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9ー3 破綻した物語


 美花と桜は病棟から出ると、その場で解散した。

 美花には行くところがあったからだ。

 病棟の前でわかれた後、美花はもう一度病棟の中に入っていった。

 今度向かうのは五階ではなく、二階。その病棟で唯一飲食が許可されている場所。つまりは食堂だ。

 食堂とは言っても病棟の中にあるもの、味よりも身体の事を一番に考えて作られているため、味の保証はない。

 実際美花はここの料理は苦手だ。

 栄養があるのはいいのだが、なんだか食事をしているというよりも、薬を飲んでいる気分になるのだ。

 ここの料理にこんなにもはっきりと苦手意識があるというのに、ここに訪れた理由は人に会うためだった。

 既に外は暗く、この病棟のお世話になっている患者たちは既に食事を終わらせ、各部屋で静かにしている頃、六名席が等間隔で並んでいる部屋の端に、美花は探し人を見つけていた。

 十人中九人は美味しくないと言うであろう食事を満面の笑みを浮かべて食べる少女。


「……相変わらず味覚おかしいんじゃない?」

「オロ? オロロ? 味覚おかしいとは酷いんじゃないでござりまするか?」


 相変わらずのぶっ壊れた言葉使い。まるでアニメや漫画、いやそういった類いのものでも早々見ることはないであろうふざけた語尾。

 この少女、容姿そのものは本当に可愛いのに、性格、主に言葉使いが残念過ぎる。

 一部の人間には需要があるらしいのだが、それは到底美花には理解できないものだった。


「オロロ? これはこれは美花殿ではないでごさりまするか。ここんないつぞやどんなごよようでありませりますれるか?」


 次のは最初のより酷い。通訳が欲しいと心から思う美花だったが、ものは慣れだ。少し間が空いてしまうもののどうにか解読できる。


「情報屋オロチに依頼の進行具合を聞きたくてね」

「オロロロロロ? なるなるそそっつこつでしたがでござりやがりまするよ。ここんがづいがのジョージでありませるよ」

「……ありがと」


 比較的小柄な美花よりさらに一回り小さい情報屋が手のひらを上に向けて美花に差し出すと、手の中から飛び出したかのように一つの巻物が現れた。

 それを受け取りながら礼を言う美花は隣の椅子を引いてそこに座る。


「そういえば、陽菜は元気かしら?」

「オロロ? あーむむ。宝院の姫君でありませりませるか?」

「ええ。多分そうよ」


 渡された巻物を読むのに忙しく、彼女の言葉の解読を放棄しつつ、投げやりに返す美花。


「姫君であれば元気にやっているでありませるよ」

「……そう。それはよかったわ」


 元々生十会の仲間だった宝院陽菜は中等部を卒業すると同時にそのまま高等部には行かず、別の地に、いや、元の地に帰っていた。


「まあ。あの子にとっては幻理世界の方が故郷だものね」

「オロロ? それは始神家(ししんけ)が一角、神崎の長女殿でありやがりませる美花殿も同じではござりませりるか?」

「……そうね」


 数分掛けて巻物を読み終えた美花はそれを巻いて元に戻すと、はいっとオロチに返す。

 オロチがそれを受け取ると同時に出た時とは逆に、吸い込まれるようにして巻物はその姿を消していた。


「……はぁ。やっぱり結はまだ見つからないのね」

「オロ。世界は広いのでござります。オロチでも幻理世界全域を探すのは骨がおれおれでござりませりう」

「頑張りなさいよ」


 弱音を吐く情報屋に呆れた視線を向ける美花に、オロチは泣きそうな目で何かを訴えようとしていた。

 そんな目を見て首を傾げた後、納得顏になり、ため息をつくと口を開く。


「わかったわよ。必要経費を今の三倍。それと成功報酬を今の五倍にしてあげるわ」

「ほほほ、本当でござりませりうるすか!?」

「本当よ。そんなに興奮しないでよ」


 一変してホクホク顔になったオロチに美花は呆れたを含んだ視線を向けるものの、実力は確かだが金の亡者と名高いこの情報屋には意味がなかった。


「それにしても、本当にいいでござりませるか?」

「いいわよ。それくらいの額ならあたしの個人資産から出せるわ。家のお金じゃないから問題になることは無いわよ」

「そっちじゃないでござりませりらう」

「ならどっちよ」

「本当に世界の方でいいでありますか?」

「……ええ。そっちでお願いするわ」


 美花の言葉にオロチは「クライアントがそう言うなら仕方がないでござりませりありえうす」とつぶやくものの、その顔は納得している様子ではなかった。


「前にも言ったでしょ? 彼は領域で消えたのよ」

「だからこそ人の領域を探すべきだと思うでござふ」

「いいえ。詳しい理由は彼の過去に関するから言えないけど、とりあえず、この三年間見つかっていない彼がいるとすれば、それは人の領域じゃなく、世界の空間よ」

「オロロ。わかったでござりませる」


 オロチが諦めるような声で呻き、美花が立ち上がった時には既に、オロチの姿はなかった。


「……もしかしてこれ片付けるのあたしなのかしら……」


 消えたオロチ。だけど、さっきまでオロチが座っていたところにはオロチが食べた後の空箱たちがいくつも散乱していた。そんな空箱たちを見て美花はため息を一つこぼすと、渋々それを片付けはじめた。


   ☆ ★ ☆ ★


 後日。平日の放課後に美花は桜と楓の二人を呼んでいた。


「会長突然どうしたんだろ」

「さあな。会長の考えは正直わからん


 二人が呼ばれたのは会議室の一つ。突然の召集に疑問符を浮かべる両名だったが、美花の考えを推測することに今はないだろうと結論を出し、共に口を閉じて歩みを進めていた。


「会長。来たぞ」「来たよー」


 眠たそうに大きな欠伸をしながら言う楓と、元気よく片手をあげている桜を見つけると、美花は立ち上がり、二人に近付いた。


「突然悪いわね」

「それは別にいいんだけどさー。突然どうしたの?」

「二人には話しておこうと思って」

「話す? 何をだ?」

「うん。ちょっとね」


 言いづらそうに、ぼかして、曖昧な物言いの美花に二人は違和感を覚えた。

 大抵のことはズバッという美花が言い淀んでいる……だと?

 つまりはそういう気持ちだ。

 だが、同時に二人は不安を、不吉を感じた。


「ちょっとあたし、暫くガーデンに来ないわ」

「「……えっ?」」


 美花の突然の宣言に目を見開いて驚きを露わにする二人。


「ちょ、どういうこと!?」

「そうだぞ会長。突然どうしたんだ」

「突然……まあ、決心したのは突然かもしれないけど、ずっと前から考えてたことよ」

「前って一体いつから?」

「三年前からよ」

「「ーーっ!」」


 三年前という単語によって二人は察した。美花もまた、こう言う事で二人が察することも容易に想像できた。そして、その結果二人がなんていうとかも。


「「会長。あたしもーー」」

「ダメよ」


 二人のセリフを遮って美花は言う。


「なんでよ!」


 桜がこうやって感情を露わするのともわかっていた。こうなった桜は結構頑固だ。それはわかっている。わかっているのだが、しかし、だからといって黙っていくのは憚れた。


「今の生十会がどういう状況かわかってるでしょ? 三人中、動けるのは一人。それ以上じゃバランスは壊れるわ」

「それなら会長が残るべきだよ! だって会長は会長なんだよ? ゆっちはあたしが探しにいく」

「無理よ」

「なんで!」

「……そうね。あんたたち二人なら話しても問題ないわね」


 始神家(ししんけ)の一家、神崎の長女である美花はもちろん、桜もそして楓もまたそっちが本来の出身だ。

 秘匿するべきことであるが、既に三人にとって周知のこと。ならば話しても問題はない。それが美花の判断だった。


「結は今、十中八九【幻理世界】にいるわ」

「それは……けど、だからって」

「桜に可能? 【物理世界】という大きな存在をマスターとして作られた世界規模の、星規模の【幻理領域】。【幻理領域】のオリジナルである【幻理世界】でたった一人の人間を見つけることが」

「それは……か、会長にはできるの?」

「出来るわ。少なくとも桜より確率は格段に高い。理由は言わなくてもわかるでしょう? けど、あえて言うわ。あたしは【幻理世界】【刀和国】の三大貴族【神崎】の長女よ。大貴族の力をなめないほうがいいわよ。そうでしょ? 天宮桜」

「……わかった」


 美花の言葉に立ち上がっていた桜はゆっくりと腰を落とし、おとなしく座った。


「……ねえ。一つだけ聞いていい?」

「……何、桜」


 俯きながら、桜が消え入りそうな声でつぶやく。その声に美花の表情が暗く、重く染まる。


「いつ帰ってくるの?」

「……彼を、結を見つけたら戻るわ」

「そ…………そっか」


 それっていつになるの?

 思わず口から出そうになってしまったそこ言葉を、桜はどうにか飲み飲んでいた。

 会議室のテーブルの下で、誰の視界にも入らないそこで、桜の両拳はプルプルと震えていた。


「……わかった。待ってる」

「ありがとう、桜」


 俯き、全身を震わせている桜に美花はそっと笑いかけると、視線を桜の隣でずっと黙っている楓に向けた。


「楓……」

「わかった。会長がそうしたいならそうしろ。あたしはもう止めない」

「……そう」

「あたしはヒロインになり損ねたからな」

「ふふ。何よそれ、それじゃあヒロインは誰なのよ。まさかこのあたしだなんて言わないでしょ?」

「そうだな。あたしたちの物語はどのかおかしい。どこかできっとズレてしまったんだ。だからこんなにも歪で、たくさんの不幸があった」

「楓……」

「もしもの話をしてもバカらしいけど、今はさせてくれ」


 まるで訴えるかのように、熱い眼差しで許可を求める楓に美花は静かに頷いた。


「ヒロインがいればきっとこの物語はもっとちゃんとしたんだ。会長も、桜も、あたしも、みんなみんな。なり損ないだ。

 これは自論だが、人は誰もが主人公だ。だけど、視点が変われば主人公から一気にモブキャラになりさがる。最高で最低。あたしたち人間ってのはきっと、そんな歪で矛盾してて、不安定な存在なんだ」

「楓……何が言いたいの?」

「もう壊れた物語なんだ。だったら少しでもこの物語を面白くすることが正解だと思わないか?」

「……ふふ。それ、どういうことよ」

「つまりだ。あたしも行く」

「そう。…………ええっ!?」


 なんだがよくわからないことを言い始めた後の結論に思わず驚く美花。

 今の話とついて行くことにどんな関係があるのかは不明だが、楓の中では何か繋がりがあるのだろう。


(今までもちょちょく不安定だったけど、今回はいつも以上だったわね……)


 そう。心の中で小さく息を吐く美花。

 楓はいうも眠たそうにしているのが標準装備の、やれば本当は凄い系女子だ。

 楓は所謂天才というやつなのだろう。天才というのはどこかの分野には特化しているが、そのかわり他のどこかが抜けていることが多い。

 他を代償に一つに特化され、その分野を見つけ、それを公にすることが出来た者。きっとそれを世間では天才だとか、才能だとか言うのだろう。

 まあ。大抵は自分の才能を見つけることは出来ず、凡人として世の流れによって丸くなるか、たとえ才能がなくとも継続は力を実行して秀才とか努力の天才だとか言われたりしているパターンだろう。

 そんな中、楓は完全に前者。生まれつきの天才だ。

 だからなのかちょっと変わっている。


 結論。楓は変わっているのだ。

 

 だが、今回のはさすがに無理やり過ぎるような気もする。この三年間で楓の事は結構わかったつもりだったのだが、これはちょっと落ち込む。


「楓? どうしてそう結論付けたのかしら?」

「……えっ? 今理由言っただろ?」


 どうやらさっきのが理由だったらしい。……うん。意味がわからない。


「さっき桜に言ったでしょ? あたしたちの中から抜けていいのはこっちの現状を考えると一人だけ、その場合彼を見つけることが出来るのわあたしなのよ」

「けど、それも確率が高いわけじゃないだろ?」

「それは……何よ。それならあたしじゃなくて楓が行くってこと?」

「何言ってんだ? さっき言ったろ? あたし()行くって」


 も、ということは二人で行くと言っているのだろう。

 しかし、それは……。


「今。無理だって思っただろ?」

「……ええ。無理よ」

「なんで生十会を続ける意味がある?」

「それは……」

「……はぁー。今の生十会に残る意味があるのか?」


 楓の言葉に、美花の表情が曇る。

 二人の言い合いを桜はただ、黙って聞いていた。


「はっきり言う。今の生十会にあたしたちは必要ない」

「そ、そんなことっ」

「一年の三人は優秀だぞ?」

「ーーっ!」

「現に今の会長自身わかってるんだろ? 今の自分は仮初めの会長だって」


 今の自身の会長という肩書きに意味はない。重みはない。それをずっと理解していた、自覚していた美花は楓に返す言葉はなかった。

 真実というのはいつでも冷たいものだ。それをストレートに、見方を変えれば残酷に言い放つを楓を桜は一瞬止めようと思ったが、それは桜も同じ思いだった。だから、何も言えない。言いたくなかった。


「会長が会長を続ける理由。生十会にこだわる理由。それは、あの時の生十会を残すためだろ?」


 冷静な、冷たくも見える表情の楓は止まることなく、言葉を紡ぐ。


「三年前のあの日。本来のシナリオは崩れたんだ。もう、現状維持に意味はない。だから、あたしは進むぞ」

「……あたしは……」

「悩むことは良いことだと思う。だけどな、悩み過ぎで好機を失ったら勿体無いだろ?」

「……そう、かもしれないわね」


 三年前のあの日まで、結が入ってからの時間は短かったけど、とても楽しかった。

 だからいつか、あの日が戻ってくるかもしれないと、みんなの居場所を残そうとしていたのだ。美花自身、それを意識下で実行していたわけではない。だが、それは無意識だとしても事実だった。


「はっきり言っておく。もう、美花の望んだ過去は現在にならない」

「……そうね」


 二人が消滅してしまい。一人は裏切り。もう一人は行方不明。

 もう、あの日々が帰ってくる可能性なんて絶望的だった。

 そんかことはわかっている。


「過去を振り返るな。未来に行くぞ」

「……そうね」


 この三年間で楓と美花、そして桜の間には深い絆が生まれていた。

 特に、美花と楓はいつも戦って、本音を言い合えるような間柄になっていた。だからこそ、彼女の言葉はストンと素直に心に落ちた。響いた。


「……ええ。そうね。あたし、決めたわ」


 決意を宿した眼を見せる美花に楓は何も言わず、次の言葉を待った。桜は思わずごくりと喉を鳴らしていた。


「あたし、生十会を辞める」

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