8ー45 空から降るモノ
「桜。少しいいですか?」
「えっ? あっ、は、はいっ!」
突然声を掛けられて桜は動揺しながらも双花へと向いた。
「ふと耳にしたのですが結がいなくなったのは本当ですか?」
「えっ!? ……はい」
「……そうですか」
双花が結の失踪について知っているということに驚き、誤魔化した方が良いかと一瞬思案する桜だったが、相手は結の過去に関わっているらしい双花だ。
双花から結の不利益へと繋がることはないだろうと桜は素直にそれを認めた。
双花の反応は肯定に一瞬目を大きくするものの、思っていたよりも驚きの反応は小さかった。
「……あ、あの、双花様?」
「…………」
「……? 双花様大丈夫ですか?」
「……えっ? あっ、申し訳ありません。少し考え込んでしまいましたね」
そう言って笑みを浮かべる双花だが、前に見た笑みと比べるとどこか不自然で、違和感を感じた。
許可のない失踪は犯罪だ。
過去から結に関わっているからこそ、不安がないわけがないのだ。
「桜っ! あれを見てくださいっ!」
焦るような双花の声にいつの間にか俯いていた桜はハッとして顔を上げる。
双花は空を見上げて綺麗な両目をこれでもかというくらいに見開いていた。
桜が視線を上に移すとそこに映ったのは……大きな船だった。
「あれって船? けど、なんで空に?」
「……あれは、まさか……飛空船?」
「……飛空船、ですか?」
「簡単に言ってしまえば空飛ぶ船です」
聞きなれない言葉に桜は疑問符交じりに眉を顰めた。
そんな桜の質問に答えながらも双花の顔からはありありと焦りが見て取れた。
「空を飛ぶなんて……」
「そう驚くのも無理はありません。【物理世界】には飛行機がありますがあの形のまま船が飛ぶなんて想像すらしなかったでしょうから。
桜、わかっていますよね? 【物理世界】は物理、科学によって偉大な進化を繰り返しています。そうして作られたのが飛行機やら兵器などです。そして、こちらの世界ではその代わりに幻力を使った幻理学が発達しています。
幻力を操るのは難しいですが上手くコントロールすることが出来れば科学では到底到達不可能なレベルの技術を手に入れることができます」
「あれが、その一つってことですか?」
「そうです。そして、これもまた多くの犠牲の上に出来た新具です」
そう言って双花は手に持った双剣を桜に見せる。
この剣がという意味ではなく、法具がという意味であろうことはすぐにわかった。
そんなの本当は誰もが気付いているのに知らないふりをしているだけなんだ。
こんな、人の精神に影響を及ぶようなものがどういった過程で作られたのかなんて想像したくもない。
「双花様。いくら向こうで不可能なことがこっちではある程度どうにか出来るとは言っても、不可能なことはありますよね?」
「ええ。その通りです。幻力は便利な概念ではありますが完璧ではありません。限界は当然存在していますよ」
「なら、あの船はいつからあそこにあったんですか? あんな大きな船、普通気付きますよね?」
空に浮かんでいる船は昔の海に浮かんでいそうな海賊船って名前が似合う船とほぼ同型だ。
この距離からでは正確な大きさはわからないが、おそらくは全長五○メートルはあるだろう。
上空にあって小さくなっているとは言え、それでもなかなかの大きさだ。誰か一人ぐらいは気付いても不自然じゃない。
「……そうですね。おそらくは雲の上に隠れていたんだと思います。そして雨のような人型に紛れて降りてきている。そうは考えられませんか?」
「……そうですね」
おそらくはそうなのだろう。
静かに頷いた桜は千針桜を構え直そうとするが、さっと双花は手でそれを制した。
「双花様?」
「その刀。桜花刀の一振りですね。桜花刀は独特の形状を持つが故にそれを維持するためにも幻力を多分に消費してしまいます。
先ほど形態変化をさせた状態で何度も振りましたね? あからさまに疲労が見えますので桜は少々休んでいてください」
「……ですが」
「ふふ。それ以上は禁止ですよ?」
双花は桜の口元で人差し指を立てると優しく微笑んだ。
同性ながらも緊張してしまうその笑みに桜が少々不自然に首を縦に降ると双花は笑みを深め、地面に刺していた刀を抜く。
「さて、大方は既に終わっていますが、後はあの船ですね」
さすがは双花の守護者と言ったところだろうか。
双花と桜が話している間に雨のようだった人型の群れは中央から大きな穴が開いていた。
「おそらくはあの船が相手のアジトにもなっていると思うのですが、どうしますか? ーー」
二人が空の穴がどんどん広がっていく光景を見上げていると背後から何者かの気配が近付いていた。
その気配の正体にいち早く気付いた双花は小さく笑うとその者に呼び掛けた。
「ーーお父様?」
「ふふ。さすがは双花だ。よくわかったね」
「えっ?」
人は無意識ながら周囲に幻力をまとっている。同じ人であれば内部にある幻力が共鳴反応を起こすことで俗に言う気配を感じる状態になる。
そして、その共鳴反応は人によって微細な違いがあり、何度も感じることで共鳴反応の違いによって対象者が誰だか判別可能になる。
娘である双花が父である賢一の気配を判別出来るとは当然とも言える。
しかし、それ以前の問題があった。
(……あはは、これがマスタークラスか。全く気配に気付けなかった……)
幻力同士が共鳴反応を起こすと言ってもそれを感じ取るのは術者の能力だ。
桜はこの共鳴反応を感知する能力に乏しいわけではない。
そもそも共鳴反応自体が小さかったのだ。
他者が纏う幻力と己の内部にある幻力が共鳴することによってその感覚から気配を感じるようになるのだが、賢一のようなマスタークラスは無意識に纏う幻力さえもコントロールすることが出来る。
纏っている幻力は常に外に向かっていこうとする。そのため共鳴反応が起こるのだが、賢一はそれを御し、外ではなく中に向かうようにしているのだ。
共鳴反応が完全に無くなるわけではないが、これによる利点は二つ。
一つは共鳴反応が小さくなるため気配を追われにくくなること。
もう一つは常に消費している微細な幻力がさらに少なくなることだ。
同い年ながらも大きくある双花と自身の実力差を見せられて桜は悔しそうに拳を強く握り締めていた。
そんな桜に気付きながらも夜月親娘は何も言わないことが桜のためだろうとし、フォローもせずにそれを見なかったことにした。
「お父様。中は大丈夫なのですか?」
「ああ。問題ないだろう。なんせマスターが四人もいるのだからね」
「ですが、一気に殲滅するための術も状況的に使えませんし、各個撃破しかなくなりますが、そうなるとマスターといえど難しいのでは?
生徒たちを守りながらとなれば尚更です」
「そうだね。だからここから離れることは出来ないだろう。……だから、桜君」
「は、はいっ」
賢一は一旦言葉を切ると桜へと視線を体ごとやった。
双花も通常ならば雲の上の存在であるマスタークラスなのだが、結のことや歳が近いこともあり、多少慣れ始めていた。しかし、自分が所属しているガーデンのマスター。それも、伝説とまで呼ばれたことがある相手に名前を呼ばれたことで、桜の体は緊張で固くなっていた。
(声掛けられただけなのに……なにこれ、これが本物ってこと?)
さっきまで悔しがっていたのだが、その声を聞いた途端にそんなものは吹き飛んでいた。
「生十会メンバーで今動けるのは誰だい?」
「はっ!。 私が確認出来ている限りですと、日向真冬だけです。他のメンバーはまだ合流出来ていません」
「なるほど。ちなみに会長と副会長はどこだい?」
「は、はい。えーと、げ、現在神崎会長と柊副会長は事情により外に出ておりまして……その……」
「あぁ。そういえば申請があったようだね。事情とはなんだか桜君は把握しているかい?」
「……いえ、その……わかりません」
「……なるほど。まぁいいだろう。会長副会長共にもうすぐ帰ってきそうだね」
「えっ? それはどういう?」
桜の疑問に賢一は微笑みだけで返すと空へと視線をやり、すぐに桜へと戻す。
「さて。君たち生十会にクエストを与えよう」
「クエストですか?」
疑問符を浮かべながら首を傾げる桜に賢一は若干楽しそうに言う。
「生十会というより桜君へのクエストと言い換えてもいいね。
メンバーは桜君が決めてくれて構わないよ。
内容は単純だ。あの空飛ぶ船に潜入し、犯人を生け捕りにしなさい」
「…………えっ?」
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