8ー51 二色
突如として牙を剥いた鍵山は懐から一本の鍵を取り出した。彼はそこから流れるような動きで黄金に輝くその鍵で目の前の空間を切り裂くかのように、一閃する。
「開け、『地獄への扉』『地獄の業火』」
瞬間。小さな扉のようなものが浮かび上がり、最初は透けていたそれがしっかりと宙に浮かぶ小型の扉として具現化された直後、ちょうど鍵山が振るった鍵の軌道上を境に開き出した。
これらの過程は全てが一瞬だった。
扉が開いた瞬間に中から溢れ出したのは真紅に染まった業火だった。
見るだけでどれほどの熱がそれに備わっているのかわかるほどの迫力。
双花は突如として動き出した鍵山に眉を顰めると、左手で一刀を逆手で抜刀しつつ振るう。
抜刀すると同時にその白刃は氷の粒子を纏っていた。それだけではない、その氷は双花の一閃に合わせ、飛ぶ氷の斬撃として放たれていた。
鍵山の呼び出した真紅の業火と双花の放った氷の斬撃がぶつかり合い、拮抗していた。
しかしその拮抗は長くは続かない。次第に氷の刃が崩れていき、そして完全に飲み込まれていた。
双花は表情を変えることなく、冷静に右手でもう一本の刀を同じく逆手で抜刀する。
鞘から解放された灼刃は即座に業火を纏い、その業火を真下の地面に向かって解放する。
火速と同じ要領でタメもなく高くへと双花が飛んだ瞬間に地獄の業火が先ほどまで双花がいた地点を焦がしていた。
(やはりただの氷では数秒程度しか持ちませんね)
自分の氷ではあの業火を打ち消すことは不可能であろうと最初から予測していた双花に動揺はない。
その目は静かに鍵山の動きを観察していた。
そんな双花に鍵山は不愉快そうに顔を顰める。そして反対の手で懐から別の鍵を取り出していた。
鍵山は抜刀術をしているかのように、そのままの勢いで新しく取り出した白銀の鍵を振るう。
最初に現れた扉は既にその影もなく消滅していた。そして今度は先ほどとは形状の違う扉が浮かび上がる。
「開け、『地獄への扉』『地獄の吹雪』」
次に溢れ出すのは白い空気を撒き散らす吹雪だった。
それは空気にいる双花へと真っ直ぐ突き進んでいる。
空気では回避が出来ない。
それは自力では空を飛ぶことが出来ない人間の常識だ。しかし、双花はただの人間ではない。伝説を、幻を操る幻操師だ。
クルリと手元で逆手に持っていた二刀を順手に持ち直し、右手に握る灼刃に幻力を注ぎ込んだ。
途端に刃から眩い業火が溢れ出し、それをジェットのようにして利用し、推進力へと変えた業火で地面へと急降下し、掠ることもなく無事に吹雪を躱していた。
着地時の反動を利用して双花はクルリとターンを一回。同時に双刀に幻力を注ぎ込みそれぞれから熱気と冷気を溢れ出させる。
ターンの勢いを殺さないように、遠心力を利用して双花は二刀を勢いよく横薙ぎに振るう。
「『混操、火氷双天刃』」
それぞれに纏っていた火と氷が混ざり合い、赤と青の二色に輝く光の刃が鍵山へと飛ばされていく。
「この程度でやれると思ったか?」
鍵山は溢れんばかりの力を宿しているその斬撃を見ると、双花のことをまるで虫でも見ているかのような目をし、第三の鍵を取り出した。
「開け、『地獄への扉』『地獄の血壁』」
血のように真っ赤なその鍵を振り上げると鍵山の前方の下部に床下収納のような扉が具現化した。
血濡れの壁がせり上がり、それは双花の放った混操の刃とぶつかり合う。
「……なるほど。地獄界とはそれほどの場所でしたか……」
傷一つ付いていない血濡れの壁を見て双花は目を細めた。
鍵山家の持つ鍵は世界と世界を隔てる壁に一時的に扉を作り出すものだ。
一つの鍵で繋げることのできる世界そして力は一つ。
三つの鍵はそれぞれ地獄界の火、氷、土を呼び出すことが出来る。
双花の実力はマスターランク。その氷を容易に飲み込む程の業火。
火と氷が混ざり合い、拒絶の力、つまり反発力すらも合わさって放たれた混色の斬撃さえも傷一つ無く防いでしまう壁。
それらは全て、一体どれだけ地獄界という世界が凄まじいのかということを示唆している。
そんな世界が確かに存在しているという事実に双花の表情は優れなかった。
「終わりか? ロイヤルのマスター」
「はぁー。正直な気持ち。これだけは使いたくなかったのですが、あなた相手に出し惜しみすることは無理なようですね」
「ふん。なるほど。貴様らにはそれがあったな。やってみるといい。だが、それで俺を、いや、地獄界をどうにか出来ると思うなよ?」
「ええ。そうですね。まだまだ私の力では地獄界ではやって行けません。ですが、地獄界の力を扱えるとしても、所詮一人分でしかないあなたなら……」
双花は双剣を正面でクロスさせると全身から白いオーラを漂らせ始めた。
それはただのオーラではない。それ自体が力を持った超圧縮エネルギー。本来であれば外界に影響を及ぼすことはないその力。しかし、【幻理領域】という限られた空間であればその限りではない。
純白の幻力。属性変換せずに放出された幻力の色はそのままその性質を表す色になる。純白は月の光。月の性質を表している。
「さすがだな。幻操師の中で常識とされている嘘。それを嘘だと証明するのに貴様ほどわかりやすい実例はいない。
元々はそれから外れている者たちのやる気を削がないため、或いは外れていない者たちを天狗にさせないようにするためだったか?
父の炎と母の氷。二つの主属性を持った天才。貴様を見れば絶望するだろうな」
「……確かに、元々はお父様とお母様から受け継いだものかもしれません。ですが、この力を使いこなすようにと努力を重ねたのは他の誰でもない、私自身です!」
「ふん。血統こそが力。幸運だったな。小娘」
その言葉に双花の瞳が変わる。その瞳に宿ったのは憎しみの感情。
しかし、その瞳に宿る感情とは裏腹に双花の口元は笑みを浮かべていた。
「ふふ。ありがとうございます。あなたが私を怒らせてくれたおかげでどうにか安全に発動することが出来るそうです」
「……なんだと?」
疑問を口にする鍵山。しかし、双花の言葉の意味をすぐに知ることになる。
(……色が混ざっているのか?)
口にはせずに鍵山は心の中でつぶやく。そしてそれが意味することを悟り目を見開いた。
「ふふ。気付きましたか? 月の性質はまだ未知が多いです。
どうして解明されていないことが多いのか。その理由はいろいろとありますが、特に強い理由として性質を強く出せるほどの実力が多くいないということ。そしてもう一つ、これは私を含めて限られた少数の人間しか知らないことですが、根本的に違うんですよ」
「…………」
「月の性質は光ではありません。月の光はただ太陽の光を反射しているだけの表面でしかありません。
魔性の月。その本来の力をお見せしましょう」
妖艶に微笑む双花。
双花の纏うオーラはいつの間にか白だけでは無くなっていた。
白と黒。二色の光、いや、
「光の力。そして、闇の力を……」
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