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8ー57 【天宮】


 その傷はたった今桜の剣によってつけられたものだった。

 自身が斬られたという事実に不知火の表情は鬼のように恐ろしいものとなっていた。


「あはっ。その顔面白いね。いいよ、ネタバレしてあげる。あんた、【不知火】なんでしょ? なら、あんたを斬れなかった理由がわかった。だから斬れた、簡単でしょ?」

「はっ! まさかテメェみたいなクソガキが気付くとはな」

「舐めてるからそうなるんだよーだ。さっきも言ったでしょ? あたしは【天宮】に伝わる天宮流桜花剣術の正式後継者だよ? 舐めないで」

「……知ってるぜ。テメェが【天宮】の剣か。

 テメェら【天宮】は絶対に子孫を二人残す。二人の子供の内一人には桜花剣術を教え込み、もう一人には【幻工師】としての技術を教え込む。

 キメラウエポンで有名な桜花刀シリーズ。それを作り出し、且つ使い手。それが【天宮】だ」

「そっ。ちなみにこの桜花刀は姉様があたしのためにわざわざ調整してくれた一点物だよ。

 つまり、あたしの戦闘スタイルに適合されてるってわけ」


 桜は千針桜(せんしんざくら)の先端を地面に突き刺すと同時に刀身を分裂させる。

 分裂させることで擬似的に刀身を伸ばした桜はその勢いに乗り前方に跳ぶ。


「たあっ!」


 剣の柄側だけは分裂させずに残していた桜はその部分で不知火へと斬りかかる。不知火は桜の変則的な高速移動に驚くこともなく、意外なことに冷静に剣を一刀を使い受け止めていた。

 そのまま流れるような動きでもう一刀で桜に斬り掛かろうとする不知火だが、上から気配を感じたことでそれやめて後ろに跳んだ。

 誰もいなくなった場所に上から刃が突き刺さる。それは桜が分裂させていた千針桜(せんしんざくら)の先端部分だった。


「みんなこの刀を見て勘違いするんだけどさー。この刀は中距離特化の刀じゃないよ?

 太刀筋を自在に変化させて全方位からの攻撃を可能にした近距離特化の特殊剣。今のあたしならこれの性能を最大限に活かせるからね。舐めると消えるよ?」

「ちっ。確かに個人に合わせた武器に剣術はやっかい。だがなっこれを作った【天宮】の者なら知ってるよなっ!!」

「…………」


 荒々しく叫びながら桜に見せつけるかのように前に突き出したのはその手に握る二振りの刀。桜花刀、『血塗れの双牙(ブラッドファング)』。

 不知火はニヤリと笑みを浮かべると左手に握る『血塗れの双牙(ブラッドファング)』の一本を宙に放る。片手が空くとその手を自分の背中へと回し、ちょうどさっきつけられた斬り傷に指を入れる。


「っ!?」


 その行為は自ら自身の傷を広げるようものだ。元々はそこまで大きくなかった傷から真紅色の鮮血が垂れ流れていく。

 不知火はその血を左手で受け止めるかのようにし、不知火の手は真っ赤に染まっていた。

 狂気としか思えない不知火の行動に驚いている桜を一見すると不知火は狂ったかのような笑みを浮かべた。

 笑みを崩さずに不知火は血濡れの左手で右手に持った『血塗れの双牙(ブラッドファング)』の刀身を一撫でする。

 そのまま流れるような動きで手を振るい、左手についた血を放ったもう一本の『血塗れの双牙(ブラッドファング)』に向けて飛ばす。

 不知火の血に触れた二刀はぼんやりと赤い光を放ち始めていた。


「チェジァっ!!」


 残りの一本を両手で握りなおした不知火は放ったもう一本目掛けて刃を振り下ろす。

 握られず、幻力の供給を失ったんだその刃は容易に、あまりにも容易に二つに分かれ、床に落ちる。


「知ってんだろ? 『血塗れの双牙(ブラッドファング)』の第二性質『共食い』をよ」


 剣を振り下ろした格好のまま不知火は得意げに語る。

 床に落ちた二つの剣だったもの。桜はそれを見て目を大きく見開いた。断ち切られたその刀からは淡い赤の光はなくなっていた。


「『血塗れの双牙(ブラッドファング)』。別名『双子の吸血鬼(ツインヴァンパイア)』。第一特性は血を刃に吸わせれば吸わせるだけその斬れ味を増していく。そしてぇ!」


 光を失い、断ち切られ、二つになったその刃から赤い蒸気が立ち込める。赤い蒸気は姿勢を直し剣を己の眼前に構えた不知火の持つもう一本の『血塗れの双牙(ブラッドファング)』へと吸収されるがの如く、どんどん飲み飲まれていく。


「血を吸わせ、真打でもう一本を断ち斬る。そうすることでこいつはその形を変える」


 不知火の持つ刀が右手ごと赤い蒸気に覆われていく。最初は元の刀と同じ形をしていた赤い蒸気だったが、吸収が進むにつれてそのシルエットは徐々に変化していく。

 やがて赤い蒸気は固まっていき、一振りの剣の姿となった。


「へぇー。その形状、カットラスみたいだね」


 真紅の刃を持ったカットラス。湾曲している刃を持ち、高い切断力を持っている。もう一つ特徴として刃が比較的短く、船などの狭い場所で有効だ。

 物語の中では良く海賊が持っているものとして描かれることが多く、パッと見海賊船にしか見えないこの飛空船にはピッタリだ。


「『血塗れの双牙(ブラッドファング)』の特異性『共食い』は吸った血によって変化の形を変える。

 あんたの血を吸って変わったってことは、その剣の形状があんたの心ってことだね。海賊の剣、略奪者の心って言ったところかな?」

「ハッ! 略奪者だぁ? 結構じゃねえかっ!! そうだっ! 俺様は略奪者っ! 金も名誉も地位も力も、全て全て俺様のものだっ!!」

「あっそ。勝手に言ってなよ」


 カットラス状の『血塗れの双牙(ブラッドファング)』を両手で握り締め不知火は桜に突撃をした。


「おらっ!」


 桜の正面で軽く跳び上がった不知火は落下の勢いと己の重量をふんだんに込めて上段から振り下ろす。


「力任せでどうにかなるほど剣の世界は甘くないよっ!」


 桜は紙一重で刃を躱すと躱した勢いのまま千針桜(せんしんざくら)を横に薙った。

 不知火は意外なことに冷静に剣のを剣で受け止める。

 しかし鍔迫り合いなどにはならない。鍔迫り合いの格好になると同時に不知火は千針桜(せんしんざくら)の変化に気付く。


(先がねえっ!)


 これはさっきと同じだ。桜は剣を止められると同時に千針桜(せんしんざくら)の先端部分だけを分裂させ、反対側から不知火を串刺しにしようとしていた。


「おらっ!」


 躱そうとしても掠ってしまうことは重々承知している。分裂しているとはいっても針たちはただ宙に浮いているのではない。針たちは全て目視の難しい糸で桜の持つ柄と繋がっているはずなのだ。

 それはつまり、鍔迫り合いをしている刃を弾けば後ろから迫る切っ先も軌道がズレるということだ。

 千針桜(せんしんざくら)は刀としては大太刀に分類される。

 大太刀を含め、巨大な武器は攻撃力が増す代わりに攻撃後の隙が大きくなってしまうという欠点が存在する。

 桜の千針桜(せんしんざくら)は刃そのものが変幻自在、変則的な動きをすることで隙の少ない連撃を可能にしている。

 しかし、それは桜の意思を、意図を伴った攻撃だからこそであり、弾かれてしまっては意味を成さない。


(ここだっ!)


 千針桜(せんしんざくら)を上に弾かれて、今の桜は胴ががら空きになっている。カットラスの形状となった今の『血塗れの双牙(ブラッドファング)』は細かく素早い連続攻撃に向いている。

 桜よりも早く体制を立て直し、桜の胴に向けて真紅の刃を振るわれた。


「ていっ!」


 腕ごと上に弾かれた桜は声を挙げると同時に自ら腕を加速させる。

 巨大な武器にはその重さ故に初動が遅いという欠点がある。しかし、同時にその重さ故にある程度の勢いに乗れば重さから生まれる強い遠心力によって加速する。

 両手をそのまま振り上げると途中で肘を曲げる。刀を自分の背中に隠すように振り上げた桜は切っ先をそのまま床に突き刺した。

 自分の背後で突き刺した千針桜(せんしんざくら)を棒の代わりにして、棒高跳びの要領でバク転気味に跳んだ桜はその勢いにまま足を同時に振り上げる。


 チッ


 両者の耳には届かないほど小さく、微かな音だけを残して不知火は桜の蹴りを躱す。

 不知火から三メートルほど離れた地点に着地した桜はニヤリと笑う。


「はいっ。あたしの勝ち」

「あぁん? 何言ってんだテメェ」


 不知火はニヤニヤとした笑みを浮かべていた。その笑みを見て桜は自分の足元から不知火の幻力が感じられることに気付く。

 初めてこいつと戦った時。こいつは現れる寸前にガーデンのいたる所で巨大な火柱を上げていたことに思い出した。

 今思えばあれは【不知火】が持っている式の中でも、唯一の火力技『火龍神柱(かりゅうしんちゅう)』だ。

 この技はあらかじめ火種を配置し、少ない幻力を時間を掛け供給することで合計量としては巨大ながらも、術者の負担を少なくしているのだ。

 あの笑み。恐らくは今桜が立っている地点の足元にそれが仕掛けられているのだろう。


「死ねやっ!!」


 剣から離した左手を下から上に肘を曲げて振り上げる。

 足元から熱気を感じる。しかし、桜はそこから退こうとはしない。変わらずに余裕の笑みを浮かべている。

 その笑みに不知火は苛立たを隠せない。その顔は今や怒りによって醜く染まっている。


「言ったでしょ? あたしの勝ちだって」


 火柱が上がる寸前。桜はつぶやく。その瞬間。不知火の膝が落ちた。


「なっ!?」


 それと同時にいざ昇ろうとしていた火柱は跡形もなく消え去った。


「ほらね?」

「……ど……こと……だ……」


 上手く舌が回らない。それだけじゃない。平衡感覚がおかしい、体の制御が上手くいかない。吐き気だってある。

 明らかに何かがおかしかった。


「まっ。気付かなかったとしても変じゃないけど。さっきのあたしの蹴り。ちゃんと避けたと思った?」

「…………」


 最早ちゃんとした言葉にすらなっていない。桜は不知火の目を見て言いたいことを理解する。


「残念ながら当たってたよ。だから勝ちを確信したわけだし」


 たった一撃の蹴りでどうにかなるわけがない。不知火はそう言いたいものの、言葉が出ない。

 不服そうに顔を歪める不知火を見て桜はちょんちょんと指で自分の顎に触れる?


「顎先に衝撃を受けるとどうなるか知ってる? ここに衝撃が来るとダイレクトに脳にまで伝わっちゃうんだ。そうすると脳がグラグラーって揺らされちゃうんだ。

 おっ。その顔わかったみたいだね?

 そうだよ。顎先に衝撃を与えられると数秒間まともに動けなくなるんだ。とは言っても、所詮は数秒だからね」


 そう言って笑みを深める桜。

 不知火の目にはやけに桜の動きがゆっくりに見えていた。

 だからと言って不知火の体が動くわけでもなく。ただそれを見ていた。

 振り上げられる千針桜(せんしんざくら)

 刃が分裂してたくさんの針に分かれていく姿。

 その針たちが先端を向け、自分の周囲で多重と包囲網をつくる姿。


「それじゃーー」

「やめ……」

「ーーばいばい」


 千針桜(せんしんざくら)を振り下ろす桜の姿。

 全ての針が自分に向かって飛んでくる光景。それを最後に不知火の視界は永遠に消えた。

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