8ー53 瞬天
人並み以上の総幻力量を誇り、真式によって心力すらもプラスされているとは言っても、契約無しで『天使化』を長時間維持するのは難しい。
双花自身、『天使化』を教わった時に契約をしないかと言ってもらったことはあった。
交流もあり、双花なら問題ないだろうという奏の考えだった。しかし、双花はそれを断った。
【A•G】との契約は、結とも契約することになる。【A•G】との契約の鍵となるのが結との契約だった。双花はそれを聞かされていた。
結と契約をすれば契約の効果によって潜在能力を解放される。強くなれる。だからこそ双花はそれを断ったのだ。
自身の潜在能力なのですから自身で解放してみせます。
それが当時双花が言った建前の言葉だった。
(あの時。契約をしていた方が良かったかもしれませんね。……でも……恥ずかしいものは恥ずかしいんですっ!!)
契約をしていればあの時、どうにか出来たかもしれない。奏を救うことが出来たかもしれない。しかし、結との契約にはとあることを必要とする。それは肉体的接触だ。
奏を含めA•Gの者は全員結と契約を交わしている。個人によって接触レベルに差はあるが、当時はまだ小学高学年ぐらいだ。そのため大抵の少女たちは結とハグをしている。
ハグである。ここ、重要です。
つまり抱きしめ合ったということだ。無論、それを嫌がった者はいなかったのだが、恥ずかしくて出来なかった者たちもいる。そういう時は手を繋ぐだけでもいいのだが、その場合の契約では『天使化』を扱い切れない子達もちょくちょくいた。
双花が契約を断った理由。自分の才能を自分で開花させたかったというよりも、ただただ結と抱きしめ合うのが恥ずかしかっただけだったりする。
頭に過る過去の苦悩を振り払うように双花は首を激しく左右に振った。
(まだ……ですね)
双花は観察を続ける。何度も何度も頭の中にある鍵山のイメージと実際の姿の間にある誤差を修正する。
観察、修正、観察、修正、観察、修正、何度も何度も何度も繰り返す。
観察を続けながらも双花は上手く誘導して今まで見せた攻撃角度以外からの攻撃を誘う。
ありとあるゆる攻撃パターンを実際にやらせ、その動きを情報として蓄積する。
そしてその時は訪れた。
双花は突如鍵山の目の前で無防備に背中を向け、空中で停止した。
「がぁぁぁぁぁっ!!」
理性はなくともその行動がこちらをなめているからのものであると悟り、己の怒りを吐き出すかのように拳を振るう。
その拳の巨大さ、速さも相俟って強烈な風切り音が響き渡る。
室内ではなくて良かったと心の中で密かに思いながらも双花は背中越しに感じる気配にニヤリと口元をあげた。
双花は全知全能の神ではない。
いくら頭の中のイメージと本物の間にある誤差を修正し続けて本物に限りなく近くしたとしても、様々なパターンを想定して繰り返しシュミレートを重ねたとしても、全てが推理通りに行くとは限らない。
それは双花自身嫌というくらいにわかっている。
だからこそ双花は挑発をした。
生き物の本能として馬鹿にされればイラつく。頭が無い馬鹿なら簡単に挑発に乗ってくれるだろう。
そして、今の鍵山はどうやら理性が吹っ飛んでしまっているようだ。つまり、頭の無い阿呆と同じだ。
血が頭に昇っている時、反射的に出る手の動きはとてもまっすぐで、素直で、純粋で、実に分かりやすい。
結果、その時の鍵山はシュミレートと完全に一致していた。
過去のことのように知っている未来。確定した未来なんて過去と同じことだ。
気配からそれを察知した双花は頬を緩める。同時に双剣にありったけの心力を注ぎ込んだ。
「っ!」
理性を失い、生物としての本能が強く表に出ている鍵山は一時的な野生的感覚を得たことで危険を察知していた。しかし、もう止まらない。この拳は止まらない。獣の並みの思考力は中途半端に止めるよりも思いっきりこのままやることを選択した。
その選択が正しかったのかはわからない。誰にもわからない。ただ鍵山自身は気付いていたのかもしれない。その顔は恐怖の色に染まっていた。
鍵山の顔が恐怖の染まる瞬間。それはより明確な恐怖へと変わった。
目の前で背中を見せている黄金の髪を靡かせる少女。
その少女が持つ二刀の刃。もともと白と灼に染まっているその刃はそれぞれより美しく、激しい色を纏っていた。
双花は左手に握られている純白の光刃をクルリと回し、順手から逆手に持ち直した。鍵山の目にはそこまでしか映っていなかった。
純白が逆手に変わった瞬間、双花の姿からそこから消えた。
「行きますよ?」
己の胸元から聞こえた声に体が硬直した。体は動かない。視線だけが下へと向かい、そこにいる双花を捉えた。
右手を己の左側にやり、左手は後ろに引いている。ブレずに目視が叶ったのはそこまでだ。
双花の姿がぶれると同時に胸が熱くなるのを感じた。
「夜月流操術。『二刀型、双天回乱』」
片足を軸に高速回転をし、同時に順手と逆手で持った左右の刀で対象に連続的に横薙ぎを与える。
意識した訳ではない。それは偶然の産物だった。夜月家に伝わる術の一つである夜月流操術。
相手の目の前でコマのように高速回転をしつつ隙を与えずに連続的に切り裂く技が『双天回乱』。しかし、今双花が披露したのはその応用とされるものだった。
対象者の目の前でわざと迸るほどの力を見せつけ、その力を感じさせる。そして、力の放出を止めると同時に高速で移動し相手の懐に潜り込む。圧倒的な力という存在感に意識を持って行かれていたものはその動きについてこられない。動きが止まってしまう。決定的なタイミングで致命的な隙を相手に生ませ、そこから技へと繋ぐ。『瞬天、双天回乱』。
鍵山の胸に痛みという名の熱が走る。そして、一瞬の間を置いて多量の鮮血が噴き出した。
返り血を浴びるなんてことはしない。既に双花はその場から離れ、体が元になると同時に膝をついた鍵山に憐れみにも似た視線を送っていた。
掛ける言葉はない。勝者は敗者に何も言ってはならない。あってはならない。
いや、それは出来なかった。既に鍵山の意識はそこになかった。
「…………」
双花は静かに振り向くと、先に行かせた桜と青龍を追いにその場から去って行った。
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