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8ー46 不安定


 永遠にも思える沈黙が続いた。

 実際には数秒程度だったのだが、桜にとっては長い時間が過ぎたように感じた。


「……おや?」

「……はぁー」


 未だに固まっている桜に賢一は声を漏らした。そんな実の父を見て娘である双花は深いため息をついていた。


「……ごほん。お父様? お父様のせいで桜の頭がショートしてしまったではありませんか」

「ふむ。軽く無理だとでも拒否されると推理していたのだが、硬直は想定外だね」

「ふむ。じゃありません!! なんでそんなとんでもない無茶振りをしてるのですか!」

「結君の友達だろう? それに桜君は既にAのランク。そしてなによりも2nd(セカンド)のクラスを持っているのだよ? そう不可能な話ではないだろうに」

「た、確かに結の過去が過去だけになんとも言えない気もしますが、それでも一生徒にそんなことを任せていいと思っているんですか!?」

「……ふむ。確かに桜君にはプレッシャーが強いかもしれないね。……よし、ならばこうしよう」


 ニコニコとした笑みを浮かべて両手を叩く賢一だが……正直に言って嫌な予感しかしないのは双花だけなのだろうか。


「ここの守備は私たち五人ならどうにかなるだろう。

 よって、双花。君が指揮をして突入しなさい」

「……やはりそう来ましたか」


 父が凛々しい面をしており、伝説の幻操師と呼ばれている割に、実のところ趣味はイタヅラというお茶目な人だということを知っている実娘にとって、その言葉は容易に推理が出来ていた。


「……はぁ。お父様がそう仰るのであれば仕方がありません。私は【R•G(ロイヤル・ガーデン)】のマスターである以前にお父様の娘ですので逆らえません。その代わりに私の可愛い生徒たちをしっかり守ってくださいね?」

「ふふ。当然だよ双花。私にとっても生徒たちは大切な子達だからね」

「メンバーと決定権は私でよろしいですよね?」

「ああ。当然だ」

「そうですか。なら……桜を指名しますね」

「……ほう?」


 二人が目をやった先にいるのは未だに固まっているアホの子桜ちゃん。

 まだこっちには戻ってこれていないようだ。


「……本当に大丈夫かい?」

「……それをお父様が言いますか? 責任はお父様ではありませんか」

「そうだったね」


 一切悪びれることなく言う賢一に双花は込み上げる何かを感じたが、心の中でため息を一つ。いろいろと諦めることにした。


「……今回のクエストは生け捕りで間違いありませんか?」

「そうだよ。今回の件、前回の襲撃もそうだが、私はどうも裏にさらなる真実があるように思えて仕方がないんだよ」

「……さらなる真実ですか?」

「連絡があったんだよ」

「連絡? 誰からですか?」


 首をこくりと傾げて疑問符を浮かべる双花に賢一は我慢していたものを吐き出すかのように楽しそうに言う。


「結君からだよ」

「!?」


 表面上は反応を隠そうとしているものの、賢一の言葉に双花は驚きを隠せていなかった。


「……どういうことでしょうか?」

「彼がここを出る前に私のところに訪れてね」

「どうして引き止めなかったんですかっ!」


 結は強い。しかし、賢一ならばその結を力で無理やり止めることも出来たであろう。

 しかし、それをせずに結を行かせた、行かせてしまった賢一に双花は怒りを露わにしていた。

 許可の無い外出は重罪だ。

 たとえ戻ってきたとしても無事ではいられないだろう。


「ふふ。双花。君はやっぱりまだまだ修行不足だね」

「……どういうことですか?」

「結君が後先何も考えないでここから飛び出るだなんて思うのかい?」

「! ……それは……ですが……」


 許可無くここを出たのはまぎれもない真実なのだ。

 例えそのガーデンのマスターが後からそれを許可したとしても罪が罪であることには変わらない。

 そもそもマスターとしてそんなことは出来ない。

 一回の例外だけでも致命的なことになる可能性がある。

 生徒全員の心を預かっている身としてそんなリスクは背負えない。


「……一体、どうするつもりなのですか?」

「双花は知っているだろう? 昔、結君が一時的とはいえどこに所属していたのかを」

「昔ですか? ……ですが【A•G(エンジェル・ガーデン)】は既に解散状態ですし……! まさか!」

「ふふ。思い出したかい? あの子が結君を放っておく訳がないだろう?」

「……そうですね。ですが結は既に……」

「私は彼のことは良く知っているさ。彼は確実に結君のことを気にってるからね。そんなことは些細なことなのだよ」

「……そうですか」


 双花が手を顎に当てて考え込んでいるとやっと桜の再起動を完了していた。


「おや? 気付いたかい桜君」

「え、えーと」

「おっと。安心しなさい。船への襲撃は双花が指揮を取ることになったからね」

「ほ、本当ですか!」


 花が咲くような笑みとはまさにこれをことを言うのだろう。

 気付いて後もずっとカチカチに固まっていた桜は賢一の言葉を聞くと同時に安心したように笑みを浮かべた。


「本当だよ。……まあ、双花からの指名で桜君も強襲チームに参加することになったけどね」

「……えっ?」

「言っておくが拒否権はないよ? 2nd(セカンド)ということは桜君はシードでありながらも同時にプロでもあるんだからね。上官からの指名クエストは妥当な理由がない限りは強制だよ」

「…………」


 雨宮桜。本日二度目のショートを起こしていた。








「さて。二度目になってしまったが、桜君も目覚めたようで何よりだ」

「……申し訳ありませんでした」

「桜? 謝る必要はありませんよ? 原因は九分九厘お父様ですから。……お父様はその笑みをやめてください!」


 項垂れて落ち込む桜の背中を優しく摩っていた双花は、娘の成長をそして何よりもさっきから百面相を披露してくれる桜を見て楽しそうに微笑んでいる賢一にジト目を向けていた。


「ふふ。そう声を荒立てないでくれたまえ」

「お父様っ!」

「ふふふ」


 幼少期から理性的で全くと言っていいほどに手がかからなった双花が年相応な笑みを浮かべていることに賢一は感動を覚えていた。

 親の心子知らずというべきなのかは疑問だが、賢一が笑みを浮かべている一番の理由に双花は気付いていなかった。


「さて。ここで問答をしている間に上は随分とスッキリしたようだね」


 そう言って空を見上げる賢一に二人はつられるようにして上を向いた。

 さっきから話していた三人だが、上の方では未だに双花の守護者二名が人型の群れと戦っていた。

 二人の実力を知っているからこそ、ミスなんてしないと信じているからこそ双花も安心して話していたのだ。

 賢一はあの二人のことは資料でしか知らないが、娘が信じている相手だからと無条件で信じていた。

 桜の場合はそれどころではなかっただけなのだが。


「さて。そろそろ任務開始と行こうかね」

「……了解しました。お父様。……桜、行きます」

「えっ、そ、双花様?」

「どうかしましたか?」

「……そのー、もしかしてあたしたた二人だけですか?」

「そうですが?」

「えぇー!!」


 何を言っているのですか、当たり前でしょう? っとでもいいたげな顔で首を傾げる双花に桜は絶叫した。


「と、突然大声を出さないでください!」


 両手で両耳を覆うものの近距離からの絶叫はそのガードを容易に貫いていたようで、双花は両目尻に涙を溜まらせながら訴えた。

 ちゃっかり賢一は桜は絶叫する前に少し離れていたため今は楽しそうにニコニコと微笑んでいたりする。


「二人は流石に無謀じゃないですか!?」

「ですが、生十会がいない以上、他に戦力になる者はいないと思いますよ? 残念ながら私のガーデンでも戦力になりそうなのはアリスだけですし、そのアリスは負傷しているのですから強襲は無理でしょう」

「で、でもっ」

「こう言ってはなんですが今ここに集う六校のうちお父様の【F•G(ファースト・ガーデン)】、さらに正確に言えば生十会とうちのアリスは別格ですよ? 【S•G(セカンド・ガーデン)】や【S•G(サード・ガーデン)】は戦力候補にも挙げられそうにないですし、戦闘能力が高い【F•G(フォース・ガーデン)】は対人が主任務ですので戦力にはなると思いますが協調性に欠けますのでチームはまず無理でしょう」

「な、なら【H•G(ハッピー・ガーデン)】どうですか?」

「…………」


 桜の疑問に双花は気まずそうに口を閉じた。

 そんな双花を見て桜の頭に嫌な予感が過る。

 【H•G(ハッピー・ガーデン)】はマスターである麒麟を先導に【R•G(ロイヤル・ガーデン)】に攻めている。双花は麒麟に誘拐までされるという事件があったのだ。

 その事件の後に聞いた話では【H•G(ハッピー・ガーデン)】は【F•G(ファースト・ガーデン)】と【R•G(ロイヤル・ガーデン)】に総力戦を仕掛けるつもりだったらしい。

 双花は何もされることなく無事に救出され、麒麟が【F•G(ファースト・ガーデン)】と【R•G(ロイヤル・ガーデン)】に送った軍勢は一人の人物によって殲滅されたらしい。

 どうやらその軍勢は誰一人と死んでいなかったらしく、軽症で済んでいるのだが、だからこそ心がポキポキと折れた者が続出したらしい。

 一対五万だったにもかかわらず、殺さずに、重傷を与えることなく戦闘不能にする。

 それが意味することはそれだけ力の差があったということだ。

 絶望するのも仕方がなかったのかもしれない。

 しかし、麒麟たちが双花たちにやったこと、そしてやろうとしたことは揺るがぬ事実なのだ。

 六芒戦が始まる前、双花は麒麟と和解したと宣言していたがあれが本心だという証拠はない。

 もしかしたら双花はまだ麒麟のことを、【H•G(ハッピー・ガーデン)】のことを許せていない。信用出来ていないのではないだろうか。

 これは触れてはいけなかったのかもしれない。

 だけど、だからこそ。


「……双花様?」


 桜はそれに触れる。


「双花様? 返事をしてくれませんか?」


 何度も触れる。双花が話すまで桜はやめない。聞くのをやめない。

 双花の心の傷をイタズラに抉りたいわけではない。

 迷っているのなら迷えばいい。悩んでいるなら悩めばいい。

 だけど今はダメだ。

 マスターとして、責任のある立場の人間として、私情を挟んではいけないのだ。

 双花はそんなに弱い人ではない、そう信じているからこそ桜は問う。

 やがで双花は諦めたかのように小さく息を吐いた。


「桜。何か感知がしているようですね」

「……」

「私と麒麟様は本当に和解しています。そもそも麒麟様は誑かされただけですし、被害もありません。恨む理由がないんです」

「……でも」


 双花は人差し指を桜の口元で立てるとそれを自分の口元へと戻し仄かに微笑んだ。


「それ以上は何も言わないでください。私が言い淀んでしまった理由はまた別の理由です」

「別の理由?」

「お父様は六人のマスターがここに揃っていると仰っていましたがそれはフェイクです」

「フェイク、ですか?」


 双花の言葉に桜は首を傾げた。


「今ここに一人だけいないマスターがいます。

 それが麒麟様なんです」

「……えっ?」


 それはどういうことなのだろう。

 この状況で姿を消した麒麟。

 もしかすると……


「それは違いますよ」


 麒麟は裏切り者なのではないだろうか。桜の思考を双花は即座に否定する。

 嫌な思考のせいでいつの間にか俯いていた桜はその言葉で顔をあげた。


「麒麟様は救援に飛び出てから連絡がないんです」

「救援ですか?」

「ええ。桜たちが守っていた側とは反対からも襲撃があったようで、そちらは戦線が完全に突破されてしまったようでした。

 そのために麒麟様が率先して行ってくださりました」

「……そうでしたか」

「……桜。そう気を落とさないでください」

「……けど……あたし……」


 疑ってしまった。

 麒麟は生徒たちの救援に向かってくれていたというのに、そんな優しい麒麟を疑ってしまった。

 桜は酷い自己嫌悪に襲われていた。

 両拳を強く握り、プルプルと震えて再度うつむいている桜を双花は優しく抱き締めた。


「大丈夫です。私は桜の過去について知っています。だからわかります。その用心深さは、いえ、その明るい性格もまた自己防衛なのでしょう? 私はあなたを責めませんよ」

「……そうですか。そうですよね。双花様は十二の光(ブレイズ)の一人。なら、『天宮』についても知ってますよね」

「……はい」

「……知った上で優しくしてくれるんですね。こんなあたしに」

「桜。あなたは悪くありません。あなたは正しい。だけど、この世界は正しいだけでは生きられない。そういう風に出来てしまっています。

 私はこの世界のそういうところを嫌悪しています。醜く、残酷で、穢れている。ですが、時にこの世界は私たちにとって楽園にもなりうるのですよ?」

「双花様……」


 双花は桜から離れるとウインクをした。

 後ろに振り返ると地面に刺していた愛刀二本を抜き、空を見上げた。


「あれだけ大きな穴ならなんの障害もなく船まで行けそうですね」

「……えーと、双花様?」


 シリアスな雰囲気は既に拡散しており、桜も表情は随分とリラックスしているように見えた。

 麒麟の行方不明。それなら【H•G(ハッピー・ガーデン)】はそっちが気になって強襲どころではないだろう。


「どうかしましたか桜? 先に言っておきますが二人ですよ?」

「……ですよねー」


 つまり他にメンバーはいないということだ。


「あっ」


 項垂れる桜は何かを思い出したかのように顔をあげた。

 その声に双花は振り向き、首を傾げる。


「双花様はゆっちが昔どこにいたか知ってるんですよね?」

「ええ。たしか今の生十会メンバーは新しく入った楓さんでしたか? 楓さんを除いて知っているのですよね? ……あぁ、そういうことですか」

「はい。六花衆に同行してもらうのは無理なんですか?」

「……そうですね」


 双花は手を顎につけて考える。あの四人が手伝ってくれるか、様々な状況を想定してシュミレートする。

 シュミレートした結果双花は一つの答えに行き着いた。


「どうですか?」

「……はぁー。無理ですね」

「えっ? む、無理ってどういうことですか!?」

「六花衆は全員とんでもない強さを持っています。それは一人一人がマスターランクど対等に戦える程の強さです。ですが、彼女たちの力はあまりにも不安定なんです」

「不安定?」

「彼女たちは『雪』の『名持ち』です。これは『雪』だけに限ったことではないのですが、『名持ち』に共通する点として、力が不安定というものがあります。

 そして、これはあくまで仮定でしかありませんが、麒麟様も『名持ち』です。もしかすると麒麟様も不安定な力のせいで敵にやられてしまったのかもしれません」

「そ、そんなに変わるんですか?」


 麒麟の強さを桜は目の当たりにしている。

 あの麒麟がやられる姿を想像して力の振り幅がどれだけ広いのかを感じた。


「ふーん。ふーん。心配してくれるんだね。だーねっ」

 


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