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9ー1 三人の少女


 この世のどこにもない世界。

 限定世界と呼ばれることもある特殊な領域に人はガーデンというものを建てた。

 ガーデンの目的は新戦力の育成。

 シードと呼ばれるものたちが日々ガーデンで咲き誇ろうと訓練を繰り返している。

 どこかの領域に数あるガーデン。

 その中でも最初に国が個人と協力して建てた学園。【F•G(ファースト・ガーデン)

 ガーデンは偶然にも、いやわざと学校と同じようになっている。

 進路相談で学校の一覧を出したとしても絶対に出てこない秘密の学科。それがガーデンであり操術科だ。

 【F•G(ファースト・ガーデン)】高等部生十会。

 元々は各学年ごとにあった生十会と呼ばれる生徒会と風紀委員会が混ざったような組織があったのだが、この学年に限り、今の高等部に限り一つに統合されていた。

 どうして変わってしまったのか。

 今から三年前にあった事件。

 それをきっかけに変わってしまったのだ。

 当時は中等部二年だった。

 六芒戦と呼ばれる六校での親睦試合の最中に起きた襲撃。

 その日。元々十人いた中等部二年生十会の人数は七人に減ってしまっていた。

 ガーデンは新戦力を作るための組織だ。ならば、無論死んでしまう生徒だっている。

 そう。三人の生徒があの日。

 消滅したのだ。


「会長ー。やぁーっと見つけたっ!」

「あら桜。そんなに慌ててどうしたの?」


 高等部校舎の裏庭で一人ゆっくり時間を過ごしていた神崎美花の元に慌てた様子で走ってきたのは雨宮桜だった。

 ぜえぜえと、息を乱している桜に会長はふふっと笑いかける。


「笑ってる場合じゃないですよ! 時間! 時間ですよ!」

「あら? 今日って何かあったかしら?」

「何かあったかしら……じゃないよ! 会長は会長なんだからちゃんとしてよ!」

「会長……ね」


 たった二文字の肩書き。

 長の文字には本来重みがある。しかし、美花はこの肩書きにこれっぽっちも重みを感じていなかった。


「桜。わかってると思うけど……」

「わかってるよ。今の生十会には会長が三人いる。だけど、会長が会長なのは変わらないでしょ?」


 たとえ一つの組織に会長が三人いるとしても美花が会長であることに変化はない。

 たとえ会長として権限が三分の一になっていようが、桜にとって会長は神崎美花ただ一人なのだ。


「そう。ありがとう」

「んーん。んで会長? こんなとこでサボるのやめてそろそろ行こ?」

「……ええ。そうね。もう少し思い出に浸っていたかったけど……」

「……もう。三年だね」

「……ええ」


 仲間だと思っていた。

 心から、信頼していた。

 だけど、裏切られた。

 あの日。三人が消滅し、そして二人が生十会から離脱した。

 一人は消滅してしまった者の妹。

 もう一人は、反逆者として。


「……会長……?」

「ええ」


 木の影、少しだけ盛り上がっている場所から立ち上がり、スカートについてしまった草を払って落とす会長。


「行くわ」


 【F•G(ファースト・ガーデン)】高等部。新入生歓迎会。

 全ての学年でこの時期に行われる催しだ。

 新入生を歓迎するための会なのだが、会長はこの会で挨拶がある。

 その挨拶はいつも中間点、二年の生十会長が行うことになっていた。


「まったく。あたしじゃなくてもいいて思うのよね」

「ダメだよ会長ー。伝統は伝統でしょ?」

「……そうは言っても」

「遅かったですね。神崎会長。雨宮副会長」


 桜と共に渋々講堂の舞台裏に来た美花は、その人物を見つけて嫌そうに表情を歪めた。


「悪かったわね。一望(いちぼう)会長」

「いえ。時間には間に合っていますので問題ありません。それでは生十会代表としての大命、お願いします」

「大命って相変わらず大袈裟ね」


 静かに頭をさげる彼女の隣を通り過ぎながら、美花は彼女のことについて思考を巡らせていた。

 旧中等部一年生十会長、一望(いちぼう)一望(ひとみ)

 幻操師が偽名を使うのは良くあることなのだが、あまりにもわかりやすい、手抜きが過ぎる。

 美花はそんな一望が苦手だった。

 親友だった彼女を思い出す丁寧な言葉遣い。だけど、そこに優しさは、馴れ馴れしさはない。

 まるで、出会った頃の彼女と話しているような、そんな気がしてくる。

 けど、違う。あの子は。

 六花はーー。


「会長……」


 この三年間で新たに副会長として抜擢された桜はそんな会長の事を思い、表情を曇らせていた。


「大丈夫よ。……あたしは大丈夫」


 本当に?

 桜はどうにかその言葉飲み込んだ。

 あの日以降の会長は正直見ていられなかった。

 自分も大切に思っていた仲間がたくさんいなくなってしまい、動揺していたのだが、会長を放っておくことができなかった。


   ☆ ★ ☆ ★


「……はぁー」

「お疲れ様。会長」


 スピーチを終え、疲れた顔をして舞台から戻ってきた美花に桜は労いの言葉と共に糖分入りドリンクの入った水筒を手渡した。


「ありがと」

「ううん」


 この三年。本当にいろんなことがあった。

 一、二、三年から各三人が代表となり、本来十人からなる生十会は長いこと九名でやっている。

 あの時と同じだ。


「歓迎会……懐かしいね」

「ええ」


 当時の十人目。

 彼は歓迎会の時はまだ入会していなかったけど、それでも色々と手伝ってくれた。

 仲間の命を救ってくれたことだってある。

 だけど、その彼はいない。

 あの日。襲撃されたあの日以降、消えてしまった。


「……ゆっち」


 スピーチを終えたのだ。もうここにいる理由はない。

 美花はうつむく桜に声を掛けると共に講堂を出た。

 二人が向かっているは高等部の訓練室。数ある訓練室の一つ。三年前からずっと借りられてるその部屋に向かっていた。


「入るわよ」


 ノックをした後にそう呼び掛けてみるものの中から言葉が帰ることはない。期待してない。いつものことだ。

 この部屋の借主から渡されているスペアキーを使って扉を開けると、その瞬間凄まじい冷気が中からなだれ込んだ。


「うわっ。毎度のことだけどさっむー」


 背が伸びると信じて大きめに買ったセーラー服なのだが、身長に限ってはまったくと言っていいほど成長しなかったため、随分と胸元が緩くなっている桜。全身を覆う冷気に体を震わせて自身の体をギューっと抱き締めると、この三年間で並盛りから大盛りへと成長した二つの半球体のそれが魅力の谷を覗かせていた。

 そんな桜の胸元を会長は悔しそうな目で睨むように見ていた。


「……ちっ」


 女性の魅力はそれだけではないことは重々承知だが、しかしそれが魅力の一つであることに変わりはない。自分の絶壁に視線をちらりと向けた後、今度は悔しさだけでなく、憎しみを込めた視線を桜に送っていた。

 扉から冷気と共に溢れ出した白い煙が徐々に消えていき、というより馴染んでいき、視界が鮮明になりつつあった。


「ん? あれ、もう歓迎会終わったのか?」


 そんな声が聞こえると同時に部屋の中心。さっきまでなかったはずのそこに人影が現れていた。

 長く黒い髪を靡かせながら二人に近付く彼女に桜はやっほー、と小さく手を振った。


「いいえ。まだ終わってないわ」

「何々? 会長とあろうものがサボりか?」

「あんたに言われたくないわよ。楓」


 元中等部二年生十会から引き続き総合生十会の一人となった三人目。

 彼女の名前は望月楓。

 十人中十人が美しいと言うであろう美貌を誇る美少女だ。


「……それにしても……」


 美花は楓に向けていた視線を部屋の中に向け、全体を一通り見回した後、腕を組んで十二分に呆れを含んだ顔になってため息をついた。


「……あんた。やり過ぎよ」

「そうか?」


 あっはっはっ、と楽しそうに笑っている楓に美花は思わずジト目になっていた。

 美花がそうなるのも仕方がない。

 なんせ、


「ぐちゃぐちゃになってるじゃない……」


 本来は綺麗な直方体の部屋なのだが、まるで隕石が落ちてきたかのように床は至る所が深く沈没し、壁や天井は一部崩壊している。崩れていなくとも大きなヒビ……というより斬り裂かれたかのような跡が無数にある。

 まるで爆弾が爆発したかのような惨状だが、ある意味間違ってはいないのかもしれない。


「か、楓? そ、そろそろ冷気抑えてくんない?」


 楓が近付いてきた辺りから本格的に辛そうに体をブルブルと震わせていた桜が言う。

 桜が喋ったことで美花の視線が再び桜の胸元に向かい、そこに出来ている影を仇を見るような目で見た後、同じ目を楓に、というか楓の胸に向けた。


「……あんたも敵よ」

「は?」


 美花のつぶやきに首を傾げる楓。

 この三年間で巨の文字が似合うそれを手にした桜とまではいかないが、楓のそれは美の文字が相応しかった。

 何がとは言わないが、絶壁の美花とは違い、二人のそれは主張が激しかった。


「冷気が全然治らないってことはまだまだ溜まってるんでしょ?」

「……まあ、そうだな」

「イライラの解消なら付き合うわよ?」

「……へぇー。珍しいな」

「ちょっとね。大きくてちょーしこいてる小娘に引導を渡さそうと思ってね」

「小娘って同い歳だろ? それに、どちらかと言えば会長の方が子供体型……」

「黙りなさいっ!」


 顔を真っ赤にして叫ぶと同時に会長はいつも腰に差している愛刀を抜いた。

 抜刀術のようにしていきなり楓に斬りかかる美花。楓はそんな美花の一撃を冷静に見極めると、半歩後ろに下がってそれを躱す。

 抜刀術による切り上げが避けられると美花は最初からそんなことはわかっていたとばかり切り返し、右斜め上から左下に振り下ろす。つまり燕返しというやつだ。

 だが、いくら切り返しが早くとも一撃目と二撃目の間には確かな時間がある。

 それは一秒にも満たない短い時間でしかなかったが、楓にとってはそれで十分だった。

 まるで金属同士がぶつかり合ったかのような音が部屋にこだました。


「相変わらず速い造形ね」

「不意打ちはズルくないか?」


 楓の手にはいつの間にか氷で出来た刀が握られていた。

 美花の剣と楓の刀ばギリギリと音を当てて鍔迫り合いを繰り広げる。

 楓の刀は造形幻操と呼ばれる現代の魔法と例えられることもある幻操術によって作られたものだ。

 幻操術は魔法ではない。あくまで幻術だ。しかし、この異空間であればそれは実体を持たない幻覚ではなく、実体を持つ魔法となんら変わりはない。しかしそれが幻術の一種であることに変わりはない。


「あんたならこれぐらい軽く避けれるでしょ!」


 美花が叫ぶと同時に楓は後方に弾け飛ばされていた。

 しかし、吹き飛ばされるがイコールでダメージを与えるとはならない。飛ばされた楓の表情は笑みだった。


「まあなっ!」


 空中で一回転し、両足で壁に着地した楓は着地の衝撃を膝で柔軟に全て吸収すると、刀を右手一本で握り直し、左手は壁に付け、両足と左手の力、それからもう一つを使って壁から美花に向かって跳んだ。


「はっ!」


 気合いの声と共に楓の刀と美花の剣との鍔迫り合いが再開される。


「あたしが力を入れた瞬間に全身の力を抜くなんて相変わらず器用なことするわね」

「流れに身を任せた方がいい時もあるってことだな」

「それにあの壁」


 鍔迫り合いをしつつ、美花は楓の後方に視線を向ける。


「壁を蹴ると同時に氷柱を伸ばして自身を打ち出すなんて、タイミング間違えたら足おかしくするわよ?」

「なんだ? 心配してくれるのか?」

「当然でしょ。これはあくまで模擬戦。殺し合いじゃないのよ?」

「まあ、そうだな。けど、例え練習試合だとしても本気でやった方がいいだろ?」

「それもそうね。ちなみにあたし、負けるつもりないわよ?」

「お? あたしに勝てたことあったか?」

「何言ってんのよ。今のところ○勝○敗九九分でしょ!」

「おっと」


 とぼけた声を出しながら楓はまたもや簡単に弾け飛んだ。

 だがこれもさっきと同じだ。楓にダメージがあるようには到底見えない。


「行くわよっ」


 美花は剣周囲の空間が歪んで見えるほどの豪炎を生み出すと、そんな豪炎を纏った剣を両手で上段に構える。


「燃えちゃいなさいっ!」


 言葉と同時に剣を振り下ろす美花。

 刹那、剣に纏わり付いて豪炎が離れ、大砲の弾の如く楓へと向かう。

 未だ空中にいる楓に逃げる術はない。

 だが、楓はただの美少女じゃない。

 幻操師だ。


「よっと」


 空中で体制を立て直し、さっと左手を正面に翳す楓。

 その瞬間。楓が左手首に着けているブレスレットから幾何学的な模様の紐らしきものが何本も伸び、それは彼女の前方で円形を、陣を作り出す。


「『氷結=(シールド)』」


 刹那。まるで魔法陣のように展開されたそれ、幻操陣は円形の氷の壁に変化していた。

 美花の放った豪炎が楓の作り出した氷の盾にぶつかり、大量の水蒸気が溢れ出す。

 水蒸気のせいで視界が悪くなっている中。桜はそれを確かに見た。

 豪炎が氷を飲み込むところを。


「わーぉ。さっすが会長だな。体と繋げてない氷じゃもって一秒ってところだな」

「なーにがさすがよ。一秒で体制立て直して、ついでにちゃっかり後ろ取ってるあんたに言われたくないわ」

「そりゃどーも!」


 美花の背中に向けて刀を一閃する楓。

 しかし、その刃は空気を斬り裂くのみに終わる。

 楓の耳に届いた音が二つ。

 一瞬で二回連続で聞こえたその音はまるで何かが破裂した、いや爆発したかのような音だった。


「よっと」


 刀が空を切り、体が流れてしまった楓はむしろその運動を利用し、まるでネジを入れるかのように回転しながら体制を落とす。

 そして、明らかに狙ってであろう方向を向いた左手を床につける。

 そしてその手が再び紐状の文字列を、式を展開する。


「……はぁ。どんな耳してるのよ」


 呆れ声でそう言うのは美花。

 しゃがんでいる楓の正面。

 床から天井に向かって伸びている氷の柱に剣を叩きつけている美花の姿があった。

 完全に真正面。

 爆発音の場所を的確に把握しているということ他ならなかった。


「それに、斬れないってのはさすがに落ち込むわね」

「へぇ。会長でも落ち込むことあるのか?」

「ええ。結構あるわよ」

「そいつは意外だ」

「あたし、こう見えても結構ナイーブなのよ?」

「そうかい。けど、あたしの氷もさっき溶かされたんだし、おあいこじゃない?」

「おあいこ? 何言ってんのよ。体と繋がってたら斬ることも溶かすことも出来なくなるじゃない」


 美花の剣は刀身が半分ほど氷柱の中に食い込んでいた。

 拗ねるように言う美花に楓はあははと笑う。

 笑う楓に美花はムッと頬をわずかに膨らませると、剣から炎を迸らせ、周囲の氷を溶かして剣を抜いた。

 美花の剣から炎が迸ると同時に後ろに跳んでいた楓は刀を両手で構え、すぐに突撃してきた美花の斬撃を受け止める。

 諸刃と片刃が何度も何度も高速でぶつかり合っていた。

 互いに動きは平面ではなく、壁も、天井までも使った立体的な攻防。

 そんな二人のやりとりをいつの間にか部屋の中に入り、入り口のすぐ側に座っていた桜は真剣な眼差しで見つめていた。

 桜の眼は的確に二人の動きを追っていた。

 日曜の光をその身に宿し、強化の性質に特化された火曜の性質ほどではないにしろ、火曜が大アップなら中アップほどの強化力を持っている。

 しかし、日曜の光は六性質の中でも最高クラス、別格と呼ばれるものだ。

 他の五性質が持っている特性その全てを持っている。

 純粋な身体能力。術の破壊力。美花の持つ力は元々があまりにも強大な力だった。

 対して楓の性質は月曜。

 日曜と同じく光の五性質の特性を全て持っているがアップ率が低く、正直ただの器用貧乏。

 三年前まで劣等生の性質と呼ばれていた。

 しかし今は違う。

 二つの性質は今ではこう呼ばれている。

 天才の日曜に秀才の月曜。

 しかし、この二人に限ってはその限りではなかった。

 日曜である美花が秀才。

 月曜の楓が天才だった。

 どちらにせよ、二人の実力が相当の高みであることに違いはない。

 常人では、否、強者でもついてこられないようなスピードで行われるてる二人の攻防。

 そんなやりとりを追えている桜もまた、既に並みの強者ではなかった。

 いつの間にか二人は炎を撃ち出したり、氷の柱を生み出したり、そんな幻操を使わずに、純粋に剣と刀で戦っていた。

 いや、少し違う。

 あくまで攻撃手段として幻操を使っていないだけで、二人とも動きの補助として幻操術を使用していた。

 剣と刀がぶつかり合った火花と、高速移動の残留である炎。そして、一瞬だけ現れてすぐに水蒸気となって消える氷が部屋中に充満していた。

 剣の実力ではほぼ同等だった。

 二人の戦いはその終わりが見えない。

 しかし、二人の動きはピタリと、同時に止まっていた。

 その瞬間。チャイムの音が学園中に響き渡った。

 

 次回は15日午後六時です。

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