」


 なにやら心から悔しそうに叫んでいる桜。そんな桜に楓と美花。二人分の冷たい視線が送られていた。


「……なあ会長」

「……なに楓」

「ちょっと思ったこと言っていいか?」

「何? 言ってごらんなさい」

「桜はまあ女の子だからいいと思うんだけどさ、あいつ、男だよな?」

「……男ね」


 こそこそと話している二人の視線が桜から解に移る。


「「……ロリコン」」

「誰がロリコンだっ!!」


 二人の心から漏れ出した声に解は咲夜のナデナデを中心すると全力で叫ぶ。


「だって……ねえ」

「……なぁー」


 二人の向かい合ってしみじみ言う二人。


「言っておくが俺はロリコンじゃないからな!」

「……ねえ。それ、今の姿からだと説得力ないわよ?」


 いつの間にか咲夜の頭を再びナデナデしている解。そんな光景をジト目で見つつ、美花は言った。


「うおっ! いつの間に!」

「……無意識だったの?」


 解自身驚いているご様子。これは確かに説得力は皆無だな。


「解。恥ずかしいからやめて」

「何を!?」

「……全て?」

「全否定ですか!?」


 小さく、だけど、確かにクスクスと笑っている九実。


(やっぱり無感情ってわけじゃないようね。……だけどあの目……気になるわね)


 ふと浮かぶ疑問に目を細める美花。


「で、だ。結局九実たちは手伝ってくれるんだろ?」

「うん。いいよ」

「九実がいいなら俺もいいぞ」


 それにしても、この二人は一体どんな関係なのだろう。

 九実がいいなら俺もって普通の関係には見えない。それに、旅をしているって言ってたような気がする。

 男女で旅? それじゃあまるで、


「二人はカップルなのかしら?」

「「えっ……」」

「あっ……」


 どうやら心を飛び越えて声に出てしまったらしい、居心地の悪い静寂が始まった。

 この嫌な静寂はいつになったら終わるのだろうかと美花が懸念するのも束の間、


「それはない」

「ぐふっ」


 九実が即座に斬り伏せた。


「解?」


 突然胸を抑えてその場にしゃがみ込んだ解に九実が若干優しい目で首を傾げる。


(……なんだか、哀れね)


 解が九実のことをどう思っているのかはわからないけれど、それでも九実のような美少女に迷いの余地もなく斬り伏せられた解の心情を思うと胸が苦しくなる。


「私と解がそういう関係になるなんてありえない」

「……あんた。……いいえ、いいわ。じゃあ、あんたたちの関係は何?」

「……今思った。まだ、名前聞いてない」


 そういえば楓と九実は互いに名乗り合っていたが、その他の三名はまだだった。

 ここまで話をしておきながら今更の自己紹介に少し笑みが溢れる。


「ふふ。あたしは美花よ」

「桜だよー。んで、この子はあたしの娘のーーむがが」

「この馬鹿は放っておいてこの子は咲夜ちゃんだ」


 楓は呆れた顔で桜の口を塞ぎながら代わりに言う。楓の紹介を受け咲夜がぺこりと頭をさげた。


「へぇー。咲夜ちゃんか。俺は解だ。よろしくな」

「よ、よろしくですぅー。えへへぇー」

「あんた……いつまで撫でてるのよ」

「ハッ! いつの間に!」


 どうやらまた無意識のうちに咲夜の頭を撫でていた解。

 解の撫で力は高いのか、咲夜の顔はこれでもかというほどに緩んで、とても気持ち良さそうにしていた。


「あたしたちは省いていいよな?」

「いいえ、一応しときなさいよ」

「そうか? なら、あたしは楓だ。よろよろ」

「九実。よろ」


 皆の紹介が終わると同時に、楓が「これでいいだろ?」とでも言いたげな表情で九実を見る。


「……そんなに知りたい?」

「なんか面白そうだから知りたい」

「別に普通だよ?」

「普通って認識は事実上一般ではないだろ?」

「……そう」


 九実は小さく息を吐くと仕方がないとばかりにボソボソと、淡々とつぶやく。


「主人と奴隷」

「はっ!?」


 九実の口から出た想定外の言葉に美花たちの顔が驚愕一色に染まった。


「ま、まて九実! どういうことだよ!」

「事実上はそう。……違う?」

「違うだろ!!」

「そう? ちなみに、言うまでもないけどどっちが主人かと言うともちろんーー」

「うわぁー! 言わなくていい! 聞きたくない!」


 大声を出しながら耳を塞ぐ解に同情の眼差しが集まっていた。

 その事実が逆につらいらしく、解はその場に崩れ落ちた。


「ふふ」


 九実の小さな笑い声がやけに大きく聞こえた。


   ☆ ★ ☆ ★


 その後。改めて受付に行き咲夜の姉についての情報がないのか調べたのだが、収穫は無し。

 どうやらクエスト帰りだったらしい九実たちは隣の窓口で成功報酬を貰った後、美花たちと合流した。


「いやー。びっくり。お前らAランクだったんだな」

「んー。まあねー」


 本当は桜以外の二人はSランクなのだが、さすがにそれを公開するのは面倒の種をさらに呼び寄せることになると思ったため隠し、三人ともAランクだと思われるように振る舞っていた。


「九実も驚いたよな?」

「別に。この三人ならAランクくらいじゃ驚かない。ただ一つ言いたいことがあるとすれば、賢明な判断」

「……そう」


 目を見開いた後、小さくつぶやく美花。

 どうやら九実にはばれているようだ。


 ギルドを出た後、楓の提案によって六人は今美花たちが生活している宿屋『天使の溜まり場』に戻って来ていた。


「入るよー。これここの新作ジュース『天使の涙』だよー」

「ありがとう」


 人数分のコップが乗っているトレイを片手にやってきた冬華は、一人一人にカップを渡すとトレイを床において自分も座る。

 横目でどうやら冬華がここに居座る気満々だってことを知った後、別にいいだろうと渡されたジュースを一口含む。


「あっ。美味しい。これ、なんのジュースなの?」

「へへーん。それは企業秘密だよー」


 指を口元に当てて内緒のポーズをしながら小悪魔的に微笑む冬華。

 そんな冬華の笑みを見て桜が我慢出来なくなり、笑う。

 変に我慢しようとしているせいか笑顔が引きつっており、可愛らしい笑顔というより、悪巧みをしているにやりとした笑みになっていた。


 この宿屋限定のオリジナルジュースを飲んでほっこりした後、美花が楓に問い掛けた。


「それで? どうして戻ってきたの?」

「あっやっぱりばれてた?」

「当然よ。なんかアイデアがあるんでしょ?」

「まー、アイデアっていうか、ギルドがダメだった以上、とりあえず次にあてにする者が決まったって感じだな」

「どういうことよ」


 その目に真剣さを帯びさせて、改めて問う美花。


「なに、簡単な話だ。美花がギルドで話を聞いている間、ちょっと小耳に挟んでな」


 そこにいる他の六人に視線を回した後、楓はすこし影を指した声で言う。


「咲夜の姉はもしかするとなんかの事件に巻き込まれているかもしれない」

「……事件? ちょっと飛躍し過ぎてるんじゃない?」


 美花の言葉も最もだ。いくら行方不明になったからといってそれが事件だと決めつけるのは軽率過ぎる。

 しかし、楓の表情を見る限り、彼女はそうだと確信しているようだった。


「咲夜。一つ確認していいか?」

「ふえ? は、はい」


 突然話を振られると思っていなかったのか、視線を向けられた咲夜の身体がびくんと跳ねる。


「咲夜の姉は前にも帰ってこなかったことあるか?」

「な、ないです。……今回が初めてです……」


 改めて姉がどこかに行ってしまったという現実を受け入れた咲夜の身体が震える。そんな咲夜を慰めるようにして、解が頭を優しく撫でていた。


(今回ばかりはナイスよ解!)


 今度ばかりは軽蔑の視線を送らずに、内心親指を立てる美花。


「なんとなくでいい。姉の性格は?」

「えーと、えーと」

「うーん。いきなりは難しいか? なら、二択で聞くからどっちか答えてくれるか?」

「う、うん」


 咲夜が頷くの確認した後、楓は問いを始めた。


「真面目? 不真面目?」

「ま、真面目ですっ」

「女? 男?」

「えっ……お、お姉ちゃんですよ?」

「おっと。悪い悪い。間違えた」

「……あれ、絶対わざとよね」

「わざとだろうね」

「そこ! 今は大切な質問タイムだ。私語は謹め!」


(楓のキャラがなんかおかしい!)


 急にキャラを変えてきた楓に戸惑いを隠せない美花と桜。

 二人が固まるのを確認した後、楓は小さく「それでよろしい」と頷き、視線を咲夜に戻す。


「じゃあ次だ。いいな?」

「は、はいです!」


 腕の中におさまっている咲夜にちらりと視線を向けた後、解は楓に視線を送る。

 向けられた解の視線に楓は小さく笑って返した。


「可愛いか? かっこいいか?」

「え、えーと、かっこいいと思います」

「正義感はある? むしろちょいワル系?」

「むしろ正義感の塊みたいな人です!」

「んー。こりゃもう確定だろ」


 満足気に頷いた楓は真剣な眼差しを九実に向けた。

 そんな楓の真っ直ぐな眼差しを受けて、九実は小さく息を吐いた。

 そんな二人のやりとりに美花と桜、それから解の三人は疑問符を浮かべ、咲夜はまた違う意味で疑問符をオーダーしていた。


「九実。心当たり、教えてくれるよな?」

「……えっ?」




 次回は9月1日です。

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