8ー55 ハッピーエンドはその人次第
双花と別れた後、桜と青龍の二人は甲板を走っている内に最初に見えた入り口から船の内部へと進入をしていた。
船の内装について船とかに興味がない二人は特に感想はない。あるとしても精々、
あー、海賊ゲームってこんな感じだよねー。くらいだ。
最初入り口の先にあったのは小部屋と下の階に続く階段。小部屋はそこまで広くなく、どこかに続くようなこともなさそうなので、二人は互いに頷き合うと即決で下に向かった。
階段の先は一本の長い廊下。
チラホラと見える扉の先からはなんの気配もしない。そのためそっちには眼もくれず二人は先へと走る。
そしてやがて反対側に着くと、そこには明らかに今までの扉とは雰囲気が違うものがあった。
「青龍。行く?」
「んー。この奥の奥から力が感じる……かなー?」
「かなーって大丈夫ですか?」
「うー。あたしあんま感知とか得意じゃないんだよねー。サクランは?」
「あたしも得意じゃないね」
「んー。他の扉はしっくりこなかったし、とりあえず突入しとく?」
「あはは……雑だねぇー。まあ、それしかないか」
「でしょっ」
そう言って青龍はニカっと無邪気な笑みを浮かべると同時に腕を軽く振るい袖に隠している鞭を取り出した。
「ちょりゃぁっ!」
手首のスナップを効かせて放たれた鞭の先端は容易に音速を超え、甲高いソニックブームを発生させた。
無論、それは破裂音だけでは相当の破壊力が込められており、明らかにただの扉ではなく、金属製であろう扉は鞭の先端が触れると同時に爆散した。
「うわー。すごい威力……」
「サクランはあの千針桜使ってるんしょー? ならこれくらい簡単に出来るようになるよ」
「確かに鞭に似た特性だけでこれは無理かなー」
乾いた笑みを浮かべる桜の視線の先にあるのは一枚の扉だったとは思えない粉々の金属片。
「あはっ。まーまー。先行こっ」
「はーい」
青龍が鞭を再び袖の中に戻しながら桜に笑いかけると二人は再び先へと進み始めた。
「おやおや。こんなところに小娘が二人。鍵山たちは一体何をしてるざましょう」
部屋の中に入ると同時にそんな声が降ってきた。
「誰さっ!」
青龍は咄嗟に振り向くと同時に、その勢いで袖から鞭を滑らせて既に構えを取っていた。
桜が剣を袋の中から出して臨戦状態に入ろうとすると青龍が桜だけに聞こえるように小声で話し掛ける。
「桜は隙見て先に行って」
「でも……」
「大丈ブィ。このおばさんちゃっちゃと片して追いかけるからねっ」
そう言ってウインクをする青龍に桜は静かに頷いた。
桜の返事をみて青龍は満足そうに笑みを見せると改めて声の発信源へと視線を向ける。
部屋の中央からぶら下がっている巨大なシャンデリア。その上にその人物は立っていた。
「何してるって、なんか面倒そうなことしてる連中を懲らしめにきただけだよーだ」
「ホホホ。私はここにいる以上、これ以上の勝手は許さないざますよ?」」
「そーかい? そんなボロボロの格好しちゃって、誰かにやられた後じゃないの? それに、今の短いセリフに同じことば使わないでくれない? おばさん?」
青龍はわざとニヤニヤと挑発的な笑みを浮かべて最後の言葉を強調きた。理由はシンプル、注意をできるだけ自分に集中させるためだ。
そこに立つ年配の女性。風間の姿は前とはまるで違っていた。
まるでどこぞの嫌なタイプの貴族を思わせる趣味の悪い宝石まみれの衣を着たままなのだが、キラキラと光を反射していた宝石たちは汚れ、美しさなんて全くない。ところどころ破れておりその姿はボロボロの一言に尽きる。
ダメージを負っているのはドレスだけではない。風間自身にも細かい傷が多く目視出来る。それに、全身を覆うようにあざのようなものも見える。
その姿は明らかに誰かにやられた後であろうことを物語っていた。
「ホホホ。確かに、私はダメージを受けているざます。でも、だからと言って小娘には遅れは取らないざます『心装守式。宝獄天女』」
「ちょっいきなりかいなっ」
風間の周囲に目視出来る程に圧縮された風の球体が幾つも作り出されると同時に、その中の半数程が青龍たちに襲い掛かった。
初っ端から出し惜しみをしないで心装を発動した風間に驚きながらも青龍は冷静に自分の心を解放した。
「『心装攻式。青東龍鞭』」
竜巻の様にも見える水流が青龍の持つ鞭に巻きついていき、その姿はさながら水の龍のようだった。
「おりゃ!」
青龍は水の龍と化した鞭を振るい向かい来る風間の風の弾丸を受け止め切ると同時にもう一度振るう。
「桜っ!」
今度はこちらの番とでもいいだけな表情で青龍は己の心装を操作しながら桜の名前を叫んだ。
「ホホホ。小娘の連携ごとき無意味ざます」
それが連携の号令だと判断した風間はどの方向から、たとえ二人による同時攻撃があったとしても大丈夫なように風の球体を新たに配置した。既に青龍も桜も動き出している。今更止まろうとすればその瞬間に風の弾丸で仕留める。
そのまま来るのであればこの風たちでカウンターを披露することが出来る。
数の利があるからと勝負をあまりにも急いでいる小娘二人組に風間はニヤリと笑みを浮かべた。
「だーれが二人でやるって言った?」
「!?」
ニヤリとした青龍の言葉の意味に風間が気付くがもう遅い。
桜は風間を素通りすると奥の部屋へと走る。
「ま、待つざます!!」
逃してなるものかと必死になった風間は焦りの声を漏らしながら注意を桜へと集中させる。
そしてその瞬間。本当に短な時間。刹那の間、青龍への警戒が無くなった。
「邪魔させないよーだっ!」
注意かズレだせいで風間はもともと用意していた風の弾丸の使用が遅れてしまう。結果、攻撃が先にヒットしたのは青龍の攻撃だった。
「うぐっ!」
龍のような形をしているものの、青龍のそれが鞭であることに変わりはない。鞭独特のしなりによって威力が上がった横薙ぎをまともに喰らった風間は巨大なバットでホームランされたかのように大きく吹き飛んだ。
ここは野球場ではなく船内だ。この部屋の空間はそこまで広い訳ではない。そのため、風間は壁に激突した。壁の凹みからその威力のほどがうかがえるものの、床に倒れた風間の意識はまだ無くなってはいないようだった。
「わーぉ。丈夫だねー」
「青龍っ後よろしくねっ!」
「おけおけー」
片手を振って桜を見送った後、青龍は直ぐに視線を風間へと戻した。
桜に視線を向けていた時間は五秒にも満たない。その間に風間は既に立ち上がっていた。
とはいえ、体に負ったダメージは相当のようで、立っているのがやっと、フラフラの状態だった。
「ねー。おばさん? これ以上は消滅しちゃうよ?」
死んじゃうよとは言わない。この世界での死は本当の死ではないからだ。
この【幻理領域】にいる者たちは【物理世界】にいる本体の意識を繋ぐためのアバターでしかない。
とはいえ、一人が持てるアバターは一つ。その肉体で死を迎えてしまえばもう二度と【幻理領域】に来ることは出来ない。
【幻理領域】の存在としての消滅。それはつまり、幻操師としての終わりだ。
一説によれば【幻理領域】で消滅すると幻操師として培ってきた記憶を無くすらしい。
ここにいる者にとってそれは死となんな変わらないかもしれない。
だからこそ恐る。
人として死ぬわけではない。しかし、個を構成している半分を失うことになるのだ。その恐怖は並ではないだろう。
「うる……さい……ざます……」
全身から血を滴らせながも風間は立っていた。
【物理世界】と同様、【幻理領域】でも血を流し過ぎれば消滅してしまう。しかし、それでも、風間は立っていた。
「なんでさ。本当に死んじゃうよ?」
「うるさいざますっ!!」
風間は叫ぶと同時に青龍に手を翳した。その動きに応えるように風間の周囲で浮かんでいた風の球体たちが青龍に向かって一直線に飛んでいく。
しかし、そのスピードはさっきと比べると明らかに鈍かった。
苦しそうに俯いていた風間。手を翳すと同時に顔をあげたことで青龍は風間の目を見た。
その目に映っていたのは深い、どこまでも深い憎しみだった。
何があったのかは知らない。いや、関係ない。敵にも敵の事情があるのだろう。しかし、それをいちいち気にしていたら戦いが辛くなってしまう。
守護者として多くの戦いを経験してきた青龍はそれを知っていた。
自分の命よりも大切な感情。
青龍の目には今の風間が少し違って見えていた。
憎しみの篭った瞳。だけど、そのさらに奥に秘められた、苦しみ。
まるで、私を止めてと、終わらせて欲しいとでも言っているように感じた。
だからこそ、終わらせてあげることが風間にとって唯一の救いだと思った。
「……わかった」
向かってくる風の球体は問題ではない。心装の強さは心の強さ。
既に風間の心は折れていた。それに大した威力なんて無かった。
だから、せめてそれを防ぐこともなく、青龍は真正面から受け止めったら。
「うぅー。さすがに痛ったいなー」
涙目になりながらも青龍は数十の球弾を受け止め切っていた。
それを見て、風間の目が少し柔んだ気がした。
気のせいだったかもしれない。だけど、風間がそれを望んでいることに変わりはないだろう。
「……お疲れ様でした」
青龍がそう呟くと同時に水龍が風間を丸呑みにしていた。
現在、更新頻度や一話の文字数を前のように戻すために試行錯誤中です。
まだ関わる思いますが出来るだけ早く頑張ります。
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