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8ー54 お久でーす


「……ふん。やられおったか」


 小さくなった鍵山の力を感じ取り、林原は鼻を鳴らし、目を閉じた。

 玉座とでも呼べばいいのだろうか。豪勢に装飾が施された常識外に巨大な席。まるで大人が座る椅子に赤子を座らせているかのような、そんな大きさのアンバランス感があった。


「俺の前で随分と余裕なんだな」


 その声に林原はゆったりと目を開ける。開かれた視界の中に映るのは一人の少女を抱えた和装の少年だった。


「ふん。気を失った小娘を抱えて乗り込んできた貴様の方が随分と余裕そうに見えるがな」

「こんな可愛い子をそこらへんに置いとく訳にはいかないだろ? 呆けたかジジイ」

「俺に向かってジジイとはな。自ら弱味を連れてくるとは愚の骨頂だ」


 そう言って林原は腕を挙げ、少年に向けた。その瞬間、少年は足元から気配を感じ取り、反射的に跳び上がる。それと同時に足元から突き出てきたのは、


「木の属性か!?」


 木の根っこのようなものの先端は鋭くなっており、それはさながら一騎当千の騎士が持つ槍の如くだ。

 それは跳んだ少年を追いかけてなおも伸び続けていた。少女を俗に言うお姫様だっこしていて両手が塞がっている少年は舌打ちをすると両眼を光り輝かせていた。


「……ほう。眼式か」


 少年は大幅に上がった動体視力を活かして根っこの動きを見切る。タイミングを合わせて根っこを横から蹴り飛ばすことによって軌道を逸らしつつ、自身を地面へと加速させる。


「ふう。危ね」


 地面へと着地した少年は少女に傷がなかったことを確認すると安堵の息を漏らした。

 

「ちょっとここで大人しくしててくれよ?」


 部屋の端に少女を寝かせた少年は少女の頭を一撫すると少女を見ていた優しい目から殺意の籠った鋭い目付きへと変え、林原へと振り返った。


「おいっ。会長に傷がついたらどうするつもりだ?」

「貴様、雰囲気が随分と変わったな……」

「そうか? そうかもしれないな。あんたがそう思うならきっとそうなんだろうな」

「……貴様、何者だ?」

「何者って言われてもねー。今は特に名乗るものがないんだが、まー、とりあえずこれでいいか?」


 明らかに前見た時と様子が違う少年に林原は動揺していた。

 隠せもしない動揺、少年はそれに気付くと面白そうにクスリと笑い、目を静かに瞑る。


F•G(ファースト・ガーデン)中等部二年生十会、平役員のーー」


 閉じた目を開けると同時に少年の目にはさっきまでは無かった変化があった。

 右眼は先ほどと同じ純白の光を宿していた。しかし、左目は……。


「ーー音無結だ」


 漆黒の闇を宿していた。

 結の眼は純白と漆黒。左右で違う力を宿す、オッドアイになっていた。






「……なんだ。その眼は……」


 変化したその眼を見て林原は言葉に出来ない感覚に襲われていた。それをあえて言葉にするのであれば困惑、恐怖、動揺、感心、歓喜、焦燥、幾つもの矛盾した感情によるブレンドだ。


「なんだ? お前なら知ってるだろう? さっきもつぶやいてたしな」

「輝く瞳、光眼(こうがん)と呼ばれる特殊な力を宿した瞳。通称、第三心装、眼式……」

「ほら。知ってるじゃねえか」

「……だが、聞いたことがない。黒く輝くなど、オッドアイなど」


 林原の言葉に結はやや不機嫌そうに表情を歪め、腕を組んだ。


「悪いな。本当はオッドアイにはしたくないんだが、どういうわけが左目しか黒く出来なくてな」


 そう言って結は自分の左目を指差した。


「そろそろ無駄話は終わりだ。さっさとあんたを刈って帰りたーー!?」


 言葉の途中で結は背後から迫る殺気を察知した。背後には会長を寝かせている。もしかするとその殺気は会長に向けてかもしれない。

 結は万が一を考えて会長の元に跳ぶ。


「テメェならそう来ると思ってたぜっ!!」


 会長の元に辿り着くと同時に上方からふた振りの刃を振り下ろされる。

 さすがに二本の刃を素手で受け止めることはできない。避けることは出来るがそれでは会長に当たってしまう。


(ちっ。性格悪いなこいつ)


 内心舌打ちをしながら結は両手首にいつもつけているブレスレット型の法具を起動し、一組のトンファー型法具、『始まりのトンファー(アルファー)』を作り出した。

 トンファーを刃の軌道上に斜めに配置することで斬撃を左右へと逸らした結は双剣が逸らされてしまい体が流れ、無防備になっている目の前の赤髪の男を蹴り飛ばす。


「また会ったな」

「……テメェ」


 壁に激突し落ちた赤髪の男、不知火に向かって結を視線を向ける。

 黒と白のオッドアイになっている結の瞳を見て一瞬驚く素振りを見せる不知火だったが、その表情はすぐに怒りの色に染まった。


「悪いがお前の相手をしてる暇はなくてな」

「なんだとゴラッ!! おいっ林原! こいつは俺がやる! 手を出すんじゃねえぞっ!!」

「……ふん。任せるぞ不知火」


 不知火の登場で動揺が収まった林原は無表情でそう告げると、玉座の肘掛け部分の下にある何かを操作していた。

 どうやらそれは隠し扉を開けるための仕掛けだったらしく、ゴゴゴとではなく、静かに小さな音だけを立てて玉座の後ろにあった壁の一部がまるで流砂や底無し沼に飲み込まれたかのように沈んでいった。


「おいっ待てっ!!」

「おいおい。この女を置いてっていいよか?」


 隠し扉の先に消えていく林原の背中を見ながら思わず叫んだ結に向かって、立ち上がった不知火は視線で会長のことを指しながら言う。


「まだまだ経験の無いガキのようだが、将来は有望そうだな」


 そう言って舌舐めずりをする不知火を見て結の左目がより強い闇を宿していた。


「……へぇー。どうやらテメェのその目はテメェの感情に合わせて増減するみてえだな」

「……だったらなんだ。雑草」

「あぁん!? 誰が雑草だとこのクソガキが!」

「……さっきも言っただろ? お前の相手をしてる暇はないってな」


 これ以上話すことは無いとでも言うように結はトンファーを構える。

 構えると結は複数の気配に気付いた。


(どうやら来たみたいだな。こいつは【不知火】の者だ。俺の予想が正しいならあいつに任せた方がいいな)


「テメェっ! よそ見してんじゃねえっ!!」


 気配を感じで思わずよそ見をしてしまった瞬間に不知火は結へと飛び掛る。結はそんな不知火をチラリと目の端だけで見るとふぅーっと呆れるようにため息をついた。


「怒りに任せても意味ないぞ?」


 結は二方向から振るわれる刃を片方のトンファーで纏めて受け流すと同時に空いたトンファーの握りを緩めて高速回転を始めていた。

 回転速度が十分になり、尚且つさっきと同じように体が流れてしまって不知火に致命的な隙がうまれたことで結は回転による遠心力を込めた一撃を不知火の胴に打ち付ける。


「がはあっ」


 その衝撃に不知火は口から唾液を漏らしながら重力に逆らうようにして床と平行に飛んでいく。

 林原が消えて行った隠し扉を除けばたった一つしかないこの部屋に続く扉。その扉目掛けて不知火は飛んでいき扉を一つ、二つ、三つと、いくつも突き破って行き不知火の姿はその部屋から消えていた。


「さて。行くか」


 興味を失ったかのように不知火が飛んで行った方向から視線をズラすと林原が使った隠し扉を見た。

 林原が通り終わると同時に閉まった扉をもう一度開けようとするのだが。


「……パスワードですか。そうですか。……めんどうな」


 普通隠し扉と言えば隠されたスイッチをポチッとすればいいだけだと思ったのだが、どうやらここはそうではないらしい。

 パスワードを入力するための画面などは全て肘掛けの下にあり、下から覗かなければ見ることすら出来ない。

 とはいえ、入力機器にはそれぞれに点字が付いているためパスワードさえ知っていれば見る必要は特にないだろう。

 とはいえ、要求されているパスワードは数字で八桁。結がそれを知るはずもない。


「……めんどうだな」


 再度同じことをつぶやく結だった。

 


 

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