8ー60 仮説と確信
「……何者だ」
突然現れた少女に向けて林原は鋭く、威圧的な視線を送る。
一見、大人と子供ほどの差がある二人だが、子供側、つまり少女はその視線に怖がるような素振りはせずに、それどころかふと小さく笑う。
「ニハッハッ。ワシのような小娘にそう凄むでないぞ。
安心せい。ワシが汝に直接何かをすることはないからの」
「俺は何者だと聞いたんだ。小娘」
「ニハッ。ワシか? そうじゃな。ワシのことを欠片も知らぬ汝に一から説明するのは少々面倒じゃが、久々の外で今のワシはとても機嫌が良い。良いじゃろう。説明してやる」
少女が自らの長い髪をかき上げる。純白のそれは扇状に広くひろがり、輝いているようにも見える。
楽しそうに、愉快そうに、溌剌と、スキップまではしていないが、していてもおかしくないほどに柔らかな笑みを浮かべる少女に、林原は言葉に出来ない気持ちを、感情を、そう感動を感じていた。
「ワシはそこにいる音無結の半身であり、眷属であり、力であり、使い手。
名は零。無情院零じゃ」
「!?」
彼女の名乗りに、銀髪の少女、零の名乗りに林原は衝撃が走ったかのように驚愕の表情を浮かべていた。
胸中にあるものは違うにせよ、驚きを感じていたのは彼だけではない。結もまた、驚いていた。
零と共にいた時間はこちらでは半日程度の短さだとしても、向こうでは一ヶ月以上の時間を共にしていたのだ。にもかかわらず、結は知らなかった。
【無情院】
零の名乗ったその姓を、結は知らなかった。
「無情院だと……」
「ニハッ。やはり、汝は知っているようじゃな」
「おい零。なんの話だ?」
「お前様や。女子の過去をあまり探るものではないぞ?」
「……」
零の言いよう。それはつまり零の過去について、その無情院というのが関係するという意味だ。結はそうだと確信した。
「生き残り? ……ありえん。あの村の者は全滅したはずだ」
「ニハッハッ。ワシが無情院に関係する者と知って臆したか?」
「…………」
林原の動揺は明らかだった。
その無情院とやらにどんな意味があるのか、結はそれを知らない。知らないはずだ。しかし零はそれを話してはくれなかった。つまり、まだ知るべきでないことなのだろう。
そう、結は自己完結させることにした。
「お前様や。良い心かげじゃ。女子には話したくない過去の一つや二つ、あるものじゃからな」
「……いつかは教えてくれるのか?」
「……ニハッ。そうじゃな。お前様には話すかも……いや、時が来れば話すじゃろうな」
「……そうか。なら今はいい」
「……ニハッ」
澄ましているつもりだろうが零の頬はほんのりと赤くなっていた。
「ニハッハッ。いい大人がそう怯えることはあるまい。さっきも言ったじゃろ? ワシが汝に直接何かをするつもりはありゃせんよ」
「零。そろそろいいか?」
「む? そう早るでないぞお前様や。……じゃが、確かにこれ以上の無駄話は無理そうじゃの」
零は後方を、この部屋に入ってきた扉の方に視線だけを動かす。
そちらからこっちに向かってくる二つの幻力を感じ取り、クスリと笑うとゆっくりと歩き出した。
向かった先は林原の方だ。しかし、林原は警戒の色を見せなかった。
当然だ。林原の方に向かっているとは言え、それは位置的に結の近くから林原の近くに向かっているだけであり、その立ち位置は結と林原の間。
そう、これを何かの試合に例えるなら審判がいるであろう場所に立っていた。
「お前様や。わかっておるな?」
「……ああ」
「ふむ。なら良いのじゃ」
結が頷くのを見て零は小さく微笑むと林原の方に体ごと振り返る。
「林原と言ったかの? 本番はこれからじゃぞ?」
ニヤリと、心から楽しそうに笑いながらそう言った零に林原は目を細めた。
零は視線を林原から外すと両手を胸の前で重ねた。その姿を見た結もまた『始まりのトンファー』を消すと静かに目を瞑り、手を合わせた。
「……ほう」
手と手を合わせ、円を作った後に幻力を高速循環させることによって少ない幻力で強い力を発生させるための技術の一つだ。
とはいえ、戦闘中にいちいち合掌だなんて隙を見せることなんて出来ないため、実戦でそれを使うことはない。そのため、今となっては知らない者が多い古い技術とも言える。
それを知っていた林原は感心するように唸る。
しかし、それはつまり目の前で敵が己にとって厄介なことをしていることに違いはない。
林原にとってそれは今すぐにでも止めたいことだった。しかし、それは出来ない。
(あの小娘。合掌しながらも俺もよく見ているな)
合掌をしながらも零には一切隙が見つからなかった。いや、隙ならある。しかし、彼女が出しているオーラからして、その隙を林原がつくことは出来ない。林原のレベルでは隙に成り得ないのだ。
ならば消去法で相手は結しかいない。結の場合これを邪魔することは簡単だ。
しかし、もしも今結に襲いかかればあの小娘はさっきの言葉をなかった事にしてその力を向けて来るだろう。
どちらが自分にとってリスクが大きいのか、林原にはそれが簡単にわかった。
「お前様や。こっちは大丈夫じゃぞ」
「……ああ。俺もオッケーだ」
「……ん。了解じゃ」
結の返事を聞くと同時に零は両手を床に叩きつける。すると、床に小さな幻操陣が浮かび上がった。
幻操陣から白い煙のようなものが立ち込める。それはどんどんとひろがっていき、そして部屋の全てを覆っていた。
「……なんだ。これは……」
「安心せい。これは汝に危害を加えるようなものじゃありゃせんよ。それに、今回は我らが主人様を補助するためのものでもありゃせん。
これはただの結界じゃよ。これからの戦闘でこの船が落ちては困るからの」
「ふん。あいつ如きの力じゃ何があろうとこの船は落ちん」
「そうじゃな。さっきまでの我らが主人様であれば、この船を完全に壊すことは不可能じゃっただろうの」
零につられるようにして二人の視線は結へと向かう。
結が静かに目を開くとその眼に林原は目を見開く。
「驚いておるようじゃの。ワシが保険としていなければ我らが主人様は残念なことに両眼ともすることが出来んのじゃよ」
さっきまでは左が黒、右が白の光を放つオッドアイだった結の瞳は、今や両眼とも真っ黒に染まった光を、いや、もはやそれは光とは言えないだろう。
光ではなく、闇そのものを宿していた。
「……有れ」
結が片手を前に突き出し、誰かに聞かせるようではなく、小さくつぶやくと、その手の目の前に黒い粒子が集まり出した。
「……それは……」
林原はその光景に見覚えがあった。
何もなかった空間に粒子がきらめき、物質を具現化させる。
その現象はまさに、第四心装、真式と名付けられることになるそれだった。
結によって作り出され、その手に握られたのは一本の長柄武器。
「……なるほどな。やはりお前がそうだったか」
過去。短い期間だったが、世間を騒がせた一つの存在。
その名は【死神】。
黒いコートに黒い仮面。黒で塗り固められたその姿から【死神】と呼ばれたのではない。
たしかにその姿は【死神】の名にふさわしいものだったが、何よりも印象強く【死神】を与えたのはその得物だった。
それこそ今の結が手にする武器。
「死神の大鎌。薄々気付いてはいたが、やはりお前がそうだったか」
「ほう。結があの【死神】であると気付いておったのか?」
「あくまで可能性の話だったがな」
林原が過去に感じた謎の少年の力。
林原は元々噂レベルだったが夜月が裏で何かを組織しているという情報を得ていた。
状況的にあの時の少年はその組織に入ったと推測が出来た。
そして、それから暫くして生まれた【A•G】の噂。
林原はその時確信した。夜月が裏で組織していたもの、それこそが【A•G】である。
そして、その【A•G】の中でも悪魔のように強いとされている【死神】。
林原はあの時の謎の少年がこの【死神】の正体であると予測していたのだ。
そして林原の能力『林知』によって謎の少年と結の存在が一つに結び付いたのだ。
A=B。A=Cならば、当然B=Cという式も成り立つ。
結が【死神】だったということがわかり、林原は自身の仮説を確信へと変えていた。
「おい。あまり長く変わっていたくないんだ。さっさと始めようぜ」
林原がその声に振り向くと、そこには大鎌で肩を叩きながら、無邪気に、子供のような笑みを見せる結の姿があった。
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