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8ー63 ドライブ


 結の背中から飛び出した六対十二枚の翼。最初、その色は十二枚全て純白だったが、それを出したのは暴走状態の結。下の翼から順に色が別の色に、漆黒に染まっていき、今では下部六枚の翼が漆黒を纏ってしまっていた。


「やれやれ。さすがは我らが残念なる主人様じゃな」


 今の結から発せられる重圧に林原は耐えることが出来ていない。

 当然だ。今の林原は強いとはいえ、所詮マスターの下位、良くて中位の下と言ったところなのだ。

 その程度の力ではこの重圧の中、立つことすらままならない。

 しかし、だからと言ってこの重圧によって命尽きることはないだろう。

 零は林原のことを一旦頭の中から除外すると、心を無くしたかのように静かになってしまった結の前に立った。


「お前様や。聞こえておるかの? いや、返事なぞ期待しておらん。じゃが、ここでの会話は暴走から解き放たれた時に伝わるはずじゃから言っておくがの、わかるかお前様や。ワシは言ったはずじゃぞ? その眼は片方だけでもお前様の意識を、人格を、性格を、人徳を、いや、最後のは違うの。

 ともかく、片眼だけでもお前様はキャラが変わってしもうたのに、両眼ともそれになるからじゃ。

 説明したじゃろ? 大き過ぎる力はその身を滅ぼす。いや、その心を滅ぼすと言ったところじゃな。

 ワシの忠告も聞かずに両眼ともそれになるからたったの一撃で、それだけのストレスで、怒りで、怯えで、いや、最後のはないかの?

 ニハッ。まあよい。このためにワシがいる。この状態のためにこの結界があるのじゃ。

 お前様の能力が発動しておるのじゃ、今なら死ぬことはあるまい。

 ーー行くぞ?」


 零を中心に暴風が起きる。不可視の、無色の暴風ではなく、零から発せられる幻力によって起きている暴風には色があった。

 ーー七色の暴風。

 正確に言うのであれば、赤、青、緑、黄、紫、白、黒の七色だ。

 七色の暴風が零の姿を包み込み、一旦全てから彼女を遮断した。


「ーー咲け」


 小さな声。

 しかし、その声はさっきまで零の口から聞こえていた幼いものではない。

 男子と違い、女子には声変わりというものがない。

 ないと言い切るのは間違いだが、少なくとも、男子よりも声変わりによる変化が少ない。

 しかし、いくら声変わりによる変化が少なかろうと、身体が成長すれば変化は確実に訪れる。

 つぶやきと同時に零を包んでいた七色の暴風が飛び散る。

 長い、純白。

 元々ロングヘアー。背中の中央ぐらいまで伸びていたが、今やそれ以上。腰を超え、立っている今の状態で膝裏まで届いている。

 先端は刃のように鋭く伸びている。勢いをつけてターンでもすれば、その髪だけで斬ることが出来そうなぐらいだ。

 伸びたのは髪だけではない。

 結が幼女と呼ぶこともあった身長一二○センチメートルほどの身体は、今や一六○ほどに、女子の平均身長よりもやや大きいぐらいまでになっていた。

 女としての凹凸は前までのような少しあるかなっと首を傾げてしまいそうになるものから、グラマーな、しかし気持ち悪さは全く感じない、完成された美を見せつけられているかのようだった。

 まとめよう。


 零の姿が成長していたのだ。


 零が成長した姿を披露したのは今回が初めてではない。

 しかし、前回の成長が年相応の身体。結と同い年ぐらいまで成長した零といった姿だった。

 しかし、今回どうだ。

 今回の零は明らかに前よりも成長きている。

 そうだな。いつもの零が小学生、前の零が中学生だとすると、今の零は高校生のようだ。

 成長に伴ってどういう原理なのかはわからないが、零の纏う衣服はいつも着ている黒の和装から、白のワンピースドレスになっていた。


「どうじゃ、お前様や。この姿の感想は後で聞くからの。意識を取り戻したらすぐに考えたほうが、無論、真面目に考えたほうが、賢明じゃぞ?」


 モデルのようにクルリと回る零。今までのような幼女ボディでそんなことをされても、子供が遊んでいるようにしか見えないが、今の姿、高校生ぐらいの姿やると本当にテレビに出てくるモデルさんのようだ。

 それだけ絵になった。


「まあ、鑑賞会はこのぐらいでいいじゃろう。そろそろ勉学に励むことにしようかの。

 今のお前様はその身に宿る……いや、宿らされた力のおかげでHPはとんでもないことになっておるからの。ーー加減は無しじゃ」


 様々なポーズを披露した後、満足そうな笑みを浮かべて零はそう言い残すと無防備にも背中を向けて結から距離を取った。


「…………」


 音も無く、気配もなく、結は零を背後から襲い掛かる。


「まったく。しょうがない奴じゃ。これでは復習の順番が変わってしまうじゃろ?」


 零の小さなつぶやきが結の耳に入るのと同時。結の視界から彼女の姿が消え去った。


「そうでもなかったの」


 カチャリ

 耳元から聞こえた音に結は反射的に振り向いた。

 視界にデカデカと映ったのは赤い筒状の何か。

 破裂音と聞こえると同時に結の身体を吹き飛んだ。

 勢いはまったく衰えぬまま飛び続け、やがて結界の端にあたり床に落ちた。


「どうじゃ? 『女神の曜火拳銃(ようかけんじゅう)』の威力はのお」


 零が右手に持っていたのは紅蓮に染まる一丁の拳銃だった。


「本来。拳銃の威力は銃本体ではなく、弾丸によって定まるものなのじゃが、同じ弾丸でもお前様が撃つよりも遥かに威力が高いじゃろう?」


 零が今使ったのは細工も何もない通常弾だ。しかし、結が使っている拳銃で撃ったとしても、ここまでの威力はない。

 今の結にまともな理性があったのであれば、あの拳銃について何かしら考察するのだが、今結にそれは出来ない。


「どれ。せっかくじゃ。これも受けよ『女神火動(カナドライブ)』」


 結へとまっすぐに向けられた拳銃。零から赤い幻力が迸り、溢れ出した赤は銃に吸い込まれるように消えていく。

 一瞬にして結の『弾月(だんげつ)』の声を幻力を注がれた拳銃は淡い赤の光を灯らせている。

 この間○、一秒以下だ。

 高速でこれらの過程を終わらせ、銃口から放たれるのは小さな火の弾丸。

 立ち上がった結は大鎌を地面に叩きつけると、棒高跳びの要領で上に飛び、迫り来る火の弾丸を躱した。

 斜め上に跳んだ結がさっきまでいた場所の後ろ。

 火の弾丸が結界の壁に当たると同時に眩い光が生まれた。

 光だけじゃない。中々高く跳んだ結にまで届く閃光に轟音、そしてサウナにいるのではないかと思うくらいの熱気。

 あの小さな弾にこれだけの熱が圧縮されていたのだ。

 理性のない今の結はその事実によって、もし当たっていたらという想像なんてしない。流れている汗は冷や汗ではない、この熱気によって流れているものだ。


「ほう。良くかわしたの」


 火薬の炸裂音が三回した。

 さっき聞こえた炸裂音よりも音が強い。これは弾丸部分にも火薬を詰めている『火速弾』の特徴だ。

 火速によって姿を消した零は結が三回の炸裂音を聞いたと同時に背後に姿を現した。


「『女神の曜水刀剣(ようすいとうけん)』」


 素手だった零の左手の中に生まれたのは空色に染まった一振りの剣。


「ほれ『女神水動(ルナドライブ)』」


 さっきの拳銃と同様に青い光を灯らせた剣が宙にいる結に向かってまっすぐ、振り下ろされる。

 結は鎌の棒部分でそれを受け止めると、その衝撃により床に向かって一直線。

 零の結界はこの部屋の表面全体に張られている。そのため、クレーターをつくることもない。


「……ふむ。どうやら暴走も中途半端。式が使えんようじゃな」


 空中では身動きが取れない。だから回避ではなく、防御を選択したと思うのが普通だが、結は幻操師。

 式を使えば空中で自在にとまではいかなくても、動くことは出来る。

 しかし、結はそれをしなかった、いや出来なかったのだ。


「復習の応用編はまだ終わらんぞ?」


 床に着地した零の両手には既に何も握られていない。

 素手になっている零は小さく微笑みながら立ち上がろうとしている結に向かって歩いて行く。


「どれ。手伝ってやろう『女神の曜木鋼糸(ようもくこうし)』」


 さっきまでのように何かが具現化されたようには見えない。

 零は何も持っていない左手を結に向かって翳す。

 すると、まるでマリオネットのように結の身体が不自然な動きで立ち上がった。


「良し。ちゃんと立てたの。『女神木動(サキドライブ)』」


 結が自分の足で立ったの確認すると、零はまたもや何かの式を起動する。

 その瞬間、零の左手から何本の光の線が生まれ、それは結の全身に巻かれている。

 言うまでもないが、突然光の糸が現れたわけではない。ただ、左手を翳したと同時に結の全身に巻かれた糸が緑色の幻力を注がれ、その色に発光しているのだ。

 零が開いた左手をギュッと握ると同時、結の叫び声がこだまする。


「……そういえば、発動中は互いに血すら出ないんじゃったな」


 結の能力。『強制花輪フォーストゥ・ブルーム』。

 この結界内部では全てこの『強制花輪フォーストゥ・ブルーム』のルールが適応されている。

 一つ、この結界内で削られるのは命ではなく、HP。

 傷は即座に塞がる。残るのは痛みだけだ。

 回復速度はその者の最大HP、残りHP共に依存し、この結界内に発生している重圧のせいで動けない林原も、結に付けられた傷は全て消えていた。

 最大HPがあまりにも高い結は傷が出来るのとほぼ同時に回復されるため、血が出ることさえない。


「林原も運が悪いの。能力発動者である主人様はルールを設定を軽く変えることも出来るからの」


 死ぬほどの重傷は即座にルールが強制されるが、結の地天(ちてん)によって林原が受けたダメージはそれほどではない。

 そのため、結の意識で一時的にルールを除外したのだろう。

 とはいえ、回復してしまえば流れた血は元に戻るため、利点はさほどない。

 効果があるとすれば、自分から流れる血を見て動揺させるぐらいだろう。

 風によって操作された糸たちが結を斬り裂いた後、零は目に見えないほどに細い鋼糸を消した。


「どうしたお前様や。さっきから一方的になってしまっているではないか」


 結の回答はない。

 しかし、それは言葉によるもの、返答がないだけで、結は行動によって返事をしていた。

 大鎌を零に向かって振り下ろす。そのスピードはさすがの一言に尽きる。

 結という理性が無くなっているからなのか、加減というものを知らないその一撃は並のもの、いや、例え強者と呼ばれている者たちでさえ避けられる者は、それを見ることが出来る者がどれほどいるだろうか。

 零をそれを簡単に、あまりにも簡単に受け止める。

 武器を使ったわけではない。鋼糸を消した後、零はまだ何も具現化していない。

 左手だ。

 左手の人差し指と中指。たった二本の指で大鎌の斧刃を挟み込み、そして止めた。

 片手版の白刃取り。

 心があったならば驚いただろう。動揺しただろう。恐怖さえ覚えるかもしれない。

 今の結にそれはない。ただただ自分の得物が掴まれたため、離させようと力を込めた。


「ニハッハッ。ワシのような小娘に力で劣るとはの。男として恥ずかしくないかの?」


 結は両腕、それに対して零はたったの指二本。

 それも、見る限り自然体で、必要以上に力んでいるようには見えない。


「ニハッ。まあそう落ち込むでない我らが主人様や。

 お前様は『合幻点(ごうげんてん)』でしかないのじゃ。

 例え同じ力を持ち、使っていようが『合幻点(ごうげんてん)』のお前様と『使い手』であるワシとでは実力差が生まれる。至極当然、真っ当、常識、いや最後のはちょっと違うかの?」


 そう言って悪戯な笑みを浮かべた零は空いている右点を自身の横に向けて翳した。


「さて。次と行こうかの『女神の曜土杖槍(ようどじょうそう)』」


 次に具現化されたのは茶色の槍。零はそれを右手一本で掴むと同時に指を巧みに使いバトンのようにクルクルと回す。

 やがてピタッと回すのを止めると、同時に槍の先端を地面に突き刺した。


「『女神土動(ルウドライブ)』。

 これはちときついぞ?」


 

 

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