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9ー7 Aランク


 静寂が広がった。

 そこにいる全員が桜の言葉に唖然と立ち尽くしているようだった。

 しかし、その静寂は長く続くことはなかった。


「あはっはっはっ。お前みたいな小娘がAランク様であるわけがないだろうっ!」


 集まっていた人の一人がそう大笑いを始めると、まるで感染したかのように笑いが広まる。


「そうだそうだ! 出しゃばるな小娘!」

「嘘つきは帰れ!」

「あわわっあわっ」


 半泣きの表情から変わって慌てた様子で視線を人集りと桜の間を行ったり来たりする冬華。


「んー。本物なんだけどなー」


 こうなるであろうことは半分ほどわかっていたのだが、だからと言っても実際にこの仕打ちはさすがに響く。

 このままでは冬華を助けることはできないし、それにやっぱ笑いものにされるのは、ムカつく。


「はっ! お前が本物だと? わかるか小娘。Aランクってのはこの俺様でもなれないような超が付く達人のことだ。お前みたいな小娘には到底無理な話だ」


 人集りから一人ズイッと出てきた大柄の男。

 嘲笑いながら明らかに桜に嘲笑を向けている。


「あーあー。やだやだ。そういえばこっちにはこんな基本からわかってない馬鹿がいるんだっけ」


 両手を挙げてわざとらしくやれやれと首を振る桜に、大男の顔が憤怒から真っ赤に染まる。


「貴様っ! 今なんと言ったっ!」

「図体だけの能無し腐れどぶネズミには醜いって言ったんだ」

「……ねぇ。あたしそこまで言ってない……」


 両手に荷物を抱えて、頭の上半分しか見えていない桜は呆れを含んだ声で後ろから現れた彼女に声を掛けた。


「なんか面倒なことになってるな」

「うん。楓、どうしよう」

「おいっ! そっちの小娘! 今なんて言ったっ!!」

「おーこわっ。今のこっちじゃまともに耳も聞こえてないような、いや、まともに人語も理解できないような木偶の坊が調子に乗ってるのか。井の中の蛙ってのは本当に怖いな」

「貴様っ!」


 楓の顔に映るのは明らかな挑発の意識。ニヤリ笑っている楓に大男は頭から蒸気を発するばかりに顔を赤く茹らせ、感情のままに拳を握った。


「きゃぁぁぁあっ!!」


 楓に向かって振り下ろされた拳を見て冬華が叫び声をあげる。

 大人と子供ほどの体格差があるのだ。そこに集まっているほとんどの街人たちが楓の大怪我を予測した。


「あら。あたしの仲間に何をしようとしてるのかしら?」


 そんな声が聞こえると同時に大男の拳が止まる。

 その拳を止めたのは鞘に入ったままで突き出されている一振りの刀剣。


「……会長」

「そんな顔しないの楓。こうでもしなきゃあんたこいつ滅しちゃうでしょ?」

「そんなことしない。ちょっとオブジェになってもらうだけだ」

「いつまで?」

「……そうだな。ふむ、勝手に消滅するまで?」

「だめよ。楓の彫像は綺麗だけど、題材がこれじゃ冬華の店前に迷惑よ?」

「……それもそうだな」


 呑気に会話をしている二人。

 楓の両手には目に見えるほどの冷気が渦巻いており、それを見た街人たちは顔を青ざめさせていた。

 そして、そんな楓と大男の間に割って入った美花は納刀したまま拳を受け止め続けている。

 大男はこれでもかというほどに力を加えるものの、それはビクともしなかった。


「くそっ! 小娘がっ!」

「あ、あんたやめとき……」

「うるせいっ!」


 楓の手に渦巻くその力を目撃している街人の一人が大男を諌めようとするものの、血が頭にのぼってしまっている大男にはそんな声も、実力の差もわかるはずもなく、逆の拳を振り上げた。

 その瞬間。美花の目がギラリと光る。


「会長もだめだってば……」


 振り下ろされたもう一つの拳。呆れた声を発しながらそれを受け止めたのは桜だった。

 華奢な少女である桜が大男の拳を素手で受け止めたことで、集まっている街人たちの目が大きく見開かれる。

 それは大男もまた例外ではなかった。


「な……に……?」


 自分の拳がこんな小娘に。それもよそ見をしながらもこれほどまでにたやすく受け止められてしまったという、信じ難い事実が大男の頭を冷静にさせた。

 どれだけ力を加えてもピクリとも動かない。


「さてと、二人に喧嘩売られたらさすがのあたしも怒るよ?」


 手のサイズがあまりにも違うものの、大男の拳を掌でしっかりと受け止めていた桜はギュっとその拳を握り締めると、その腕を後ろに引きながら大男の背中に回り込む形で動き、大男の首に手刀を落とす、と同時に思いっきり男の脛を、俗に言う弁慶の泣き所を蹴った。


「だはっ」


 首に受けた衝撃で意識がいっきに落ちかかる。

 加減されているため気絶までは至らないが、それでも全身から力が抜ける。結果、バランス力も損なわれ、大男の巨大な体はいとも簡単に、宙で回転を始めた。

 空中で三回転ほどした後、顔面から地面に叩きつけられ、今度こそ完全に意識が飛んでいた。


「うわー。遠慮ないな」

「ある意味あたしのより酷いわね」

「……ねえ。二人ともそれ嫌味ー? これくらいなら二人ともできるでしょー」

「出来るのと実際にやるのでは違いわよ?」

「それはわかってるけどさー」


 少々不貞腐れている様子の桜に美花と楓、二人の笑みを誘った。

 二人につられ、桜もまた笑みをこぼしていると、そんな三人に向けて様々な想いの秘めた視線がいくつも突き刺さる。


「……さて、と」


 笑みを引っ込め、周囲に視線を回す美花。周囲を囲っていた人々の足が一歩退く。


「お客さーん。大丈夫ですかー」


 今のやり取りを見ていたであろう冬華は他の人々とは違い、純粋な顔をして三人にテクテクと近寄った。

 そんな冬華を見て少し気が立っていた三人の心が安らぐ。


「ごめんねー。なんか迷惑かけちゃったみたいで」

「いえいえ! 迷惑なんかじゃないよ! それにお客さんたちは場を収めてくれたから感謝するよー!」

「けど、この集まりの原因ってあたしたちだしねー」


 ちょっと気まずそうに頬を掻く桜。他の二人もどこか気まずい表情をしているが、冬華はこくりと首を傾げた。


「ふえ? 原因? どういうこと?」

「あれ、もしかしてみんな気付いてない?」


 冬華の言葉からちょっと自分たちの認識と他の人たちの認識が違うとかと思い、ふと見回してみるが、


(いや、これみんな気付いてるよね。この子が例外か……)


 どうやら気付いていないのは目の前にいるこのどこか保護欲を湧きたかせる少女だけのようだ。


「まー。一応さっきも言ったけど、Aランク幻操師ってあたしのことなんだよね」

「えっ……えぇーっ!!」

「あー。やっぱりかー」


 どうやら驚いているのは冬華だけのようで、周りの人たちの表情は変わらない。

 そんな人々から感じるのは、


(これは完全に怖がられるなー)


 これでもかというほどに向けられている畏怖の念。

 思わず苦笑いが溢れる。


「なあ桜。もしもあたしたちがSだって知ったらどうなるんだろうな」

「しっ! それは絶対に秘密!!」


 桜の耳元で楽しそうに囁く楓。

 もしも二人がSランクだなんて知ったら驚きのあまり死人が出ちゃうかもしれない。

 Sランクとは本来そういうものなのだ。


(あたしたちって本当に感覚麻痺してるよなー)


 今までSランクがほぼ当たり前の交友関係を築いていたためSランクと言われても然程驚かないのだが、良く良く考えてみればこれだけSランクにあふれている交友関係こそがそもそも異常過ぎるのだ。

 なんだか悲しくなりため息を一つこぼす桜。


「あー。えーっと。みんなー? そんなに怖がらなくても大丈夫だよー。このバカみたいな奴じゃなきゃこんなことしないし」


 そう言って地に伏せている先ほどの男を指差す桜。

 できるだけ優しい笑みを作ろうとしているのだろうが、うん。逆にちょっと怖い。


「……むしろそうやってる方が怒りを買うぞー」

「ちょ楓!?」


 ぼそりとそんなことをいう楓に目を見開いて驚く桜。

 そんなこと言ったらさらに怖がらせるだけだと思ったのだが、どうやら逆だったようだ。


「Aランク様! どうかお助けくださいっ!」


 今度は三人を中心に押し寄せる人々。だが、さっきの言葉が効いているのか、おしくらまんじゅうのようにはならず、三人の周囲にはサークルのようなものができていた。


「ねえ。どうする?」

「どうするも何もAランクはお前だろ?」

「えー。そういうこと言うのー」


 ニヤニヤと楽しそうにしている楓にジト目を向けてみる桜だが、効果なんてない。……うん、知ってた。


「会長ー」

「頑張りさなさい。Aランク様?」

「えー」


 ニヤニヤとはちょっと違うが、それでも楽しそうに悪ノリしている美花に桜がうな垂れた。


「わかったよ。もう、はいはい聞いてあげる。優しい優しい桜ちゃんがみんなの話を聞いてやんよ!」

「……あら。やけくそになってるわね」

「あははっ」


 うがーっと両手をあげてそう宣言する桜に苦笑する美花と心から楽しそうに笑っている楓。

 人々の歓声が盛大に響いていた。

 次回は27日です。

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