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追憶のプロローグ

 皆様。大変お待たせいたしました。


「おかえり」

「ただいまーって、なんか凄いことになってるね」


 どうやら七実の規格外は勘までその範疇らしい。

 ムカついたから最後に半壊させてきたお屋敷からここまでそれなりの距離があったのだが、七実は勘によって迷うことなく元のパーティ会場までたどり着いていた。

 いろいろと大変なことになっているであろうことはわかっていたのだが、血塗れの九実(・・・・・・)を見て七実は楽しそうに笑う。


「笑い事じゃない」


 少し口を尖らせて文句を言う九実。


「何々。襲撃でもされたの?」

「そう」

「結菜ちゃんは?」

「大丈夫のはず」

「はずって……護衛でしょ?」

「……むぅ。攫われた七実に言われたくない」

「あはっはっ。こりゃ一本取られたね」


 自分の頭を軽く叩いて大笑いする七実。

 そんな七実を見て小さく息を吐いた後、九実は周囲を見回した。

 どっちの方向を見てもまずその目に入る色は赤。


「それにしても、さすがは九実って感じだね」


 笑いをやめた七実は軽く見回した後、ニヤリと笑う。

 この大部屋にある全ての赤。その赤を全身から流しているそれらは全員、七実にとっては初対面の人たちだった。


「敵さんの相手を一人で引き受けて他の人たちは避難させたって感じ?」

「そう」

「まー。九実は考えるのあんまし得意じゃないからねー。それが楽だし正解かな」

「馬鹿にされてる?」

「してないしてない。九実は凄いって褒めたのっ」

「そう……なの?」


 首をちょこんと傾げで疑問符を浮かべている九実。

 そんな九実を見て、思いっきり抱き締めたい衝動に駆られる七実だったが、どうにか我慢する。


「それよりも、その子誰?」

「ん? この子?」


 九実が視線を向けたのは七実の背中。

 七実の背中で両目をグルグルの渦巻き模様にして気絶している少女だった。


「なんか捕まってたから助けてみた。そしたらなんか懐かれた?」

「どうして疑問系? けど、七実らしい」

「そう?」


 優しい笑みを浮かべる九実に七実はケラケラと笑った。


「さてと、そろそろ結菜ちゃんのところ戻ろっか」

「ん」


 九実が短く返事をした瞬間。二人の姿がその場から消えた。


「う、うわぁぁぁあうぅー」


 そんな情けない声がどこかからか聞こえてきた。


   ☆ ★ ☆ ★


 並みの、いや相当の手練れだろうとしても目視することが叶わないスピードで九実と七実は走っていた。


「ぐぎゃっ」

「じゃぶっ」

「ぶへらみっ」

「じゃっかるっ」


 最後に発した言葉がそれでもいいのかと問いたくなるように断末魔をあげながら倒れていく敵兵。

 物理世界ならばよく戦国系のドラマで見るような、最下級の足軽が着ているような鎧を着ている奴らが今二人が走っている廊下にちらほらといた。

 そんな奴を見つけると同時にこちらの存在を認識する暇も、あたえず、反射的に出る断末魔だけを許し、その物語を強制的に閉ざしていく。


「さーてと。次はこっちかな?」

「どうして道分かるの?」

「勘っ!」

「……理不尽だと思う」


 結菜がどこにいるのか知らないはずの七実が先導となり、今まで曲がり角をそれなりの数曲がって来たのだが、驚くべきことにその全てが正解ルートだった。

 そのため、九実が拗ねるようにつぶやく。


「まーまー。そんなに落ち込みなさんな」

「七実のせい」

「え? あたし?」

「冗談終わり。着く」

「ん。おけおけー」


 距離にしてまだ数百メートルはあるだろう距離に大きな扉を目視した二人。

 これだけの距離があったとしても、それを認識するのとほぼ同時にそれの目の前に二人はいた。


「ちぇりさっー!」


 右拳をぐっと握り、腕を延長する形で氷の刃を造形した七実はそれを一振り。


「さすが」


 たったそれだけで鋼鉄製の分厚い扉がただの板になっていた。


『うわぁぁぁぁあっ!!』


 扉の先に入ると同時に走るのをやめる二人。扉の中にいた人間からすれば突如として扉が壊れ、二人の少女があらわれたように見えただろう。

 二人がただの少女ならば何も問題はなかったのだが、今の二人は到底普通の少女には見えなかった。

 わかりやすく言うのであれば、 全身真っ赤。これでどういうことかわかるだろう。

 ちなみに赤いのは九実だけだ。ここまでの道のりではスピードが速すぎで返ってくる赤なんて浴びなかったからだ。

 だけど七実も七実で右腕が刀剣のようになっていたため、恐怖心を煽るのは容易だった。


「わーぉ。こりゃ激しい感激のコールだね」

「違うと思う」

「な、七実さん!? それに九実さん!?」


 他の人たちが、どれだけ可愛くとも出来れば近付きたくないような状態の二人から出来るだけ離れようとしているのにたった一人だけ、二人のことを知っていた少女がそんな人たちの間から出てきた。


「おー結菜ちゃん。おひさー」

「無事で良かったですぅー」


 七実の姿を見るや大粒の涙を友にしてぎゅーっと抱きつく結菜。

 ふざけることはなく、優しい笑みを浮かべてそんな結菜を抱き締め返す七実。


「九実さんも無事で良かったです!」


 次に九実に抱きつき頭をスリスリとこすりつける結菜。

 いつも感情の薄いその顔に優しさを浮かべて結菜の頭を撫でる九実。

 目を細め、気持ち良さそうにしていた結菜は九実の腕の中から離れるとぺこりと頭を下げた。


「さてと、これからどうしよっか?」


 ほんのりと顔を赤くしている結菜を尻目に、七実がぼそりとつぶやく。

 三人のやり取りを見ていたからなのか、うちの一人が結菜という知名度のある人間だったというのも幸いし、この場に広がっていた二人への恐怖はすでにないものと同じになっていた。


「あっそうだ」


 七実は何かを思い付いたかのように声を漏らすと、ニヤリと嫌な笑みを浮かべながら周囲を見回す。


「ふーん。まあ、要人が多くいるパーティだしね。そりゃ手練れの護衛もいるよね」


 七実たちが現れた時も大して動揺を見せなかった者はそれなりの数がいた。

 だが、そんな奴らは使い物にならない。七実が戦力として、手練れとしてカウントしたのは登場したと同時に己の武器を構えることすらせず、ただ、唖然としていた戦士たちだった。


「まっ。手練れこそわかる絶望ってあるよね」


 手練れたちがどうして動かなかったのか。理由は簡単だ。二人の力を見抜き、何をしても無駄だと悟ったからだ。

 せめて、苦痛もなく、一撃で終わろうと。


「よし。決めた。ねえそこのお姉さん」


 七実はそんな手練れの中から適当に一人を選ぶと、すでにこちらへの警戒心をなくし、襲撃に備えていた女性に近付いていた。


「おーい」

「えっ? は、はい。どうかされましたか?」


 一見すると手練れには見えないオドオドとした雰囲気を感じる女性。

 水色のセミロングと水色の瞳を持つ女性。どちらかというなら美しいよりも可愛いよりの女性だった。


「あたしたちへの警戒心をなくして周囲に意識を向けるのはいいけど、さすがにこの距離でその反応はいろいろ不味いよ?」

「あっ……も、申し訳ありません。姫」


 七実に注意された女性は慌てた様子で後ろを向くと、ぺこぺこと何度も頭をさげていた。


「いいわ。それよりも、人前で気安く頭をさげるものではないわ。恥ずかしい」

「ももも、申し訳ありません!」


 顔を真っ青にしてさらに何度も頭をさげる女性。

 そんな女性に謝られている姫と呼ばれた少女はそんな彼女にやれやれといった風に息を漏らす。


「あなた。その年で凄いわね」

「そうか?」

「ええ。この子、そうは見えないかもしれないけど、いいえ、あなたなら当然見抜いていると思うけど、結構強いのよ? それなのにあなたを一見しただけでこの子ったらガクガクと小動物のように震えてたのよ?」

「ひ、姫ー。そんなこと言わないでくださいよー」


 クスリと笑いながら話す少女に女性は顔を真っ赤にしていた。


「ふふ。私はエル。こっちはラルよ」

「ら、ラルです!」


 緊張した様子で頭をさげるラルにエルは再び呆れを含んだ息を漏らす。


「ラル。あなた、そろそろ自分に自信を持ったらどうなの? せっかくこんなにも強い人に目を留めてもらったのだから」


 そうでしょう? とアイコンタクトを向けるエルに七実はニヤリと笑う。


「へぇー。よくわかったね」

「内容は言わなくてもわかったわ。あなたの性格も大方予測できたもの。いいわよ。あなたの背中にいるその子と、そちらのその子。守ってあげるわ」


 手を使って背負うなんてことはせずに、氷で椅子籠をつくり、その上に座らせるようにしていた陽菜。そして視線を背中の奥にむけ、結菜にやって微笑んだ。


「へぇー。それは好都合だね。んじゃ頼んだよー」

「え? え?」


 話の展開はわからず、疑問符を店員さんに何度もオーダーしている結菜に、七実はニカッと笑いかける。


「ちょっと襲撃してきたアホのも殲滅してくるからその間このオドってる人に護衛してもらっといて」

「えっ……えぇー!?」

「七実。信用できるの?」

「ん。ダイジョーブダイジョーブ。裏切らないよね」

「……えぇ」


 首を傾げながら問いかける七実。

 そんな七実の目を見て、エルは言葉に出来ない恐怖心を覚えていた。


(これが人間に出来る目なの?)


 この恐怖はそう、未知への恐怖だ。過去にずっと感じていた恐怖。情報屋となり、多くの情報を持つようになってからは感じることのなかった恐怖。


(……ふふ。面白いそうね)


 恐怖に染まっていた顔は一瞬にして歓喜へと変わっていた。

 きっと、この子を裏切れば大変なことになるだろう。しかし、裏切らなければ、今後もいい関係を築くことが出来れば、それは大いに利益をもたらしてくれるだろう。

 情報屋として、商売人としての勘がそう確信させていた。


「それじゃ。行ってくんねー」

「私も行く」

「えっ」

「何を言っても無駄。行くと決めた」

「元からそのつもりだけど?」

「……そう」

「ふふ」


 なんとも言えない雰囲気がそこにあった。

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